第133話 邂逅
「そろそろ機嫌直せよ」
「つーん」
俺の言葉を聞いて白亜がそっぽを向く。彼女は昨日から機嫌が悪い。
なぜなら昨日ルナを迎えに行った時に、ギルドの職員に可愛がられていた白亜をソフィアに任せて、俺が彼女に全く構っていなかったからだ。
マルコさんと話をするためにソフィアには先に帰らせて、俺とルナは二人で宿屋に帰ったのだが。
白亜はその時、自分が蔑ろにされている様に感じていたみたいだ。
小さな狐の姿をしているけど、彼女は愛玩動物ではなく獣人だし。人が多いところではろくに喋れないので、ストレスも溜まっているかもしれない。
それに昨日は疲れていたみたいだし、ご飯を食べた彼女はすぐに眠っていたので、機嫌が悪いとは思っていなかった。
「クロ坊は、わらわの事などどうでもいいのじゃ」
「そんな事はないぞ、俺は白亜も大切にしている」
「口だけならなんとでも言えるのじゃ」
「むーん……」
ベッドの上に座っている白亜を説得しているが、一向に機嫌が良くならない。
ソフィアは頬に手を当てて困った表情をしているし、ルナは俺の方を見ながら、自分で何とかしろとその目が訴えていた。
「はぁ……しょうがないな」
顔を背けていた白亜の体がピクリと動く。彼女に目線を合わせるためにしゃがみ込んでいた俺が立ち上がると、悲しそうな表情をコチラに向けてくる。
構って欲しいからこんな態度をしていたのに、俺が諦めたような仕草をしたので、悲しくなったのだろう。
「ソフィア、ルナを連れてクレアの家にでも遊びに行っててくれるか」
「クロード様はどうなさるのですか?」
「俺は白亜と街でもぶらついてくる。そろそろルシオールに帰るつもりだったし、仕事しないで街を観光するのもいいだろ」
「わかりました」
「わらわはお留守番をしているのじゃ」
「いいから行くぞ」
「ふぁ」
拗ねている白亜を無理やり引っ掴んで部屋から出て行く。狐姿の彼女にプレゼントなど思い浮かばないが、美味いものでも食べさせればそのうち機嫌も良くなるだろう。
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「クロ坊。次はアレが食べたいのじゃ」
「食べにくそうだぞ」
「アレがいいのじゃー」
「わかったわかった」
肩の上に乗っている白亜に囁かれ、串焼きの露店で肉を買う。
ミンチ状の肉を鉄串で焼いてあって、熱々で肉汁が少し垂れている。シシカバブの様な感じだ。
これは危ないな。
「ふーふー……熱っ」
買った店に鉄串を戻さないといけないみたいなので、店の近くにあった椅子に座って肉にかじりつく。
予想通り肉も串も熱くて、火傷しそうになった。
「ほら」
「う……」
「食わないなら俺が全部食うぞ」
「た、食べるのじゃ」
鉄串が危ないので、自分の口で噛み切った肉を白亜に食べさせる。白亜が照れていたが、俺だって照れくさい。
次々と俺に肉を催促して、結局彼女一人で全て平らげていた。
「ふぅ……満足なのじゃ」
「それはよかった」
五軒ほどの食べ物屋台を巡ったおかげで、白亜はすっかり機嫌が良くなったみたいだ。
椅子から立ち上がって、店のすぐ横で洗い物をしている女の子に鉄串を返す。
女の子は手から泡と水を出しながら、串をゴシゴシと洗っていた。
何だあれ……
「なんでしょうか?」
「あ、いえ……見たことがない魔法だったので」
「洗剤魔法ですか? 冒険者の方でしたら、覚えていても損ではありませんよ」
洗剤魔法ってなんだよ……
ファンタジーすぎる……
俺が呆気にとられていると。女の子が、魔法商店で売っている魔法石を購入すれば、簡単に使えることを教えてくれた。
西に向かって旅をしている途中で、アリスが服を洗ってくれたり。体を洗う時に、エレンさんがどこからかともなく石鹸の泡を出していてくれたが、もしかしたら似たような魔法を使っていたのかもしれない。
家事は全部女の子達に任せっきりだったし、あまり気にしたことはなかった。
女の子に礼を言い、店を後にする。白亜の機嫌も良くなったことだし、食べ物屋巡りをやめて、魔法商店を覗いてみるのもいいだろう。
「へぇ……ネックレスに魔法石を取り付けられるのか」
魔法商店でいろいろな魔法石を見ていく。壁に貼ってある張り紙の説明によると、装飾品に魔法石を付けるのが流行っているらしい。
ネックレスなら白亜でも着けられるし、彼女のために買ってみるのも悪くない気がする。
どれがいいかな。
