第138話 窮追 驚愕
ガシャァンとガラスが割れたような音がして、先程まであった亀裂の中から、男が吹き飛んでくる。
そいつは傷だらけになっていて、自分の胸を押さえながら肩で息をしていた。
「冥王?」
『おい、死にかけてんぞ』
蔵人の言う通り、なぜか奴は瀕死の状態だ。
俺をこの中に引き込んだ本人なのに、なぜこんな有様になっているのだろうか。
しかしこれは好機だ。俺はルナティアとソフィーティアを冥王に向けて、すかさず引き金を引く。
「っが!? くそっ……」
外で撃った時みたいに、魔法の障壁の様なもので防がれたが。
それでも何発かは冥王の体に命中して、奴が忌々しげに俺の方を睨んできた。
『手加減する必要はないぞ』
『わかってる。だが威力を上げるには、どうしても集中が必要なんだ』
『面倒だな』
自分が未熟なのは理解している。ルナと一緒に魔力を高める特訓をしたけど、どうしてもその時の感情に左右されてしまう。
だからといって、ここでこの男を見逃すつもりもない。
「くそがぁ……邪魔をしてやがるのは誰だ!」
邪魔をする?
冥王が口にした言葉に、心当たりがない。
奴の口振りから、誰かに邪魔をされて、計画が狂ったように見受けられる。
蔵人に聞かされた話から推測するに、俺の力を奪おうとしたが、それがうまくいかなかったようだ。
ソフィアが外に来てくれたのか?
可能性があるとすれば、女神である彼女だけだ。
ソフィアが助けにくれたことに期待して、再び冥王の方に集中する。
俺は両手に持っている銃を奴に向けて、自分の魔力を放出し始めた。
「使いたくなかったが仕方がない」
「なんだ?」
冥王が懐から、数十個ほどのクリスタルを出して地面に落とす。
それは、ラシュベルトまでの道程で利用した馬車で見かけた、怪しい男が持っていた物にすごく似ていた。
奴が手放したクリスタルが地面に落ちて、その全てが砕け散る。
直後――
周りの景色が変わった。さっきまでは真っ暗で何もない闇の世界だったのに。
切り取られた崖のような場所に立っていて、空はオレンジ色で、眼下には空色に染まった海が広がっている。
ここはまるで、中空に浮いている島のようだ。
「うわっ うわぁ」
「うぉ……マジか」
白亜が、ギュッと俺の腰にしがみついてきた。
俺達は崖付近ギリギリの場所に立っていたので、彼女だけではなく、俺もビックリしてしまう。
あと二、三歩後ろだったら、真っ逆さまに海に投げ出されていた所だ。
『あの一瞬で転移魔法だと!? 奴にそれ程の力があるのか?』
蔵人のつぶやきに、右上に出しっぱなしだった世界地図を確認する。
しかしそこには、自分の居場所が詳しく表示されていない。
唯一わかるのは、島の地形と周りの海だけだった。
「さっきのクリスタルの力なのか?」
『だろうな。それよりも、考えるのは後にして、あの女帝を助けた方がいいんじゃないか?』
「え? フランチェスカ様!」
片膝立ちになりながら、刀で自重を支えているフランチェスカ様を発見する。
彼女は傷だらけになっていたので、俺は白亜を抱えて慌てて駆け寄り、この人に回復魔法を唱えた。
「ヒーリング・クリエイト!」
「くっ……」
「大丈夫ですか?」
「問題ない、少し梃子摺ったダケだ」
彼女はそう言っているが、その身体は全身血だらけになっている。
もしかしなくても、俺が彷徨っている間に、フランチェスカ様はずっと冥王と戦っていたのかもしれない。
だとすれば、奴が出て来る前に見えた空間の亀裂は、この人の斬撃だったのだろう。
「フ、フランチェスカ様、目が……」
フランチェスカ様は左目の眼帯を外していて、しかもその目から蒼い炎の様なものが出ている。
よく見れば、左右の目の色が違う。奇しくも、ルナと同じオッドアイになっていた。
「これは気にするな。本気をだすために、魔力を開放しているのだ」
「魔力を開放?」
『魔眼だな』
「魔眼?」
『俺が生きていた時に、そんな存在が居た話を、マリアから聞いたことがある。膨大な魔力が目に宿っていて、普段は目を瞑ってそれを抑えているらしい。この女も、そのために眼帯をしていたんだろう』
じゃぁこの蒼い炎が魔力なのか?
確かに、肌が焼けつくような魔力の波動を感じるが。
「やはり知っているのか?」
やはり?
