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第127話 俺の野望は……

「俺はこれでも、昔は貴族だった」


ジークハルトさんが昔語りをする。俺も、この人とギルさんの関係が気になっていたので、大人しく話を聞くことにした――



グレイヴ邸があるルシオールの街は、今でこそラシュベルト公国の領地となっているが。昔は、一貴族が所領していた。

領主はジークハルトさんの父親で、彼は家族ともども、ルシオールの街で暮らしていたそうだ。


「ギルの実家はシュバルテン王国にあったが、あいつは子供の頃から、祖父の家によく遊びに来ていたんだ」


西の大陸にあるシュバルテンと、東の大陸にあるルシオールの街では、さすがに距離がありすぎるので。

ギルさんが、ジイさんの家に遊びに来る時は長期滞在していて。二人は自然と仲良くなり、遊ぶようになったらしい。


「俺達は貴族らしかぬ遊びをして、よく馬鹿をやったもんだ」


平民の子供たちと、泥だらけになりながらいろんな場所を探検したり。父親が大事にしていた壺などに、二人で落書きをしたりしていたそうだ。

たしかにこれだけを聞くと、とても貴族の子供とは思えない。どこにでも居そうな悪ガキっぽい。


「貴族の作法を身につけるよりも、ヤマトの爺さんに戦い方を教えてもらう方が、何倍も楽しかった」


あぁ、うん。

言っちゃ悪いけど、あのジイさんは貴族らしくないよな。


元々貴族でもなんでもなく、この世界に無理矢理召喚された異世界人らしいので。ジイさんに貴族らしく振る舞えというのは、無理なことかもしれないが。

あの人の自由な生き方を近くで見ていたら、悪童っぽくなってしまうのもうなずける気がする。


「それから俺達は成人して。ギルは家の事情で、こっちにはなかなか来なくなった」


「家訓でしたっけ」


「あぁそうだ。無理やり傭兵ギルドに登録させられたと言っていた」


傭兵ギルドか……

盗賊ギルドの名前を聞いた時にも思ったが、名前からして入りたくはないな。


傭兵ギルドとは言っても、なにも戦争だけを生業としているわけではない。

街の警備や護衛の仕事など、国の兵士や冒険者が手に回らない仕事を請け負っている。

冒険者ギルドでも護衛の仕事はできるが。傭兵の方は長期契約で、冒険者の方は短期契約なのだそうだ。

つまり、城から遠い街の警備や、同じ街を何度も往復する乗合馬車などが、必然と傭兵ギルドの方に仕事を頼み込むらしい。

だから、この街まで俺達の護衛をしてくれたカッセルさんも、傭兵ギルドに所属していた。



「やがてお互い疎遠になり、あんまり会わなくなったんだが……あいつの高名だけはよく聞こえてきた」


ある時ギルさんは、傭兵国グランヴィーゼで行われていた御前試合で優勝して、一躍有名になったらしい。

金や名声のためではなく、腕試しとして挑んだ結果だったらしいけど。並み居る猛者たちを全て倒し、彼は若くして頂点まで上り詰めた。

そして、グランヴィーゼの傭兵王にその功績を讃えられ、剣聖の二つ名も貰ったそうだ。


あの呼び名には、そんな経緯があったのか。


「あいつの名が広まるのは嬉しかったが……あの時の俺は、少し複雑な気分だった」


「どうしてです……?」


俺の言葉を聞き、ジークハルトさんは遠い目をする。

過去に思いを馳せている様子だったけど、その顔に憂愁の影がさしているようにも見える。


「俺の家は没落した」


「……没落ですか」


「あぁ……あの事件に巻き込まれてな」


それは……女帝フランチェスカの台頭。

この女性は、若くして頭角を現す。まだ十代だった彼女は、次々と逆らう悪徳貴族達を粛清した。


天才というやつか? 

てか……この世界の人間って強すぎじゃないか?

