第124話 狐とデート
「うぅ……」
頭が痛い……
ラシュベルトの宿屋で宿泊した翌朝。
俺はベッドの中で、ひどい頭痛に襲われていた。
昨夜は、一階の酒場で旨い料理に舌鼓を打ち、皆で楽しく過ごした。
飲み過ぎたな……
食事をしている時。マリアが皆に、テーブルの上の料理を取り分けたりしていたが。
なぜか俺には、酒ばかり進めてきていた気がする。進められるままかなり飲んでしまったが、途中からまったく記憶が無い。
確か……
ルナに、造魔の話を聞かせてもらってたんだよな……
それでクレアが……食事中にそんな話をしないでと、怒っていた。
ルナも、造魔については詳しく知らないみたいだった。人間が作り上げた、生体兵器らしいが……
これだけを聞くと、とんでもない存在だが。これ以上の情報は得られなかった。
また黒斗に会えたら、あいつに尋ねてみるか。
「ん……んん……」
「え……」
布団の中から女の声が聞こえてくる。ルナやソフィアではない。
なぜなら、もう一つのベッドの方へと視線を向けると、彼女達は一緒に寝ているからだ。
俺は猛烈に嫌な予感がする。自分の心臓の鼓動も、だんだんと速くなる。
「ま、まさか……」
クレアとマリアは、自分達の家に帰ったと思うけど、俺はまったく覚えていない。
ありえないとは思うが、そのどちらかが俺と一緒に寝るとすれば、マリアの可能性が高い。
二人とも美人だったが、その日の内に連れ込むなんて、節操がなさすぎる。
しかも、自分の恋人たちと同じ部屋に泊まらせるとは、そんないい加減な奴になった覚えもない。
俺は、恐る恐る掛け布団をめくり上げる……
さっきから心臓がドキドキしているが、確認しないわけにもいかない。
やがて、誰が一緒に寝ているのか、その全容が見えてくる。
そこには……
気持ちよさそうな顔で、俺の布団の中で寝ている。白い狐の姿があった――
「あ……うん……だよな……」
別に期待していたわけじゃないぞ! ホントだぞ!
「んふ……んん……ふふ……」
白亜が寝ながら、楽しそうな笑い声を出している。
それを聞いた俺は、なんとなく毒気を抜かれたような気持ちになった。
「はぁ……顔でも洗うか」
女性達を起こさないようにして。俺は、顔を洗いに部屋から出て行った――
ダルい……
昨日使った魔力はだいぶ回復していたが。飲み過ぎたせいで体がだるい。
頭痛や吐き気もするし、胸もムカムカしている。完全に二日酔いだ。
ん?
部屋から出て廊下を歩いていると、壁にかけられている絵を見ながら、悲しそうな顔をしている女の娘が居た。
昨日受付で対応してくれた子だ。いったいどうしたのだろうか。
「あ、おはようございます」
「お、おはよう」
こちら気づいた彼女は、昨日に引き続き、元気いっぱいに笑って挨拶をしてくれる。
素敵な笑顔だったが、目が赤くなっていた。
何か……
すっごく意味ありげな顔をしていたけど……聞きづらいな。
「昨夜はたくさんお酒を飲まれていたみたいですが、大丈夫ですか?」
「少し頭痛がしていますが、平気です」
俺がそう伝えると、二日酔いによく効くという薬を貰った。
それは、紫色の得体の知れない薬で。飲むのに躊躇してしまったが。
彼女がわざわざ部屋まで取りに行ってくれたので、飲まないわけにもいかない。
「う……にが……」
「今飲むと、お昼ごろには良くなると思いますよ」
「ありがとうございます」
俺が敬語で話していると、彼女はタメ口でいいと言ってくる。
年上に見えたので、こんな喋り方をしていたけど。お互い自己紹介をしたら、二人とも同じ十七歳だった。
彼女の名前はカリンさんといって。この宿屋は、家族で経営しているらしい。
一階の酒場では、父親と兄がコックをしていて。二階の宿屋は、母親と彼女が切り盛りしているそうだ。
カリンさんと少しだけ仲良くなった後。顔を洗い終えた俺は、自分の部屋へと戻っていった――
「おはようございます、クロード様」
「あふ……おはよぅ……」
「あぁ、おはよう」
部屋に戻ると、ソフィアとルナが起きていて、挨拶をしてくる。白亜はまだ眠っているようだ。
ソフィアが今日の予定を聞いてくるので、二日酔いになったことを話して。昼から行動することに決める。
俺が昼まで部屋で休むと伝えたら、彼女は街を散策してきたいと言ってきた。
「それはいいけど、二人で行くのか?」
自分が心配性なのは分かっているが。女の子達だけで行動すると言われると、やはり心配してしまう。
「平気ですよ」
「ワタシは行かない」
ルナがソフィアと一緒に行くのを否定するので、俺の傍に居るのかと思っていたら。彼女は今日、クレアの家に遊びに行くと言ってくる。
昨日の今日で、また随分と仲良くなったみたいだ。
「クレアが住んでいる家は、知っているのか?」
「マリアが迎えにきてくれる」
「そうか」
ルナ一人で行くと言われたら困ってしまうが、マリアが迎えに来るのならば問題はないだろう。