「あ、はい。前に聞いたことがあります」
本当はたった今教えられたのだけど。
それよりも、俺には別の言葉が気になった。
「そうか。ワタシはこの眼を持て余していて、師から貰った眼帯でなんとか抑えている。お前をワタシの街に留めようと思ったのは、制御方法を知るためでもあった」
「どういう事……ですか?」
俺が回復魔法を終えた後、フランチェスカ様はフゥっと息を吐き立ち上がる。
「お前の妹が、魔眼をどうやって制御しているのか、それが知りたかった」
ルナが……魔眼?
『クロード。考えるのは後だ、奴が動き出したぞ』
時間にして一、二分くらいだったが、フランチェスカ様はなんとか回復した。
冥王に時間を与えてしまったが、奴は回復魔法が使えないのか、先程よりも疲弊して見える。
「白亜、下がっていろ」
「わ、わかったのじゃ」
白亜を下がらせてから、俺は再び冥王の方へと向き直る。
あそこまで疲弊しているのならば、俺でも倒せるかもしれない。
それはフランチェスカ様も思っていたようで、二本の剣を構えたまま俺の横に並んだ。
「集え怨霊共よ、僕に従い、敵を屠りて、その首を冥府の王に捧げろ!」
「なん?」
手を前に出した冥王を警戒していたら、奴が何かを喋り出す。
そして、俺が言葉を言い終える前に。地面から次々とスケルトンやゾンビ、挙句の果てに、亡霊のようなレイスがうじゃうじゃと出てきた――
「ひっ ひぃぃぃ……」
「お、おい」
その光景を見た瞬間、俺は無意識にフランチェスカ様の体に抱きつく。
自他ともに認めるほどの怖がりだったので、そんなにすぐに治る癖でもない。
『ビビりすぎだろ……』
「クロ坊……」
二人の呆れたような声を聞き、俺はすぐに我に返る。
確かに怯えている場合じゃない。姿勢を正してフランチェスカ様に謝罪すると。
彼女は少し赤くなった顔をしながら、気にするなと言ってきた。
『お前神聖魔法が使えたよな?』
『あぁ。得意なのは炎系だけど』
『ゾンビには有効だが、レイスどもには意味が無い』
『わかった』
「ホーリーランス・クリエイト!」
「光牙・閃烈双剣!」
蔵人の助言を受けて、アンデッドに向かって光槍を飛ばす。
フランチェスカ様もアリスと似たような技を使い、次々と敵を倒してゆく。
「なぜ、神聖魔法が使える!? オレが封じたはずだ!」
「は?」
冥王が俺に向かって訳の分からないことをほざいているが、ぶっちゃけゆっくりと聞いている余裕が無い。
亡霊たちは休むことなく向かってきているし、その数が圧倒的に多いからだ。
「しつけぇ! ターンアンデッド・クリエイト!」
魔力が上がっている今は、前の時みたいに苦戦することはないが。
一度倒したレイスが、しつこく再び起き上がってくる。
俺は右手でソフィーティアの方の銃を撃ちながら、左手で神聖魔法を唱えまくっていた――
「キリがない」
フランチェスカ様が、両手に持っていた二本の刀を地面に刺して、腰に差してある三本目の刀に手を添える。
「ヤマト流剣術極技・次元斬!」
居合の構えを取っていた彼女が剣を抜くと、大量に居たスケルトンとゾンビが、まるで一刀両断されたように、上半身と下半身が二つに切り裂かれた。
「なに!? がぁぁぁ……」
一番奥に突っ立ていた冥王が、悲鳴を上げる。
俺には全く見えなかったが、斬撃を飛ばして攻撃したのだろうか。
『空間を斬ったぞ。すげぇな、あの女』
俺の中で蔵人が解説してくれたが、俺にはさっぱりわからなかった。
一つだけわかったのは、冥王の後ろの風景に、横一文字に刀の切り口みたいなのがついていた事だけだ。
「ぐぅ……くそっ どいつもこいつも、オレの邪魔をしやがる……」
余裕が無いのか、冥王の口調がころころと変わっている。
そして、大量に居た亡霊が次々と消えていくので。冥王が力を失ったのかもしれない。
俺はチャンスだと思い、手に持っていた銃を奴に向けて、再び魔力を高め始めた。
「これで終わり……っ!?」
「バ、バカな……なぜここにいるのじゃ!?」
「なんだ?」
今まで黙って見守っていた白亜が、大声で叫ぶ。
フランチェスカ様には分からないだろうけど、俺自身もひどく動揺している。
膝を付いている冥王の前に、フラリと現れた少女の姿が、すごく見覚えがある女の子だったからだ。
「リ、リア?」
そう……
俺の目の前に立ちふさがったのは、心優しい竜人の少女だった――




