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第135話 共鳴者

これはどういう事なんだ……


俺は真っ暗な世界の中で、薄っすらと見える出来事に戦慄する。

目の前には、大きな木にもたれかかっている瀕死の黒斗が居た。

それは、いつか見せられた前世の夢。身命を賭してルナの事を逃がした、黒斗の最後の光景だ。


なぜ、再びこの光景を見ているのだとか。

黒乃に似ていたアイツが、どうしてこんな所に俺を引きずり込んだのか……気になることはたくさんあったが。

今起こっている現状に比べれば、些細な事だ。


なぜならば……

俺の置かれている状況が、あの時見た第三の視点でもなく。

かと言って、殺されそうになっている黒斗の視点でもない。


そう……

俺の(・・)視線の先に黒斗が存在している。

黒斗は、恐怖に怯えているわけでもなく、自分が生きてきた人生を、後悔している様でもない。

力強い瞳と意志を持って、俺に(・・)相対している。


誰か……

嘘だと言ってくれ……

否定してくれよ……

コイツは(・・・・)俺じゃない(・・・・・)って……


誰も返事をしてくれなくて、無情にも俺の思いは霧散していく。


や、やめ……


そして、俺と思われる奴は、気味の悪い声で笑った後。上げていた片手を下ろし、黒斗を殺した(・・・・・・)


は、ははは……

そうか……そうなのか……


黒斗の最後を見て、俺は理解する。

こんな事、知りたくはなかった。

できるならば否定したい。大声を出して、嘘だ! と叫びたい。


「ク、クハハハ……この様な残りカスでも、力が手に入ったか。吸収した甲斐があったな。共に付いてきた人格の弊害が邪魔だが、まぁいい」


笑い声を上げた男は周りを見渡す。

白く美しい城は既に崩壊していて、森の中は炎に包まれている。

黒斗の姿は、もはやどこにも存在していない。


「真祖の魔眼は手に入らなかったが、いつの日かオレのモノにしてやる」


男は空を見上げて目を細める。


「次は神界か。待っていろ……例え何千年かかろうとも、必ずオレはそこへ行く」


男の決意の言葉を聞いた俺は、徐々に気持ちが沈んでゆく。

視界の隅で、違う場面が映されていたようだけど。それを見ても正直頭に入ってこない。

どうにか理解できたのは、白い格好をした奴と、背中から六枚の翼を生やしてその男と戦う、アストレア様の姿だった――




==============================================




「は、ははは……」


俺が、冥王なのか?

笑い話にもならねぇな。


すべての情景を見せられた俺は、乾いた笑いしか出て来ない。

生まれ変わり、黒斗の代わりにルナを護ると心に誓ったのに。

二人の想いを引き裂いたのは、俺なのかもしれない。

もしそうなのだとしたら、今の俺の存在自体が滑稽だ。どの面を下げて、ルナに会いに行けばいいんだ。


ルナだけではない、トリアナにしても同じだ。

彼女が好きだった蔵人も、冥王の手によって殺されていた。




「この場所がどこなのか分からないけど、このままここで朽ちるのも悪くないな」


『……ざ……け……』


自分が冥王なのだとしたら、元の世界に生きて戻った時、俺の大好きな女の子達が不幸になる。

そもそも、自分の存在自体がおこがましい。なぜ、アストレア様は俺を転生させたのだろうか。


「なんだか……眠くなってきたな……」


辺り一面真っ暗だったけれど、地面に立つことは出来る。

俺は体中から力が抜けるような感覚に陥り、仰向けになって目を瞑った。


『……い……お……き』


頭の中で誰かの声がしている。眠らせて欲しい。もう、起きたくはない。


――ドクン――と心音が高鳴る。


何かに魔力を吸われているような感覚があったが。俺の中から、さらに魔力が溢れているような感じがした――



「なんだ?」


不思議に思い目を開けた瞬間。今まで小さかった誰かの声が、今度はハッキリと聴こえた。


『お前、ふっざけんな! 起きろ阿呆!!』


「ぐあっ!?」


頭の中にガツンッと大きな声が響く。思わず寝ていた上半身を起こし、両手で自分の耳をふさいでしまった。


「……その口調、蔵人なのか?」


『あぁ、そうだ。俺だよ、やっと正気に戻ったか?』


正気に戻る?


