第137話 怪しい女の声
「クロ坊……」
白亜が動揺しながら俺の方を見てくる。
今俺達の目の前に映しだされているものを見れば、彼女が驚きを隠せないでいるのは理解できる。
コイツが外に出てきた時、彼女はひどく怯えていたしな。
「これは、俺じゃない」
「じゃ、じゃが……」
やたらと偉そうな格好をしているから、コイツはクロフォードで間違いないだろう。
白亜の方を見て、彼女の頭を優しくなでた後。再び映しだされている映像に視線を戻す。
ありていに言えば、クロフォードが巨大なドラゴンと戦っている姿が見えるのだが。
問題なのは、彼と一緒に戦っている仲間の女の子だ。髪の色や身長こそ違うが、その女の子の顔が、リアによく似ている。
「変身したのじゃ」
自身よりも巨大な斧を持って戦っていた女の子が、白くて美しいドラゴンに変身する。
クロフォードは白竜の背に乗って、相対していた黒い竜に突撃していった。
「白亜、行くぞ」
「よいのか?」
「あぁ」
例えこれが俺の前世の映像だとしても、ずっと眺めていても仕方がない。
冥王と戦っているものならば、観ることに価値はあるけれど。
奴と関係のない前世の映像を垂れ流されても、今の俺には何の解決策にもならないからだ。
『収穫がないな』
蔵人も自分と同じ気持らしく、俺が途中で切り上げても何も言ってこない。
それもそうだろう。俺が移動する先々でこんな映像が映し出されるので、何か関係があるのかと観ていたわけだが。
二,三分眺めていたら映像が消える上に、冥王が一切出て来ないのだ。
クロフォードとリアの映像を見つける前は、黒斗が映っているものもあったのだが。
黒斗が映っていたので、冥王も出て来るのか? と思っていたけれど。
映しだされていたのは冥王でもなく、ましてやルナでもない。
ブロンドの髪をしたエルフの女性が、黒斗と一緒に造魔と戦っている姿が映っていただけだった。
あれはたぶん、エレンさんの前世なのだろう。
流石にここまで似ている女性達が出て来ると、そうだとしか思えない。
黒斗が、俺と会話ができていた時は何も言わなかったけど。
蔵人の話では、俺の中で黒斗と話している時に、あいつがぽつりと言ったそうだ。
エレンさんの容姿が、昔一緒に戦った自分の仲間と、少しだけ似ていると。
辛い思いをして離れ離れになってしまったし、自分の人生はもう終わったことなので。
余計な波風を立てないように、俺には言わなかったらしい。
「次は黒乃か。これも関係ないみたいだな」
「ちょ、ちょっと待つのじゃ」
黒乃が洗濯をしているシーンなんて見ても仕方がないし、次に行こうと思っていたら、白亜が俺の服を掴む。
「わらわが映っているのじゃ」
「そうか」
「けど……地味じゃな……」
「だな」
歩いている途中で見つけた映像は、黒乃が井戸の近くで洗濯物を洗っている姿だった。
前世の夢を見ていた時に、妊娠しているサティナの代わりに、彼が洗い物などしている姿を見たことがあるので、別におかしくはない。
黒乃は村の女の子達と一緒に、服を洗いながら雑談をしているけれど。
その中で一番仲良さそうな女の子が、白亜と同じ顔をしている。
「なぜわらわだけ、ただの村人なのじゃ……」
俺にはどうでも良かったが、白亜は理不尽だと思っているみたいだ。
彼女の言う通り、確かに地味だ。ちょっとボロな服を着て、談笑しながら洗濯物を洗っているだけなのである。
前に見た時は、白亜は一切出て来なかったよな。
まぁ短い夢だったし、ただの田舎の村娘みたいだから、あんまり接点はなかったのか。
ていうか、白亜の前世って赤竜じゃなかったっけ? 何代か前の映像なのか? これは。
「ぬぅ……」
「白亜、この二人は俺達じゃないし。今のお前は地味じゃないんだから、別にいいじゃないか」
「そ、そうかや?」
「そうだぞ」
映像を見て唸っている白亜を励ます。
今の彼女は狐の耳と尻尾が付いていて、おまけに幼女姿なので、逆に目立っている。
しかも小さな子狐の姿にまでなったことがあるのだから、全然地味ではない。
「ならいいのじゃが……」
「白亜はとても可愛いんだから、そう拗ねるな。俺は今のお前が好きだぞ」
「な、なにをいうのじゃ!?」
『ナチュラルに口説いたな』
「い、いや……」
「イヤ?」
「イヤじゃないイヤじゃない。今言ったのはウソじゃないぞ!」
普通に励ましたつもりだったけど、蔵人に言われてハッとなる。
白亜の言葉を慌てて否定したら、彼女の顔が真っ赤になってしまった。
うふふ――
「なっ!?」
『どうした?』
「クロ坊?」
どこからともなく誰かが笑っている声が聴こえたが、周りには誰もいない。
男の声ではなく、トーンが高めの女性の声だ。少しだけ、聞き覚えがあったような気もする。
「いま、女の笑い声がしなかったか?」
「ふえ!?」
『俺は聴こえなかったが……空耳じゃないのか?』
白亜が怯えたような声を出して、俺に抱きついてくる。
この反応からして、彼女には分からなかったみたいだし、蔵人も聴こえていない様子だった。
「空耳なのかな」
「お、おどろかすでないっ!」
「わるい。次に行くか」
「う、うむ」
自分の腰に掴まっている白亜の肩を抱きながら、俺達は再び歩き出す。
しかし、フランチェスカ様と一向に出会える気配がない。
本当にここに居るのだろうか。ひょっとしたら、あの人だけ外に居るの可能性もある。
