第131話 ウッドイーター討伐
「あ……」
「ルナ……」
マルコさん達と話を終えて部屋の扉を開けると、部屋の前にルナが立っていた。
一瞬だけ俺の事を見ていたが、フランチェスカ様の事が気になるのだろう。彼女の視線が、俺の背後の方へと流れる。
「どうした?」
「……なんでもない」
「そうか。それじゃ、仕事に向かうぞ」
「ん……」
俺はそう言って部屋の扉を締める。ソフィアと、彼女に抱かれている白亜が何か言いたそうな顔をしていたが。俺は目を瞑りながらゆっくりと首を振る。
彼女達が言いたいことも分かるし、ルナの気持ちも分かっている。しかし、フランチェスカ様はルナの母親ではないのだから、どうしようもない。
ふと、一緒に居たクレアとマリアの顔を見たら、彼女達はとても悲しそうな表情をしながら、ルナのことを見ていた。
いい友達に出会えたみたいだな。
「クロード」
「え?」
皆を連れて階段を降りよとしたら、突然背後から名前を呼ばれる。
振り返るとそこには、腕を組みながら俺達を見ているフランチェスカ様と、部屋の扉から顔だけを出して、なぜかニコニコとしているマルコさんが居た。
「な、なんでしょうか?」
話は終わったはずだし、退室の許可も貰って外に出た。それなのに、フランチェスカ様の表情が険しく見える。
貴族とは何度か会話をしたことがあるけど、王族と話したのは今回が初めてだ。 何か粗相でもしてしまったのだろうか。
「オマエは妹を一緒に働かせるのか?」
「え……その……」
その通りですと言いかけて、途中で言葉を飲み込む。最初は、フランチェスカ様の質問の意図がわからなかったけど、すぐに理解できた。
やはりこの人は優しい。ルナの他にも女性達が居るのに、質問の意味が彼女だけに絞られている。
笑っているマルコさんの表情を見ながら。俺は、女帝の下手な芝居に付き合うことにした。
「両親が居ないのもので、幼い妹を一人だけ家に残すのは、心配なのです」
「頼れる友人は居ないのか?」
「はい」
「そうか……ならばワタシに預けていけ。話し相手になってもらう」
「よろしいのですか?」
「構わない。民から話を聞くのも、王の務めだ」
「平民なので粗相があるかもしれませんが、よろしくお願い致します」
「気にするな。妹のために、しっかりと仕事に励むがいい」
「はっ!」
「え……? え……?」
魔王とはいえ、ルナは元々王族なので、そこまで心配する必要はないだろう……たぶん。
彼女は全く意味がわからなかったみたいで、俺と女帝をきょろきょろとしながら見ている。
マルコさんは廊下の奥で、フランチェスカ様と俺の下手な芝居を、笑いを堪えながら見ていた――
「クロード様。本当によろしかったのですか?」
「あぁ」
街から出て仕事場に向う道すがら。ソフィアが俺に話しかけてくる。
彼女はルナの事を心配しているが、その気持はわかる。
いくらこの国の王様だとしても、普通なら俺も、大事なルナを預けるなんてことはしない。
しかしあの人はジイさんの弟子だったし、その事だけは信頼できる。
「保険も持たせてあるし、大丈夫だろ」
「白亜さんの事ですか?」
「まぁそんなところだ」
白亜はルナと一緒に居てもらうことにした。彼女は別に保険なんかではなく、ルナが一人にならないようにするための配慮だ。
冒険者ギルドの中に居るのなら、外に出るよりも安全だし。そこまで心配することでもないと思う。
「あんな危険そうな人間に、ルナ様のことを任せるなんて……貴方の考えていることが分からないわ」
「確かに、俺も最初は怖かったけどさ」
クレアの言う通り、フランチェスカ様が殺気を放っただけで、俺の体が動かなかったのは事実だ。
「あれ程強烈な殺気を感じたのは、生まれて初めてだ」
「そうですね。お嬢様の身の危険を感じたのは、北の勇者以来です」
「留守だったと聞いたが、北の勇者に会ったことがあるのか?」
「いえ、北の大陸ではなく、魔大陸で見たことがあるだけです」
マリアの話では数年前に、勇者がお供を連れて、魔大陸に乗り込んできたらしい。
「ウィズバーン伯爵との戦いね? 私は見れなかったけど」
「当たり前です。魔王がホイホイと、勇者を出迎えるものじゃないでしょう」
「伯爵? この世界の魔族って、貴族制なのか?」
「この世界?」
「あ……いや、人間の世界みたいなんだな」
「微妙に違いますね。魔王以外の魔族は、その魔力の高さによって、爵位でランク分けされているのです。人間のような複雑な制度ではなく、血筋よりも強さが全てなので、爵位が高いほど魔力があるという意味です。例外もありますけどね」
なるほど、わかりやすいな。
爵位が分かれば、相手の魔力高さが一発で分かるってわけか。
「でもそれ、魔族の中で意味はあるのか? 敵対している人間からすれば、高い爵位の魔族は恐怖の対象かもしれないが……」
「そこは人間と変わらないかもしれません。人間だって、爵位の高さを自慢しているでしょう?」
「う、うーん……それだけではないけど、似たようなもんなのかな」
ぶっちゃけ、貴族になったことがないのでよくわからない。
高い爵位の貴族に会ったとしても、金持ちなんだな、とか、偉いんだな、くらいにしか思わないし。
自分とは身分違いの人種。みたいな認識なのが、平民思考なのかもしれない。
まぁそんな事はどうでもいいな。
「マリアが見た北の勇者は、女帝みたいな女だったのか?」
「全然違いますね。むしろ逆です」
「逆?」
「はい。あんなに殺気まみれな人間ではなく、お淑やかってわけでもないのですが、どこかの御令嬢みたいな人でした」
なんだそれ……
聞いていた噂と全然結びつかないぞ。
「お供に執事も連れていましたしね」
「はぁ?」
女勇者と共に戦っていた男が、執事服を着た爺さんだったらしい。
しかもその爺さんもやたら強くて、魔族たちは苦戦していたそうだ。
「北の勇者はバケモノ……みたいな噂を聞いたんだが、全然違うみたいだな」
「見た目は美しい女性でしたけど、実力は確かに化物でしたよ」
「そうなのか?」
「勇者を舐めてかかった伯爵が、あっという間に倒されましたからね」
伯爵と言われても、イマイチ強さがピンと来ない。
「あの力は何だったのでしょうか。何もない空間から、無数の武器が降り注いでいましたが」
「なんだそれ?」
詳しく話を聞くと。女勇者は、常に自分の周りに数十本の剣をだしたり。挙句の果てに、魔族の大群に向かって、空から無数の武器を降り注がせて戦っていたらしい。
全く想像できないのだが、錬成術で戦っていたりしたのだろうか?
