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第132話 眠れない夜

「ギルドマスター、クロードさんをお連れしました」


「はぁい、入ってもいいわよー」


冒険者ギルドの一階で仕事の報告を終えた俺は、ギルド職員の案内の下、三階にあるギルドマスターの部屋に入る。

マルコさんはデスクワークをしていて、ルナは椅子に座って飲み物を飲んでいた。

職員のお姉さんが失礼しますと言って部屋から出た後、マルコさんが書類から手を放し、俺に質問をしてくる。


「クロードちゃん。遅かったけど、難しい仕事をしてたの?」


「いえ。ウッドイーター退治の依頼だったんですけど、討伐するのに手こずってしまって」


「クロ……おかえり」


「あぁ、ただいま。ルナ」


俺とルナの事を見ながら、マルコさんが「この街に来て、わざわざ受ける依頼じゃないわね」と、微笑みながら言ってきた。

確かにその通りだったが、魔物の特徴を知らなかったのだから仕方がない。


「俺、この街来たばかりだって、言いましたっけ?」


「わかるわよ。この街に住んでいて、フランちゃんの顔を知らない人は居ないから」


「そうなのですか……」


そんな返事をしながら女帝の容姿を思い浮かべる。あの人の姿は、一度見たら忘れられない存在感だ。


「あの御方は、普段から街をウロウロしているのですか?」


「そうよ、変な娘でしょ?」


同意できるが、口にだすことなんて出来ない。


「マルコさんとは、随分と親しそうでしたね」


「フランちゃんとあたしは親戚だからね、お互い子供の時から知っているのよ」


この人も貴族なのか。

元々貴族の街だし、こんな仕事をしている貴族が多いのかな。


「他にも知りたいことはある? クロードちゃんになら、お姉さんが何でも教えちゃうわよ」


「いえ、もう十分です」


知りたい事は沢山あるけど、これ以上聞くと深みに嵌りそうなので、遠慮することにした。

少し残念そうなマルコさんから視線を逸らし、ルナから今日の出来事を聞くことにする。


「ルナ、今日は楽しかったか?」


「うん。お城につれていってもらった」


「マジで?」


「二人共、すごく楽しそうだったわね」


何考えているんだあの人は……


この国の王なのだから、自分の城に帰るのはおかしくはない。

しかし、ルナを好き勝手連れ回されるのは流石に困る。


任せてしまったんだから、文句は言えないけど……


「私も一緒に居たけど、まるで母娘みたいだったわね。ひょっとしたら――お城の家臣たちに勘違いされちゃったかも?」


ぐあ……


顔は似ていないとはいえ、二人は同じ銀色の髪をしている。どんな様子だったのかは想像できないけど、遠くから見たら、勘違いされた可能性がもの凄く高い気がする。


「これ、かえす」


「あぁ」


ルナに渡していた、ルナティアとソフィーティアを受け取る。彼女に護身用として持たせていた物だ。

ウッドイーターを倒す時、これがあれば楽に終わったかもしれなかったが、仕事よりも彼女の身の安全のほうが大事だった。

ルナもねがいの魔法が使えるので、渡さなくても大丈夫かとも思ったけど。用心するに越したことはない。

おかげで討伐するのに苦労した。ソフィアが三十匹くらい倒していたのに、俺は十匹も倒せなかったし。


「相手を殺さずに気絶させるなんて、面白い銃よね。いったいどこで手に入れたの? クロードちゃん」


「え? まさかルナ、使ったのか?」


マルコさんの言葉を聞いて驚く。魔法弾ではなくゴム弾に変えていたので、撃つ所を見なければわからないはずだ。

ギルドで俺が使った時は、マルコさんは見ていなかったし。あの時は威力を弱めていたので、サゴ達も気絶はしていなかった。

俺の質問に、ルナが気まずそうな表情をして視線を逸らす。使用することは無いと思っていたけど、どうやら使ったみたいだ。


「ルナ……?」


