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第100話 彼女が生きた証

レティとデートをしていた俺は、まず最初に服屋に来ることにした。

彼女は豪華なドレスを着ているし、その容姿は見目麗しいので、街に居ると余計目立っしまう。

服屋に着いて、レティの服を選ぼうとしたら、彼女は何度も遠慮をしていたが。

兄として妹にプレゼントをしたいと伝えると、喜んで着てくれることになった。


「こちらの服などはどうでしょうか?」


「うーん……もう少し、派手じゃないほうがいいな……」


店の女性店員がレティを見ながら、色んな種類の服を進めてきているが。

そのどれもが、豪華な装飾などが付きのドレスばかりだった。

レティは安い服でいいと言っているし、俺も最初は平民らしい服を選ぼうとしたのだが。

なんとなく彼女には、安物は着てほしくなかったので、少し高めの服ばかりを見てしまう――



お? あれは……着物か?

服を物色しながら店の奥の方へと歩いて行くと、東洋風の着物が目に入る。


おぉ。巫女服もあるな……って高すぎだろ……


ギルさんから、約5万のお金を貰っていたが。

東洋風の着物はどれも7万から8万だし。巫女服に至っては12万と書かれている。

レティに着物を着せてみたいが、流石に手が出せない値段だった。


「あの服、安くならないですかね?」


俺は着物を指差しながら、店員に話しかけた。

しかしこの辺りにある服は、供給が絶たれかけているため。値段がどんどん跳ね上がっているらしい。

なぜそんな事になっているのか聞いたら。これらの服は、極東にある島国から取り寄せていたのだが。

その島にある倭国と呼ばれている国が、三年前から貿易が制限されているとの事だった。


倭国か……

日本みたいな国があるのは知っていたが。この大陸じゃなくて、さらに東にあるのか。

一度は行ってみたいと思っていたけど、鎖国でもしているのか?


