第114話 戦いの記録
「は? 金取るの?」
「申し訳ございません。何分、規則となっておりますので」
エレンさんと一緒に、俺達は教会まで来たわけなのだが。
祈りをするための聖堂に入ろうとしたら、入場料が必要だと言われる。
教会自体は誰でも出入り自由で、種族間で断られる事も無いのに。
ここでお金を取られるとは、思いもしなかった。
「いくらですか?」
「お一人様、1000ゴールドとなっております」
高いな……
それだけ払えば、宿屋に素泊まりできるくらいの料金だ。
祈りのために毎日金を取っていたら、教会の信者なんて増えない気がする。
「じゃ、これで」
「御献金、ありがとうございます」
エレンさんは先に入って行ったので。俺とソフィアの分として、500G硬貨四枚をシスターに渡す。
ソフィアは、一度教会に行ってみたいと言って、俺達について来た。
この世界に来てすぐの頃に、バルトディアの教会に行ったことはあったが。
あの時の彼女は俺の体の中に居たので、自分の足で実際に行くのはこれが初めてだ。
「では、こちらをどうぞ」
「これは?」
金を払い終えると。シスターから、木でできた札のようなものを渡される。
聖堂に入る時は、入り口でこれを見せれば入れてもらえるそうだ。それと、有効期限は五日だと言われた。
五日でこの料金と考えれば……安いのか?
入口で札を見せてから、俺とソフィアは中へと入っていく。
聖堂の中央には、大きな女神像らしきものがあり。その像の周りで、祈りを捧げている人達が居た。
エレンさんはどこだ?
「クロード様。少し、見学してきてもよろしいでしょうか?」
「いいぞ」
聖堂の壁には、絵画だろうか? 色々な絵が飾られており。その絵の下には、文字で説明文らしきものも書かれている。
ソフィアはそれが気になるようで、一人で見学したいと言ってきた。
一旦ソフィアと別れて。エレンさんを探しに、女神像がある場所へと歩いて行く。
トリアナ。お前、結構信仰されていないか?
聖堂の大きさは、なかなかの広さで。女神像の周りには、20人以上の人達が祈っている。
その人達を見ながら。彼女は結構信仰されているのではないかと、俺はそんな風に思えた。
女神像は全然似てないけどな。
やたら巨乳だな……
おそらくは、想像の産物なのだろう。女神トリアーナ様の御尊像と書かれた石像は、彼女には似ても似つかなかった。
今の小さな姿以外の大きな姿も、少しだけ見たことがあるが。ここまで豊満な胸をしていなかった気がする。
ソフィアの胸は、トリアナよりは大きかったが……
って、そんな事を考えている場合でもないな。
エレンさんは…………と、居た。
聖堂の中を見回していると。壁の所に飾られている、ある絵の場所に。彼女のその姿を確認した。
エレンさんに近づいていき、話しかけようとしたが。彼女は絵を真剣に見ていて、どうにも声がかけづらい。
「これは、エルフの始祖……エヴァンジェリカ様が。造魔討伐をした時の、戦いの記録です」
エレンさんの横に並んで絵を見ていた俺に、彼女が解説をしてくれた。
壁に飾られている絵は、ブロンドの髪をしたエルフの女性が。何やら、気持ちの悪い生物と戦っている絵だった。
造魔? どこかで聞いた覚えがある気がするが。
どこでだっけ……?
聞き覚えがある言葉だったが、どこで聞いたのかが思い出せない。
絵画の中のエルフの女性は、金色の弓を持ち。凛々しい姿で描かれている。
髪の色が違うが、どことなく、エレンさんに似ている気がした。
しかし、エヴァンジェリカか……
あの男が言っていたが。エレンさんは、エヴァという名前らしいよな……
名前も似ているが。まぁ始祖というからには、血が流れているだろうし。似ていてもおかしくはないのだろうか。
「クロードさん」
「はい?」
「あの人から……何か言われましたか?」
どうやって話を切り出そうかと悩んでいたが。意外にも、彼女の方から話を振ってきた。
俺は、思い切ってエレンさんに。あの男に頼まれたことを、素直に話すことにした。
この話をしている途中で。あの男の名前を知らなかったことに、今さらながら気づいた――
「そうですか……」
「エレンさんが嫌なら、ちゃんと断りますよ」
俺の言葉を聞いて、エレンさんは考え込むような仕草をしている。
あの男の行動はアレだったが、話は分かりそうな奴だったので。少しだけ強く断れば、納得してくれるかもしれない。
「クロードさんは、生まれ変わったのですよね?」
「はい? えっと。まぁ……そうですね」
突然脈絡のない質問をされて、俺は困惑した。
話しをすり替えられたのかと思ったが、彼女はとても真剣な表情をしている。
「新しく生まれ変わったら、どんな気持ちになりましたか?」
「気持ちですか?」
「えぇ。例えば……生まれ変わる前の後悔とか……」
後悔……
俺の前世は、後悔だらけだったよな。
夢で見た光景を思い出しても、決して幸せだったとはいえない気がする。
クロフォードとクロエの事はよく分からないが。他の三人の人生は……悲惨だったと思う。
でも……
エレンさんのこの質問は、今の俺の気持ちを聞いているんだよな?
