第134話 謎の男
執筆する時間が取れなくて短めです。
「どうして、クロ坊が二人居るのじゃ……」
前方にいる男に向かって、白亜が呟いている。
彼女が驚くのも無理は無い。謎の男は俺と全く同じ顔ではないが、とても良く似ている。
「黒斗……なのか?」
俺の言葉を聞いた男が、フッと笑った後、踵を返す。
「あ、待て!」
後ろを向いた男が走りだしたので、再び俺は奴を追いかける羽目になる。
今度はしっかりと白亜を抱きかかえながら、男の後をついていく。
くそっ、どこに行ったんだ。 狐に化かされている訳じゃないよな……
路地裏を抜けだして辿り着いた先で、男の姿を見失った。
周りを見渡すと、まだ街の中なのに全然人が居ない。
スラムの様な朽ちた家はなく、大きめの屋敷が並んでいるけど、ゴーストタウンのような静けさだ。
貴族街なのか?
「クロ坊。あっちに人の気配がするのじゃ」
「あっちか?」
白亜に言われて右の方へと進んでいく。確かに人は居たが、それは俺が探している人物ではなかった。
「クロード? ここで何をしている?」
「フランチェスカ様……」
この人、本当にどこにでも居るな……
「フランチェスカ様こそ、どうしてここに?」
「街の巡回だ。平穏のためには、必要な事だろう?」
「は、はぁ」
理解はできるけど、それは王の仕事ではなく、兵士の仕事じゃないだろうか。
彼女にとてもツッコみたかったが、怖いのでやめておくことにする。
「それで、オマエは貴族街になんの用だ?」
「えっと。俺に似た男を、見かけませんでしたか?」
「質問をしているのはワタシの方だが。オマエに似た奴とは、どういう意味だ?」
質問が漠然としすぎて伝わらなかったみたいだ。どういえばいいのだろう。
全身真っ白な格好をした奇妙な男……と伝えようとしたら、俺の心臓がドクンと高鳴った。
「っ……あっちか!」
「む……おい、待て!」
なんとなく男がいる方向がわかったので、フランチェスカ様の制しを振り切り、俺は走りだす。
走っている最中に、俺の中で誰かの声が聴こえたような気がするけど、小さすぎて何を言っているのかわからない。
「小さすぎて聞こえねぇよ! 何を言っているんだ?」
「クロ坊? どうしたのじゃ?」
『……だ……う……え……』
上?
一旦立ち止まり。聴こえてくる声に集中すると、上という単語が聴こえたので空を見上げる。
すると、先程まで追いかけていた男が剣を手に持ち、上空から斬りかかってきていた。
「な!? シールド……」
「飛燕・斬空閃!」
「ちぃ……」
俺が盾を出す寸前で、男に向かって斬撃が飛んできた。
斬撃を放ったのはフランチェスカ様だ。どうやら俺を追いかけて来ていたらしい。
あまりにも唐突過ぎたので、盾を出すのが間に合わなかった。あの人が居なければ危ないところだ。
思わぬ攻撃に、男は舌打ちをしながら身を翻していたが。完全には避けきれずに、自身が羽織っているローブが引き裂かれていた。
「なるほど。先程の言葉、得心がいった。確かにオマエとよく似ている」
フランチェスカ様が納得したような表情をしながら、俺の傍まで寄って来る。
俺は白亜を地面に下ろして、再び男の方へと視線を向ける。
「このローブ、結構気に入っていたんだけどな……」
びりびりに引き裂かれたローブを脱ぎながら、男が初めて喋り出す。
目を引く髪は白色をしていて、なぜか片目を閉じている。
ローブの下には白いコートを着ていたようで、全身が真っ白だ。
アリスにプレゼントされた黒いコートを着ている俺とは、まさに対象的な格好だった。
声が……
しかし俺には、自分と似ている容姿よりも、男の声のほうが気になってしまう。
しゃがれた声というか、かすれたような低い声だ。何となく黒斗に雰囲気が似ているが、声だけが合っていない。
「お前は誰なんだ? その声は何だ」
「うん? 声? あぁ、そうだね。僕は生まれたばかりだから、まだいろいろと、調整ができていないんだよね」
「生まれたばかりだと?」
「そうだよ。中途半端に生まれ変わったから、腕もこんなのだしね」
片手を上げた男の腕を見ると、錆びついたような機械の義手だった。
そんな気がしていたが、前にルシオールで出会った奴で間違いない。
あの時一緒に居たレティが、俺とよく似ていると言っていたけれど、今になってその言葉を理解した。
「ま、まさか……」
男の姿を確認し、驚きと焦燥に駆られる中、ふと、記憶が蘇ってくる。
それは、いつか見た俺の前世の記憶の夢だ。四人ほどの前世を見た記憶の中に、こいつにソックリな男が居たのを思い出す。
勇者として召喚され、異世界を救ったのに。その世界の人間に裏切られ、愛する妻を殺された男。
自分に起きた出来事に怨嗟し、救った世界の人間に憤激し、目の前で大切な女神を殺されて、その情景に慟哭した勇者。
あいつも、黒斗と似たような性格と言葉遣いをしていたし。俺が見た記憶の中で、片腕と片目を失っていた。
「黒乃……なのか?」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるかな」
「どういうことだ……」
「まずは、そうだね。君の中のモノを引き出してみようか」
「なに?」
「神皇、夕城黒乃の名の下に、僕が創造するべき力よ……」
「な……神王だと!?」
懐からクリスタルのような物を取り出して、男が詠唱を開始する。
俺と同じ魔法の詠唱にも驚いたが、神を名乗っていたことにも驚愕してしまう。
「おや? こっちはまだ目覚めていないのか。共鳴できないな」
驚いている俺を放置して、黒乃と名乗った男は途中で詠唱を取りやめた。
「何をする気なのか知らないが。大教会のローブを着ていた怪しい人間を、このまま見過ごすことは出来ぬな」
今まで黙っていたフランチェスカ様が、腰からもう一本の刀を抜いて男と対峙する。
話を聞く限り、先程までこの男が身に纏っていたローブは、ノスフェラト大教会の物の様だった。
「ふーん……まがい物か。大神王の力で転生したみたいだけど、本物には遠く及ばないな。今は邪魔だね」
「大人しく縄につけ。飛燕・斬空烈閃!」
「おっと。スクトゥム・クリエイション!」
フランチェスカ様が、二本の刀からクロス状の斬撃を飛ばす。
男は長方形状の盾を出してそれを防ぐ。言葉にした魔法の名称から、ねがいの魔法が使えるようだ。
「仕方がないな。場所を変えようか」
「む……?」
「神皇朝宮黒斗の名の下に、僕が創造するべき力よ……」
しばらくフランチェスカ様の攻撃を躱していた男は、大きな屋敷の屋根の上に飛び乗って、魔法を詠唱し始める。
ずっと呆然としていた俺は、それを見て腰から銃を引き抜く。そして、男に向かって何発か魔法弾を撃ったが、その全てが魔法の障壁の様なもので防がれた。
「ダークネスワールド・クリエイション」
「くそっ……なんだこれは!?」
男が魔法を唱え終えると、明るかった景色が一変し、辺りが闇に染まる。
攻撃魔法ではないようだったけれど、俺は何も出来ないまま、暗闇に包まれた――




