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第110話 指輪

「うぷ……」


気持ち悪い……


女の子達の手料理を味わい尽くした俺は、胸焼けを起こしてベッドでダウンしていた。


「クロード様……」


「ごめんね、クロちゃん」


「いや……ただの食べ過ぎだ……」


ベッドで寝ている俺に、ソフィアとトリアナの二人が謝ってくる。

俺のために女の子達が作ってくれた料理だったので、残さず全て平らげたわけなのだが。彼女達は自分達のせいだと思っているみたいだ。


特に、トリアナの表情を見ると申し訳ない気持ちになってしまう。彼女は泣きそうな顔になっていた。

完全に焦げている料理とはいえない彼女の手料理を、俺は全て完食した。だけど腹を下したわけではない。


しかし……

ねがいの魔法を使って胸焼けを治そうとしたのに、全然治らないな……

自分の力に、最近自信が無くなってきたぞ……


「アリスさんに、お薬が無いか聞いてまいります」


ソフィアがそう言って部屋から出て行く。俺は体を起こして、先程まで相談していた話をトリアナに聞くことにする。

俺は二人に、いつまで経っても目を覚まさない黒斗の事を聞いていたんだが。途中から、俺の気分が悪くなって話を中断してしまっていた。


「それで……トリアナ。黒斗の事なんだけどな」


「あ……うん……」


再び話を再開したら、なぜか彼女の視線が泳ぐ。


なんだそのスイミングアイは……


「トリアナ?」


「なななにかな……?」


挙動不審にも程があるぞ……


トリアナは落ち着かない様子を見せてきたが。俺はそれを気にせずに、彼女に質問をする。

黒斗が反応を見せなくなったのは、トリアナが眠らせたからだとソフィアに聞いた。

俺の前世の記憶を封印する時に、黒斗が巻き込まれないようにとの事だったが。記憶の封印が終わっても、あいつは一向に目覚める気配がない。

トリアナとソフィアが言うには、消えてしまったわけではないらしいので安心していたが。さすがにここまで反応がないと不安になってくる。


「ねぇ、クロちゃん」


「なんだ?」


俺の質問をずっとのらりくらりとかわしていたトリアナが、急に真面目な顔になる。


「クロちゃんはさ……ちゃんと自分の人生に向き合わないと、ダメだと思うんだ」


「…………?」


彼女の言葉の意味がわからない。黒斗の事を聞いていたのに、なぜ急にそんな話になるのだろうか。


「複雑な宿命を背負って生きてきたのだから、前世の自分の事を気にするのも、分かるよ」


「前世というか……黒斗の……」


「でもね。前世(かこ)にばかりに気を取られてないで、現世(いま)をしっかりと生きなきゃ」


「それとこれとは違う気がするんだが……」


確かに黒斗は前世の俺だが。自らの生命(いのち)をルナに託して、そして彼女の中で、欠片とはいえ魂が復活した。

ルナが、その魂の欠片を今の俺の体に入れたものだから。俺が二人存在しているという、複雑な事になってしまっている。

クロフォードみたいに、俺の別人格として存在しているのなら、俺もここまで不安にならなかったけど。


「同じことだよ」


複雑な気持ちになってしまっている俺の顔を見ながら。トリアナが、納得できない? と聞いてくる。


魂が二つあると知ってしまったからには、納得出来ないんだよな……

クロフォードが眠ると言った時は、不安にはなったが、それ以上の気持ちは出てこなかった。

なんでだろうな……


頭の中で、色々と気持ちの整理をしていると。ソフィアがルナを連れて戻ってきた――



「なんでルナを連れてきたんだ?」


「ルナが、クロード様の事を治せると言うので」


「ん……」


「そうか。なら頼む」


ルナにお願いをすると、彼女が俺の胸を優しく擦りながら魔法を唱える。

すると、今までムカムカとしていた胸やけがスッと無くなった。


「ありがとう」


「クロ。自分で治せないの?」


ルナがそんな事を聞いてきたので、試してみたが治らなかったと伝えると。彼女は何かを考えてるような仕草をした。

俺がしばらくその彼女の顔を見ていたら。トリアナが、もう寝ると言ってソフィアを連れて部屋を出ていこうとする。

話はまだ終わってないと言いたかったが、彼女の態度がそれを拒否していた――



「私はクロード様と……」


「いいからいいから。今日はルナちゃんと寝かせてあげよう」


「クロードさまぁぁ……」


後ろ髪を引かれるようなソフィアを無理やり引っ張って、トリアナは部屋から出て行った。

ルナはまだ何かを考えているようで、二人が出て行った事にも気がついていない様子だ。


「そ、それじゃ……一緒に寝るか?」


「ん……? うん」


彼女に声をかけると、一応そんな返事をしてくる。


「クロ」


「うん?」


「明日の仕事、ワタシもついていく」


仕事というのは、この街の冒険者ギルドで、俺が受けている仕事の事だ。

別にギルドから依頼を受けているのではなく。金稼ぎとして一日置きに、適当に貼りだされている仕事をこなしている。

この屋敷で暮らしているうちは、ジイさんやギルさんがお金を持っているので、生活には困っていなかったが。

まったく働いていないのは肩身が狭く感じていたので、修行の合間に仕事をしていた。


