第117話 報告
一人称では表現できなかったので、今回はトリアナの視点になります。
ボクの名前はトリアーナ・ヴェルシュバルテ。この世界を管理する、神王の内の一神。
こんな小さな女の娘の姿をしているけど。一応これでも、上位に位置する女神だよ。
神界の神の呼び名は、みんな王って付いているから。人間からしたら、すごく紛らわしいと思う。
ボクが覚えているだけでも、神界には100以上の神王が存在しているのだけど。どんだけ王様が居るんだよ……って思うよね。
「トリアナ様。おはようございます」
「おはよー、ソフィアちゃん」
ボクと一緒の部屋で寝ていた、もう一神の女神が起きて挨拶をしてくる。
彼女の名前はソフィーティア・アルレイン。大神王様から、特別に神格を与えられた娘だ。
本当なら、たったの300年生きたくらいじゃ、神王になれることなんてできない。ボクも神王になるには、1200年もかかったし。
でも、彼女は特例なんだ。戦女神として戦場に行くことになった時に、大神王様から特別な装備を渡されるくらいにね。
まぁこれは……彼女の前世の出来事が、原因なのだけど。
「顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」
「ちょっと疲れてるだけだから……でも、平気だよ」
「そうですか。私の元気を、分けて差し上げられればよいのですが……」
同じ女神だからといっても、ここまで干渉して来る神王は珍しい。
たぶん性格なのだろう。彼女はたとえ誰であっても、自ら優しさを精一杯振りまいている。
それに……中身だけではなく。同じ女性から見ても、その外見はとても美しい。
整った顔立ちに、綺麗でサラサラの長い金色の髪。女神なんかじゃなくても、誰もが振り返るような容姿をしている。
それと、本当の姿に戻ったボクよりも……すごく胸が大きい。
べ、別に羨ましくなんか……ないんだからねっ!
「美味しい朝御飯を頂いて、元気をだしましょう」
「そ、そうだね」
ソフィアちゃんは本当にいい娘だ。少し天然が入っているみたいだけど。
あの子が、この娘の事を好きになるのも……分かる気がする。
「ソフィア、トリアナ。おはよう」
「おはようございます。クロード様」
おっと。噂をすればなんとやら。
ソフィアちゃんと話しながら部屋から出て行くと。ルナちゃんを連れた、クロちゃんが挨拶をしてきた。
二人は、昨夜も一緒に寝ていたみたいで。心なしかクロちゃんが疲れている様子で、ルナちゃんのお肌がツヤツヤしている。
ゆうべはおたのしみでしたね?
ハーレムなんか作っている人なんて、あの女以外じゃ初めて見たけど。うまくやっているみたいだ。
ボクの隣で、ルナちゃんの顔を見ながら、頬を引きつらせているソフィアちゃんの心中は、穏やかじゃないみたいだけど。
「ルナ。またクロード様と、一緒に寝ていたのですか?」
「フッ……クロが甘えてきたからな」
「いや、俺は甘えた覚えはないぞ……」
ボクを除いた三人が、いつもの言い争いを始める。
傍から見たら、痴話喧嘩をしているように見えるけど。ボクから見たら、仲の良い光景にしか見えない。
だって……この三人は三人とも、それぞれの事が好きなのは、見ていたら分かる。
「クロは、ベッドではすごく甘えてくる」
「それは知っていますけど……」
「そそ、そんな事はないぞ……な、なにを言っているんだね君たちは……」
クロちゃんがチラチラとボクの顔を見ながら、何やら言い訳をしている。
ボクは、こんな事で嫌ったりはしないから気にしなくてもいいのに。それとも、恥ずかしいのかな?
「もう、三人で寝ちゃえばいいんだよ」
「なるほど……」
「その手がありましたね」
「なぜそうなる……」
ボクのひと言で、三人の話し合いがヒートアップする。
普通なら、嫌がったりしそうなものなのに。ソフィアちゃんもルナちゃんも、一緒に寝るのは大歓迎みたいだ。
「私は、毎日クロード様と同衾したいです」
「ワタシもだ」
「気持ちは嬉しいが、勘弁してくれ……」
最近、ソフィアちゃんがどんどん大胆になっていってる気がする。
立場を忘れて、愛する男性に好きなだけ甘えられるなんて、すごく羨ましい。
ボクは、この後のことを考えるだけで……ひどく憂鬱な気分だ。
「トリアナ? 元気が無いみたいだが、どうした?」
「う、ううん。なんでもないよ」
また顔に出てしまったのか、クロちゃんがボクの方を見ながら心配をしてくる。
隠し事は苦手だけど、しっかりしなくちゃダメだな……
「トリアナも一緒に寝るか?」
「ふぇ!?」
「なんだと……」
浮気はダメだよクロちゃん。ルナちゃんが、驚いているじゃない。
ソフィアちゃんも何も言っていないけど。驚きの表情が、顔に出ているよ。
この子は隙を見せると、すぐにボクを口説いてくる気がする。
こんな事を言われて、嬉しくないなんてことはないけど。本気でみんなを、自分の女にする気なのかな?
クロちゃんは、手当たり次第に女性を口説くような性格じゃなかったはずだけど。
もしかしたら。あの女の性格が、表に出てきてしまっているのかもしれない。
やっぱり……
影響は出ているんだね……
「おはようございます」
みんなで一階まで降りて行くと。白亜ちゃんを抱いたまま、リアちゃんが挨拶をしてくる。
リアちゃんの名前は、ボクの本名ととても良く似ているけど。信心深いお母さんにつけてもらったのかな?
