第130話 フランチェスカ
女帝は左目に眼帯を付けています。
前話でフランの眼帯を表記し忘れていたので書き足しました。
「アルムトの方はどうなっている?」
「概ね良好。ジークちゃんの部下の子達が手伝ってくれたからね、そこまで高ランクの魔物はいなかったみたいだし。でも、村の畑が荒らされちゃって、これからの食べ物が不足しそうよ」
「そうか。騎士団を編成して、物資を送り出そう」
「最初から騎士団を送れば良かったんじゃないの?」
「当初はリーザを行かせようかと思っていたが。ワタシが獣王国に行くのなら、絶対ついて行くと言って聞かなくてな」
「貴女にベタ惚れだものね、あの娘」
話に入り込む余地が無い……
俺は今、冒険者ギルドの三階にあるギルマスの自室? らしき部屋にいる。
なぜこの場所に自分がいるのかというと。単純な話だが、ギルドを運営している人が俺の知り合いだったので、行方不明事件の事を尋ねたわけだ。
ギルドの職員が相手では、詳細を教えてもらうことが出来なかったし。マルコさんならひょっとしたら、話を聞かせてもらえるかもと思ったからだった。
マルコさんは、情報を提供してくれることには乗り気だったが、女帝の方は渋っていた。
どこの誰かもわからない俺に、国が追っている事件の詳細を教えられないのは当たり前だろう。
しかしそれでも諦めきれなかった俺は。一か八か、この人と知り合いかもしれないジイさんの名前を出してみることにした。
すると、女帝は今までの態度が一変して、俺をこの部屋まで来ることを許可してくれたのだ。
アルムトって確か、ルシオールから東にある村の名前だったっけ。
この人達の話を聞く限り。村が魔物に襲撃されて、マルコさんがジークハルトさんに、手助けを頼み込んだのかな。
なぜ冒険者には依頼しなかったのだろうか?
「獣王との話し合いはどうだったの?」
「そちらは問題ない。今はワタシと事を構える余裕は、あの国にはないだろうからな」
「傭兵王を相手にするのは、大変だものねぇ」
「ゼオンか……確かにあの男は強い。だが、あの男が安い挑発に乗るとも思えない」
「裏があるってこと?」
マルコさんの言葉を聞いて、女帝は静かに頷く。
「名目上は、自国を支援してくれいた大商人が殺害された仕返しらしいが……その程度のことで、あの男が全軍を動かすと思うか?」
「それは確かにおかしいわね」
結構重要な話し合いをしているみたいだが、俺は本当にここに居ていいのだろうか。
もう用は無くなったから帰りたいけど、とてもそんな事を言える雰囲気でもない。
行方不明事件の捜査の進展具合と、ここのギルドで把握している情報は、既にマルコさんから聞かせてもらった。
部屋の外に皆を待たせているし、俺は退室することを進言したのだが。なぜか女帝に止められて、今の状況になっている。
「でも、獣王にあまり怒られなくてよかったじゃない」
「金で解決できたのは、コチラにとっても重畳だったな」
「お金で赦してくれたの?」
「あの国は今、財源不足だからな。尤も、大した出費でもなかったが……」
「なるほどね。フランちゃん……貴女、獣王を脅したでしょ?」
「何のことだ?」
「あの誇り高い獣人との揉め事を、お金だけで解決できるなんて思わないもの」
「実状に鑑みて、獣王を説得したダケだ」
「なんて言ったの?」
「貴国は今、歴戦の傭兵国に敵対されている。そのような状況で、ワタシを敵に回してもよいのか――とな」
「ほとんど脅しじゃないのよぉ」
うん、俺もそう思う。
完全にラシュベルトの方が悪いのに、これではどちらが謝っているのかわからない。
女帝はマルコさんに向かって、そうなのか? なんて聞いているが。どうやら大真面目で、普通に説得したと思ってるっぽい。
「まぁ、それでこそフランちゃんか……それにしても、面倒くさいことを仕出かしてくれちゃったわね、あの子も」
「まったくだ……あの阿呆は余計な手間を取らせてくれる……」
「その本人は、今はどうしているの?」
「妹の下男をさせている。アヤツには屈辱だろう」
「あらあら。それでクロードちゃんと繋がっちゃうわけね」
どうゆうこと?