店員から色々と話しを聞いてみると、倭国は入国することも出来なくなっていると言われた。


それからしばらく悩んだが。着物を買うには金が足りないし、値切れないなら仕方がないので。

俺は買える範囲での服を選び、店の店員にレティの着付けを頼んだ。



「お兄様、どうですか?」


着付けを終えたレティが俺の所に戻ってきて、感想を聞いてくる。

俺が彼女のために選んだドレスは、青と薄紫のコントラストが映える、貴族風のドレスだ。

元々着ていた服よりも豪華さが抑えられていて、何よりもその姿が美しいので、これでいいかもしれない。



「あぁ、とても綺麗だ」


「ありがとうございます」


俺の感想を聞いた彼女が、可愛らしく頬を染めてお礼を言ってきた。

その表情を見て湧き上がる気持ちを我慢しながら、店の店員に服の代金を支払う。

そして俺たちは服屋を出て、腕を組みながら歩いて行く。


目が見えないレティのエスコートは、難しいと思っていたけれど。

彼女は退屈な素振りも見せずに、ずっと喜んでくれていた。



「次は、何処へ行きますか?」


「そうだな……」


レティは楽しそうにしているが、ただ店を回るだけじゃ味気ない。

目が見えない彼女を、もっと喜ばせてあげたいが……


俺は、レティを喜ばせられる様な物はないかと街を見渡す。

初めて来た街なので、何もいい案が思い浮かばなかったが。

ふと、街の中央付近に建っていた、塔のようなものが目につく。


「あれは……」


「お兄様?」


「レティ。ちょっと歩くけど、いいか?」


「はい」


レティを連れて街の中央を目指して歩いて行き。目的地に着いて、俺は改めてその塔を確認した。

最初見た時は、見張り台か展望台のようなのもなのかと思っていたが。よく見ると大きな時計が付いていた。


時計塔か……

これは、登れないのかな。


「すみません」


展望台なら登ることが出来るのだろうが、時計塔となれば勝手に登っていいのかわからない。

俺は、塔の入口付近に立っていた二人の衛兵に、塔に登ることが出来るのか聞いてみた。

しかし残念ながら関係者以外は立入禁止らしく、立ち入ることは出来なかった。


「やはり駄目ですか?」


「子供が勝手に入って怪我をした事があって、それから立入禁止になっているんだ」


「そうですか」


「お兄様。私は塔に登れたとしても、意味が無いです」


俺と衛兵の話を聞いていたレティが、自分は景色が見えないので、高い場所に行く意味が無いと言ってくる。


「妹さんは……目が見えないのかい?」


「えぇ、そうです」


レティの事を見た衛兵の一人が、俺に話しかけてきたあと、頭上を見上げる。

大きな時計塔の頂上付近は、展望できるようになっていて、風が吹き抜けていた。


「そういうことか……わかった、私が案内しよう」


「いいんですか?」


「時計の整備のために、整備士を連れて何回も登っているから問題ない」


「あ、ありがとうございます」


俺が礼を言うと。彼は、君が何をしたいのかわかったからね――と言って笑ってくれた。

どうやら俺の考えていたことがわかったらしく、時計塔の頂上まで案内してくれた――



「私は下の階に居るから、終わったら降りてきてくれ」


「はい、わかりました」


俺はレティと腕を組んで、景色を展望できる場所まで歩いて行く。

彼女は複雑な顔をしていたが。目的地につくと、その顔が驚きの表情に変わる。


「風が……」


「あぁ」


気持ちのいい風が、レティの頬を優しく撫でる。

彼女は腕を大きく広げて、その風を体中で感じていた。


「森の匂いがします」


「そうだな」


「目が見えなくても……楽しむことはできたのですね」


レティが俺にお礼を言ってくる。だけど俺の本音は、できるなら彼女目を治してあげたかった。

今この場所から見える、森の新緑の色や暖かな太陽の日差しを、レティに見せてあげたい。

目の見える者には当たり前の景色だが、彼女からすれば未知の世界だ。

しかし、俺の願いが足りないのか、何度やっても治療は成功しなかった――


「お兄様」


「なんだ?」


「私は……お兄様に出逢えてよかったです」


「急にどうした?」


レティは地上に顔を向けながら、突然そんな事を言い始める。

心なしか、その姿は落ち込んでいるようにも見えた。


「私はただ……毎日与えられた役割を演じる事しか……できませんでした」


レティが俺に話した内容は、これまで彼女が歩んできた人生だった。

彼女は生まれつき目が見えないので、国の役に立つことも出来ない。

必死に努力して、言葉を覚えて喋ることは出来たが。他の国と外交をすることも無理だった。

唯一自国の役に立てることは。他国との友好を深めるために、好きでもない相手と政略結婚をさせられることだ。


「ラシュベルトの王子様の側室に選ばれた時も、喜びも悲しみも感じない、まるで……人形みたいでした」


「レティ……」


「ですが……お兄様と出逢えたことで。私は、生きているのだという実感が湧いてきました」


「生きている?」


「はい」


レティが力強く頷きながら歩みだしたので、俺は慌てて彼女の側まで駆け寄る。


「楽しい事も……悲しい事も……他人と共有できる……そんな当たり前の事を、今までの私は知りませんでした」


目が見えないまま国の姫として生まれたレティは、どれだけ辛い生活を送っていたのか、俺は測りようもない。

彼女はまだ、十四歳という若さなのに。なぜ、こんな生き方をしなくてはならなかったのだろうか。


「お兄様」


俺の名を呼びながら、彼女が手を彷徨わせていたのでその手を優しく握る。


「私は……お兄様のことが……」


そこまで言って、レティは俺の胸に顔をうずめた。

そして俺は、彼女のことを優しく抱擁した――



「レティ。そろそろ降りようか」


ここに来て、どれほどの時が経ったのかわからなかったが。

屋敷を出てだいぶ時間が経つので、帰ることを提案する。


「お兄様、お願いがあります」


「お願い?」


レティの体から離れようとしたら、彼女が俺の腕を掴んで願い事をしてくる。


「私に……生きた……証をください」


「生きた証?」


まるで今生の別れのような言葉だったが。レティはとても真剣な表情をしている。

それから彼女は目を瞑り。震えながら俺の方へと、その可憐な唇を差し出してきた。

それを見て、しばらく俺は逡巡していたが。それが彼女の生きた証となるのならばと、優しく唇を重ねた――



「ありがとうございました」


時計塔を降りた俺たちは、衛兵に向かって頭を下げる。

彼は軽く手を振ったあと、次はないぞと言いながら笑いかけてくれた。


「昼も過ぎたことだし、屋敷へ戻るか」


「はい」


ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認しながらレティに話しかける。


一応、また食料を買ったほうがいいかな。

四人も居るし、白亜が結構食べるみたいだしな。


街の中を歩きながら視線を彷徨わせていると、酒場らしき店が視界に入る。


「レティ。ちょっとこっちに……」



――ドクン――



「お? っと……」


酒場を見ながら、彼女を店の場所に連れて行こうとしたら。

心臓の音が高鳴ったような感じがしたあと、誰かとぶつかってバランスを崩しそうになる。


「お兄様?」


「あ……すみません」


俺にぶつかった黒いローブを着ている男の人が、地面にバラバラと何かを落とした。

俺はレティから手を離して。男性が落とした、小さなクリスタルらしきものを拾う。

様々な色をしたクリスタルを拾いながら。俺は、ローブの隙間から見える男性の片腕に視線が引かれた――


なんだ? 義手か……?


クリスタルを拾っている男の左腕が、キィ……キィ……と、まるで錆びたような音を出す鉄の義手だった。


「これで、全部ですかね?」


「…………」


視界に入ったクリスタルを全部拾って男性に渡すと、彼は何も言わずにそれをじっと見ている。

ローブのフードを深く被っているので、表情はよくわからないが。長い白髪の前髪で、片目が隠されていた。


「まだ……足りない……」


「え? 本当ですか?」


俺の顔を見た男性が、低い声でそう言ったので。慌てて俺は地面を見て、キョロキョロとクリスタルを探す。

しかしそれらしきものは見つからないので、男性の方を見てもう一度確認してもらおうとしたら――


「もう、落ちていないみたいですが…… あれ? 消えた……」


先程まで居た男性が、いつの間にか居なくなっていた。


何だったんだいったい……



「お兄様」


「すまない、ちょっと人とぶつかってしまったんだ」


「大丈夫ですか」


「あぁ、問題ない」


レティにそう答えると。彼女が、何かを考えているような仕草を見せてきた。


「どうした?」


「いえ。先ほどの御方ですが……お兄様と同じような感じがしたので……」


「俺と同じ?」


うまく説明できないが。レティは、さっきの男と俺が何となく似ている気がすると言ってきた。


「そんなに似ていたか? 俺の声はあそこまで低くはないと思うが……」


「お兄様と違って、悲しそうなお声をしていらっしゃいましたが。どこか似ているような……」


悲しそうな声か……

うーん……そんなに似てたかなぁ……




自分ではよくわからないとレティに言いながら。

俺は彼女を連れて、酒場の店へと入って行った――

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