各々街に出かける理由を聞いたので、俺は二人にお金を渡す。欲しいものがあれば、好きに使って欲しかったからだ。
しかし、彼女達は受け取るのを拒否してくる。
「ヤマトお爺様に、お金は貰いましたので。必要ないですよ」
「ん……いっぱいもらった」
「マジで?」
話を聞けば。二人は、アリスのジイさんから十万ずつお金を貰っていたみたいだ。
俺は一万しか貰っていないのに、男と女で露骨な差別をしている。
あのじじぃ……
貰う立場なので、面と向かって文句は言えないが。俺は、何となく腹が立ってしまっていた――
今日の予定を話し終えた後、再びベッドに横になる。
ルナとソフィアは、一階の酒場に朝食を食べに向かった。
とてもじゃないが、俺は食欲がわかない。白亜はまだ気持ちよさそうに寝ている。
横になりながら彼女の体を優しく撫でていると、眠気が襲ってきた。
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「クロ……クロ坊……起きるのじゃ!」
「む……うーん……」
何度も名前を呼ばれている気がして、少しづつ意識が覚醒する。
目を開けて横を見ると。白亜が枕元に座って、俺のことを起こしていた。
「白亜か、おはよう……」
「おはよう……ではないのじゃ」
「んえ……?」
「わらわは、お腹がすいたのじゃ」
「あぁ、そうか……すまん」
白亜は朝に起きてこなかったので、彼女の食事のことはすっかりと忘れていた。
俺が、二日酔いで頭が痛くて眠っていたと謝ると。彼女はそれ以上文句は言ってこなかった――
「混んでるな……」
白亜と二人で一階の酒場に降りてきたら。客が一杯で混み合っていて、座れる場所が見当たらない。
席が空くまで待っていてもいいのだが。俺も朝食を抜いていたので、とてもお腹が減っている。
「露店で食い物屋でも探すか?」
「食べられるのなら、どこでもいいのじゃ」
「わかった」
仕方がなく、俺達は外で店を探すことにする。カリンさんのおかげで、頭痛はもうしなくなっていた――
「まいどー」
アレが食べたいという白亜の言葉を聞いて、俺は串焼きの店で肉を買う。
見た目はそのまんま焼き鳥だ。香ばしいタレの匂いが食欲をそそる。
いろいろな種類の肉が焼かれていたが。とりあえず定番の、鳥と豚の串焼きを買った。
広場にあったベンチに腰を下ろして、さっそく俺達は食事を開始する。
「ほら」
「あー……はふはふ……うまいのじゃー」
白亜なら、器用に自分の手で食べることも出来たが。
さすがに、公衆の面前でそんな姿を晒す訳にはいかない。
俺は自分の分を口に咥えながら、彼女の口元に串焼きを差し出し。あーんをしてあげる。
照れることなくそれにかじりついた白亜は、とても満足そうな表情をしていた。
「水は飲めるか?」
「んむ……んぐんぐ……ふぁ……」
水を飲ませてやると、彼女はほとんど零してしまう。
やはり獣の口をしていると、普通よりも飲ませにくい。
「わるい……」
「いいのじゃ。ほんはふひをひへいるはら、のひみふいあへやのや」
白亜は自分の口を両手で引っ張りながら。こんな口をしているから、飲みにくいと言う。
口を広げてイィーと言ってる彼女の姿は、とても愛嬌のある顔をしている。
やべぇ……
めっちゃかわいい……
俺は動物が嫌いではないし。彼女の狐姿も、どちらかと言えば好きな方だ。
「そ、それじゃ……次はどこへ行くかな」
じっと白亜のことを見ていると。彼女が首を傾げながら、どうしたのじゃ? と聞いてきたので。
俺は照れ隠しをしながら椅子から立ち上がる。白亜は俺の肩の上に飛び乗ってきた。
これってデートになるのかな?
狐とデートか……
男と一緒に歩くよりは遥かにマシだが。なんか……微妙だな。
複雑な気分になりながら街の中を歩いていると。定位置に居る白亜が、ピクリとその身体を震わせる。
「どうした?」
「あっちから、言い争っている声が聞こえるのじゃ」
「喧嘩か?」
彼女が手を指す方向に視線を向ける。そこは、あまりいい雰囲気ではない路地裏だった。
関わりたくないので、俺は無視することにしようとしたのだが。離して――という女の子の声が聞こえると、白亜が言ってきた。
それを知るとさすがに見過ごすことは出来ないので、俺は急いで路地裏へと向かう。
「離しなさい!」
「大人しくしろ!」
俺が辿り着いた場所で。貴族風の格好をした女の娘が、複数の男達に囲まれている姿が見えた。
めんどくさ……
なんて言っている場合じゃないな。
貴族と関わって、面倒事に巻き込まれたくはないけど。助けないわけにもいかない。
それに、もしかしたらあの男達は、行方不明事件と何か関係があるのかもしれなかった。
俺は、半ば諦めながら首を突っ込むことにして、白亜を地面に下ろした後。
腰のホルスターからルナティアとソフィーティア抜いて、男達に立ち向かっていった――




