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狐の花嫁  作者: 篠田葉子
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上杉家主従ご来訪

上杉家ご一行様が秀吉さん謁見のために上京。

その際、石田家に一泊していくことになりました。という回です。

景勝さんの容姿は子孫の方の情報をもとに書いてますが、三成さんの容姿は『淡海古説』という書物にあった「やせ身にして色白く、透き通るが如し、目は大きく、まつげ甚だ黒し、声は女の如し」という記述をもとにしてます。

・・・どこの美人の形容詞だ!と思ったのはきっと私だけではないと思います。

三成さまの地位や身分はそれほど高くないとはいえ、外交担当を務めることも多く、賓客の対応を担うことも多い。


今回もその一環で、遠路はるばる秀吉様の下へ謁見に訪れるご一行にうちで一泊していってもらうことになった。


今日はそのおもてなしのための食材を調達すべく、自前の畑にやってきている。

貿易で色々と食材を輸入し、それを自前の畑で実験的に栽培しているからだ。


うちで食事をした後、秀吉様のところで出された料理が見劣りするようではいけないので、あんまり珍しいものや凝ったものをお出しするわけにもいかずさじ加減が難しいが、一般に出回っていない珍しい食材を使う分にはそんなに問題はないと思う。

なぜなら三成さまは今、堺の代官をなさっており、堺は貿易が盛んな町だから、その力を見せつけるという形になるからだ。


まぁあんまりすごい料理をお出しするわけには~的なことを言ってはいるが、所詮私が作れるのは未来の料理で珍しくはあっても家庭料理でしかない。

秀吉様のところで振る舞われるであろう懐石料理とか会席料理とか?とは比べ物にならないだろう。


畑を見渡し、さて今日は何を作ろうかなと考え、はぁ・・・と溜息を一つ吐いた。

基本的に私一人で管理している畑はそれほど大きくはない。

けれどその畑は全体的にどれも豊作だ。


「どうりで妙に崇められてるなと思ったら・・・」


領民から三成さまも私も慕われている。

だがここ最近妙に農民たちからの私を見る視線が妙に熱いというかなんというか・・・でどうしたんだろうと思っていた。

気になったのでそれとなく部下に聞いてもらったところ、私の畑だけ他と違ってよく実り、病気になりにくく、虫もつきにくい。これはきっと奥方様の信仰している稲荷神のお力に違いない!とのことだった。


確かにそれは私も感じていた。

使ってる肥料の違いかな~?とか思っていたのだが、まさかの盲点。


この時代、まだ農薬がなかったのです。


化学農薬は当然ないだろうなとは思っていたけど、皆それぞれ工夫してやってるんだろうなと思っていたので、え?!ないの!?と非常に驚いた。


私はお酢やみかんの皮など自然にあるものを使って、虫や病気を予防してきていた。

最近では輸入した唐辛子も使用している。


なんでそんな知識があるのかというと、前世でオタク活動にお給料を注ぎ込み過ぎてお金が足りなくなったとき、真っ先に食費を削ったからだ。

キッチンで野菜を育て、肥料や農薬などを買わずに家庭にあるもので代用するという方法で。


あぁ、そういえば自然農薬を私の力だと農民に勘違いされたけど、城内の料理人たちには米櫃に唐辛子を入れて虫除けをしていたら、奥方様のお力で米に虫がつかなくなった!って感激されたっけ・・・


おばあちゃんの知恵袋が最新技術になるとは思わなかったなぁ・・・


唐辛子が一般的になかった時代に唐辛子の効能なんてそりゃ誰も知らないわな。


知らされた事実にははは~・・・と乾いた笑いを浮かべるしかできなかった。


適当に収穫したものをそりに乗せる。

まぁそりと言っても形状は台車に近いけど。

台車に立って乗って、狼に引いてもらっているというのが正しい気がする。

そして本日のお客様は、正しい意味の犬ぞりが使えるであろう土地からのご訪問だ。





「ようこそお出で下さった。

上杉景勝殿。直江兼続殿」

「いらっしゃいませ」

「・・・」

「これはこれは。ご丁寧に痛み入ります」


私と三成さまがお出迎えしたのはかの有名な上杉主従。

秀吉様に謁見に行くのだが、うちに一泊していくことのだそうだ。


三成さまに続いて声をかけ、ぺこりとお辞儀をした私はそのままこっそりと眼前のお二人を観察する。


無言で軽く会釈をしたのが景勝殿で、快活にお辞儀をしながら応えたのが直江殿。

タイプは違うがどちらもいい男である。


直江殿は美男子。という形容詞が似合う殿方で、景勝殿は東北美人といえば!な色白で目力があるお人だ。

並んで立つと非常に絵になる。


まぁうちの三成さまも色白で目が大きくてとっても素敵なんですけどね!