ギルさんといいこの女帝といい、まるで小説や漫画の主人公みたいだ。


「別に俺のオヤジは、進んで悪事を働いていたわけじゃない。ただ、底抜けのお人好しでな。フランチェスカに逆らう貴族達に頼まれて、よせばいいのに支持をしていた」


表立って反乱の手助けをしていたわけではなかったみたいだが。彼の父親は、貴族達が大事にしていた連判状に名を連ねていた。

女帝はなにも一人で、逆らう貴族達を倒していたわけではない。彼女を支持する貴族達も何人かは居た。

ジークハルトさんの父親は、その貴族達に殺されてしまったらしい。


「それで没落したのですか?」


「いや、その時はまだ家は残っていた。フランチェスカもそこまでひどくはない。俺が家を継げば、取り潰しはされなかった。ただ……」


「ただ?」


「俺は爵位を継がずに、あの女に決闘を挑んだ」


女帝自身が手を下したわけではなかったが、父親を殺されたジークハルトさんは我慢ができなかった。

家に残されていた爵位を賭けて、彼女に決闘を申し込み。

そして……


「ボッコボコにされた。強すぎだな……あの女は」


「マジですか……」


「あぁ。ギルと一緒にヤマト爺さんに鍛えてもらっていたから、腕には自身があったんだが。あの女には手も足も出なかった」


ソフィアに酒を注がせながら、酔っ払っていたジイさんが語っていたことがある。

ラシュベルトの女帝は、本気になった自分と同格の強さだと。

ジイさんが彼女のことを親しげに、フランと呼んでいたから……旧知の仲だとは思う。

二人の関係までは教えてもらえなかったけど。


「あの女に負けてから家は取り潰し。領地は没収されて、俺は貧民街に身を落とし。残った母親も……病に倒れた」


「悲惨ですね……」


その言葉しか出て来ない。

同情ならいくらでもできるけど、それはもはや過去の出来事だ。


「いい事もあったけどな」


「いい事ですか?」


「何年かここで暮らしていたら。俺の所に、疎遠になっていた親友が尋ねてきた」


ギルさんがアリスを親元から引き離して、ルシオールで暮らすことになった事か。

少し人間不信気味だったと言っていたけど、仲がいい親友も居たんだな。


「久々にあいつと再会して……喧嘩もした。奴が婚約破棄をしたと聞いた時は、盛大に笑わせてもらったな」


喧嘩になった理由はいろいろあったけど、一番の理由がそれだったらしい。

大切な妹のために全てを捨てたんだし、そりゃ笑われたら怒るよな。


「何もやる気が起こらなかった俺の相手をしに、ギルは毎日来てたんだが。ある日、あいつが言った言葉で……俺は目を覚ました」


「どんな言葉ですか?」


「俺は貴族の家を出たけど自由じゃない。だが、今のお前には何のしがらみもない。自分の好きに生きれるだろ……ってな」


その言葉を聞かされたジークハルトさんは、今の自分にできることを探した。

傭兵になるのも悪くはない。小さい時から好きだった、冒険者になるのも嫌いではなかった。

けれどそのどちらも選ばずに選んだ道は、この街のならず者達を纏め上げること。


そして、ギルドカードを剥奪されて冒険者に戻れない者たちを集めて。子供の頃からの夢だった、迷宮を攻略し始めた。

迷宮で見つけた財宝などは、冒険者ギルドを通さなければ売れないため。初めの頃は難儀していたらしいけど。

彼は、Aランク冒険者でも到達できなかった階層を攻略して。過去に打ちのめされた女帝に認められて、盗賊ギルドを設立することになったみたいだった――



「むん……少し酔いすぎたか」


ここまで話すのに、ジークハルトさんはずっと片手に酒を飲んでいた。


「で……なんだったか……そうそう、お前をギルドに誘おうと思ってたんだったか。話が脱線しすぎたな」


「そうですけど……そもそも、なぜ俺なんかを誘うのですか?」


話を聞く限り、迷宮攻略に支障はないみたいだし。戦える人間を集めているわけでもないみたいだ。

攻略メンバー不足で人を補充しているのじゃないのなら、俺を勧誘する理由がわからない。


「一目見て気に入ったからだ」


俺はその言葉を聞いて後ろに下がる。いくらこの人の容姿がカッコイイからといっても、俺にそっちの気はない。

ジークハルトさんは俺のそんな態度を見て、そういう意味じゃないから勘違いするなと言ってくる。


「それじゃ、どんな意味ですか……」


「そうだな……いろいろあるが。この場所にきて物怖じしない態度と、決して油断をしない慎重さ……とか」


物怖じしないのは、ジイさんに鍛えてもらっているおかげだろう。この世界に初めてきた頃の俺なら、もっとオロオロとしてた気がする。

慎重を期すのは、油断をしていて……今まで何度も痛い目にあっていたからだ。少しは成長しているのかもしれない。


気を抜くと、すぐに油断してしまいそうだけど……


「あとはアレだ。お前のその目が、俺の知っているとても強い奴に似ている」


「目……ですか……」


「あぁ。その瞳に力強い野望を宿し。決して何者にも侵されることのない、強い意志を秘めている。たまに……やたらと迷う目をしている様にも見えるけどな」


「褒めているんですか、それとも貶しているのですか……」


「褒めているぞ? 得てしてそういう奴が、とんでもない大物になっていくんだ」


今日会ったばかりなのに、そんな事まで分かるのものなのか。

俺の野望は……

えっと……ハーレム……か? 小さいな、おい。


思い当たる野望なんかそれしかなかったが、そんな事を言えるわけがなかった。


「そのとても強い奴ってのは、ギルさんの事ですか?」


「ギルは実力も意志も強いが、お前とはまた違うな」


ギルさんは強い意志を秘めてはいるけど、野望を持った瞳はしていないらしい。

そんな目をして生きているつもりはなかったが、俺はそんな風に他人から見えるのだろうか。


「ギルさんじゃないのなら、誰なんです?」


「フランチェスカ・エバンズ・ヴィクトリア」


女帝……だよな?

