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狐の花嫁  作者: 篠田葉子
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左近の困惑

左近さん視点の三成さん夫婦のお話です。

前回話題に出たあの人もちょっとだけ出ます。

三成に仕えるようになってからというもの、左近は驚きや発見の毎日を過ごしている。


まず最初に驚いたのはやはりなんといっても狼の存在だろう。

水口城に最初に出向いた時、門番と一緒に狼がいた時には思わず刀を抜くところだった。

もっともあまりに自然にいたため、狼だと気付くのに一瞬遅れてしまったが。


「あぁ。そいつらはいいんですよ。奥方様の狼だから」

「お、奥方様の狼ぃ?!

なんだってそんなものを!?」


門番があっさりと言ってのけたセリフに驚いたが、返ってきたのはなんとものんびりしたものだった。


「さぁ?奥方様だし。理由なんて気にしたこともなかったなぁ。

でもこいつ等いるとけっこう便利なんですよ。

ヤバそうな気配がする奴には唸るし、イノシシとかに畑荒らされたりもしなくなるし」


なぁ。と彼は傍らにいる狼に声をかけるが、当の狼は素知らぬ顔で座っている。

そのやり取りもそうだが、俺は先ほどから突っ込みどころが多すぎて、どこから指摘するべきか、いっそのことすべて流すべきなのかと迷った。


奥方様だしってなんだ!

っていうか、こいつ等って言ったってことは複数いるのか?!この場にいる一匹以外にもまだいるのか!?

つ~か狼を便利扱いするなよ!!


のど元までこみ上げてきたが、彼にそんなことを言っても仕方ないとぐっと堪え、城の中へと進んでいく。

先ほどの疑問の一つは割とすぐに解消された。

狼は確かに複数いた。

群れが、存在していた――




狼がいるのを当たり前と思っているのはまだいい。

奥方様が何らかの理由により飼っているとのことだから、それを臣下たちが受け入れたのだと思える。

ただ、狼を犬扱いするのはどうかと思うのだ。


奥方様自らが狼たちを一まとめで呼ぶときに「わんこ」と言っているからといって、それにならってわんこ呼びしなくてもいいだろうが!!


もっとも狼を犬扱いしているのは奥方様だけではなく、三成様もそうだ。

お二人が犬扱いしているから家臣たちもつられたとの話だが、奥方様は狼と犬の区別がついていないようなところがあるし、三成様は狼だろうが犬だろうが気にしなさそうなところがあるので、部下がしっかりしていないでどうする!とも思ったのだが、しばらく仕えているとそれも仕方がないかと思えてくる。