魔法石の種類は豊富で、戦闘補助とか回復補助とかたくさんあるけれど、白亜に合いそうな物がピンと来ない。
戦闘系の魔法が使えるかわからないし、回復魔法補助も、魔法が使えないと意味が無い。
魔法石によって石の色が様々なので、彼女に似合いそうな色で決めることにする。
これ、綺麗だな。
解呪魔法石? 呪いを解除するのか? ずいぶんと安いが。
淡いマリンブルーの色をした魔法石を手にとってみる。向こう側が透けて見えるくらい綺麗な色をしているのに、なぜかやたら安い。他の魔法石の値段の半分以下だ。
店員のおばちゃんに聞いてみたら、呪いに掛かる人なんてめったに居ないし、そもそも効果があるかもわからないので、こんなに安いらしい。
効果が分からないものを販売するとか、それでいいのか?
まぁ、買いやすいからいいけど。
この魔法石を購入することに決めて、ネックレスに加工してもらうことにする。
「この子に着けたいんですけど、大丈夫ですかね?」
「あらまぁ、かわいいわね。ちっちゃいから、子供用を半分にして加工すれば大丈夫だと思うわ」
「それでお願いします」
お金を払い、ネックレスに魔法石を加工してもらう。
どんな風に加工するのか興味津々で見ていたら、魔法を使ってあっという間に出来上がっていた。
「はい、どうぞ」
「どうも」
「う……」
しまった……
店の外にでて、白亜の首にネックレスをつけようとしてそこで手が止まる。
彼女の首に、無骨なデザインの隷属の首輪を着けていたことを、すっかりと忘れていた。
「クロ坊……」
俺の顔を見た後、白亜がすぐに目を伏せた。
「首輪、外すか?」
「いやじゃ……このままがいいのじゃ」
白亜は頑なに隷属の首輪を外すことを嫌がる。
こんな姿をしているから、リアと同じで人間が怖いのかもしれないが、俺達と一緒にいて辛くはないのだろうか。
彼女を見ながらそんな事を考えていると。なぜか、ねがいの魔法が思い浮かんだのでつい唱えてしまう。
「わ……」
俺が魔法を唱えると、手に持っていた魔法石と彼女が着けている首輪が光ったので、白亜が声を出しながらびっくりしていた。
「なにをしたのじゃ?」
「いや……俺もよくわからん……あれ?」
手に持っていた魔法石が消えたので、落としたのかと思っていたら。
白亜が着けている隷属の首輪に、淡いマリンブルーの宝石が光り輝いていた。
「首輪に引っ付いちまったな」
「おぉ?」
両手で自分の首を触りながら、白亜が驚いている。
真っ黒の首輪は彼女には無骨すぎたし、俺の魔法で少しだけオシャレに変わったから、これでいいかもしれない。
「似合ってるぞ」
「そ、そうかや?」
「あぁ。うん?」
照れている白亜を見ながら、何か違和感を感じると思ったら。
彼女の尻尾の先っぽが、少しだけ、白からオレンジ色になっていた。
「しっぽの色が変わっているけど、体はなんともないのか?」
「ふえ?」
俺の言葉を聞き、彼女は自分の尻尾を見た後。小さな手で、たしたしとその尻尾を叩く。
「大丈夫か?」
「元に戻りかけておるのじゃ」
元に戻る? あぁ、そういえば……
彼女に出会った時のことを思い出すと、真っ赤なドレスが目立っていたので、あんまり気にしていなかったけど。
白亜は今の白い毛並みではなく、オレンジ色の髪と尻尾だった。
黄竜の手によって子狐の姿にされていたので、忘れてしまっていたが。
「そうか。なんともないならいいけど」
「うむ。クロ坊……」
「なんだ?」
「……ありがとうなのじゃ」
「おう」
照れたような声を出す白亜に、俺も何となく恥ずかしくなってしまった――
「あれは……」
白亜と一緒に商店街を歩いている途中で、見覚えがある人を発見する。宿屋の看板娘のカリンさんだ。
カリンさんは立ち止まって、美術品を扱っている商店の店先で、絵画をずっと見ているようだった。
「カリンさん」
「あ、クロードさん。お買い物ですか?」
「街をぶらついているだけですよ」
「そうなんですか。あ! 白亜ちゃん、可愛くなってますね」
「ク、クーン……」
俺の肩の上に乗っている白亜を見て、カリンさんが満面の笑みを見せてきた。
女の子の目にも可愛く映ったのなら、魔法を使った甲斐がある。
「絵を見てたのですか?」
「はい……そうです」
質問をしたら、なぜかカリンさんは少しだけ寂しそうな表情をして、また絵画の方へと視線を向けた。
宿屋に飾ってあった絵画を見ている時も、こんな表情になっていたけど。なにか絵に思い入れでもあるのだろうか?
