嫁と養蜂所
風邪をひいてしまい、四月中に上げることができませんでした。
一日遅れになりましたが、嫁の持つ大きな財源、養蜂所のお話です。
おねさまたち、旦那が遠征に行ってしまったメンバーで女子会を開催することになったため、その手土産にとお供を連れて養蜂所に。
もちろん移動手段は狼のそりだ。
馬で移動することもあるけれど、基本的に領地内では狼で移動している。
特に養蜂所へ行く場合は。
馬は実に神経質な生き物で、耳元に蜂が飛んできただけでビックリして暴れだすことがあるからだ。
っていうか実際暴れたことがある。
うちにいるのは基本的に狼にも臆さない気の強い馬ばかりなのだが、それが暴れた時には・・・
それ以来私は二度と馬では来ないようにしようと固く決意した。
また、領内を狼で動き回るのにも理由がある。
平成の世で熊やイノシシが人里に下りてきたとニュースになっていたが、それはあの時代が森林破壊や開発が進んだからだと思っていた。
が、私が狼を入手することになったのも初代の狼たちが私の住む場所の近くに下りてきていたからなのだ。
そう、この時代も実は森林破壊が盛んに行われている時代だったのだ。
少し考えればすぐにわかったことなのだが、この時代は戦乱の世である。
そしてこの時代、建築物は基本すべて木造で、攻撃用の道具にも防御用の道具にも木材を多く使用している。
各地で大規模・小規模を問わず戦が頻繁に起こればそりゃあ森林伐採も進むことだろう。
おまけに平成の世ほど山と人里が明確に分かれていない場所も多い。
そこで狼を動き回らせることでここは狼のテリトリーだとほかの野生動物に主張することにしたのだ。
だって流通がそこまで発達していないこの時代で田畑を襲われたら、それこそ領民の生死にかかわる事態になりかねない。
とはいえ狼をそうしょっちゅう野放しにすることもできなかったりするので、たまに襲われてしまうのだけれど。
去年なんて養蜂所が襲われて、熊に蜂の巣箱を一つ持ち去られてしまった。
熊はハチミツが好きっていうけど、ほんとだったのねと呆然としてしまった。
まぁ被害が少なかったのが不幸中の幸いだけど。
養蜂所は毒性の低いミツバチではあるけれどやはり危険なので、人里離れた場所に数か所に分けて設置している。
養蜂所がもたらす収益は大きいため、万が一に備えて分けることにした。
さすがに巣箱を持ち去るなんてことをするのは熊ぐらいだろうけど、よその領主や商人たちも養蜂の技術が気になっているようなので。
「久しぶりね。所長はいる?」
「奥方様!は、はい!呼んでまいります!!」
「よろしく」
作業中の少年に声をかける。
所長というのはそのものズバリ、養蜂所の長。責任者だ。
基本的に養蜂所はそれほど腕力や特殊技能を必要としない。
そのためそれまでほとんど労働力として数えられていなかった子供を使うことを思いついた。
そうすれば従来の収入に養蜂分がそのまま上乗せさせることができると思ったのだ。
そこで私が目を付けたのは戦災孤児。
そのままだとのたれ死ぬか、山賊や物乞い、遊女などになる運命の子供を働かせることにした。
山賊や物乞いが増えると治安が悪化する。子供なら安い賃金で雇える。子供を使えば田畑の収穫量を減らさずに収入を増やすことができる。この三点を強調して父を説得。
子供たちを雇うことに成功した。
その当時の自分と肉体的には同程度の子供たちが堕ちていくのをただ見ているだけというのができなかったから――そんな自己満足もあったのだと思う。
それでも嫁ぐ前からしているそのシステムのまま現在も養蜂は行っている。
大きくなると蜂蜜を使った化粧品作りや蜜蝋を使ったろうそく作りなどに携わったり、販売員になったりとたくましくそれぞれの人生を歩んでいる。
正直そこまで深く考えていなかったのに、気づけば彼らが自発的にいろいろと取り組んでいて驚いた。
ハチミツだけの時より収益も段違いに上がったし。
のんびりと養蜂所で働く子供たちの様子を眺め、まじめに働いているなぁとほほえましそうに見ている嫁と緊張した様子の子供たち。
その様子を眺めながら、お供としてついてきた勘兵衛は奥方様またずれたこと考えてらっしゃるんだろうなぁと思ったが、口に出すことはなかった。
一番最初に雇われた子供が所長となり、歴代の子供たちが養蜂所をよりよくするために働いたり、化粧品の質を上げるのに尽力しているのをまじめに働くいい子たちだなぁと思い、幼い子供を労働力として使っていることに対して軽い罪悪感を抱く嫁だが、彼らの視点で見ると話はまた違ってくる。
彼らからすると彼女は恩人であり神様のような人なのだ。
死ぬか堕ちるところまで堕ちるかの二択だった彼らに救いの手を差し伸べてくれた人。
自分の下で働けと手を差し伸べた時、奴隷のように扱われるのかと思ったが、まるで違っていた。
衣食住を与え、賃金も払ってくれた上に学も与えてくれた。
危険を伴う仕事だと言われたが、蜜蜂の世話は実際それほど大変でもなく、自分たちでもできるものだった。
彼女の役に立ちたいと彼らが思うようになるまでに、そう時間はかからなかった。
そうして彼女は自分でも気づかないうちに、自分に心酔した、死すら厭わないであろうという手勢を有していた。
「奥方様!お久しぶりです」
喜色を満面に浮かべ、跪く青年に思わずそんな趣味はないんで!と言いたくなるが身分というのはそういうものだとさすがに慣れた。
「久しぶり。今日はハチミツを少しと化粧品を分けてもらおうと思って来たの。
おねさまたちとお茶会をするので手土産にしようかと思ってね」
「それでしたら新商品が完成したところですのでそちらをお持ちください!