「うざかったから……つい……」


「お城に居たダニエルちゃんに絡まれちゃって、ぶっ放してたわよ」


おーのー


よくやったと褒めるべきなのか、複雑な気分になった。




少しだけ三人で話をして、もうそろそろ帰ろうかと思っていると、マルコさんが仕事があると言ってくる。


「フランちゃんから仕事の依頼があるのだけど、クロードちゃん受けてもらえる?」


「内容にもよります」


ルナが世話になったから、フランチェスカさんの依頼なら受けてもいいけど。軽々と受けることは出来ない。

この街に定住しているわけでもないし、あまりアリス達の事を放置するわけにも行かないからだ。


「この街から北にある、国境の警備なのだけどぉ」


「それ……兵士か傭兵の仕事じゃないですか?」


あの人が何を考えてそんな依頼をしてきたのかは知らないが、どう考えても冒険者の仕事ではない気がする。

俺の返事を聞いたマルコさんが「そうなのよねぇ、何を考えているのかしらあの娘」なんて呟く。

自分の頬に手を当てて悩んでいるマルコさんの様子からして、この人もあの人の考えがよく分からないらしい。


「もしかしたら、クロードちゃんを自分の手元に置きたいのかも……」


「自国の兵士に欲しいって事ですかね?」


「多分違うと思うわ」


マルコさんはそう言って、ルナの方へと視線を向ける。俺も彼女のことを見て、何となくわかった気がした。


そういうことか。


「んぐ……んぐ……ん?」


話を聞いていたのかいないのか、ルナは果汁を飲みながら首を傾げる。

彼女のためにここに住むのも悪くはないけど、それは俺一人で決めるべきではない。


「断ってもいいのですよね?」


「強制じゃないからね。でも、いいの?」


「はい。俺達の帰りを待っている人達が居ますから」


「そう。わかったわ」




ギルドを後にして宿屋へと戻っている途中に、ルナが俺に擦り寄ってくる。

フランチェスカ様と話ができて元気になったみたいなのに、俺と分かれて寂しかったのだろうか。


「腹減ったな。今日もいっぱい食べるか」


「ん……」


「ルナは何が食べたい?」


「んー……シチューがたべたい」


「シチューか。俺はガッツリと肉が食べたいな」


「クロ、最近リアに似てきた」


「そ、そうかな」


ジイさんの修業を受け始めてから、確かに肉ばかり食べていた気がする。

リアは元々肉が大好きなようで、子供らしく野菜はあまり食べない。

白亜が彼女に注意すると、渋々と野菜も食べるが、その顔はもの凄く嫌な表情になっていた。


「屋敷に帰ったら、リアと一緒にいっぱい食べるさ」


「ん……そうしたほうがいい」


たわいもない会話だったけど、彼女は嬉しそうな表情をしている。

この世界にきてからはずっと一緒だったし。この大陸で皆と合流した時は、彼女は毎日ずっと俺の側を離れなかった。


フランチェスカ様と一緒に居たことは、楽しかったらしいから良かったけど、今度からちゃんとルナの意志も確認しよう。


俺達が宿屋につく頃には、空はすっかり暗くなっていた――




=============




んー……

いい風だな。


酔い覚ましをするために、部屋の窓を開けて夜風に当たる。

気温は暑くも寒くもなく、少しだけ火照った身体には丁度いい涼しさだ。

疲れているのか、女の子達はぐっすりと寝ている。俺はまだ眠れそうになかったので、彼女達を起こさないように、静かに窓際で涼むことにした。


ノスフェラト大教会か。


マルコさんやフランチェスカ様から聞いた話を思い出す。

それは、北の聖王都ガラテアにある、ノスフェラト大教会の話だ。

この世界には幾つもの教会があるけれど、一番知れ渡っているのがこの大教会だ。

その歴史は古く、今では世界中に信者が分布されている。


国が違えば宗教も変わるので、当たり前だが、教会によって信仰する神は違う。

トリアナは管理神だからなのか、すべての教会で信仰されているようだが……