うわ……
たっかいなぁ……
店先に飾ってある絵を見てみると、どれもこれも数万から数十万の値段だ。
俺も絵は嫌いではないが、そんなにお金を出して買う気にはならない。
「絵が好きなんですか?」
「そう……ですね……」
カリンさんは少しだけ言いよどんでから、どうして絵ばかり見ていたのか説明してくれた。
どうやら恋人が絵を描いていたらしく。今は離れ離れになっていて、ずっと会えていないそうだ。
いつも寂しそうに絵画を見ていたから、そんな理由があったのなら納得できる。
「帰ってこないのですか?」
「わかりません。一年前にルシオールの街へ行くと言って……それっきりです」
ルシオール……
「あの、俺はルシオールの街から来たのですけど。どんな人なのか特徴を教えて下さい。もしかしたら、見たことがあるかもしれません」
「そうなのですか? でもルインは、ルシオールに住んでいたわけではないのですけど」
ん……?
なんか、めっちゃ聞き覚えがある名前だぞ。
というか……最近自己紹介された奴が、そんな名前だったが……
「ちょっとまってください。ちなみにお聞きしますけど……カリンさんの恋人って、エルフですか?」
「ルインを知っているのですか!?」
「うおっと!」
「わぁ!」
いきなり服を掴まれて俺の体が揺れたので、白亜が落ちそうになって声を出す。
慌てて白亜を落とさないように支えると、彼女はホッとした表情になっていた。
「あ、ごめんなさい」
「いえ、大丈夫ですよ」
白亜が喋っていたが、それは一瞬だったし、カリンさんも慌てていたので気づかなかったみたいだ。
そして、カリンさんに落ち着いてもらった後、彼女の話を聞いたら。
恋人のルインって奴は、俺が知っているあのルインで間違いないらしい。
「手紙……ですか?」
「えぇ。俺もルインとまた会う約束をしたので、今度会った時に渡しますよ」
「わかりました。家に戻ったら書くので、お願いします」
「はい」
ルインに手紙を書くことを提案すると、カリンさんはすごく嬉しそうに笑ってくれた。
「それじゃ、俺は……っ!?」
「クロードさん?」
「すみません! 用ができたので失礼します!」
「あ、はい」
カリンさんとの話を切り上げて、俺は全力で走り出す。
「クロ坊! どうしたのじゃ!?」
まさか……
そんなはずはないっ!
白亜が、走っている俺の肩に必死にしがみついて質問してくるが、返事をしている余裕が無い。
人違いだと思いたかったが。もう一度確かめられずにいられない。
人波をかき分けて走り続ける。目的の人物はどんどんと人が少ない方へと進んでいき、路地裏がある方へと曲がっていく。
自分も路地裏へと入っていき、目標の人物に追いついたので。その人の後ろ姿を確認した瞬間、大声で声をかけた――
「黒斗!!」
俺の言葉を聞いて振り返ったそいつは、白いローブを着た、俺と似た顔をした人物だった――




