第104話 ジイさんの趣味
「クロちゃん……起きて……クロちゃん」
「む……う……」
俺は名前を呼ばれながら、体を揺すられる。
目を開けるとそこには、トリアナとレティが俺の顔を覗き込んでいた。
「あれ……寝てたのか、俺……」
「ん……なんじゃ……?」
屋敷の掃除をしたあと、リビングでくつろいでいたが。途中から記憶がなく、どうやら眠りこけていたようだ。
昨夜は、三時間しか睡眠を取れていなかったし、眠ってしまったのもしょうがない。
ソファで横になっていた俺の側で、白亜も目をさましていた。
「お兄様、大変なんです」
「うん? あぁ、おかえり。二人とも」
「ただいまです」
「ただいま……ってそんな場合じゃないよ! 大変なんだよ!」
「何があったんだ……あれ? ジイさんは?」
戻ってきた二人に挨拶をしていると、彼女たちは何やら随分と慌てている。
そして、一緒に出かけたジイさんが見当たらなかったので、二人に質問をしたら。
トリアナが指を差しながら、あっち――といったので、その方向に視線を向けると。
そこには。胸の上で手を組んだまま、仰向けになって寝ているジイさんの姿があった。
「そ、そんな……ジイさん……まさか死……って元々死んでるじゃないか。どうしたんだアレ?」
「それがね……」
弱っているように見えたジイさんの事を、トリアナに聞くと。
買い物をしている時は、何とも無かったのだが。帰り道の途中で突然苦しみだして、屋敷についた途端倒れたそうだ。
「地縛霊っぽかったし、やっぱりこの屋敷から出たら、ダメだったのかも……」
目を瞑ってうなされているジイさんを見ながら、トリアナがそう説明してくる。
まぁ俺の力も、先人たちと比べたら、大したことないみたいだしな。
先人と言っても、自分の前世だから、俺本人の事なんだが……
「しっかりしろ、ジイさん」
「お……おぉ……綺麗な花畑じゃのぅ……」
ジイさんの身体を揺さぶって起こそうとしたら。彼は、見てはいけない物を見ているようだった。
「おーい……もどってこーい」
「あぁ……エリーゼが手招きをしておる……会いたかったぞ……」
「もう……駄目じゃないか? これ……」
もはや手遅れかもしれないと思いつつも。俺はねがいの魔法を詠唱して、ジイさんを起こしてみる。
「リザレクション・クリエイト!」
「…………ハッ!? ボウズか……」
無事成功したらしく、ジイさんは息を吹き返した。
「危うく成仏しかけたわい」
「俺はそのままでも、良かったんだけどな」
「お主、それはひどくね?」
軽口を叩きながら、ジイさんが無事でよかったと心の中で思っていた――
=============
「服……買いすぎだろ……」
ジイさんが元気になってから数十分後。俺は、リビングに広げられた服を見ながら、そんな言葉しか出てこなかった。
所狭しと並べられた衣類は、ぱっと見ただけでも、30着くらいはありそうだ。
「いくら使ったんだよ……」
「そうさのぅ……締めて、120万ゴールドくらいかの」
120万……無駄遣いしすぎだ……
貴族だから金持ちなのは分かっていたが、どんだけヘソクリを隠していたんだ。
「ボクは、止めたのだけどね……」
そんなに買わなくてもいいという、トリアナの言葉を無視して。
ジイさんは、目につく衣装を片っ端から買い漁ったらしい。
いくらなんでも、二人が着る衣装にしては数が多すぎる。
「こんなに買っても、二人は全部着ないだろ?」
「お主の恋人は、いっぱいおるそうじゃないか」
ルナやソフィアたちの分まで、含まれているのか……
サイズは……小さいのも大きいのもあるな……
「まぁ、人数が多いから、たくさんあっても無駄ではないけど……ん?」
なんだこれ……ウェディングドレス?
並べられた衣装の中に、一つだけ、異彩を放っている服が目についた。
最初は花嫁衣装かと思っていたが。胴周りと手足の部分が鉄で出来ていて。
スカートの部分が、半透明なヴェールのような形で。挙句に、下半身の布の部分が、レオタードみたいな衣装だった。
「誰が着るんだよ、こんな服……」
「おぉ、バトルドレスか。ワシのイチ押しじゃ……色っぽいじゃろ?」
ジイさんのイチ押しだというこの衣装は。有名なデザイナーがデザインしたらしく。
鎧とウェディングドレスを合わせた、戦闘用ドレスとのことだ。
「さすがにコレはないだろ……」
「パンツじゃないから、恥ずかしくないんじゃ」
「いやそ……それもどうかと思うが……」
確かに下着ではないみたいだが。コレを着ている女性を見ると、目のやり場に困ってしまいそうだ。
「そもそも、二人ともサイズが合わないよな」
服は結構大きめのサイズなので、トリアナもレティもたぶん着れないだろう。
「そうだね……ソフィアちゃんなら、着れると思うけど」
ソフィアか……
言われてみれば、ソフィアは背が高めだから、サイズは合いそうだ。
けど、着ている姿は見てみたいが。他人には、見せたくないよなぁ……
ソフィアがコレを着ている姿を想像しながら、そんな事を思う。
「リアナちゃんは、これを着てみると良いぞ」
ジイさんがトリアナに向かって、白い服と、紺色のパンツみたいな物を差し出している。
「なんだそれ、下着か?」
「いんや、体操服とブルマじゃ!」
「ブル……」
トリアナが、小さめにサイズの服を受け取りながら、体操服って何? と、つぶやいていた。
俺は少し呆れながら、なぜこの世界に、そんな物があるのかとジイさんに聞いてみたら。
どうやらこれも、過去の異世界の勇者が、発案した衣装だと言われた。
過去の異世界の勇者の嗜好、妙に偏ってねぇ?