俺が気になったのは、大教会の主神が、彼女じゃないということだ。


トリアナの話を聞く限り、彼女は聖王都に居る聖女と交信をしているのに、なぜ主神とされていないのだろうか。

それに……本当かどうかは俺には判断ができなかったけど。行方不明事件は、この大教会が絡んでいる可能性があると、フランチェスカ様が言っていた。


あの人から聞いたのは、数十年前の話だったが。

どこかの小さな村で、大教会の司祭が、随分と悪辣なことをしていたらしい。

詳細は教えられなかったけど、村人を間引いていたとか、流行病の治療方法を探るために、村の住人で人体実験をしていたとか、そんな感じの話だった。

俺は北の大陸にまだ行ったことがないので知らないが、今でも黒い噂は絶えないそうだ。


よく分からない俺が考えても、仕方がないか。


北の大陸には行く予定がないし。まだこの世界のことをよく知らない俺が悩んでも、答えが見つかるわけがない。


あんまり開けていると、風邪をひくな。


「クロード様。眠れないのですか?」


部屋の窓を閉めようとしたら、ソフィアが起きていて、俺に話しかけてきた。


「すまない、起こしてしまったか」


「いいえ。大丈夫ですよ」


彼女は優しく微笑みながら、俺に寄り添ってくる。


「ソフィア?」


「涼風に当たっていたのですね」


「あぁ。酔を覚まそうと思った」


「此の頃、酒量が増えていらっしゃいますね。お呑みになられるのも結構ですが、どうか、御身を大切になさってください」


「む……そうか。飲み過ぎは体に悪いか」


「クロード様は、御生まれになられたばかりなのですから」


ソフィアはそう言いながら、そっと、俺の体に自分の手と頬を当ててくる。

俺は服を着ていないので、彼女の体温が直に伝わってきた。


生まれたばかり……


言われてみればそうだった。この状態で生まれ変わったから違和感がなかったけど、よく考えたら俺、生まれて一年も経っていない。


普通なら新しい人生は、赤ん坊から始まるんだよな……


この体、いったいどうなっているのだろう。

ソフィアが何も言わなかったから、中途半端な年齢に生まれ変わる前例があったのだろうけど。

考えると不安になってくる。


「大丈夫です、クロード様」


ソフィアが優しく語りかけてくる。俺が少し怖くなったことを、彼女は感じ取ったのだろうか。

俺は、しばらくの間ソフィアに抱かれながら、彼女の優しさに包まれた気分になっていた――




「この傷は、レティシアさんとの絆ですか?」


俺の背中の傷を優しく撫でながら、ソフィアがそんな事を聞いてきた。


「どうしてそう思う?」


「ルナが治すと言った時に、クロード様は拒否なされましたから……」


「…………」


たしかに俺は、ルナが治療をすると言った時に、それを拒否した。

あの時は何も考えずに、別に治す程でもないと思っていただけだが。

今思うと、そうなのかもしれない……


レティが、俺にキスをねだっていた時のことを思い出す。

彼女はもう、俺に逢えないような覚悟をしていた。だから俺も、レティとキスをすることを受け入れたんだ。

離ればなれになるのは辛かったけど、彼女と別れたことに後悔はない。


「クロード様、あの時にも言いましたが。私は、貴方様が進む場所は、例えどんな道であろうと、ついてゆく覚悟があります」


「そうか……」


後悔はしていないはずなのに、気持ちが揺らぐ。

別に、レティを手に入れたかったわけではない。

ただ、俺を兄と慕っていてくれた彼女の事は、決して忘れることが出来ないだろう。


いまさら、遅いよな……




レティはこれからも、俺に見せてくれたような笑顔で、笑って生きていけるのだろうか。

そんな事を考えながら、俺はソフィアの優しさに甘えて、なかなか眠れない夜を過ごした――

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