第103話 東の勇者
「ふんふんふーん、ふふふんふーん……けほっけほっ……」
「…………すげーな」
留守番をしていた俺と白亜は、まず最初に、屋敷の中を掃除することにした。
いつまでここに居るのかは分からないが。屋敷の中は所々埃が積もっているし、レティの衛生上よくないからだ。
レティは目が見えないので、壁や手すりなどを触りながら移動していたみたいで。
それを見た白亜が、ちゃんと掃除をしたほうがいいと、俺に言ってきた。
確かに彼女の言う通り、俺以外は女性ばかりだし。綺麗に掃除をしていたほうがいいので。
倉庫らしき場所から、掃除道具を引っ張り出してきて、白亜と二人で掃除を開始したわけだが……
彼女が掃除をしている姿を見て、俺は正直驚いていた――
なぜならば。子狐姿の白亜が、二足立ちで箒を持ち、床をサッサと掃いていたからだ。
埃を吸って咳が出ているが。それよりも、鼻歌交じりに器用に掃除をしている姿が、異様な光景である。
「こりゃ! クロ坊。サボってないで、ちゃんと手すりを拭くのじゃ!」
「あ、あぁ。すまない」
手を止めて白亜に見とれていたら、注意されてしまう。
なんか、やたらと所帯じみている気がするが……
白亜って……元王女だよな? 掃除慣れしているように見えるのは、なぜだろうか。
俺の魔法の力で持ち手の部分を短くした、箒を手に持つ白亜を見ながら、そんな疑問を思っていた。
「なぁ、白亜」
「なんじゃー?」
「やっぱり、元の姿に戻る気はないのか?」
「…………」
この屋敷に来てから、レティの目の治療をしている傍ら。白亜を元の獣人の姿に戻そうと思っていたが。
なぜか彼女はそれを辞退して、ずっと子狐の姿のままでいる。
理由を聞いても白亜は言葉を濁すだけで。どうして、元の姿に戻りたがらないのかわからなかった。
「その姿、不便じゃないか?」
「別に……そうでもないのじゃ」
そう言って彼女は、少し不機嫌そうな態度になる。
頑なに拒む理由は気になっていたが、あまり追求することもないので、この話はやめることにした。
「そうか。戻りたくなったら、いつでも言ってくれ」
俺はそう伝えて、掃除の続きをするために一階へと降りていく。
「主よ……」
「うん?」
階段を半ばまで降りている途中で、頭上から白亜の声が聞こえてくる。
「どうした?」
「主は、人の姿のほうが……やっぱり、なんでもないのじゃ」
「…………?」
白亜が小声で何かを言っていたが、途中でその言葉を飲み込んだ。
何なんだいったい……
―ゴンゴン――
「ん?」
白亜の言葉の続きが気になっていたら。屋敷の玄関の方から、ドアノッカーで、扉を叩く音がしてくる。
「白亜。扉の鍵、閉めたのか?」
「わらわは、閉めていないのじゃ」
三人が帰って来て、扉を叩いているのかと思ったが。
俺と白亜は二人とも、玄関の鍵を閉めた覚えがなかった。
「てことは、客か?」
「そのようじゃな」
先程までは、白亜は元気が無いような様子だったが。
俺が玄関の方へと歩いて行くと、二階から降りてきて、一緒に着いて来た。
この屋敷は、ずっと空き家の状態だったので、訪問者が来るとは思っていなかったし。
もしかしたら、バルトディアの兵士が尋ねてきたのかと思いながら、玄関にたどり着く。
再び扉を叩く音がして、俺の肩に乗ってきた白亜が、一人の人間の気配がすると小声で囁いた。
「はいはい、今開けますよ」
「失礼。少し、訪ねたいことがある」
黒髪……?
屋敷へと尋ねてきた訪問者は、黒い髪をした16歳くらいの少年だった。
少年の体は細身で、白い肌に整った顔立ち。サラサラの黒い髪を、ショートヘアにしている。
一見、女の子と見間違えるほどだが。低めの端正な声が、彼の男らしさを醸し出していた。
「ここは、貴方の家ですか?」
「い、いや……違う。知り合いの家で、留守を預かっているだけだ」
「なるほど」
俺の返事を聞いて、少年は顎に手を当てながら、俺の事をジッと見ていた。
「あの……どちら様ですか?」
「おっと、これは失礼。僕の名前は、西園寺光。ラシュベルトで、勇者と呼ばれている者だ」
な…………
ラシュバルトの勇者だって……
ならこいつが、東の勇者なのか?
