告白
推薦入試が終わり、もちろん本試験も残ってはいたけど、部活の後輩の江田祐輔に新しいゲームを買ったから息抜きしませんかと誘われ、家に寄ってゲームをしていた。
思ったよりも、敵の動きが早くて苦戦。そんなとき、隣で漫画を読んでいた祐輔が言った。
「羽生先輩、付き合ってほしいんだけど」
「どこに?」
画面から目を離さずに聞いたら、頭に手をかけられて、目をつぶる暇もなかった。
唇が離れたと同時に、瞳を覗き込まれる。
「目ぐらい閉じてほしいかな」
「ってことは、お前も開けてたんじゃないか」
「怒るとこ、そこなんだ」
笑いを堪えてるような顔に、ハッと気づく。
しまった。そこじゃない。
動揺が顔に出たのを見て、おれの肩を抱き寄せた祐輔の腕が、胸の前で交差する。
「年上って言うけど、羽生先輩3月31日生まれでしょ?オレ、4月2日で2日しか違わないんだよ。なのにさ、学年違うって不公平だと思わない?」
頭の上から聞きなれたはずの声が下りてくる。なのに、なんでこんなに心臓が音を立てるんだ?ていうか、この体勢はなんなんだ。
「そんなの、知らんし。文句言うなら国に言え」
とにかく体を立て直そうとしたとこに、また祐輔が言葉を発する。
「こうなったのに羽生先輩ってのもな~。啓樹。長いな、ヒロでいいや」
「勝手に決めんな。ていうか、こうなったって、どうなっ」
予測のつかない行動をしてる祐輔に、不用意なこと言ってしまったと気がついた時には遅かった。
胸で交差してた手が外れ、両肩を押されて床に倒される。起き上がろうとする前に、また唇が重なる。繰り返し重なり吸われ、初めて知る感覚に思考が止まりかける。
気持ちいい かも…
片手が、着ていたTシャツの裾から入って肌に触れるその感触で、咄嗟にその手を押え顔をそむけて、祐輔のキスから逃げる。
「ヒロ?」
「待て。急すぎる。いきなりすぎる。おれにも考えさせろ」
「嫌がらないから、いいんだと思った」
「勝手な解釈するな」
「じゃ、どう思ってるのか教えて」
首筋で喋られて、背中がゾクリとする。
「とり、あえずっ 保留!」
祐輔のシャツを引っ張って、動きを止めた。
「保留っていつまで?」
「合否判定が出るまで」
「じゃ、あと10日か。わかった」
あっさり引いて、あまりにいつもどおりの祐輔。
どんな態度でいたらいいのか分からなくて、ゲームもうまくいかない。
嘘くさいとは自分でも思ったけど、用事を思い出したふりをして家に帰った。
帰ってきてからがまた、頭がこんがらがったままというか。
いったいいつから、祐輔はおれにそんな思いを持っていたんだ?
いや、そこより、おれはまず、なんであの時、嫌がらなかったんだ?
もしかして、気持ちよさに負けた?それって、サイテーなんじゃι
自分の気持ちが分からなくて、それはいったん棚上げにする。
とは言っても、考えないようにすればするほど、生々しい感触が蘇って落ち着かなくなる。
祐輔に初めて会ったのは、部活体験期間なんだと思う。でも、どんな様子だったのか覚えていない。とにかくたくさんの体験者がいて、1人1人を相手にしてなかったし、何か特徴的なことがあれば覚えていたかもしれないけど。
仲が良くなったのは、その年の夏合宿からだったはずだ。
部員のほとんどが参加する合宿で、部屋が一緒だった。
ゲームの話と漫画の話で盛り上がったのは覚えている。
その時、中学校の校区は違うものの、祐輔の家がおれの家と近いことを知って、部活の休みの日にゲームをしに何人かで行きはじめ、それが今まで続いてるようなものだと思っていた。
ひとりで遊びに行ったのだって、今回が初めてじゃなく、数えきれないほどなのに、なぜ今頃あんなことを言い出したんだろう。
もやもやした気分のまま日が過ぎ、気が付けば一週間。
祐輔からは何も言ってこない。
10日後に返事をするといったのだから、当たり前かもしれないけど、あまりに何もなさすぎる。
もしかして、からかわれた?そうだとしたら、かなり手が込んでるよな。
合否結果を待つより祐輔の態度が気になって、その日、部活帰りの時間に合わせて塾を出て駅で待った。
ひとりで改札を出てきた祐輔を見つける。声をかけようとするより先に、おれに気が付いた祐輔が心配そうな表情に変わった。
