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第120話 クレアとマリア

「そうよ! 私が魔王クレアよ! 何か文句ある?」


「元って付きますけどね。私は侍女のマリアといいます。お嬢様とは、アホと駄メイドの愛称で呼び合うほど、仲良くさせて頂いております」


もはや観念したのか、魔王は開き直りながら自分の名を名乗る。

侍女と名乗ったメイドの方は、喋り方は丁寧だったが、自己紹介の仕方がおかしい。


元魔王? どういう事だろうか。


「アホウなのかや?」


「アホウじゃないわよ! 魔王よ!」


俺がそんな事を疑問に思っていると。白亜の質問に、クレアがそれを強く否定していた。


「またまたご冗談を。お嬢様がアホじゃないのなら、いったい何なのですか」


「魔王だって言ってるでしょ! アホアホ言わないでよ!」


「それで。そのアホウがこんな所で何をしているんだ?」


あまりにもアホアホという言葉が飛び交っていたので、俺も言い間違えてしまう。

魔王は俺の言葉を聞いて。四つん這いになりながら、肩をガックリと落としていた。


「あぁ……お嬢様が打ちひしがれる姿は、いつ見ても萌えてしまいます。所謂、不憫萌えというやつですね」


このメイド、頭は大丈夫か?


「貴方はどう思いますか?」


どうでもいいわ……


正直な話、こいつらの事を無視して。すぐにでも別の場所に行きたかったが、そうはできない。

しかし、目の前で打ちひしがれている女は魔王らしいが。とても危ない奴には見えなかったし。このまま放置してもいい気がしてくる。


クレアのその姿を見て、どうしようかなと考えていたら。なぜかマリアが俺のこと見ながら、その頬を赤く染めていた。


「まさかの華麗にスルー……もしや、貴方はS属性なのですかね? ならば、私と相性抜群ですね。ご主人様と呼んでもよろしいでしょうか?」


何を言っているんだこの女は……


S属性なのはルナの方だ。別に俺はSでもMでもなく、変な性癖も持ってはいない。

妙なことを口走っている、このメイドを止めて欲しかったが。隣の魔王は、私はアホウじゃないわよ……と、ブツブツ言いながら落ち込んでいる。


「やっと、理想の殿方に出逢えたのかもしれません……はぁ……はぁ……」


怖っ!?


頬を染めながら、ジリジリと近づいてくるメイドに。俺は、得も言われぬ恐怖を感じ取ってしまう。


「クロード様。相手が魔族ならば、私達の敵ですよね? 倒してもいいですか?」


「落ち着けソフィア。その理論だと、ルナも敵になってしまう」


にじり寄ってくるマリアを見て、ソフィアがそんな事を言ってくる。

確かに身の危険を感じたが、そこまでする必要はない。

ルナは、落ち込んでいるクレアの様子を、ずっと黙ったまま見つめていた――



=============



「で? 元魔王とやらが、こんな所で何をしているんだ」


「どうしても言わなきゃダメ?」


しばらくして、落ち着いた様子のクレアを見ながら。俺は再び同じ質問を繰り返す。

自分は勇者ではないので、彼女の事を追及する必要はなかったけど。元魔王という言葉が、どうしても引っかかってしまっていたからだ。


「あんまり教えたくないのだけど……」


「冒険者ギルドの仕事で、森ウサギを捕獲しに来ただけです。勿体ぶる程のことでもないでしょう」


「はぁ?」


俺の質問に、口ごもってしまったクレアの代わりに。マリアが答えてくる。

どうやらこの魔王さんは、冒険者ギルドで受けた仕事をしている最中みたいだった。


魔王が、人間のギルドで仕事? 