異世界人だとは名乗らなかったが。少年の名前から、この世界に召喚された勇者だというのがわかった。
突然の勇者の訪問に、俺は驚きを隠せないでいたが。肩に乗っていた白亜が、勇者という言葉を聞いた時。
その小さな身体を、ビクッと震わせたので。彼女の頭を優しく撫でながら、俺は少年のことを警戒していた。
「その勇者様が……ここには何の御用で?」
「そんなに警戒しないでくれ。実は、ラシュベルトの女王様の依頼で、この街に来たのだが」
ラシュベルトの女王という言葉を聞いて、レティの事で尋ねてきたのかと思い。俺の体が少し強張ってしまったが。
どうやら彼女の事ではなく、この街で行方不明事件が頻発しているらしく。その調査のために、彼はこの街に来たそうだった。
「住民が行方不明……ですか」
「あぁ、そうだ」
「でも俺は、この屋敷の貴族に招待されて。この街には最近来たばかりなので、何も知りませんよ」
正確には違うのだが、わざわざ全てを説明するつもりもないので。
最近来たので、行方不明事件があったのは、知らないということだけ正直に話した。
「そうか……いやすまない。貴方のことを、疑っていたわけではないのだが」
この街で聞き込み調査などをしていたら、ずっと誰も住んでいなかったこの屋敷に。
最近になって、人が生活していると噂になっていたので。それが気になり尋ねてきたらしい。
「留守を預かっていると言っていたが、その貴族の名前を聞いても?」
「貴族の名前は、ギルバート・グレイヴ・バーンシュタイン様です」
「その人は何処に?」
これは、正直に話したほうがいいな。
ギルさんは、ラシュベルト公国に行っているし。
嘘をついてもバレる可能性がある。
「所用で、ラシュベルトのお城に行っていると思います」
「城に? 貴族が何の用で……」
少年は、何かをぶつぶつと言っていたが。少しして、何かに気づいた表情をしたあと――
「その貴族の名前……聞き覚えがあるな……」
「ギルバート様は、剣聖と呼ばれていますが……」
「あぁ、それだ! 有名人じゃないか」
ギルさんの高名は、この大陸でも知れ渡っていたらしく。
剣聖の家なら、疑う余地はないなと言って。何やら一人納得していた。
そして、これから聞き込み調査に戻るらしく。何か気づいたことがあったら、僕に教えてくれと言いながら。一礼をして、帰っていった――
「教えてくれつったって、どこに居るんだよ。拠点も連絡先も知らねぇぞ……」
しっかりしているようで、意外と抜けたところがありそうな、東の勇者の事を思いながら。俺はそう呟いていた。
まぁ……
ステータス鑑定をされなかっただけ、良かったが。
光という名の東の勇者は。敬語になったりタメ口だったりと、高校生らしい口ぶりの奴だったが、性格は真面目そうだ。
西の勇者の和真も、最初はチャラそうな奴だと思っていたが。その中身は、意外とまともだったし。
少し熱血が入りすぎているがな……
あとアイツは、ステータスを覗き過ぎだ。
しかし……対象的な二人だな。
白い豪華そうな鎧を着て、性格は軽そうな和真と。黒い衣装に身を包んだ、真面目そうな光を比べながら。俺はふと、そんな事を思っていた。
それからリビングへと戻っていき。俺は、ずっと口を閉ざしていた白亜に話しかける。
「大丈夫か? 白亜」
「う……うむ。大丈夫……なのじゃ……」
白亜はそう答えてはいるが。その口調からは、全然平気そうには見えない。
ひょっとしたら、勇者が怖いのかな。
「白亜」
「なんじゃ?」
「お前は、勇者を恐れているのか?」
「そんな事は……いや……そうじゃな……確かにわらわは、勇者を恐れておるのじゃ」
「そうか……」
まぁ一時とはいえ、俺や和真と敵対していたしな。恐れる気持ちはわかる。
「五竜の一匹の内の黒竜が……北の勇者に殺されたしの……」
「なんだって……」
白亜の話では、冥竜王を名乗っていた黒竜が、北の女勇者にアッサリと殺されたらしい。
「冥竜王って、魔人だったのかよ」
「いや、違うのじゃ。黒竜は魔人ではなく、真竜じゃ」
「どういうことだ?」
「黒竜は……黄竜たちと、袂を分かっていたらしくての」
五竜たちは、死んで生まれ変わって。魔人と呼ばれる人になったり、白亜みたいに獣人になったりしていたそうだが。
黒竜だけは、竜から人になるなど耐えられなかったらしく、ずっと竜として転生していたらしい。
そして、死んでもその場で輪廻転生をする力を持っているが。その力を封じられたまま、女勇者に殺されたみたいだ。
その場で輪廻転生か……
俺が殺したと思っていた黄竜が、息を吹き返したのはその力のせいなのか。
黄竜や黒竜の力も、反則すぎるが。それを封じた女勇者はもしかして、クロフォード並みに強いのか?
「強い強いと聞いていたが……とんでもない奴みたいだな、北の女勇者は」
「そうなのじゃ。アレはまさに、バケモノなのじゃ……」
勇者を恐れているというよりも、北の女勇者の恐怖に、押しつぶされている感じがするなと。
その小さな身体を、ブルブルと震わせている白亜を見ながら、俺はそんな風に思っていた――