今の俺か……
前世の宿命に巻き込まれていて、確かに面倒くさいと思うこともあるが。
それ以上に大切な……大好きな女性達にも、たくさん出逢えた。
「今の俺は、幸せですよ」
俺が正直に答えると、エレンさんが少しだけ複雑な表情をした後。なぜか、ありがとうございますと言ってくる。
「エレンさん?」
「あの人に、会ってみようかと思います」
「いいんですか?」
「はい。でも、少しだけ……時間をください」
何やら考える時間がほしいとの事だったが、とりあえずは良い返事が聞けたことに安堵する。
必ず会いに行くという約束を取り付けたわけではないが。いつかは会ってくれると伝えれば、あいつは納得してくれるだろう。
次にいつ、あの男が接触をしてくれるのかは分からないが……
「それでは、帰りましょうか」
「お祈りは、しなくてもいいんですか?」
「もう済ませましたよ。この絵にですが……」
「そ、そうなんですか。じゃぁ、ソフィアを呼んできますね」
その言葉を聞いて、少しだけ気になったが。
エレンさんとの話を終えた俺は、ソフィアがいる場所へと歩いて行く。
彼女は、聖堂の隅の方にある、小さな絵画の所で絵を見ていた――
「ソフィア。そろそろ帰るぞ」
「…………」
あれ?
ソフィアに声をかけても反応がない。彼女は、もの凄く集中したように絵をじっと見ていた。
俺もつられてその絵を見てみる。絵の内容は、羽の生えた女性が、白い服を着た男と戦っている様子が描かれていた。
天使か?
「クロード様……」
「お、おう。どうした?」
この絵画の下にも、解説のようなものが書かれているので。
それを読もうとしていたら、突然ソフィアに声をかけられる。
「この絵……なのですが……」
「うん?」
俺の方を見ていたソフィアが、また絵の方に視線を向けて口ごもる。
その様子が気になり、俺も絵の方に視線を向けたが。別に、変な絵画ではない気がする――
「ここに描かれている女性は…………おそらく、大神王様です」
「なんだって……」
絵を見ながら、彼女が驚きの言葉を発したので。俺は慌てて、絵画をよく見てみる。
言われてみれば、確かにアストレア様に似ている気もするが。絵が小さすぎてよくわからない。
ソフィアが言うには、女性の背中の六枚の翼と、手に持っている槍と盾の特徴が。アストレア様で間違いないそうだ。
絵画の下の説明文を読んでみたが。文字がかすれていて、所々しか読めない。
……王と……神の……戦いの記録? よくわからないな。
最後の方に、絵の作者名も書かれていたようだが。それも、削れたようになっていて分からない。
近くにシスターが居たので、この絵画のことを聞いてみたが。自分も、何の絵なのか分からないと言われた。
ただ一つだけ知っている事は。この絵の作者は、北にある聖王都ガラテアに住んでいるとの事だった。
「気になるけど。これだけのために、北の大陸に行くのもな……」
「そうですね……」
ソフィアが俺の中から外に出られたので、ぶっちゃけ北に行く理由は無くなっている。
いつかは行きたいが、急いでいく用事もないので。この絵のことを、覚えておく程度でいいだろう。
「トリアナ様に、聞いてみますか?」
「教えてくれるとは思えないが」
トリアナは秘密主義というか、人に教えてはいけない事が沢山あるみたいなので。無理強いはできない。
彼女の上司の、アストレア様から命令をされているみたいだし。仕方ないといえば仕方ないが。
俺は、そんな事を考えながら教会から出て。三人で家路につくことにした――