ハチミツも少しと言わず、お好きなだけ!!」
「お菓子作りに使うだけだからそんなにはいらないわ。
新商品か・・・ちょうどいい宣伝になるわね。
じゃあそれを頂いていくわ」
「かしこまりました!おいお前!」
「はい!お持ちします!」
所長に言われ、古参の所員が駆けていく。
そしてあっという間に戻ってきた。
ハチミツと化粧品のセットを受け取り、引き上げることに。
領地内を見回りながら城へと戻る。
戻っても仕事はまだまだある。
馬の世話を担当している部下から、馬のことで報告を受けた。
愛の兜でおなじみのあの方から頂いた馬は、やはりというかうちの狼がたくさんいる状況に慣れることはできなかったようだ。
そういえばあの時一緒に頂いた布って、越後上布ってやつなのかしら?
着物には詳しくないんで布を見てもわからないんだけど、確か成人式の振袖を選んでいる時に母が呉服屋の人と越後上布っていう重要無形文化財の布があるって言ってた気がするんのよね。それでたぶん文化財っていうくらいだからお高いんだわ。
この時代でもきっといい値がするんだろうなぁ・・・
その布―かどうかわからないけど―で三成さまに着物を仕立てたのよね。
一応北上するから、その着物も荷物の中に入れておいたけど。
裁縫は前世でレイヤーをやってたこともあり、得意なんです!
まぁ・・・この時代で一番最初に自分の手で作り上げたものって、実は下着――パンツなんだよね。
だってこの時代、ふんどしはあるけど女性用下着ってないんだもの!
だったら自分で作るしかないじゃない?!だって気になるし!スース―するし!!
さすがにゴムは自作できなかったんで紐パンですけどね!っていうか今でも自作して使用してますが?
・・・三成さまとの初夜で、あんまりにも日常使いになりすぎて着けたままコトに及ぼうとして、夜着を脱がされた時にじっと見つめられ「なんだこれは?」と真顔で聞かれたのは全力でなかったことにしたい所存です。
「なんだか最近三成さま交渉関係のお仕事が増えているような気がしない?」
三成さまは秀吉さんの秘書官のような仕事をしていたと思ったら、最近は外交官のような仕事を任せられることが多くなったように思えてならないのです。
まぁそれだけじゃなくて防衛庁長官みたいなこともしているんだけどね。
仕事が多すぎる・・・いつか過労死しそうで本気で怖い。
いや、三成さまの前に秀長様がぽっくり逝きそう。
あの人線が細くてわりと病弱だから・・・
三成さまは繊細そうに見えていろいろ図太い方だから。
「交渉関係はぜひ三成様を!っていうのが増えてるみたいなんですよねぇ。
困ったもんです」
「え?なんでまた」
「そりゃ、うちの殿ってば真面目だから信じられないような条件であっても履行してくれるって信頼されちゃってるんですよ」
「あ~・・・ひょっとしてそれでか?
最近俺が雇われた時の話や島殿が雇われた時の話――本当かって聞かれるんですよね」
「まぁ普通しないよな。
自分の石高全部与えたり、半分与えたりとかって」
「それで本当だって言うと『そこまで自分を買ってくれる人に仕えることができるなんて幸せだな』って言われるんだよな」
「自慢かよ!俺だって三成様に重用されているわ!」
「はっはっは!」
悔しそうに歯噛みする平三郎とドヤ顔で高笑いをする勘兵衛。
うちの家臣、っていうか三成さまの部下ってこんなのばっかだなぁ・・・
うん、スルーしよう。
「実績があるから、ってことですか」
「算盤が得意なのも知られてますからね。
おまけに近江の出身でしょう?
三方よしの考え方が根底にあるだろうってのも期待されてるみたいで」
「あぁ。自分だけではなく相手も世間も得になるのが一番!って考え方」
「実際にその辺考えて動かれますからね、うちの殿。
で、その評判がまた評判を呼んで」
「それで交渉がうまくいくと秀吉様が喜んでまたうちの殿をそういった場面で重用されて」
「悪循環じゃないですか」
「だから言ったじゃないですか。
困ったもんですって」
「はぁ~・・・」
これからもますます三成さまに負担が増えそうな気がする・・・
だって清正殿たち、そういった方面得意そうに見えないんだもの。
がっくりと肩を落とした私はもう明日の女子会に備えることにした。
持っていく用のケーキでも焼いて、そのうちの一つを娘たちと食べて気分転換しよう。
なんかもう疲れた・・・
嫁が何を企んでいるかはまた次回に!と書いてましたが、そこまで行けませんでした。すみません。
今度こそ次回に!なる、はずです。