第123話 ハラペコ魔王
背中に振動が響いてくる。耳に、ゴトゴトと鳴る音も聞こえている。
俺は何をしていたのだっけ……
あぁ……そうか。魔力の使いすぎで、倒れたのだった。
意識を取り戻し目を覚ますと、帆布で出来た天井が目に入る。
どうやらここは馬車の中のようで。俺は、横長の椅子の上に寝かされていた。
「気がついたのかや?」
横から声が聞こえてきたので、その方向に頭を向けると。
白亜が心配している表情をしながら、同じ椅子の上に座っていた。
まだ頭はクラクラとしているが、別に問題はない。
大丈夫だと言って、彼女の顎を撫でてやると。気持ちよさそうな表情をした後、その小さな顔を俺の頬にすり寄せてくる。
元の姿を知っている俺からすれば、少し照れてしまうが。彼女は、どう思っているのだろう。
「怪我はしてないのか?」
足元から話しかけられたので、そっちを見ると。同じ椅子に座ったカッセルさんが、俺達の事を見ていた。
「っと……すみません」
「あー気にするな。寝ていろ」
「いえ、もう平気です」
「そうか。無理はするなよ」
「はい」
乗客が少なかったとはいえ、寝ながら長椅子を占領するのは気が引けるので。無理やり体を起こす。
少しだけ魔力は回復していたが、まだ体はダルかったので。ルシオールで買ったポーションを自分のバッグから取り出した。
「ん……ふぅ……」
「見たことがないアイテムバッグだな」
「そ、そうですか……」
青色の魔力回復ポーションを飲み干していると。カッセルさんが、珍しい物を見るような目をしてくる。
自作した物なので、形なんか気にしていなかったが。冒険者は皆、似たようなカバンを所持しているのだろうか。
だとすれば、他の冒険者のアイテムバッグを見て。それに似せた物に、創り変えた方がいいのかもしれない。
考え過ぎか? 確かに、自分の魔力量で容量が増えるアイテムバッグは便利だけど。
普通のカバンを持っている人がいても、おかしくはないよな。
ふと、前に視線を向けると。対面の椅子に、ルナとソフィアが寄り添いながら寝ていた。
途中であんな事があったし、長旅で疲れているのだろう。
二人の横に、クレアとマリアも座っていた。どうやらこの二人も寝ているようだ。
ルシオールを出発する時に、一緒に乗っていた怪しい男の姿は見えない。
事故った時に、下車したのか?
「嬢ちゃん達から話は聞いたが、ずっと心配していたぞ」
「聞いたのですか?」
「森の奥までは見なかったが、強い魔物が出たそうじゃないか」
ほとんどマリアが引き付けてくれてたから、苦戦したわけじゃないけど。
クレア達の方に視線を向けると、マリアがニコニコしながら手を振っていた。
「起きてたのかよ……」
「はい。ずっと起きていましたよ」
眠っているクレアの頭を肩で支えながら、彼女は優しく微笑んでいる。
その姿を見ていると、とても主従関係には見えない。まるで、仲の良い姉妹を見ているようだ。
「カッセルさん。森の中に入ってきたのですか?」
ずっと微笑みかけてくる、マリアを見ているのが照れくさくなり。俺はカッセルさんの方へと視線を戻す。
「途中までだけどな。俺がお前をここまで運んだんだぞ」
外れた車輪の交換をしていたら、商人の馬車が通りかかって、手伝ってくれたらしい。
その馬車には護衛が三人ほど乗っていたので、付替えは意外と早く終わったそうだ。
車輪の交換が済んでから。護衛の三人にその場の見張りを頼み込んだカッセルさんは、すぐに森の中に入って、俺達の事を探したみたいだった。
意識を失っていたので覚えてはいないが。森の途中までソフィアとマリアが、俺に肩を貸しながら歩いていたとのことだ。
一緒に乗っていた顔色が悪い男は、とても急いでいたらしく。走って街まで行ったと、カッセルさんから聞いた。
ラシュベルト公国まで結構進んでいたとはいえ、体調が悪そうだったのに、大丈夫なのだろうか。
「そうだったんですか。ありがとうございました」
「いいってことよ」
ん?