「なんでまた急に?」


「ダメ?」


「駄目じゃないけど……」


別に危険な仕事をしているわけではないし、断る理由はないのだが。

ソフィアやアリスなら、俺も困らないが。ルナやリアみたいに、小さな女の子を仕事に連れ回すのは、あんまり気が乗らない。


まぁ……

低ランクの依頼を受ければいいか……


「わかった。一緒に行こう」


「ん……」


ルナは、俺の言葉にコクンと頷いたあとベッドに入ろうとする。

そんな彼女を見ながら、俺がなぜ、黒斗の事に固執しているのか思い出す。


そうか……

黒斗に早く目覚めて欲しかったのは……ルナのためだったよな……


「クロ?」


動かない俺を見て、ルナがベッドに潜りこみながら俺の名前を呼んできた。


「あぁ、ちょっとトイレ」


「いってらっしゃい」


俺は彼女にそう伝えて、部屋から出て行く。

別にもよおしていたわけではないのだが。適当な言い訳がそれしか思い浮かばなかった。

そして、夜も遅くなっていたので。自分の足音を消しながらソフィアの部屋を目指す。

トリアナに会いに行って、やはり黒斗の話しをもう一度したかったからだ――



「…………だからね」


「そうですか……」


ん?


ソフィアの部屋の前に辿り着くと、女神達の会話が聞こえてくる。

盗み聞きをするのはよくなかったが。何となく気になっていしまった俺は、魔法で気配を殺しながら扉に耳を当てた。

どうやら二人は、俺の事を話している様子だった――



「でも、黒斗様の事を封印しても、問題はないのですか?」


「仕方ないよ、大神王様の命令だもん」


なんだと……

黒斗を封印? アストレア様の命令で?


「このままじゃ、クロちゃんのためにならないしね」


なぜそんな事をするんだと、扉を開けて言いたかったが、トリアナのその言葉を聞き思いとどまる。

彼女にはそれなりの理由があるみたいだし、まだ二人の話が続いていたからだ。


「本当に、それで良いのでしょうか……」


「ソフィアちゃんも、クロちゃんが消えるのはイヤでしょ?」


「それは……そうですが……」


俺が消える……?


彼女の話では。今の俺という存在は、危ういバランスの上で成り立っているらしい。

ねがいの魔法を持っている事が原因らしいが。俺がこの力に願いすぎると、自分の生命を削ってまで、黒斗を表に出すかもしれないとの事だった。

確かにそうなのかもしれない。ルナの幸せのためには、俺と黒斗が入れ替わったほうがいいんじゃないか……とか、ふと思った事もある。


過去にとらわれてないで、今を生きろ……か……


俺は、先程トリアナが言いたかった事の本質を理解した。


トリアナは、俺のために真剣に話してくれていたんだな。


「黒斗様が勝手に出て来る事は、無いのですか?」


「大神王様から託された指輪を付けている限り、安定しているからね」


うん? 指輪?


考え事をしていると、そんな言葉が聞こえてくる。


和真に見つからないようにするためと言って、トリアナに渡されたコレか?


自分の指にはめられている指輪を見る。


何か他にもあると思っていたが、そういう事か……

む……あれ……? 外れない……


指輪をつけてから、今まで全然気にしていなかったが。少し外してみようとしたら、外れない。


おい……

なんだこれ……呪いの指輪かよ!?

くぬぬぬぬぬ……


試しに力づくで引っ張ってみたが、やはり指輪はまったく外れる気配がなかった。


マジかよ……

コレを付けている限り、黒斗が出て来れないのに……


トリアナに詰問をして、指輪の外し方を聞くのは簡単だが。そこまでしたくはなかったので、俺は肩を落としながら自分の部屋へと戻った――



まぁ……

黒斗を消し去るようなアイテムではないみたいだし……しばらくはこのままでもいいか。

トリアナの気持ちも理解できるし。ルナのために、無茶をしてしまう可能性もあるしな。


そんな事を考えながら部屋まで戻ると。寝ていたはずのルナが、窓際に立っていて外の景色を観ていた。


「ルナ?」


窓を開けて、顔を出している彼女に近づいていくが反応がない。

何か見えるのかと思い、俺も外を観てみたが。夜景以外は何も見えなかった。


「クロ……?」


「うん? どうした?」


名前を呼ばれたので、彼女の方に視線を向けると。ルナはまだ外の景色を眺めていた。


なんだ……? 独り言か?


ただ一点をずっと眺めている彼女は、俺の存在にも気づいていない様子だ。


「おーい。ルナー?」


「あ……」


少し大きな声でルナの名前を呼ぶと、ようやく彼女は俺の事に気がついた。


「クロ……おかえり……」


「あぁ、ただいま。何を観ていたんだ?」


「ん……なんでもない」


「そ、そうか……」




少しだけ、おかしな態度だったルナの事が気になったが。これ以上追及する事もできずに、俺達は眠ることにする。

ちなみに寝る前に、俺と同じ指輪付けているルナに、それを外せるかと聞いてみたら。彼女の指輪は、アッサリと指から外す事ができた。

どうやら俺の指輪だけが特別製らしい。それから、少し複雑な気分になりながら、俺は眠りについた――

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