第122話 造魔
「な……なんだよ……あれ……」
俺達は、湖の側でモゾモゾと動いている生物を発見する。
ソレは地面にしゃがみ込んで、ピチャピチャと嫌な音を立てながら、なにかの死骸を食べているようだった。
距離が離れているのに、あまりの巨大さゆえに、その姿がよく見える。
肌は青白く、体の所々が腐って崩れ落ちていた。
「うぷ……」
ここからは遠い場所にいるのに、ここまで腐敗臭が漂ってくる。
狐姿の白亜は嗅覚が鋭いのか、自分の鼻を押さえながら、吐きそうになっていた。
「あんな生物……いるの?」
「見たことありませんね」
「魔族なのに、知らないのか?」
「魔族だからといって、全ての魔物の生態を知っているわけではありません」
「あんなキモチ悪いのと、私達を一緒にしないでよ」
魔族と魔物の関係を知らなかった俺は、純粋な気持ちでマリアに質問する。
彼女は、あれの存在を見たこと無かったみたいだし。クレアは、一緒にするなと怒ってきた。
「うぅ……うぅ……」
「白亜!」
俺は、魔法で小さいサイズのマスクを創り出し、白亜の口に装着させた。
彼女が震えながら、今にも倒れそうになっていたからだ。
人間の数倍は嗅覚がありそうな獣に、効果があるのかわからなかったが。とりあえず、彼女の体の震えは止まった。
「臭わないように考えて創ってみたが、大丈夫か?」
俺の質問に、白亜はこっちを見ながらコクコクと頷く。
獣の口に合うように、尖った形にしたけど、サイズも問題ないみたいだ。
「凄いことが出来るのね」
「錬成術……ではないですね。少し、興味があります」
「そんな事より。どうするんだ、アレ」
「私達に聞かないでよ、貴方が調べに来たのでしょ」
それもそうだった。
「ソフィア、アレがなにか分かるか?」
「申し訳ございません。私の経験では、あのような存在に遭遇したことがありません」
「そうか……」
まぁ、分かったところでどうにもならないし。
逃げるべきか、それとも倒すべきか……
クロフォードには悪いが。できるだけ、彼女達を危険な目に合わせたくはない。
アレの強さはわからないし、無茶だけはしたくない。このまま引き返して、街の冒険者ギルドに知らせるのもいいだろう。
「迷宮の魔物でしょうかね? この近くに入口があるなんて、聞いたことがありませんが」
「迷宮? なんだそれ?」
「おや、ご存じないのですか?」
「は……はぷしゅっ」
「おい……」
俺が小声でマリアに質問をしていると、隣りに居たクレアが可愛いクシャミをする。
その声を聞いた魔物が。死骸を食べるのをやめて、獲物を見つけたようにこちらに振り返る。
「さすがはお嬢様。期待を裏切りませんね」
「マジか……」
「だ、だって、臭いで鼻がムズムズしちゃって……ご、ごめんなさい……」
しゃがみ込んでいた魔物が起き上がると、その姿が際立つ。
背丈は三メートルに達しそうな巨体で、横幅もかなりの大きさだ。
「嘘だろ……」
「クロード様……」
俺と、その横に居たソフィアが、魔物の姿を見て驚く。別に、奴のデカさに驚愕したわけではない。
「顔……に見えますね……」
そう。膨れ上がった魔物の腹に、人間の顔の様なものが、無数に浮かび上がっていた。
その顔から、うめき声らしきものが聞こえてくる。もはや、気持ちが悪いなんてもんじゃない。
「あ……あ……あぁ……」
「ルナ!」
今まで黙っていたルナが、気持ちが悪い魔物の姿を見て、声にならない言葉を発する。
ソフィアが彼女の体を抱きしめて、落ち着かせるように優しく包み込んでいた。
「ソフィア、白亜。お前たちはここにいろ」
魔物の動きは鈍かったが、ノソノソとこっちへ歩いてきている。
俺は、自分のコートの中に手を突っ込み。腰に差してあるホルスターから、ルナティアとソフィーティアを引き抜く。
さっきまで具現化させていた、トリアーナとリアトーナの剣は消した。