カッセルさんにお礼を言っていると。自分の足に、コツンと何かが当たる。
俺は、足元に落ちていた物を手に取る。それは、男が大事そうに持っていたクリスタルだった。
拾い忘れたのか? アイツがどこに居るのかわからないし、渡せないな。
「街が見えてきたぞー」
クリスタルを持って悩んでいたら、御者のおっさんの声が聞こえてくる。
馬車の前に視線を向けたら。でかい城壁と、それに合わせた大きな門が見えてきた――
「身分証明とか、必要ないのですか?」
馬車が門を通り抜けるのを見て、カッセルさんに質問をする。
他の街では中に入る時、身分を証明する物や、ギルドカードの呈示を求められていたからだ。
「必要ないな、誰でも出入り自由だ」
いいのかそれ……
犯罪者とか、入り放題じゃないのか?
街に入るためのお金も取らないとか、いったいどうなっているのだろう。
大きな街だから、治安の方は大丈夫だと思っていたが。なんだか不安になってくる。
「国として、それで大丈夫なんですか」
「スラム街なんかは犯罪者の巣窟になっていて、危ないかもしれないが。女帝に逆らう奴なんか居ないからな。危険な場所に近づかなければ、問題はない」
言われなくてもそんな場所には行かないけど。それでも不安が無くなることはない。
「貴族の街、だったのですよね?」
「そうだな。元々は貴族街だった」
エレンさんから借りた本で調べた知識なので、本当かどうかは分からないが。
この街は王族ではなく、複数の貴族が治めていた。
元首が存在していなかったので、貴族同士の権力争いがひどく。数十年前までは、街の経済が傾く程だった。
そしてある時、一人の貴族の女が宣言した。自分がこの街を国として変えてやる、逆らうならば容赦はしない。
その言葉を聞いた他の貴族は反対をした。裏で徒党を組み、暗殺者を雇った貴族達も居た程だ。
しかし女は、その全てを自らが返り討ちにし、逆らった貴族達をことごとく潰していった。
差し向けられた刺客を自分で倒すとか、呆れるほどの強さだが。女は頭もよく、街の経済にも貢献をする。
やがて女は成り上がり。街に住んでいる平民から、女帝と呼ばれるようになった。
ここまでくると、逆らう貴族もいなくなり。その女を認めて、国を興すことになる。
貴族が作り上げた国なので、街の名前は王国ではなく、公国とした。
こうして出来上がったラシュベルト公国は、女帝フランチェスカが治める自由の国として、東の大陸に誕生した。
俺が勇者じゃなくて、本当によかった。
関わりたくねぇよな、そんな女に……
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「お世話になりました」
「別に俺は何もしていないがな」
馬車から降りた俺達は、護衛のカッセルさんに別れの挨拶をする。
彼はこの街に住んでいて、お勧めの宿屋も教えてくれた。
「そんな事はありませんよ。私達まで馬車に乗せていただいて、とても助かりました」
歩いて街まで帰るというマリアの言葉を聞いて。それを見過ごすことが出来なかったカッセルさんは、彼女達を馬車に乗せてやってほしいと、御者のおっさんに頼み込んだらしい。
「あの森から歩いて帰ると、夜になっちまうだろ。女なんだから、あまり無茶はするなよ」
「はぁ。金欠なもので、申し訳ないです」
森で出会った時も、苦労している様なことを言っていたな。
二人はこの街で暮らしているみたいだが、素性を調べられる可能性が低いからなのか。
「それじゃ、私達はここで」
「飯くらい奢るぞ」
「ホントに!?」
カッセルさんと別れた後。そんな挨拶をしてくるマリアにそう伝えると、魔王さんが思いの外食いついてくる。
「よろしいのですか?」
「まぁ、仕事の邪魔をしたしな。迷惑なら断ってもいいが」
「いくいく行っちゃう」
「なにか卑猥ですよお嬢様。では、お言葉に甘えさせていただきます」
落ち着いてるマリアと違って、クレアのテンションがやたら高い。
さっきからずっと彼女の腹は鳴っているし、目つきも少し怖い気がする。
どんだけ腹が減っているんだよ。
もはや、ハラペコ魔王だな。
心の中で、勝手にクレアのあだ名をつけて、俺達は移動を開始する。
街はとても広くて人通りも多く、様々な店が目につく。
バルトディア王国と比べても、負けず劣らずな大きさかもしれない。
ブランカ亭……ここか?