フルネームは今初めて聞いたけど。彼女の生き方から察するに、確かに野望は持っているのだろう。


「それと、ゼオン・ウェルベルト・クロイツァーだ」


誰?


もう一人の方は、本当に聞いたことがなかった。


盗賊ギルドのメンバーなのかな? 

まさかあの……オカマの人じゃないだろうな……


頭の中に、さっき見た青ヒゲのお兄さん(お姉さん)の姿が思い浮かび、俺はゾクッと身震いをする。

あんな容姿でこんなカッコいい名前だとしたら、軽くショックを受けてしまう。


「グランヴィーゼの傭兵王の名前だ」


違った……


それを聞いて何となくホッとする。

ジークハルトさんは迷宮で、ある財宝を手に入れて。傭兵王がそれを欲しがったので、本人に渡す時に、一度だけ会ったことがあるらしいが。その男も若くして王になったそうだ。

国を治めるほどの二人と比べられても、萎縮してしまう。俺は、そんな大きな野望は持っていないからだ。


「それと、お前がギルの弟子だというのも大きな理由だ」


ギルさんに少しだけ鍛えてもらっていたことは説明した。

どちらかと言えばギルさんではなく、ヤマトのジイさんの弟子っぽいけど。

それはまぁ……言わなくてもいいだろう。


「む……う……やはり酔いすぎたな……」


どうやらジークハルトさんは、酒は好きな方だけど、あまり強くはないみたいだ。

思い出話に花が咲き、ついつい飲み過ぎてしまったらしい。

気が変わったらいつでも来てくれと言われて、俺はこの場を後にした――



=============



「送って行かなくてもいいのか?」


「いいわよ、マルちゃんが送ってくれるから」


シャルロットの所に戻ってきた俺は、彼女を家まで送ろうとしたのだが、それを拒否される。

盗賊ギルドのメンバーの女性が、彼女を家まで送ってくれるらしく。俺はもう用済みとなったわけだ。


俺はなんのために連れて来られたんだよ……


襲われていた彼女の事を見過ごせずに、付いて来ただけなのに。終始この少女に振り回されっぱなしだった。

しかし、悪い人たちではないとは思うけど。不安が無いとは言い切れない。


「ほんとうに大丈夫なのか? てか、マルちゃんって誰だよ」


「はぁい。あたしのことよぉ」


俺の質問に、背後から野太い声が聞こえてくる。

振り返るとそこには、青い髭面のお兄さん(お姉さん)が手を振りながらウィンクを送ってきていた。


「そ、そうっすか……」


「あたしの名前はマルコよぉ。クロードちゃんもあたしのことは、マルちゃんって呼んでねぇ。よ・ろ・し・く・うふ」


「は、はぁ……よ、よろしくっす」


マルコと名乗ったお姉さんが、体をくねらせながらジリジリと近づいてくる。

似つかわしくない名前だと思うけど、ぶっちゃけそれどころではない。

彼? 彼女? の体は、二メートルはありそうな巨体で、筋肉もムキムキについている。

そして頭は禿げていて、おまけに女口調だ。そんな人物が擦り寄ってくると、身の危険を感じてしまう。


「もういい加減慣れたけど、初めて遭遇すると怖いわよね」


白亜を抱きかかえたシャルロットが、何気に酷いことを言っているがその通りだ。コレを見たら、恐怖以外の何者でもない。


「んもう……ひどいわね、シャルロットちゃんは。何もしないから安心してね、んふ」


頬を優しく撫でられて、背中に悪寒が走った――


「それでは、私達はこれで失礼致しますね」


「はぁい。ソフィアちゃんもまたねぇ」


マルコさんの事を、全く気にした様子ではないソフィアが別れの挨拶をつげて、俺達は帰ることにする。

シャルロットから白亜を返してもらう時、彼女はとても悲しそうな表情になったが。それでもちゃんと返してくれた。

また会えたら一緒に遊びたいと言われたので、俺はそれを了承する。




俺に抱きかかえた白亜が大人しいので、疲れているのかと思ったら。何やら彼女は、遠い目をして放心している。

どうやらマルコさんの態度に、かなりのショックを受けている様子だった。

白亜のことも心配だったし、自分も精神的にかなり疲れていたので。

俺はソフィアとともに、早足で宿屋へと戻ることにした――

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