あれ?色白で目が印象的で、口数の少ない景勝殿と言葉の足りない三成さまってひょっとして似てる?

表情筋がどちらも若干仕事放棄している辺りも似ている気がする。


うん。なんだか直江殿と三成さまがあっという間に仲良くなったわけがわかったような気がした。


その後、応接室的な場所にご案内して色々と世間話とかをしたんだけれど・・・ほんっきで喋らない人だわ。

景勝殿。


夕餉は酒宴だから、お酒入ったら少しくらい喋るようになるかしら?




「お酒入れてみても何も変わらなかったというか・・・無言でひたすら呑んでますね。

しかも表情一つ変えず」

「顔色もほんのり赤くなった程度で収まってますしね」


景勝殿はこちらの予想を上回る酒豪だった。

東北の人ってお酒強いっていうもんな~。


基本的に直江殿や左近殿が喋ってたま~に三成さまが相槌打って、たま~に景勝殿が頷いたりするという非常に静かな酒宴です。

本人たちは楽しそうだからまぁいいか。

他の皆さんは楽しそうにがやがや言いながら呑んでますしね。


料理も評判が良かったようでほっと一安心。

ジャガイモも振る舞ってみたけど、好評だったので機会があれば寒冷地でもよく育つ食物です。栽培してみませんか?と売り込もう。



おつまみもうちょっと作ろうかな~?と綺麗に空になった皿を眺めてそんなことを考える。

皆さん呑むのに忙しくてそんなに食べてない?と思いきや結構な勢いで料理はなくなっていた。


特に珍しいものをお出ししようと作った鶏卵で作った卵焼きは真っ先に消えた。


この時代、意外に肉も食べるのだが、鳥は鴨や鶴は食べるのに鶏は一般的に食べないそうだ。

同じ鳥なのになんで?と思った幼少期の私は理由を聞いてみた。

鳴き声を時計代わりにしているからというのが一つと、もう一つは神様のお使いだからだそうだ。

その辺りのタブー意識がまるでなかった私は普通に鶏が食べたかったけど、さすがに自分では殺せないし捌けない。

普段、肉は専門の人に捌いてもらった状態でもらっているので、タブー意識がある人にそれを無理やりやらせるのは心苦しく、別のお肉で我慢していることがほとんどだ。

最近は狼信仰と稲荷信仰が私のおかげ?で盛んになって、あまりに気にしなくなってやってくれる人も出てきたので、たまにお願いしている。


鶏卵も同様の理由でほとんど食べられていなかったのだけれど「これ無精卵だから鶏にならないよ?」と言ったところ、タブー意識は薄れ、無精卵に限り割と普通に食べられるようになった。


とはいえ鶏はそんなにこまめに卵を産まないので、卵は高級品だったという話を実感中。

鶏が空気を読んで今日卵を産んでくれてよかった。

メインが別の料理になるところだったよ。


そういえばサツマイモが入手できたから喜んでたんだけど、味見してみたら衝撃が走った。

・・・甘くなかった。

くっそう品種改良してあの味になったんだから、今まだ甘くないのが当たり前なんだろうけど、サツマイモ=甘い芋ってイメージだったから甘くないことにすっごいショック。

今から品種改良を進めたとしても美味しい甘い芋が食べれるようになるのはいつになることやら・・・


ぶつくさとこの時代の食糧事情に文句を心の中で思いながらお酒を呑んでいたら、唐突に声をかけられた。


「この様々な食材は奥方の畑から作られたものだそうですが、なぜそのようなことを?」

「?どういう意味でしょうか」


直江殿が料理を頬張りながら質問してきた。

美味しかったんだろうか?美味しかったんだろうな。


「いや、三成殿の奥方ならばそのようなことをせずとも良いだろうに、という純粋な疑問なんです」

「あ~・・・秀吉様が天下統一をなされるから。ですかね」

「?」


私の答えの意味がよくわからなかったのか、不思議そうな顔をされた。

景勝殿も興味深そうな顔でこちらを見ている。


「天下が太平になれば戦がなくなるでしょう?

すると人があまり死ななくなります。

収穫量は変わらないのに消費量だけ多くなったらどうなるか。餓死者が増えます。

ただまぁ数年保たせることができれば田畑は増やせますので、農作業従事者が増えた分平和が続けば収穫量は安定して増やせると思います。

その数年をどうにかする方法を模索しての実験。ですかね?」


食べたいものがあったから、とかいう即物的な理由もあったけど、三成さまの嫁をやっている以上真面目な理由もある。


天下を取った後のことを考えて動くということ。


男は胃袋を掴めと言うが、食料自給率を上げようという考えを実行すれば確実に餓死者は減る。

民衆に確実に恩を売ることができる。


最初は理科の実験のノリで始めたし、その結果を領民たちに広めていたのは自慢話のノリだった。

けれどその結果が領民の私を見る熱い視線になるのを感じ、これは使えると思った。


私に味方していれば飢えずに済むということは、裏を返せば私を敵に回すと飢えるということにもなる。


よその領地に栽培方法や農薬、肥料について教えなくてもうちで豊作になったものを安価に提供したり、それこそ救援物資のような形で提供すれば――農業の知識は武器になり得る。


「まぁそれにばかり力を注いでもいられないというのも事実なのですがね。

書物を執筆したりと芸事方面にも尽力してますよ」

「ほう?!どのようなものを書かれているんですか?

