第102話 アリスはワシが育てた
「その時ワシが大蛇の尻尾を斬り裂き、奴が怯んだ隙に、最後の頭を切り落としたのじゃ」
時刻は深夜三時頃。俺は、ジイさんの武勇伝をひたすら聞かされていた。
この世に未練があるのならばと、話を聞くことにしたのだが。
最初の頃は、孫のアリスの事をどれだけ大事にしていたかという話で。
その次は、アリスとギルさんの父親の、アルバートさんの愚痴を延々と聞かされて。
そして今は、倭国のお姫様に頼まれた依頼で。八俣の頭と八つの尾を持つ、大蛇の討伐の時の話をしている。
ね……眠い……
「奴の頭は毒まみれじゃったから、尻尾を持ち帰ったのじゃが……」
ジイさんの話が延々と続く……
もう、三時間以上も語りっぱなしである。
トリアナも、途中までは一緒に聞いていたが。今は気持ちよさそうに、ベッドの上でスヤスヤと寝息を立てている。
アリスの話は、興味があったから。俺も色々と質問をしたけど……
他人の武勇伝ほど、退屈なものはないな……
だいたい、八俣の蛇ってなんだよ……ヤマタノオロチか?
姫の名前はクシナダとか言ってたし。ならこのジイさんは、スサノオなのか?
思いっきり日本神話だが。これは、この世界の話だったはずだよな……
「こうして、奴の尻尾を材料にして、三本目の刀が完成したのじゃ……おい、ボウズ。聞いとるのか?」
「あぁはいはい、聞いてますよー」
もはや眠さが限界に達していた俺は、棒読みで返事をしてしまう。
そしてこのジイさんも、俺の事は坊主呼びだった。
「それで。そのお姫様と、めでたく結ばれたんですか?」
俺の質問を聞きながら、ジイさんが窓の方へと歩いて行く。
「……クシナダには、許嫁がおったからのぅ……」
この世界に召喚されて、倭国を救ったジイさんは。元の世界に帰ることになったわけだが。
召喚の儀式は成功したのに、元の世界へと戻る送還の儀式は、何度やっても失敗して帰れなかったそうだ。
国を救ってくれたジイさんに、負い目を感じた殿様は。一生遊んで暮らせるほどの大金を、ジイさんに渡したらしい。
金で解決か……
ジイさんが本当に欲しかったのは、富でも名誉でもなく……お姫様だったんじゃないかな……
窓の外の夜空を見ながら、遠い目をしているジイさんを見て。俺は、そんな事を思っていた。
「それからワシは、世界中を旅して、心から愛せる女性に出逢ったのじゃ」
ある事件を切っ掛けに、バーンシュタイン家の令嬢と出会い、結婚をしたそうだが。
その事件とやらの話はなぜか割愛されて。詳しくは話してくれなかった。
俺としては、その二人が結ばれたおかげで。アリスが生まれたのだから、それだけは良かった。
「それで結局……ジイさんの未練は何なんだ?」
「…………」
ジイさんが俺の方に振り向いたかと思ったら、再び窓の外に顔を向ける。
「ジイさん?」
「孫達には、ワシの剣技を教えたんじゃが、習得できたのはアリスだけでのぅ」
「いや……未練は……?」
「ワシは西洋の剣より、刀の方が好きじゃ」
「俺はどちらかと言うと、西洋剣が好きだなぁ……じゃなくて、未練の話を……」
なぜかジイさんは、話を別の方向へとそらし始めた。
不審に思った俺は、更にジイさんに問い詰める。
「この世に未練があるから、彷徨ってたんじゃないのか?」
「はて……なんじゃったかのぅ」
「おい……」
それからしばらくして。ジイさんが突然振り返ったと思ったら、カッと目を見開いて――
「アリスはワシが育てた!」
聞いてもいないことを、ドヤ顔で言い放った。
「じじぃ……まさか……」
「まぁよいではないか。せっかく生き返ったんじゃ、ワシも好きなことをしたい」
生き返っ……たって言うのか? これ……
確かに触れることが出来るし、意識もしっかりしているようだが。
このまま放置しても、いいのか?