そんな事を考えていると、マリアが「そういえば、貴方も武器を出したり消したりしていましたよね……」なんて言ってくる。
確かに彼女達の前で、少しだけ、ねがいの魔法の力を見せてしまったけど。空から無数の武器を降らすことなど考えたこともない、というか出来ない気がする。
「俺とは違うな。俺にそんなことは出来ないぞ」
「そうなのですか」
「へー」
マリアが探るような目つきをしてくる。クレアはあまり興味が無いみたいだ。
「俺は勇者じゃないからな。そんな強大な力なんか持っていない」
「そういえば、貴方は魔皇でしたね」
「言われてみれば人間なのに、どうして魔王なの?」
「さ、さぁ?」
探られるのが嫌なので話を逸らしたのに。疑いが強くなった上に、クレアまで話に乗ってきた。
うまい言い訳が思いつかなかった俺は、そんな返事しかすることが出来なかった――
=============
「ソフィア! そっちに行ったぞ」
「お任せください」
伐採場に辿り着いた俺とソフィアは、依頼されたウッドイーター討伐の仕事をしている。
魔物の姿は、細長い胴体に短い四肢を持ち、なんとなくイタチに似ているけど、顔が凶悪なので可愛くはない。
この魔物は生木が好物らしく、伐採場に置いてある加工前の物を、よくかじられてしまうそうだ。
ここで働いている人達は、被害が増える前になんとか退治して欲しかったらしいけど。
ウッドイーターは弱い魔物なのでランクも低く、おまけに素早いので討伐には苦労する。
そんな理由で、冒険者達の中では人気のない仕事とされている。
依頼主も報酬を上げたりして募集をしていたみたいだが、ほとんど受けてもらえなかったみたいだ。
俺達がここに到着した時には、もの凄く歓迎された。
「仕留めました!」
伐採場の近くの森の中で、ソフィアが叫びながら声をかけてくる。
「何匹目だ?」
「これで七匹目です」
「うぬぬ……よくやった! その調子で頼む」
「お任せください!」
俺が創りだした弓を手に持ち、ソフィアは頼もしい笑顔を向けてくる。
弓が苦手なのは自覚しているが、俺はまだ一匹しか仕留めていない。
エレンさんに弓術を習うべきだったか……
とういか、神様万能すぎじゃないか? これも戦乙女時代の経験なのかな。
「神を使役するとか……貴方本当に何者なの?」
「別に使役してねぇよ……」
俺の近くで、薬草を採集していたクレアが変な事を聞いてきたが、俺はそんなつもりでソフィアを使っていない。
俺が仕事をするので見ているだけでいいと言ったのだが、彼女は自ら手伝いたいと言ってきた。
彼女の気持ちを無下にすることもできなかったし。依頼主から魔物の特徴を聞いた時、自分一人では日が暮れてしまうかもと判断したからだ。
「喋ってないで、そっちも仕事しろよ」
「しているわよ」
クレアは手ぶらだったので、仕事をしていないのかと思ったら、薬草がいっぱい入ったカバンを見せてきた。
どうやらアイテムバッグは持っていたらしい。
「従者はどうしたんだ?」
「知らない。森の奥にでも、行っているんじゃないの」
彼女はしゃがみこんで草をブチブチと引き抜き始める。一人にしていいのかと眺めていたら、少し離れた場所にマリアの姿を見つけた。
何をしているんだあいつは?
マリアは草むらの中から顔だけを出して、こっちを見ながらニヤニヤとしている。
俺と視線が合うと、彼女は口をパクパクとさせて何かを言っているみたいだが、何を言っているのかわからない。
しかたがないので彼女の側まで近づき、何が言いたかったのか聞いてみることにした。
「こんなに離れてたら聞こえねぇよ」
「読唇術もできないのですか、使えませんね」
「できるわけないだろ……」
そんな訓練をしたことがないので、使えないのは当たり前だ。
「で、なんなんだ?」
「いえね。お嬢様を落とすなら、今ですよ、と」
「落とす?」
「お嬢様は故郷から離されて寂しい思いをしていますし。殿方に免疫がないので、コロッと落ちますよ」
こいつの性格が本当につかめない。頭が痛くなってきた。
俺は自分の額を手で押さえながら、魔物狩りに戻る。
「おや? お嬢様を落とさないのですか?」
「今は仕事中だし、そのうちな……お前も仕事をしろよ」
「ほう! それは楽しみにしていますね。では、仕事に戻ります」
相手をするのが面倒になった俺は、テキトーに返事をながら仕事に戻る。
俺の言葉を聞いたマリアは嬉しそうな顔をした後、鼻歌交じりに森の奥へと入っていった――