『クロード。さっきから気になっていたが、お前は何を目指して歩いているんだ?』
『え? お前が白亜たちを探せって言わなかったっけ? 言われた通り探しているんだが……』
白亜を探せと言われて彼女を見つけたのだから、次はフランチェスカ様を探すのが当たり前だと思う。
『もしかして、フランチェスカ様はここに居ないのか?』
『いや、そういう事じゃなくて。この闇の中で、お前がどんどん進んでいくのが気になった』
蔵人にそう言われて気づく。別に俺は、白亜が居た場所を把握していたわけじゃない。
ただ足が勝手に向かった先に、たまたま彼女が居ただけだ。
マップは出していなかったし、なんでだろう。
『よくわからないけど、何となく?』
『何となくってお前……』
だってそうだとしか思えない。
本当に何も考えずに歩いてきただけだった。
「エネミーサーチ・クリエイト」
だめか……
それじゃもう一つの方は……
「ワールドマップ・クリエイト」
「いきなりなんなのじゃ?」
思いつきで魔法を唱えてみたが、白亜の全身が青く光っただけで、他には何もない。
地図も出してみたけれど、映しだされている地形からして、外のマップが展開されているみたいだ。
『場所は移動していないな』
別の空間に連れて来られたと思ったけど、景色が変わっただけなのか? よく分からん。
「あ! また何か見えるのじゃ!」
「走るなよ!」
白亜が何かを見つけて駆け出していく。
自分の傍を離れてほしくはなかったので、俺も慌てて彼女の傍まで駆け寄った。
「またクロ坊が映っているのじゃ。でも、なんでみんな格好が違うのじゃ?」
白亜が見つけた映像には、またしても俺とは違うそっくりさんが映しだされている。
『今度は俺だな。という事は、クレアとマリアか……』
『え……?』
「相手は、マリアとクレアじゃな」
二人の言う通り、謁見の間みたいな場所で。
蔵人がクレアとマリアを相手に、話をしている光景が映し出されていた。
『お前の居た時代に、この二人は居たのか?』
『あぁ。名前が微妙に違うけどな』
『どうして教えてくれなかった?』
『だって、俺の声が届いたのはついさきっだったろ?』
『それもそうだった』
『ちなみにこの二人は姉妹で、俺の部下だった。魔族なのは今と同じだな』
『そうか……』
もはやここまで偶然が続くと、意図したものを感じてしまう。
外で聞いた冥王の言葉を思い出す。奴はフランチェスカ様に向かって、大神王の力で転生したと言っていた。
ならば彼女達を似たような姿で転生させたのは、アストレア様本人なのだろう。
あの御方の考えが分からないけれど。もしかしたら、俺のためにこのような事をしてくれたのかもしれない。
「あ、切り替わったのじゃ」
「む?」
考え事をしていると、なぜかこの映像は消滅しなくて、場面だけが切り替わる。
また蔵人の姿が映し出されるのかと思っていたが、映っているのはクロエの方だった。
「これは、姫じゃな」
新しく映しだされていたのは、なぜか大きなベッドに座っているクロエと、レティらしき人物だ。
レティのそっくりさんは両目を開けているので、本人じゃないことだけはわかる。
《さぁ、こっちにいらっしゃい》
《はい、お姉様》
「うわっ びっくりしたのじゃ……」
「は……?」
『なんでこれだけ音声つきなんだよ……』
蔵人にセリフを取られたけど、俺も同じ気持だ。
なぜかこの映像だけ鮮明に映し出されているし、おまけに音声も聴こえてきた。
そして、映像の中でベッドに座っているクロエが、隣に座ったレティらしき女性の服を脱がし始める。
「おいおいおいおい、ちょっまてっ!!」
「わっ クロ坊、見えないのじゃ!」
白亜の目を自分の両手で塞ぐ。何となく嫌な予感がしたし、健全な女の子に見せてはいけない気がしたからだ。
《お姉様……優しくしてください》
《えぇ、よくってよ》
「映像をとめろぉぉぉぉ!」
『別にいいんじゃね?』
「いいわけあるか! お前も見るなよ! 俺の大事な妹の裸を見るんじゃねぇよ!!」
『え、無理。視線を共有しているし、それにこれは本人じゃないだろ?』
俺は慌てて自分の目を瞑る。映っている女性はレティじゃないと分かっていても、他の奴に彼女の裸を見られたくはないからだ。
『まぁお前が目を瞑っていても、俺には見えるんだけどな』
「テメェ……」
「クロ坊。さっきから誰と話しているのじゃ?」
視界を防がれた白亜が尋ねてくる。どうやら俺は慌てすぎていたみたいで、口に出して蔵人と喋っていたらしい。
「いや、その……」
くすくすくす――
「っ……だれだ!?」
「な、なんじゃ急に?」
「やっぱり誰かが俺達を見ている。女の笑い声が聴こえてきたんだ」
『本当か? 俺には全く聴こえないんだが……』
怪しい女の声は、俺にしか聴こえないのだろうか?
確かに笑っている女の声がした。しかし辺りを見回してみても、俺と白亜の他には誰もいない。
いつのまにかさっきの映像が消えていたので、白亜から手を話すと、彼女はすぐに俺の方に抱きついてくる。
「だ、だれがいるのじゃ?」
「わからん。隠れて笑っていないで、出てこいよ!」
俺がそう叫ぶと、近くの空間に細い亀裂のようなものが走った。
白亜を自分の後ろに隠して、腰から銃を引き抜き、それに警戒をする。
細長い亀裂は何本も出てきて、まるで剣で斬ったような感じになっていく――




