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第139話 忌むべき過去 進むべき未来

「どうしてリアがここに居るんだ!?」


『落ち着けクロード!』


そんな事を言われても、落ち着けるわけがない。

最初は幻影か何かだと思ったが、どう見ても本物にしか見えない。


『偽者……じゃないようだな。どうやって攫ってきたんだ』


そうだ。リアが首に着けている隷属の首輪が、彼女が本人であると教えてくれているし。

右上に表示されているマップにも、彼女の事は青い点で示されている。

同時に気づいたのだが、冥王の表示は黒い点だった。この色は何の意味があるのだろうか。


「ふむ。よくわからぬが、とても正気を保っているようにも見えぬな」


俺の近くに居たフランチェスカ様が、そんな感想を言ってくる。

改めてリアのことをよく観察すると、彼女の視線が虚ろになっていた。

眼の焦点があっていないし、俺の事も映っていない様子だ。


「リ、リア……?」


「リアトーナ。僕の言うことを、聞いてくれるよね」


「は……い……クロ……さま……」


『操られているのか』


「てめぇぇ!!」


リアを攫っただけではなく、俺のフリをして彼女を騙すとは、奴に対して怒りがこみ上げてきた。


「おっと」


「ぐぅ……」


冥王に銃口を向けた瞬間、奴がリアの頭を鷲掴みにした。

対応策が取れるとは思っていなかったけど、それだけで俺は何も出来なくなってしまう。


「まずはその物騒な武器を手放してもらおうか。あぁ、投げ捨てなくてもいいよ、そのまま消せるよね?」


言われた通り、右手に持っていたソフィーティアと、左腰のホルスターに差してあったルナティアを消滅させる。

俺が願えばすぐに具現化できるけれども、高い威力を出すためには時間がかかると、奴は知っているのだろう。


「次はこれをつけてもらおう」


冥王が俺に向かって、小さな輪っかの様なものを放り投げてきた。

カランカランと、音を鳴らして地面に落ちたそれを拾う。


「これは何だ?」


「君の魔法を一時的に封じるものだよ。この子が着けているような首輪みたいに高性能じゃないし、数日で壊れてしまうから、安心していいよ」


『それをつけたら負けるぞ』


わかっているが、どうしようもない。


「貴女はもっと離れてくれる?」


「……承知した」


くそっ。


俺達の視界外から、ジリジリと動いていたフランチェスカ様が釘を刺されてしまう。

彼女が道を切り開いてくれることを期待していたけど、ますます詰んでしまった。


「つけてはくれないのかな?」



だいじょうぶ――



「! ……つけるさ」


『お、おい』


輪っかを手首に通すと、それが光り輝いて俺の腕にピッタリと嵌まる。

分厚い腕輪のように形が変わったそれから、魔力を封印されるような感覚がしてきた。

冥王がニヤリと笑い、蔵人が焦ったような声を出すけど。俺は先ほど聴こえてきた声に期待する。

何者なのかは分からない。しかし、なんとも言えないような安心感だけは感じた。


「クロ坊……」


離れている白亜が、俺の事を心配してくれているが。右手を前に出して優しく微笑みかける。

自分が何も出来ない不甲斐なさに悔しがっているのか、彼女は下唇を噛んでいた。

白亜の気持ちはわかるけども、敵わないと分かっている奴に向かって行かれるよりは、遥かにマシだ。


「それで。俺はこれからどうすればいい」


「うん。そのままじっとしていてくれるだけでいいよ。リアトーナ、お願いね」


「はい……」


奴の言葉を聞いたリアが、自分の体をぶるっと震わせた。

その直後、彼女の全身が眩しく光り輝き出す。


「なんだこれは」


白くてまばゆい光に包まれた彼女の体は、シルエットしか見えない。

よく見ていると、その輪郭がグネグネと動いていて、リアの体格が縮んでいるようだ。


『まさか、竜変身か?』


蔵人の言葉に、俺は恐怖感にさいなまれる。

リアが竜に変身する事が怖くなったわけでも、冥王が俺を殺すかもしれないという事に怯えたわけでもない。

ただ、奴の命令で、リアが俺に攻撃を仕掛けてくるかもしれない事に不安を覚えた。


彼女は幼い。実際の年齢は知らないけど、言動も考え方も成熟してはいない。

そんなリアが、もし俺を攻撃したことを知ったら、どれほど後悔するだろう。

隷属の首輪には、主人を襲撃することは出来ないと、デフォルトで設定されているが。

それがどのように作用するのかは分からない。彼女に苦痛を与える設定は全て解除しているので、それだけが唯一の救いだ。


俺の悩みを余所に、リアが変身を完了させる――



「ぎゃおー!」


「は……?」


『なん……だと……』


リアの変身した姿はなぜか小さくて、まるで可愛気があるヌイグルミのようだ。

今の幼女姿の白亜が彼女を抱くと、すごく似合いそうな気がする。

気が抜けるような声を発する白いドラゴンの大きさは、白亜が両手で抱えられるほど小さかった。


「それじゃ、いいかな?」


「ぎゃお! ぎゃおー!」


冥王の命令? を聞いて、小さなドラゴンがパタパタとこちらに向かってくる。

飛び慣れていないせいなのか、よたよたと飛んでいる姿は、もの凄く愛嬌がある。


なんだこれ。

ねぇ、なにこれ……

すんげーカワイイんですけど!!