意味がわからん……


「この仕事は、報酬の一部としてウサギのお肉も頂けるので。家計が助かるのですよ」


「なぜそんな事を?」


「働かないと、食べていけないじゃないですか。常識ですよね」


「それはそうだが……」


「うぅ……」


マリアと話をしていると。不意に、クレアのお腹がクゥっと可愛いい音を出す。

彼女は恥ずかしそうな声を出していたが、とてもお腹を空かせているみたいだった。


「魔王も仕事をしないと、生活できないのですかね?」


世知辛いな。


ソフィアの言う通りなら、なんだか可哀想になってくる。

魔族の生活なんてまったく知らなかったが。人間と大差ないのかもしれない。


「そもそも、魔王が人間の大陸で暮らしているのが、不思議なんだが……」


魔族が住んでいる場所は、聖王都ガラテアがある大陸から、さらに北の魔大陸だったはずだ。

ギルさんから聞いた話では、魔大陸から魔族が侵攻してきていて、北のガラテアがその相手をしていたそうだし。

しかも、クレアは魔王だから。魔族のトップが、人間の大陸で生活している事自体がおかしい。


「ほほう。知りたいのですか?」


「あ、あぁ。教えてくれるのか?」


マリアの態度に、俺は威圧されてしまう。何かこの女は苦手だ。


「いいでしょう。お教えしましょう。聞くも涙語るも涙のお嬢様の物語を」


マリアは、どこからかハンカチを出して、シクシクと泣くふりをする。

悲しそうな目の下に、ハンカチを当てているが。口元がニヤリと笑っているので、もの凄く嘘くさい。


「まぁぶっちゃけて言うと。弟に下克上をされて、お城を追い出されただけなのですがね」


「…………」


「わらわと似ておるのじゃ……」


マリア曰く。クレアは、急死した父親の遺言で、魔王の座を引き継いだのだが。本人にはそれ程の強さなどはなく、弟の方が力があったらしい。

それでも、この世界の魔王は実力制ではなく、世襲制だったこともあり。周りの家臣たちも、先代の魔王の意思を尊重していたみたいだったが。

クレアは、弟の家臣の奸計に引っかかり。裏切り者扱いにされたそうだった。


「裏切り者?」


「はい。敵である人間の聖女様と、とても仲良くしていらっしゃいました」


魔族が聖王都に侵略をしようとした目的は、ガラテアに封印されていると言われる、魔杖を手に入れることだった。

その杖は、魔王の血を引くものが持つと真価を発揮して、膨大な魔力を手にできるらしい。

魔杖は、聖王都にある神殿に置かれていると、弟の家臣に教えられたクレアは。人間のふりをしてその場所に行った。


神殿には誰もが入れることが出来て、彼女も普通に入っていった。

しかし、そこには魔杖なんて物はなく。トリアナの石像や、歴代の聖女達の石像などが並んであっただけらしい。

マリアの言葉では。クレアに、杖の在り処を教えた家臣の嘘だったみたいだが。それはそこまでは問題がなかった。

だけど彼女は、神殿に魔杖があることを信じて。杖がないのに、その場所に足繁く通っていたみたいだ。


「それがなぜ、聖女と仲良く?」


「ある日お嬢様が、神殿の中で、厳重に警備されている場所を見つけたのですが……」


その場所に魔杖があると確信したクレアは、そこに行ってみることにした。

マリアが幻惑魔法を使い、警備兵を騙している隙に侵入したのだが。

その場所は封印部屋などではなく、聖女の自室だったそうだ。


部屋の中に居た聖女も、最初の頃は驚いていたらしいが。

歳が近かったのも原因だろう。色々と話しをしている内に、聖女と魔王は仲良くなってしまったそうだ。


「それってさ。盗みに入った家で、そこに住んでる奴と、意気投合したようなものじゃないのか?」


「その通りでございます」


「アホだろ」


「アホなのじゃ」


「アホでしょう?」


「はぅ……」


俺と白亜とマリアの言葉が、クレアの胸に突き刺さる。

ソフィアは呆れたような顔をしていて。ルナの方は、なんとも言えない表情をしていた。


「それにしても……聖女と仲良くなったくらいで、裏切り者扱いはひどいんじゃないか?」


「それだけではないのです。お嬢様はなんと……聖女様に、自分は魔王だと打ち明けてしまわれたのです」


やっぱりアホだった……


「仕方ないじゃない。シアが、私のことをもっとよく知りたいと言っていたし。お仕事は何をしているのですか? なんて聞いてくるんですもの」


Q お仕事は何をしているのですか?

A 職業は魔王です。


正直すぎて、呆れてものも言えなくなってしまう。



「というかこれは……家臣の策略というより、自業自得じゃないのか?」


「お嬢様の性格を熟知した、恐ろしい策略だったのです」


本当にそうなのか……?


「しかし、よく北の女勇者に殺されなかったな」


噂では、聖女と北の勇者はとても仲が良くて。二人は常にベッタリだという話だったはずだ。


「何やら、西の大陸で調べ物をするために、留守だったみたいですよ」


西の大陸で調べ物? まさか、黄竜達のことか?


もし、勇者同士情報が行き渡っていれば。北の勇者が、黄竜達の事を調べていてもおかしくはない。


勇者会議なんてものがあるくらいだし。


「そんなわけで。魔大陸を追い出されたお嬢様は、人間の大陸で暮らす事となったのです」


「よくギルドカードを発行してもらえたもんだ……」


いくら人間と姿形が同じとはいえ、冒険者がたくさん居るギルドに行くなんて、勇気もある。


「あ、それは聖女様に作って貰いましたよ。さすがにお金までは、頂けませんでしたが」


「お金なんて貰えるわけないじゃない。断ったわよ」


とんでもなくお人好しな聖女だな。それはこいつにも言えることだが……


「まぁ理由はわかった。邪魔して悪かったな」




この元魔王は、人間の世界をどうこうするつもりもないみたいだし。危険視することもない。

勇者を敵に回したくもないし。これ以上踏み込むことをやめて、俺は話を切り上げることにした――

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