敵にあまり近づきたくない気持ちもあったが。あんな生物を斬って、剣を汚したくはなかったからだ。
今まで隠れていた茂みから飛び出すと、俺に続いて、マリアもついて来る。
「主人を守らなくてもいいのか?」
「これが最善だと思われますが、ご迷惑でしょうか」
「好きにしろ」
そう伝えた後。魔物を中心に、俺は左側から回り込み。マリアは右側に移動する。
敵を挟む形になったが、奴は俺に背を向けて、彼女の方にその身体を向けていた。
「俺は脅威じゃないって事かよ」
少しだけカチンときた俺は、魔物に二丁の銃を向けて、その背中に魔法弾を連射する。
逸れることなく全弾命中したが。ボチュンボチュンと嫌な音が鳴って、弾は全て魔物の身体に飲み込まれた。
「くそっ……効いてないのか」
マリアも前方から、黒い炎の様なものを出して魔物に攻撃しているが。あまり芳しくはない様子だ。
敵の攻撃が遅いので、彼女はその攻撃をヒラリヒラリと躱しているが。いつまで持つかわからない。
俺は銃の威力を高めるために、魔力を練って弾に込めるイメージをする。
そして奴の後頭部に銃口を向けて、すかさず魔法弾を撃ち放つ。
今度は弾を吸われることなく命中し、魔物の頭部が吹き飛んだ。
「やったか?」
ブシュブシュと首から、青色の液体を撒き散らしている魔物を見ながら、そんな事を言っていると。奴がぐるりと、俺の方に振り返る。
【アァァ……ァァア……】
その身体を見ると、腹に浮かんでいる人型の顔が。苦悶の表情をしながら悲鳴をあげていた。
まさか……アレが本体なのか?
奴の腹に銃口を向けて、次の魔法弾を撃つ準備をする。
「…………くそっ」
射線上の奥に、マリアの姿を想像したのもあったが。人型の顔を見ていると、どうしても撃つことが出来ない。
その時、俺が右手で持っているルナティアの方から、リィィンと音が鳴り響いてきた。
俺は、白亜達が居る方へと視線を向ける。そこには、その小さな体をソフィアに抱きしめられながら、怯えている少女の姿があった。
「ルナ……」
――ルナの事をよろしくね――
「言われるまでもない」
頭の中で、黒斗の願いを思い出し。俺は再び決意を固める。
すると、手に持っていたルナティアの銃身が、淡い光を発し始めた。
「マリア! そこから離れろ!」
魔物の背中から魔法攻撃をしていたマリアが、俺の言葉を聞きいて、すぐ隣に駆け寄ってくる。
「俺は離れろって言ったんだけどな」
「一番安全だと思った場所に来ただけです。それで、何か策はあるのですか?」
「別に……さっきと同じことをするだけだ」
ただし、次は手加減しないがな。
俺はルナティアに力を込め、己の魔力を全力で注ぎ込む。
次第に頭がクラクラとし始めたが、そんな事はどうでもいい。
「なんですか……その膨大な魔力は……」
「確認するが。森の向こうに街があったりするか?」
彼女が俺の魔力に驚いていた様子だったが、俺は聞きたいことを口にする。
「いえ、そんな物はありませんね。強いて言えば、山があるくらいです」
「そうか」
そこまで威力が出るとは思わなかったが。それを聞いて、一応安心した。
全ての魔力を銃に詰め終えて、倒れそうになったが。我慢しながら銃口を魔物に向ける――
「悪いな。お前が何なのか、俺には分からないが……恨むなら、俺に出会ってしまった自分の不幸を恨んでくれ」
その言葉を皮切りに、俺はルナティアのトリガーを引く。
銃口からは、黄竜に撃った時よりも、三倍ほど太い魔法弾が飛び出す。
何も考えずに片手撃ちをしたが、反動は全然ない。しかし、威力はあの時とは比較にならないほどで、地面や生えている木が、根こそぎ削られていった――
かなりの魔力を消費したので、目を瞑ってしまいそうになるが、何とか堪える。
魔物が居た場所を確認すると、まるで極大な魔法が放たれたように、森の奥までその跡がずっと続いている。