実は私も本の収集を趣味にしてましてね」


キラキラした表情で聞いてくる直江殿に景勝殿がだめだコイツ。みたいな表情を浮かべたような気がしたが、たぶん気のせいだろうと思う。

景勝殿と三成さまのお二人は黙ってお酒を呑み交わしていたし。


その後、直江殿と書物談話で結構盛り上がった。

書物の内容の話になると、三成さまや景勝殿も参加したりして、夜更けまで酒宴は続いた。



次の日、出立する直江殿にお土産に私の書いた本を何冊か差し上げた。

そのうちの一冊がBL本だったのを見て、景勝殿が嫌そうな表情を浮かべた。

ここまでしっかりと感情を表すのは初めて見たなぁと思ってマジマジ眺めていたら、直江殿も驚いたようだった。


「そこまで嫌ですか。

すいません、うちの殿義兄弟の関係でこっち方面あんまりお好きでないんです」

「いえいえ。読む人を選びますからね。こういった話は。

秀吉様もお嫌いなんですよ。

読むのも実際のも」

「うちの殿もです」

「直江殿は?」

「はっはっは。まぁ読み物に違いはありませんからね。実際がどうかはさておき」

「三成さまと同じですね」

「実際の人物が元になっていても、所詮物語でしかないからな。

しかしその人物は選べ」

「・・・たまに逆らえない場合もあるんです」

「あぁ・・・」


三成さまは実際にはどうなのかは知らないけれど、読むのは平気みたいだ。

真顔で読んで、その後感想をくれる。

「ここの漢字間違っていたぞ」とかだったりもするけど。


ネタに事欠かない時代とキャラの濃い人物たちが周囲に多くいはするんですが、周囲の女性陣の圧力に負けて書かされることが多くなってきた今日この頃。

三成さまも心当たりがあるのか、遠い目をした私に同情的な視線を向けてくださった。


話題を変えようと私は上杉主従に向き直った。


「京にもお出でになるのでしょう?

それならば機会があれば出雲阿国という芸人をお尋ねくださいな。

私が出資している芸人の一人で、一見の価値はあると思います。

他にも私が手掛けた脚本を演じている役者たちもおりますし。

そちらはきっと景勝殿にも楽しんでいただけるかと思いますわ。

ひょっとしたらわざわざ赴かなくても秀吉様が宴席に呼んで下さってるかもしれないですけど」


にこっと宣伝をしてみる。

支払いもいいだろう上客は捕まえておいて損はないだろう。


そんなこともしてるんですか?と驚きの表情を浮かべた直江殿と会話をしていたら、ぽつりと聞き覚えのない声が聞こえた。


「・・・面白い奥方ですな」

「私もそう思います」


「「「??!!」」」


衝撃が走った。

今の今までほとんど喋らなかった景勝殿が喋ったのだ。


私や石田家の人たちは「クララが立った!」並みの衝撃だったが、上杉家の人たちの衝撃はそれ以上だった。

なのに表情一つ変えず普通に返事している三成さまって、大物ですね・・・


「と、殿が喋った?!」

「何年振りだろう、お声を拝聴したのは・・・!!」


「どんだけ喋らないお人なんですか!?」


どよめいた上杉家の家臣の人たちに思わず左近殿がツッコミを入れた。

しかし誰も聞いていない。


「信繁殿から聞いていた通りの、いやそれ以上だった。

また機会があれば、お目にかかりたいものだ」

「そうですね。末永いお付き合いになるでしょうし、いずれその機会も来るでしょう」

「それではまた」

「道中お気をつけて」


三成さまと別れの挨拶をすると景勝殿はさっさと行ってしまった。

直江殿を筆頭に家臣の方々は衝撃に固まっていたが、はっと我に返って慌ててその後を追った。


残されたのは満足げにしている三成さまと呆気にとられた石田家の家臣たち。

そして最後の景勝殿の言葉に動揺した私だった。


な、何を言ってたんだろう。あの甥っ子は――


人質時代も文を交わしていたため、私の話題が出ても不思議ではないが・・・

とりあえず何を言ったか問い詰める文を送ることを決意した私はぐっと拳を握りしめた。


ちなみに日本最古の農薬は1600年に出雲の松田内記が書き残した「家伝殺虫剤」で、効果のほどは不明だそうです。


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