「私が着られる服は、ありますか?」
俺の側に寄ってきたレティが、そう言って話しかけてくる。
「そうだな。俺としては、この辺りを着て欲しいが」
俺が買えなかった、着物や巫女服を手に取り、レティに手渡す。
しかしレティは、着方がわからないと言って、落ち込んでいた。
「んー……こっちなら、手伝えるかな」
「これなら、レティちゃんも簡単に着られるぞい」
トリアナが巫女服を指差しながら、手伝えると言っているなか。
ジイさんが、紺色の水着のような物を見せてくる。
「おま……それ……」
「うむ。スクール水着じゃ! 旧スクじゃぞ」
「ターンアンデッド・クリエイト!」
「ふぉ!? ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ……」
「おじいちゃん!」
水着を見せびらかしながら、ドヤ顔しているじじぃに。俺の聖なる魔法が炸裂する。
「そんな物を着て、街中に出られるわけないだろバカヤロー!」
「お兄様、よくわかりませんが落ち着いてください」
「あ! しまった……」
レティに抱きつかれて、俺はハッと我に返る。
そして俺は慌ててジイさんに駆け寄って、再び助けるために魔法を唱えた――
「やれやれ……ひどい目にあったわい……お主、容赦無いのぅ」
「す、すまん……だが、変な物ばかり買ってきたジイさんが悪い」
「変な物とは何じゃ! ワシの趣味は変じゃないぞ!」
これ全部、ジイさんの趣味なのかよ……
その後も、俺たちは色々と雑談し合い。
勇者が尋ねてきたことや、この町の住民が、行方不明になった事件があった事などを全員に話して。お開きとなった――
=============
「お兄様」
「ん? どうした? レティ」
夜に寝る準備をしていたら。レティが、俺がいる部屋に尋ねてきた。
流石にもう、ジイさんの事は怖くなくなったので。今日から俺は、ギルさんの部屋でひとりで寝る事にしていた。
ちなみにギルさんの部屋は、レティが寝ていたアリスの部屋の隣にある。
「一緒に、寝てもいいですか?」
少し寂しげな表情をしているレティを見ながら、どうするべきかと考えていたら。
彼女の足元にいる白亜が、真剣な顔をしながらコクコクとうなずいていた。
「わかった。こっちにおいで、レティ」
「はい」
レティが手探りながら、俺の側まで歩いてくると。白亜は、トリアナと一緒に寝ると言って、退出していった。
「寂しくなったのか?」
俺がレティをベッドに案内をしながら、そう質問すると。彼女は静かに肯定してきた。
そして、二人で一緒に布団に入り込んだら。彼女が俺の背に手を回して、そのやわらかな手で背中を擦ってくる。
「レ、レティ……?」
「お兄様……ごめんなさい……」
悲痛な表情になりながら、謝ってくる彼女に、俺は戸惑ってしまう。
どうやら、俺が鞭打ちされた傷の事を、気にしているようだった。
これは……
たぶんだが、出かけた時にジイさんに話して、思い出したんだろうな……
「傷は残っているが、もう痛みなんか全然ないから……気にするなよ」
「でも……私のせいで……」
「例えそうだとしても、レティの代わりになれたんだから……俺は嬉しい」
もし俺が、レティと一緒に捕まっていなかったら。彼女が鞭を打たれていたかもしれない。
そう考えると、彼女の代わりに拷問を受けたと思えば。俺は満足だった。
「お兄様……」
そして……
レティの頭を優しく撫でたあと、彼女の身体を抱き寄せながら。俺たちは眠りについた――
==============================================
翌日の早朝――
俺は屋敷の外に出て。庭で素振りをしているジイさんに、相談事を持ちかけていた。
「ジイさん。俺を強くしてくれ」
「なんじゃ、藪から棒に」
俺は前世の話と、この世界に生まれ変わった事をジイさんに全て伝えて。
自分の力不足で、好きな女性を危険な目に合わせてしまった事を話した。
「なるほどのぅ……」
とても信じられるような話ではなかったが。ジイさんはふざける事もなく、真剣に俺の話を聞いてくれていた。
ジイさんが、魔法よりも剣術のほうが得意なので。俺には合わないかもしれないと言っていたが。
俺が、アリスや好きな女性を護るためにとお願いをしたら。俺を強くする事を、快く引き受けてくれた。
「ワシの修行は、ちと厳しいぞ?」
「望む所だ」
この日から俺は。屋敷の庭で、ジイさんに戦い方を教示して貰う事になった――