大して距離が離れていないのに、リアはなかなかこちらまで来れない。

視界の隅に映ったフランチェスカ様が、頬を染めて恍惚としているような表情で見ていた気がするが、たぶん俺の気のせいだと思う。


お! お! ととっ。

ヨシヨシ……おいでおいで。


「ぎゃおー!」


やっとの事でリアが俺の下へと辿り着いたので、両手を広げて微笑みかける。

彼女の体を捕まえたら、その直後に、リアが俺の腕を甘噛し始めた。


「ぎゃお! がぶがぶ」


「あだだだだ」


『おい、油断し過ぎだぞ』


いや、そんな事言われても……


突然の行為に声を出してしまったが、実はそれ程痛みはなかった。

そんな事よりも、このカワイイ白竜を、俺はどうすればいいのだろうか。


「ん? あれ……?」


『どうした?』


「力がぬけ……」


俺はリアを抱きしめたまま、地面に両膝をつく。

別に毒を食らったとか、体力に限界が来たわけでもない。


「ク、ククク。その女は、魔王の力を奪うことが出来るのだ」


「うぁ……マジか……」


冥王の解説で、俺は自分の魔力を奪われていることを自覚する。


『なんだそのピンポイントな特技……そんなのありかよ』


「無論奪った力はオレ、いや、僕が全部貰うけどね」


ぬ……あ……

ちょ……マズいこれ……

リア! そんなにチュウチュウ吸わないで!

オッフ オウフ……


「あむあむあむ」


俺の腕を甘噛しているリアが、俺の魔力をどんどん吸っていく。

油断をし過ぎていた自分が悪いが、これはシャレにならない。

そんな事を考えていると、リアの頭上に黒い玉が現れて、それが冥王の方へと飛び去っていった。


「ふ……うぅ……やっぱり、この魔力のほうが馴染むね。仮初の命石じゃだめか」


めいせき? あのクリスタルのことか?

いやそれよりも、今飛んでいった黒い玉は、もしかしなくても俺の魔力なのか?