意味がわからない。俺は別に正気を失ったわけではない。

ただ真実を知って、すべてに絶望してしまっただけだ。


『それで。何で暗い気持ちになっているのか知らないが、ずっとこのままでいる気か?』


「放っておいてくれよ。俺に生きる資格はない」


『おいおい。めっちゃブルーだな……いったいどうしたんだ? お兄さんに話してみ?』


「…………」


先程見た光景は、蔵人には見えなかったのだろうか。

そんな事を思いながら、俺が冥王になっていて、黒斗と戦っていた光景を見たのだと説明する。


『なるほどな。そんな事か』


「そんな事だと。俺に……いや、黒斗にとっては大問題じゃないか!」


『落ち着け。たぶん、俺が昔に見せられた光景と同じだと思う』


冷静になれと言われたが、とても落ち着いていられるわけがない。

今の今まで、俺の宿敵だったと思っていた冥王が、自分自身だったんだ。


『まぁ、あいつもあんな格好で出てきたからな。お前が勘違いしたのも分かる』


「あいつ?」


『黒斗、というか。黒乃の姿をした男だよ。あいつが冥王だ』


「なんだと……」


その言葉を聞いた瞬間。暗い気持ちが明るくなると同時に、様々な疑問が浮かんでくる。

どうして黒乃と似たような姿をしていたのか? 俺自身はいったい何者なのだろうか。

とても知りたくなった俺は、蔵人に向かって矢継ぎ早に質問をした。


『お前が不安になったのは分かるけど、落ち着け。お前は冥王本人じゃないし、黒乃の姿をしているけど、奴は俺達の敵だ』


「どういう事なんだ? 冥王は、どうしてあんな姿をしているんだ?」


『ぶっちゃけていうけど、それは俺にもよく分からない』


「なんだそれ……」


『初代の記憶が曖昧だったから……冥王については、俺達の敵だという認識しかないけど……』


「初代?」


『クロフォードの事だ。前に会った時言っただろう、前世の記憶を思い出した分だけ、俺達は強くなれると』


トリアナが俺の封印を緩めてくれたおかげで、黒斗と蔵人の二人に会えた時のことか。

たしかにそんな話は聞いた。俺が思い出していると、蔵人が、今はあまり気にしなくてもいいと言う。


『俺が奴と戦った時も、黒斗の姿で出てきたことがあったが。最終的には、黒斗が出会った頃の冥王の姿になっていた』


クロフォードの時の記憶があんまり思い出せないので。蔵人も、冥王がなぜあんな姿になっているのかわからないらしい。

そういえば、俺が瀕死の重傷を負い、クロフォードが表に出てきたことがあったけれど、冥王については一切何も言っていなかった。


すぐに俺の中で眠ってしまっていたし、正直それどころじゃなかったわけだが。

思えば、クロフォードはどうして死んだのか聞いていない。


『これは俺の推測なんだけどな。冥王の奴は、俺達のねがいの魔法を渇望していただろ? そして黒斗を倒した時に、黒斗ごとその残っていた力を吸収した。俺が見せられた光景はこんな感じだったが、お前が見たのも同じだったはずだ』