話の流れから、女帝が獣王国に謝罪をしに行った事は分かった。
しかし、それが俺とどう繋がるのかがわからない。
レティは俺との関係を秘密にしているはずだし、この人がその事を知っているとは思えないが。
「シャルロットちゃんよ」
「シャルロット?」
俺の方を見ながら、マルコさんが彼女の名前を出してくる。
確かに昨日、彼女の事は助けたが。それがどう繋がるのだろうか。
不思議に思っていると、二人が彼女のことを説明してきた――
「シャルロット・エバンズ・クリスタリア。それが彼女の名前よ」
「娘が世話になったようだな」
「……は?」
「ちなみにあの娘と一緒に居た相手の男は、ダニエル・エバンズ・ロートレス。彼女のお兄さんよ」
「愚息が迷惑をかけた」
「……はぁ?」
えっと……つまり。昨日のアレは、兄妹喧嘩なのか?
とういかあの二人……姫と王子なのかよ……
自分の兄を足で踏むほど嫌っているって……とんでもないな。
二人共どこかの貴族だとは思っていたが、兄妹だとは思いもしなかった。
てか、ちょっとまて……
シャルロットはともかくとして。王子の方は、どう見ても俺より年上だったよな?
この人、二十代に見えるんだが、いったい何歳の時に産んだんだよ……
「どうした?」
「いえ、その……あの二人の母親にしては、ずいぶんとお若く見えましたので……」
「実際若いわよ。フランちゃんまだ二十八だっけ?」
「そうだ」
見た目通り二十代だったのか……
ということは、あの男が十八歳だとして。逆算すると、十歳の時の子供?
いやいやいや、ありえん。さすがにそれはない。
「何を考えているのかは知らないが、あの二人は養子だ」
あぁ、そういう……
だから三人とも、微妙に苗字が違うのかな。
「まだ結婚もしてないものねぇ」
「ワタシより弱い男と一緒になる気は、毛頭ないだけだ」
王がそれでいいのだろうか。
「またまたぁ、そんなこと言って。好きな人に操を立てているだけじゃないのよぉ」
「師父とはそんな関係ではなかったぞ」
「あたしは、誰とまで言ってないけど……自分でそういうって事は、その通りなのでしょう?」
「喧嘩なら買うぞ?」
「あらやだ、ごめんなさい」
師父? この人の師匠か、どんな達人なんだろうな。
しかし、今更だが……この人女王なんだよな? なんで、気軽にこんな所まで出てきているんだよ。
用事があるのなら、平民の方から伺うというか。王が城の方に、相手を呼び寄せるのが普通じゃねぇの?
だいたい、王子と王女が路地裏で喧嘩なんてすんなよな。どうなっているんだよこの国は。
そんな事を考えていると。王子という言葉とダニエルという名前で、大事なことを思い出す。
それは、俺が獣人の砦に捕らえられた時のことだ。すっかりと忘れていたが、森で俺を騙した男の名前は、ダニエルという名の王子だった。
「あ……王子でダニエルって、森で俺を騙した奴じゃねぇか!」
「何の話しだ?」
思わず口に出しながら、座っていた椅子から立ち上がる。
マルコさんはキョトンとしていて、女帝の方は興味深そうに質問をしてきた。
口に出してしまえば隠すことは出来ないので、俺は砦に連れて行かれた時のことを二人に話した――
「まさか、クロードちゃんとダニエルちゃんの間に、そんな事があったなんてねぇ」
「バーンシュタイン家の次男が、信頼のできる男にレティシアを預けたと言っていたが。それはオマエの事だったのか」
ギルさんはこの街に来た時、女帝にも会っていたのか。
しかも俺の事を、そんな風に説明していたなんて……
「一つ聞きたい」
「な、なんでしょうか?」
「オマエとヤマトは、どんな関係だ?」
「へ?」
バーンシュタイン家でもグレイヴ家でもなく、女帝はなぜか、俺とジイさんの関係を尋ねてくる。
唐突な質問に、少し迷ってしまったが。ジイさんが幽霊になっていることは伏せて、俺はあの人の弟子だということにした。
「そうか……あの人の孫の他に、オマエのような弟子が居たのだな」
女帝は目を瞑り、何かに思いを馳せているような仕草をしている。
この人の口振りを聞いていると、やはりジイさんとは何か関係があるみたいだったので。
気になった俺は、思い切って質問をしてみることにした。
「フランチェスカ様は、ジイ……師匠とは、お知り合いなのですか?」
いつも本人には、ジイさんとかじじぃとか呼びかけていたが。さすがにここでは、そんな名称で呼ぶことが出来ない。
無理やり取り繕って師匠と言ってみたが、なんだか背中がムズムズとした。
「あの方は、ワタシの剣の師だ。オマエの姉弟子、というわけだな」