「どした?なんかあった?」
その顔を見て、今までのことが一瞬で廻る。
そうだった。こんな風に祐輔を駅で待っていたのはこれが初めてじゃない。落ち込んだ時、辛いとき、話を聞いてほしいと思うのは、いつも祐輔だった。そして、会えばそれだけで落ち込んだ気持ちや辛さなんて半分は無くなっていたような気がする。
「別に、ちょうど塾帰り」
「そう?じゃ、一緒に帰ろうか」
自転車を出してきた祐輔と並んで歩きだし、いつもの自販機でホットココアを買うつもりで立ち止まり小銭を入れた。いつもなら飲みながら帰るのだけど、このまま歩いたらあっという間に家に着いてしまう。どうしよう。
「なに迷ってんの?じゃ、オレお先~」
先にボタンを押す祐輔。いつもなら文句を言うところなのに、何も言えない。
「で、ヒロは?」
小銭を入れて祐輔が振り返る。
「ホットココア」
「なんだ。迷って結局いつものじゃん」
取り出してプルタブを開けたココアを渡される。受け取って近くの花壇のふちに腰をかけて座った。祐輔は、無糖のホットティーに口を付ける。
「相談事?」
隣に腰を下ろした祐輔が、前を向いたまま聞いてきた。
うん、とも、いいや、とも言えずに、ココアに口を付けた。
祐輔はそれ以上何も言わないで、横にいる。
催促することなく、オレのペースに合わせてくれている。
気がつけばいつもそうだったことに、今更ながら思い至っておれは息を吸って顔をあげ、祐輔の方を向いた。
「この前のことだけど、祐輔は本気でおれと付き合いたいと思ってる?」
なんだ、この遠回しの確認は。おれ、ダメじゃんι
「なんだ。そんなことか。もっと、深刻なことかと思った」
あからさまに、肩の力を抜いたような息を吐く。
「おれにとっては、十分深刻だよ」
言いながら、視線が下に落ちる。
「冗談で済ませたいって、ヒロが言うなら、そうしてもいいよ」
「え」
慌てて祐輔を見ると、彼は真面目な顔をしてこちらを向いていた。
「迷惑ならそう言っていい。気持ち悪いならそう言っていいんだ」
態度と言葉から祐輔の覚悟が伝わる。
祐輔はホットティーを飲み干して、立ち上がった。
祐輔の気持ちだけ確かめて、気付いた自分の気持ちを伝えないままなんて、おれ、何してんだろ。
花壇から腰を上げ、祐輔の前に立つ。
「ごめん」
「そっか、…やっぱ」
落胆したようすを見せまいと作ったような笑顔の祐輔の首に、腕を回す。
「え?」
「ごめん。祐輔、好きだ。確認なんかして、ごめん」
祐輔の腕が胴にまわる。
「ずるいな、ヒロ。そんなこと言われたら」
抱きしめられた腕に力がこもり、体が密着する。
が、祐輔のジャケットの金具が頬に当たった。
「冷たっ!」
離れて、顔を見合わせて笑う。
「小説とか漫画とかだと、感動のシーンなのに」
「真冬に告白なんかするからじゃない?」
「告白じゃない」
「オレは付き合って、って言っただけなのに。そっかー、好きなんだ、オレのこと」
くそっ。きっと、この先ずっとこれで優位に立つ気だ。
「言っとくけどなー、いつまで好きでいるかはおれ次第なんだからな」
言ったものの、迫力に欠けるような。
「つまるとこ、ずっと好きでいさせればいいわけだ」
「なんなんだ、その自信は」
あんまり自信たっぷりに言われると面白くない。
「とりあえず、飽きさせないだけの技術的なことは大丈夫」
「なんか祐輔が言うと、ヤラシイことのみに特化してるように聞こえる」
「そうか、ヒロの期待はそこなんだ」
「違う、バカかお前は。帰る」
祐輔から顔をそむけると、頬をつつかれた。振り向いたところに唇が重なり、すぐに離れる。
「今度はココアにしよ」
「味見だけかよ」
あんまりあっけなかったんで、心の声が出てしまった。
顔を寄せて祐輔が言う。
「もっと濃厚なのがいい?」
「よくない!」
その肩を押し戻す。
ていうか、そんなことされたら、止まんなくなるかもしれないじゃないか。
え…おれ 何考えてんだ?なし、なし、今のなし。
「とにかく、帰る」
「うん。じゃ、また」
「お」
自転車にまたがり手を振ると、漕ぎ出した。
おれの方を振り返って祐輔が見ていたなんて、気付きもせずに。