「あぁ、その通りだ」


『黒斗の体ごと吸収したから、黒斗の姿になれるし。黒乃の方も記憶が曖昧だからわからないが、たぶん同じだと思う』


「冥王は、どうして俺達……というか、黒斗や黒乃の姿で出て来るんだ?」


『一番の理由は、お前を惑わすためだろう。分かっていることは、この場所でお前を吸収して、完全体として復活することだ』


「マジかよ……」


俺をこんな場所に引きずり込んだ理由が、俺を吸収するためだと知って、心底ゲンナリする。

さっき魔力を吸われたような感覚がしたけど、あれが吸収だったのだろうか。

だとしたら納得できる。黒乃の姿で俺を惑わせたり、自分が冥王だと勘違いさせるような光景を見せられて、俺はかなり動揺していたので、たしかに効果は抜群だったと思う。


『これは野郎共の記憶じゃなくて、黒愛の記憶から知った事なんだけどな。この場所は闇の転生の領域らしくて、冥王は共鳴者だという存在らしい』


「闇の転生の領域に、共鳴者?」


『転生の領域はそのまんまの意味だ。ここで俺達を吸収して、奴は新たに生まれ変わるつもりなんだろう。共鳴者ってのは俺もよく知らない』


「お前はなんでも知っているのかと思ったけど、俺と似たようなもんじゃないか……」


前世の記憶を思い出して強くなり、冥王と互角に戦った男とはとても思えない。


『仕方ないだろ。前世の事を思い出すと言っても、大神王に封印されていたから、どうしても穴だらけになるんだよ』


「アストレア様か……」


どうしてこんなにめんどくさい事をするんだろうな、あの御方は。

前世の記憶を封印されていなかったら、俺もここまで惑わされることはなかったのに。


『だからさっき言った推測になるが、吸収した者の力を使えるのが、共鳴者なのかもしれない』


「あぁ……そういう事か」


だとすれば、冥王がねがいの魔法を使っていたことも、詠唱が黒斗だった事も納得できる気がする。

何か他にも……大事なことを忘れている気がするけれど。


『でだ。ここまで聞いて、お前はまだ引きこもるつもりか?』


「いや……それは……」


『黒斗の事が信じられないか?』


「え……?」


『今は他の奴等を探していて出て来れないけど、ルナの事をお前に託したのは黒斗自身だ』


「そうだけど……」


ずっと気になってはいた。黒斗はなぜ出て来れないのだろうかと。

もしかしたらさっきの男が黒斗本人で、俺からルナを奪いに来たのかもしれないとか思ってしまっていた。

蔵人から、黒斗が今何をしているのか聞いて、少しだけ安堵する。


『俺が言った事や、自分の事が信じられないならそれでもいい。だけど、お前の事を信じてルナを託した、黒斗の事を信じろ』


「黒斗を信じる?」


『そうだ。あいつは宿敵に、自分の大切な女を任せるようなバカじゃないだろ?』


「あぁ。そうだな」


『ここから出るなら、俺の名前を貸してやる』


「お前の名前?」


『ねがいの魔法の詠唱は、魔力も大事だが。それ以上に、自身が名乗る名前も重要な要素なんだ』


蔵人曰く、詠唱で名前を名乗るのは、ねがいの魔法に向かって、名前と魔力を対価として差し出しているらしい。

クロードを名乗れば俺自身の魔力を使い。蔵人の名前で詠唱すると、こいつの力が少しだけ使えるみたいだ。

そんな事を考えたこともなかったし、俺が願うと勝手に詠唱呪文が頭に思い浮かんでいたので、全く気にしたことがなかった。


『本当は許可なんか必要ないし。お前が暴走した時、勝手に俺の名を名乗っていただろ?』


言われてみればそうだった。この世界の魔導士に襲われておかしくなった俺は、蔵人の名を名乗って、やたらと強い力を使っていた気がする。


『あとは魔皇の称号も大事だ。自分が魔皇だと名乗るだけで、俺の魔力も引き出せる』


「そうなのか……」


あの称号についてはとても困ってしまっていたけれど。そんな事ができるのならば、名乗るのも悪くはない。


あいつが神王を名乗っていたのは、黒愛の魔力を引き出していたからなのか?

冥王じゃ駄目なのかな……


すごく気になることだったけど、今は後回しでもいいだろう。


「ここから脱出するには、お前の名を名乗って魔法を使えばいいんだな?」


『その通りだが、まずはあのちびっ子キツネをさがしてやれ。たぶん不安になっていると思うぞ』


「白亜もここにいるのか」


『すぐ側にいて、一緒に巻き込まれたみたいだからな』


「わかった」




この場所は、黄竜に飛ばされた時に見た、次元の狭間と似たような所だ。

だとすれば、白亜はずっと恐怖に怯えているのかもしれない。

近くに居たフランチェスカ様もここに居るのかもしれないけれど、まずは白亜を探してみることにした――

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