彼女は、人里にはめったに降りてこない竜人で。しかも、特別な力を持っている。
その力は、まだ発現していなくて使えないみたいだけど。いつの日か、その力に頼る時が来てしまうのだろうか……
「おはようなのじゃ」
今挨拶をしているのは、白亜ちゃんだ。
彼女は獣人で、魔人の力を引いている危ない存在なのだけど、とてもそんな風には見えない。
生まれ変わる前の、五竜の力を取り戻そうとしていたらしいけど。白狐である獣人の血が濃すぎて、うまくいかないみたいだ。
彼女の母親の九尾の狐も、とんでもない力を持っていたけど。そのどちらの力も使えない彼女は、危険視する程でもない。
「トリアナ?」
「ふぇ? なにかな?」
考え事をしていたら。不意に、クロちゃんに話しかけられる。
どうやら、ラシュベルト公国に行くのに、ボクの事も誘っていたみたいだった。
「ボクは遠慮しておくよ」
「そうか……」
ボクの返事を聞いたクロちゃんが、落ち込んだ表情を見せてくる。
ボクだってキミとは離れたくはないのだけど。今日はとても大事な用事があるので、一緒にいくことは出来ない。
ごめんね――って謝ったら。彼は、戻ってきたら二人で街にでも出かけような……なんて言ってきた。
ホントにナチュラルに口説いてくるな、この子は。みんなの視線が、とても痛かったよ――
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「はぁ……そろそろ連絡しなくちゃ……」
クロちゃん達が屋敷を発った後。ボクは一人部屋に引きこもる。
なぜかリアちゃんが、ずっとボクに引っ付いてきていたけど。適当な言い訳をして、一人にさせてもらった。
これから、見られては困ることをするので。扉の鍵を締めて、厳重に結界も張った。
「さてと……」
自分の中で、なけなしの魔力を練りながら瞑想をする。
そして、回路が繋がったことを確認して目を開けると。自分の足元に、複雑な形をした、幾何学模様の魔法陣が浮かび上がる。
「アクセス……識別コード9610139」
【識別コードを確認……アストラルパターンを認証しました】
魔法陣に魔力を流しながら語りかけると、無機質な声が返事をしてくる。
感情が全く無い機械の声だけど。この後に会話をする御方と比べれば、遥かにましだね。
「冥界の万魔殿に繋いでください」
【第一種特例項目により、一部のアクセス以外が制限されております。所属と神名をお答え下さい】
「惑星クロノスの管理神、神王トリアーナ・ヴェルシュバルテ。所属は……聖王ルシフェリア様の配下です」
【…………確認致しました。万魔殿パンデモニウムに接続します――】
あぁー……いやだなー……
鬱だ……逃げ出したい……
『前回連絡をしてきた時よりも、随分と時間が経っているが……何か問題でも起きたのか?』
今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られていると、冷たい女性の声が響き渡る。
この声の持ち主の名前は、聖王ルシフェリア様。ボクの、直属の上司になる御方だ。
聖王様の声が聞こえたあと。その御姿の映像が、ボクの目の前に映しだされる。
「も、申し訳ございません。通信回路を繋げるための魔力が足りずに、時間がかかってしまいました」
『そうだったな……お前は、人間から信仰を得るという非効率な方法で、管理神の座に就いたのだった』
人が住んでいる星を管理するには、二通りの方法がある。
ひとつ目は、神王としての力を維持したまま、文字通りその世界の神として君臨すること。
この方法なら、思うがまま世界を自分の好きなように導くことが出来る。
ふたつ目は、神王の力を神界にあずけて、力を持たずに世界を管理する。
こちらは、その世界に住んでいる人間から信仰心を集めないと力が出せないので。あまり自由に動くことが出来ない。
ボクはある理由から、ふたつ目の方法を選んだ。
『信仰心を集められずに、そんな姿しか維持できないとは……些か滑稽に映るな』
「お目汚しをしてしまい、申し訳ございません」
ボクのこの姿を晒しても、こんな嫌味しか言われないのなら。この御方には、まだバレていないみたいだ。
『まぁ良い。それで、何か進展はあったのか?』
「冥王の存在を確認致しました」
『ほう……』
大神王様に報告したことを、この御方にも教えた。
本当なら、真っ先に聖王様に言わなければならないのだけど。ボクは、大神王様の方を優先している。
この御方なら、とっくに気がついていると思うけど。そんな事は些細な問題だとでも思っているのか、何も言ってはこない。
『大聖王……いや、今はただの人間であったな。あの男の力はどうなっている?』
「今回は、かなり弱くなっているみたいで。前世ほどの力はございません」
この御方に嘘はつけないので。質問されたことを、正直に答える。
『トリアーナ』
「は、はい」
突然名前を呼ばれてドキッとする。
さっきから、冷や汗が流れっぱなしだ。
『舌を見せなさい』
「はい……」
聖王様に言われたとおりに、口を開けて舌出す。
『…………嘘は言っていないみたいだな』
自分がつけた印を見て、問題がないことを確認して安心したのか。聖王様はこれ以上追及してこなかった。
『ということは、冥王の方も弱いままなのか』
「そのようです」
『儘ならないな』
ボクの返事を聞いて、聖王様はため息をつく。
この後も。数時間かけて、出来るだけ詳細に報告をさせられた。
すべてが終わって、疲れきった体で部屋から出て行くと。
なぜか部屋の外で、リアちゃんがボクのことを待っていた。
何をしているのかと彼女に尋ねたら、ずっとボクのことが心配だったようだ。
優しいこの娘に癒やされながら。ボクは、これからの事を真剣に考えることにした――