奴の姿も見えない。魔核があるのかはわからないけど、どうやらその存在ごと消滅したようだった。
「なんと言いますか……馬鹿げた威力ですね……」
「ぐぅ……」
「おっと」
魔力が尽きてしまった俺は、地面に向かってフラリと倒れそうになる。
それを見たマリアがこっちに寄ってきて、俺の体を支えてくれた。
「すまん……」
「いえいえ、役得ですよ」
彼女が変な軽口を叩いているけど、余計な突っ込みをする余裕はない。
「クロ坊!」
「クロード様!」
白亜やソフィア達も、心配をしながらこちらに向かってきた――
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「何だったのでしょうかね、あれは」
「わからないわ……」
マリアとクレアが、魔物が消滅した場所まで歩いて行き、そのような事を口にする。
俺にもわからない。思い返してみても、ただの魔物には見えなかったし、腹に人間の顔が浮かび上がっていたのも気になる。
「そういえば……迷宮の魔物じゃないかと言っていたが。迷宮ってなんだ?」
「知らないの?」
「知らん」
俺は地面に座りながら、思っていることを素直に口にする。
「それは妙ですね。人間は、迷宮攻略に憧れて、冒険者になると聞きましたが」
マジで……
まったく知らなかったぞ……
冒険者に登録するとき、アリスやギルさんからそんな話は聞いていない。
ギルドの受付でも教えられなかったし、クエストボードにもそんな仕事はなかった。
そんな事を考えていると。クレアやマリアが、俺に疑いの視線を向けてくる。
「貴方は、冒険者じゃないの?」
「一応……Cランクの冒険者だが……」
「冒険者が迷宮のことを知らないなんて……変な話ですねー」
マリアの語尾が棒読みになる。
そう言われると、確かに俺は怪しく見えるよな。
元異世界人だし、そんな話を聞かされていなかったのだから、知らなくても仕方がない。
まぁ……
冒険者ギルドって名前なのに、何でも屋みたいな感じだったから。変だなぁとは思っていたけど。
魔物討伐や採集なんかはともかく。アイテム作成の手伝いや、家の屋根の修理なんか。冒険者の仕事じゃないよな……なんて思ったりもした。
けれども俺は、この世界ではこれが普通のことなのだと思って。勝手に納得していた。
「そ、それで。アレは迷宮の魔物なのか?」
これ以上追及されたくなかった俺は、話をすり替える。
「たぶんね。私達も、迷宮に行ったことはないのだけど……」
「ちがう……」
「え……?」
クレアが自信がないように呟いていると、俺にひっついていたルナが、突然それを否定する。
「ルナ。あれが何なのか、知っているのですか?」
ソフィアの質問に、彼女がコクリと頷く。
「アレは……魔物なんかじゃない」
「魔物じゃない?」
「アレの名前は造魔……人間に作られた存在だ……」
「なんだって……」
造魔とは確か……エルフの始祖が討伐した奴だったか?
ルシオールの教会で、エレンさんが教えてくれたが。
確かに思い出してみると、あの絵に姿が似ていた気がする。
実際に目撃すると、絵よりも数百倍は気持ち悪かったが……
でもなぜ、ルナがそれを知っているんだ?
「ルナはアレを見たことがあったのか?」
「クロトが……戦った敵だから……」
「黒斗だと!? うぉ……」
黒斗の名前を聞いて起き上がると、俺は立ち眩み起こす。
「クロード様!」
ソフィアが慌てて俺を支えてくれたが。魔力を使いすぎたせいで、意識を失いそうになる。
「クロード様。どうか休んでいて下さい」
「だが……」
ソフィアに反論しようとしたが、彼女が悲しそうな表情をしてくるので、俺は素直にその言葉に従う。
ルナの話も気になったけど、無理をして彼女達に心配をかけさせたくなかったので。自分の体の力を抜いた。
すると、やはりとても疲れていたようで。俺はそこで意識を失った――