「えぇー……」
孫以外に弟子が居たなんて、聞いてないぞじいさん……
「なんだ? そんなに不服か?」
「いえ……そんな事はないです」
「もの凄く嫌そうな顔をしてたわよ? クロードちゃん」
「そ、そんな事ないですって」
実際、この人が姉弟子だった事が嫌だったわけではない。
思わず嫌そうな顔をしてしまった本当の理由は、女帝が操を立てている相手が、あのジイさんだった事に衝撃を受けている。
確かにジイさんは強いけどさ。相手は中年どころか、老人の域じゃないか。
別にジイさんは浮気をしていたわけでもないのに、俺はなんとも言えない気持ちになっていた。
「でも女としては、結婚した方がいいんじゃないの?」
「ワタシは戦いばかりしていたからな。到底家庭向きではない」
「そんな事はないと思うけど?」
「そうですね。さっきルナを相手にしている時も、母親らしく見えましたよ。あ……すみません」
「別に構わない」
俺の言葉を聞き、フランチェスカ様は少しだけ嬉しそうな顔をする。
そんな表情を見ながら、俺は先程のことを思い出していた――
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「おかぁさま?」
「ワタシはオマエの母では……」
「おかぁさま! おかぁさま!」
「お、おい」
ルナは涙を流しながら、女帝の体に抱きつく。
その様子はまるで……迷子になっていた子が、母親の元に辿り着いたように見えて、俺は何も言えなくなってしまう。
「あらあら」
「マ、マルコ! どうすればいいのだこれは?」
「そうねぇ。とりあえず、優しく抱きしめてあげたらどぉ?」
「こ、こうか?」
「うぅ……うぅぅ……」
冷酷な女性だとの噂を聞いていたけど。マルコさんとのやり取りや今の状況を見る限り、とてもそうは見えない。
ルナは彼女に抱きついたまま、ずっと泣いている。普段から強がってはいるけど、やはり寂しかったのだろう。
「申し訳ありません。彼女は幼い時に、母親を亡くしてしまったので……」
「そうか……」
俺の言葉を聞き、女帝はルナの頭を優しく撫でる。
彼女は片目に眼帯をしているので、その表情は少しわかりにくかったが。とても優しそうな顔をしているようにも見えた――
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「どこからどう見ても、二人は仲の良い親子にみえたわよねぇ」
「そうですね」
「む……う……」
フランチェスカ様は腕を組み目を瞑って、照れるような仕草をする。
マルコさんはそれがおかしかったのか。彼女のそんな姿を見ながら、くすくすと笑っていた。
「そ、そうだ。アリスは息災か?」
照れていたフランチェスカ様は、話を変えるようにアリスのことを聞いてきた。
「え? アリスのことも知っているのですか?」
「彼女が小さい時に、数回会ったダケだがな。あの娘は、ワタシよりも才能がある」
「才能……」
「貴女が他人を褒めるなんて、珍しいわね」
「そうか?」
「アリスは、強くなれますか?」
「そうだな……」
俺は、とても気になっていたことを質問する。
アリスは強くなりたいと願っていた。
そしてこの人はとても強い。この人から見たアリスは、どのように映っているのだろう。
「あの三本の刀を使いこなせたのは、彼女ダケだ。それだけで才能はあるだろう……後は努力をして研鑽を積めば、ワタシを超えることも出来る」
「へぇー……すごく才能がある子みたいね」
努力をして研鑽を重ねる……か。
アリスは今、ジイさんに鍛え直してもらっているみたいだし。彼女次第で強くなれるんだな。
俺も、もっと強くならないと……
フランチェスカ様の話を聞いて嬉しくなった反面、俺ももっと努力をしようと心の中で誓う。
その後も三人で他愛もない話をして、解散することになった――
「クロードと言ったな。妹を大切にしろよ」
「は、はい。大切にします」
ここでの話し合いが終わり、部屋から出ていこうとしたら。
フランチェスカ様が俺を呼び止めて、そんな事を言ってくる。
彼女は恋人なので正確には違うが、たしかに妹のような存在でもある。
「妹ねぇ……」
「ん……?」
「では、失礼します」
それを聞いていたマルコさんが、ボソッと呟く。何かに気づいたみたいだが、漢女の感というやつだろうか?
フランチェスカ様は意味が分かっていない様子だったけど。俺は訂正をすることもなく、ギルドマスターの部屋を退室することにした――