「ジイさん、成仏したくないのか?」
「だって、アリスに会いたいんじゃもーん」
「じゃもんて……」
語尾を可愛く言っているが、ハッキリ言って全然可愛くはない。
先ほどのことを考えると、無理やり成仏させられそうだったが。
実体化している今では、そんな事をすれば、抵抗されそうで怖い。
眠さで思考が働かない俺は、考えがまとまらないので、まずは眠ることにした。
また後で話し合いをするぞと、俺が言うと。ジイさんは自分の部屋へと戻っていった――
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翌朝、と言っても三時間後だったが。
俺は目を覚まして、リビングの方へと歩いて行く。
この屋敷に来て、ゆっくり寝れた試しがないなぁ……
なんか……ジイさんの声が聞こえるな。
俺が向かっている先の方から、ジイさんのでかい声が聞こえてきた。
「エリーゼは美しい女性でな。長くて赤い髪が、それはもう宝石のように輝いておった」
「へー」
「身分違いの大恋愛、とても羨ましいです」
リビングにたどり着くと、ジイさんが身振り手振りで。トリアナとレティと白亜の三人に、自分の話を聞かせていた。
ジイさんは幽霊のはずなのに。レティと白亜は、気にしていない様子だった。
「なんだまた自慢話か?」
「おはようございます、お兄様」
「クロちゃんおはー」
「あぁ、おはよう」
「自慢話じゃないわい」
「ヤマト爺の妻の話を、聞いておったのじゃ」
白亜が俺の肩に飛び乗りながら、そう説明してくる。
「そうか」
アリスたちの赤い髪の色は、お祖母さんの遺伝か。
ジイさんは白髪だからわからないが。やはり昔は、黒髪だったのかな?
「なんぞ、言いたいことでもあるのかの?」
考え事をしていると、ジイさんが俺の方を見て、そんな質問をしてくる。
「いや……このままで、いいのかなと……」
「ワシを成仏させる気か?」
「お兄様……」
「クロ坊は、人でなしじゃの」
俺は白亜に、なぜか理不尽なことを言われた。
「トリアナ。これは放置していても、いいのか?」
「うーん……大丈夫じゃないかな? 害はなさそうだし」
ジイさんは悪霊の類ではないから、放っておいても平気かもしれないと言われる。
彼女がそう言うなら、問題はなさそうだったので。俺たちは朝食を食べることにした。
「クロちゃん」
「なんだ?」
ジイさんがレティに、倭国の姫の事を熱弁している中、トリアナが俺に話しかけてくる。
俺はパンをかじりながら、そんな二人の事を見ていたが。トリアナに呼ばれたので、彼女の方へと視線を向ける。
「ご飯を食べ終わったら、三人でお出かけしてくるけど、いいかな?」
「三人で? 俺が行かなくても大丈夫なのか?」
「うん。おじいちゃんがついているから、大丈夫」
「三人って……ジイさんも頭数に入っているのかよ……」
「わらわはお留守番じゃ」
女性の三人で出かけるのかと思ったら、トリアナとレティとじじぃの三人だった。
「なんでジイさんも行くんだ?」
「街を案内がてら、ボクたちに、色々とプレゼントしてくれるのだって」
「プレゼント?」
「ワシの臍繰りで、お買い物じゃ」
「ヘソクリって……ジイさん死んでるのに、金持っているのかよ……」
ジイさんは、自分の部屋で物色をしていたら。生前隠していた、お金などが大量に出て来たらしい。
本当はこの家と一緒に、アリスのために残しておいたそうだが。わしの物じゃから、使っても問題ないと言っている。
ギルさん以上に、アリスのことが好きそうだな。彼女がここに帰ってきたら、発狂するかもしれん。
そして飯を食べ終えた俺と白亜は、三人を見送るため、屋敷の門の所まで歩いて行く。
しかしジイさんが門の外へと出ようとした時。何かに妨害されるような感じで、庭へと吹き飛ばされた。
「なんぞこれ!?」
ジイさんが門の所にある、見えない壁? に向かってペシペシと手を当てている。
「もしかして……地縛霊だから、外には出られないとか?」
「なん……じゃと……」
トリアナの言葉に、ジイさんが驚愕の表情をしていた。
「せ、せっかくの、ぴちぴちギャルとのデートが……」
「ぴちぴちギャルて……」
ジイさんは死語を喋りながら、ガックリと頭を垂れる。
そして何かをブツブツい呟いたと思ったら、俺の方に向き――
「そうじゃボウズ、なんとかせい!」
「なんとかって……どうしろってんだよ」
「お主の力で、外に出られるように出来るじゃろ!」
「えー……」
そこまで出来るのかはわからなかったが、あまりにもジイさんが必死で懇願してくるので。
その気迫に負けた俺は、ジイさんを屋敷の外に出られるように、ねがいの魔法に願ってみた。
そして……
「おぉ! 出られるぞ! さんくすじゃ!」
どうやら成功したみたいで。屋敷の外に出られたジイさんは、はしゃぎ回っていた。
「それでは、行くとするかの」
「いってくるねー」
「行ってまいります、お兄様」
「おー。気をつけてな」
こうして三人を見送った俺は、白亜と二人で留守番をすることにした――