カッセルさんに教えて貰った、お勧めの宿屋らしき場所にたどり着く。
店の看板には、デフォルメされた豚が描かれていて、舌を出しながらフォークとナイフを持っている。
この店は一階が酒場になっていて、二階で宿屋を経営しているそうだ。
人気の店らしいので、泊まれるかどうか不安だが。かなりの大きさなので、部屋は空いているかもしれない。
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「ルナ。好きなもの食べていいぞ」
「ん……わかった」
ルナは元気がなかったので、美味しいものでも食べて、元気を出してほしい。
ちなみに白亜の入店は断られるかと思ったが、小さいので別に構わないと、店の店員が許可してくれた。
飲食店でそれもどうかと思うけど、彼女だけ仲間はずれにするのは可哀想だし、余計なことは言わなかった。
それぞれ、好きな席に座っている彼女達のことを見る。
ソフィアとマリアは隣同士に座って、仲良く話をしている。
クレアはルナの横で、彼女が手に持っているメニューを真剣な顔で覗いていた。
「先に食べていてくれ」
俺は彼女達にそう伝え、席を立つ。二階に上がって、宿屋の部屋を取るためだ。
一緒について来るというソフィアを制して。俺は白亜と共に、二階へと上がっていった。
「泊まりたいのだけど、部屋は空いていますか?」
「いらっしゃいませー」
宿屋の受付らしき場所に来ると、元気いっぱいな女の娘が対応してくれる。
「二人部屋と五人部屋なら大丈夫ですが。どうなさいますか?」
二人部屋は一つしか空きがなく、五人部屋ならいっぱい空いていると教えてくれた。
長期滞在はしないし、アリスのジイさんからお金を貰ってはいるが。無駄遣いをするつもりもない。
「二人部屋で、五日ほどお願いします」
「わかりました。料金の方は、これくらいになりますが」
女の娘が料金表を見せてくれたので、その通りお金を払う。
「ありがとうございます。お風呂の利用料は含まれておりますが。お食事の方は、一階をご利用していただきますが、かまいませんか?」
「それで大丈夫です。あ、ペットって大丈夫ですかね?」
白亜のことを話すと、女の娘は嫌な顔をしなかったが、考え込むような仕草をする。
悩むのも当然だろう。ペットを連れ回している冒険者なんて、めったに居ない気がする。
「それは……大型のペットでしょうか?」
「いえ、小さいです」
俺はそう言って、自分の足元に居た白亜を両手で抱え上げる。
「まぁ……カワイイ……」
「ク……クーン……」
女の娘が目をうるませながら白亜のことを見ると、彼女は照れたような鳴き声をだしていた。
「ちっちゃいですし、ちゃんとお世話をしていただけるのなら、かまいませんよ」
「えぇ、世話はしっかりとします」
部屋を取り終えた俺は、白亜を連れて一階へと戻っていく。
皆の所に辿り着くと、テーブルの上にたくさんの料理が並べられていて。誰も食べずに俺達の事を待っていた。
ハラペコ魔王の顔を見ると。彼女は涎を垂らしながら、ずっと料理を見ている。
「たべてよし」
「は、はい!」
俺に気づいたルナがその言葉を喋ると、クレアは大きな声で返事をして、貪るように料理を食べ始めた。
餌付けか!?
そんな彼女達を見ながら、俺も席につく。
お恥ずかしいです。と言うマリアの言葉を聞き流し、皆は雑談しながら食事を開始した。
食べながら会話をしている最中に。クレアが、ルナの事を尊敬するような眼差しで見ていることに気づく。
また配下を増やしたのかと半分呆れながら、俺はそれをスルーすることにした――