お二人に実に忠実な犬のように振る舞う狼たち。

おまけに奥方様は狼にそりを引かせて、領地内を所狭しと動き回る。


狼を飼っていても「だって奥方様だし」で納得されるだけあって、普通とは一味違う方だろうとは察していたが、予想を上回る方だった。


三成様の噂話は聞いたことがあった。

秀吉様が台頭してきたことで、その側近である彼にも注目が集まるのは自然なことだろう。

ましてや彼は言葉が足りないことが多く、表情も硬いため誤解を受けやすい。

生真面目で堅物という印象を受ける彼の奥方ならば、噂話の一つもあってもいいくらいなのに、不思議と聞いた覚えがない。

大事に城内に隠されているのかと思いきや、むしろ野放しに近い状態だった。


奥方は嫁ぐ前から行っていた様々なことを、嫁いでからも同様に行い、また新たなことにも次々と手を伸ばしている。

三成様に「あんなに自由にさせてていいんですか?」と尋ねたことがあったが、彼は「あれが俺の不利益になるようなことをするわけがないからな」とあっさり言ってのけた。


のろけですかい。と思わなくもなかったが、奥方が嫁いでからの収益の上がりようを見ていると納得せざるを得ない。

収穫量は桁違いに跳ね上がり、高級品である蜂蜜が主要な特産物になっている。



そんな奥方はまた何やら企んでいるらしく、今日も元気に出かけていく。

たまたま手が空いたので護衛も兼ねて同行させてもらうことに。





戦により天涯孤独となった子供たちを蜂蜜作りに雇い、今度は同様の理由で寡婦となった女たちを集めて、いったい何を企んでいるのやら。


ご機嫌で城へと戻る嫁と対照的にやれやれといった気持ちで左近はそんなことを考えていた。


そんな彼らは城に近付くにつれ、城内が騒がしいことに気づき、不審げに眉をひそめる。


「何かあったのでしょうか?」


近付くにつれて、それが不穏なものではないとわかり、警戒を緩める。


「どうしたの?これ」


見慣れない馬が興奮しているのを抑えようとしている家臣たちと、目録を見ながら品を確かめている家臣たち。

どこかからの贈り物のようだ。


「む、嫁か。

上杉殿と直江殿からの謝礼の品だ」

「三成さま!お早いお帰りですね。

この謝礼の品がその理由ですか?」

「うむ。秀吉様の下には太刀一腰と馬一頭が送られている」

「秀吉様にも・・・ということはこれは秀吉様に取りなした謝礼ですか?」

「そうだ」


三成様、説明する気あんまりないでしょう。と言いたくなるくらい端的な口調ではあるが、奥方様は気にする素振りを見せない。

むしろ言っていることの意味が理解できた時には嬉しそうですらある。


「馬一頭と白布五十端ですか・・・

この布でとりあえず三成さまの着物を作りましょうか。

今度また越後方面に向かう時にでも着ていけば、向こうにも伝わると思いますし」

「今度――越中征伐のことか?無駄だと思うが」

「まぁ、富山城から越後は遠いでしょうけど、直接見せることはできなくても情報という形で伝えることができれば無駄にはならないと思いますよ。

それよりも問題は――」

「そうだな・・・」

「この馬どうしましょう」

「狼に怯えているな」

「そりゃそうでしょうよ」


思わず左近は突っ込んだ。

馬は元来臆病な生き物だ。

それを狼の匂いや気配どころではなく、そのものがいる場所に入れたら怯えるに決まっている。


「・・・しばらく様子を見て、慣れなければよそにやろう」

「そうですねぇ・・・秀長様にでも差し上げるか、いっそのこと秀吉様も今度関白に就任されるということですので、今上陛下にでも献上します?」

「ふむ・・・」


奥方様の提案を受けて考え込んでしまった三成様。

勢いに乗る秀吉様が敵対勢力を一掃すべく兵を出し、その兵站を支える中核的な存在としてここしばらく働きつめているため、その顔色は悪い。


「まぁ慣れなければですので、その場合は私が差配しておきますね」


奥方様も三成様の顔色の悪さに気付いているようで、慌てて口を挟んだ。

ご負担を増やすのはよくないと思われたのだろう。

まぁどちらに献上することになっても喜ばれることだろう。

なにせ謝礼で送ってこられた馬だけあって、いい馬だ。




結局その馬は狼に慣れることができずに、奥方様によって今上陛下に献上された。

ちょうどいいとご機嫌であったのが実に怪しい。


ただ俺はそんな奥方様の動向を詳しくうかがうことはできなかった。

三成様に従い、佐々征伐に同行するために城を離れたからだ。


京の都で関白に就任した秀吉様はその翌月、佐々征伐に越中富山城へと向かった。

大勢で攻め入ったこともあり、向こうが頭を丸め降伏を申し出たことで終わった。

その後、越中と越後の境である落水城に赴いた秀吉様はその話を聞いた景勝殿が出迎え、会談を行った。

が、それは会談と呼べるものだったのか正直俺は今でも疑問だ。

景勝殿があまりにもしゃべらなさすぎるから。


うちの殿も大概しゃべらないが、景勝殿はそれを軽く上回る。

その所為か、景勝殿の側近である直江殿と三成様は非常に親しくなった。


そりゃああんな声を発するのを聞くのが稀な人物に従っていたら、言葉が足りないうちの殿の言わんとすることくらい察するのは簡単だろうなぁ・・・


陪席が許されたのは三成様と直江殿だけだったので、会談の詳しい内容はわからないが、三成様の言葉からでも景勝殿がほとんど言葉を発していないことはわかった。


ちなみに三成様と景勝殿も親しくなっていたが、二人の会話はたまに無言で成立しているので、横で聞いていても何を話しているのかよくわからない時がある。

たぶん理解できるのは奥方様と直江殿だけだろうな・・・


「奥方様、元気でやってますかねぇ」

「つわりで苦しんでいるようだぞ。

そしておね様たちに懐妊の秘訣を聞かれて困ったと文に書いてあった」

「第三子ご懐妊ですからねぇ。

姫が二人続いたので、若が生まれるといいですね」

「嫁が懐妊しているときはいつも遠征に行っているような気がする」

「三成様はお忙しいですから」


何を企んでいるのかは知らないが、妊娠中なんだから大人しくしていてほしいものだ。

判明したのは三成様が城を離れてからだけど。

嫁が一体何を企んでいるのかはまた次回に!


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