冥王が力を取り戻しているようにも見える。心なしか、体の傷もふさがってきているようだ。


『まずいな』


うん。とてもマズい。

何がマズいって? さっき聴こえてきた女の声に期待していたけど、あれから何の音沙汰もないんだ。

リアを人質に取られていたようなもんだから、冥王の言葉に大人しく従っていたけど。

こんな事ならなんとか反撃すればよかった。


あ……リア……だめ……

そんな……はげしく……


『クロード! しっかりしろ!』


そんなこと言われても……


だんだんと視界が暗くなってくる。

なんとか意識だけは保てているが、正直限界が近い。




《仕方ないですわね》


「え?」


『今の声は……』


再び女の声が聴こえた瞬間、俺の内包している魔力がグンっと上がる。


「ぴゃ!? きゅぅ……」


「リ、リア!」


その直後、俺の腕を噛んでいたリアが意識を失った。


《気絶させただけですわ》


『誰だお前は!?』


《わたくしのことよりも、まずはあの男を倒すことを優先してくださいな》


それもそうだ。確かにこの女の正体は気になるが、今は冥王をどうにかしないといけない。

膝を付いていた俺はスクッと立ち上がり、冥王の方に向き直る。

奴は何故か目を見開いていて、驚愕した表情で俺の方を見ていた――



「なぜ……きさまが……」


「なんだ?」


《ほら、さっさと攻撃しなさいな》


「あ、あぁ」


って魔法を封じられているのに、どうしろと……


俺が迷っていると、頭の中に詠唱の呪文が浮かび上がる。

しかしそれは、今までのねがいの魔法とは違うので、俺は戸惑ってしまっていた。


「これは……」


《ぐずぐずしない!》


「わ、わかった」


『お、おい、クロード……』


俺は冥王の方へと駆け出す。蔵人が無茶をするなと言ってきたが、俺はなぜか負ける気がしなかった――




「昼間黒愛の名の下に命ずる! 集えマナよ! 氷雪となりて、我の前に立ちふさがりし愚かなる者を凍結させよ!」


「まさか!?」


「アイシクル・キャリバー!」


魔法を唱え終えると、驚愕している冥王の足元から、巨大な氷の柱が突き出てくる。

それは何百メートルにも上空に伸びて、奴の姿が全く見えなくなった。



「うぉぉ……なんじゃこりゃぁぁ……」


『お前……昼間黒愛って……』


俺の中で蔵人が驚いているけど、俺は自分の魔法にびっくりしている。

遥か天空にまで氷の柱が伸びているが、横にもかなりの範囲で広がっていた。

もうめちゃくちゃな威力だ。下手をすれば、魔法を唱えた自分自身も巻き込まれていたかもしれない。


《まだですわよ》


クロエがそう言った瞬間、目の前の氷の柱が砕け散る。

その中から、血だらけになっている冥王の姿が見えた。


「まだ生きているのかよ」


「ぐぅ……くそがっ……きさ……キサマがオレの邪魔をしていたのか! クロエ・ディスケイトォォォォ!!」


俺を無視して、冥王が叫び声を上げる。俺には分からないが、奴にはクロエの事が見えているのだろうか。


「アイスセイバー・クリエイト!」


俺は魔法を唱えて、右手に氷でできた剣を具現化させる。

そして縮地法を使って、一気に冥王との距離を縮めた。


「止まれ!」


「なっ!?」


冥王が右手を差し出して叫ぶと、なぜか俺の体が動かなくなった。


なん……だ……これ……


《時間を止められたのですわ。今のあなたならば、抵抗できますわよ》


動け!


「なに!? がぁぁ」


クロエの言う通り、抵抗したらあっさりと動くことが出来た。

氷の剣で冥王に斬りかかると、奴はふらつきながら後ろに距離を取る。


《さぁ、今はこれで終結ですわ。あなたの未来の為に、ねがいの魔法を唱えなさい》


俺と冥王の魔力が、同時にあふれだす。

奴は何かをするつもりなのだろうが、俺にも道が示されている。

頭の中に浮かんできた詠唱に戸惑いを覚えるけど、混乱している場合でもない。


『蔵人、お前の力を借りるぞ!』


『お、おい。何をする気なんだ?』


クロエの声は聴こえていたみたいだが、俺が説明していないので、流れについて来れないのだろう。

しかし説明している暇はないので、了承を得ずに名前を借りることにする。


「俺は……ここで死ぬわけにはいかないっ!」


「僕は……諦めるわけにはいかないんだっ!」


そして、俺と冥王が同時にねがいの魔法を詠唱した――




「魔皇夜神蔵人の名の下に」

「神皇朝宮黒斗の名の下に」


「俺が創造するべき力よ……」

「僕が創造するべき力よ……」


「時空神をも超越し、運命を切り開き、辺獄すらも否定する力よ」

「天空神をも凌駕し、宿命を捻じ曲げ、煉獄すらも拒絶する力よ」


「俺の皇名と魔力を対価とし……」

「僕の皇名と命石を対価とし……」


「俺の進むべき未来を作り変えるための希望となれ」

「僕の忌むべき過去を作り直すための願望となさん」


「チェンジ・ザ・フューチャー・クリエイト!」

「チェインジ・ザ・パスト・クリエイション!」




俺達が魔法を唱えを終えた時、辺りが見えないくらい真っ白になる。

どこからともなく、時計の針のような音が聞こえてくるような気がする。

カチッカチッと秒針の音だけが鳴っているが、他には何もない。


ここはどこなのだろう。俺は死んだのだろうか?

そんな事を考えていると、白い光が収まり、周りの景色が一変した。

見覚えがある。どうやら、ラシュベルト公国に戻ってきたみたいだ。



「ぐぅ……ぁぁ……ごふっ……」


苦しむような声が聞こえたので、ハッとして目の前に視線を向けると。

そこには、ソフィアが手にしている円錐形のランスに、串刺しにされている冥王の姿があった。

奴は前方からソフィアに心臓を刺されているのに、なぜか死んではいない。


「ソ、ソフィア?」


「申し訳ありませんクロード様。貴方様を助けに来るのが、遅くなりすぎました」


「いや……それはいいんだが……」


「今すぐ敵を片付けます」


ソフィアがそう告げた後、彼女が手に持っているランスに電流のようなものが走る。


「ぐぁぁぁ……」


「何者なのか知りませんが、クロード様の敵は私の敵です」


悲鳴を上げて苦しむ冥王に、ソフィアが容赦なく魔力を流し始めた。


「ふ、ふふふ……」


「何がおかしいのですか?」


「仕方がないな、今はここまでだ」


「私が逃すとお思いで?」


「そんな事は思っていないさ。君は昔から、結構容赦無いところがあったからね」


「何を言っているのですか……?」


冥王の言葉に、ソフィアが訝しがる様な目で奴のことを見る。

その間、彼女は魔力を流すのを全く止めていない。本当に容赦がなかった。

そして、下を向いたまま喋っていた冥王が顔を上げて、なぜかソフィアに微笑みかける。


「ルナティア様のお側を離れたら、駄目じゃないか……サティナ」


「あ……夕城……黒乃……様?」


「っ!? ソフィア!」


つぶやきながら震えてるソフィアに向かって、大声で名前を叫ぶ。

気づいているのかいないのか、彼女が目から涙を流していたからだ。

俺は彼女の下へと駈け出したが、足がふらつきすぐに倒れそうになる。


「お? お……おろろろろ……」


「クロード様!」


「今は……消えてあげるよ……それじゃ……またね……」




俺の意識がブラックアウトする瞬間、愛する人の叫び声とともに。

嫌なことをつぶやく、冥王の声が聞こえた気がした――

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