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第一話

 

 立ち上る黒煙が視界を遮っている。

 未だ燃え盛るものは数え切れず、それらが生む熱と煙が生者を愚鈍にさせて行く。

 吸った空気はただ熱いばかり。鼻をつくだろうと予測した苦い臭気は嗅ぎ取れなかった。

 原型を留めない瓦礫に腰かけていたフェルゲルグは、浅く息を吐いて視線を落とす。手に持ち風に遊ばせていた紙面を改めて眺めた。別の紙から切り取られ貼りあわされた記事の数々は、魔王について記されていた。

 神殿都市が神託で得た情報が上部を占め、僅かに空白を挟んだ後に実際の魔王の軌跡について語る記事が連なる。その紙片の隙間に、急いで書かれたらしい一文が添えられていた。


 神殿が勇者を召喚する。


 荒々しく走り書きされた一文は、傍目にも喜びに溢れている。それを冷笑し、フェルゲルグは紙面を炎へと投じた。

 その容姿を知っていた所で、確認する知能が無ければ意味がない。

 彼らは外套一つで容易く騙され、突如降りかかった災厄に逃げ惑うばかりだった。誰も盾突く者が居なかったため、フェルゲルグの鎧は小さな傷一つ付かずに炎の光を受けて輝く。

 悲鳴を上げ、生きるために逃げ回った彼らは姿を消した。瓦礫に身を潜め息を殺していた者だけが、この村に残っている。

 絶望を語り希望を綴った紙面が生む煙を目で追い、フェルゲルグは空を仰ぐ。黒煙に遮られながらも、人の爪程の大きさの星が滲んだ光を放っていた。

 くぐもった怒声が耳に届く。

 人間の怒声を聞いたことがなかったフェルゲルグは興味をそそられて視線をおろし、その光景に思わず眉を潜めた。

 辛うじて形を保っていた建物から吐き出された小さな影。それは無骨な手によって屋外へ放り出され、影が追い縋る間も与えずに外に閉め出す。

 今まで目にしたことの無かった程の手荒さに、フェルゲルグの方が唖然としてしまった。

 この大陸の人間と言えば、温厚で怒りを知らず、こちらが薄ら寒くなるほどに負というものからかけ離れた存在の筈だったのだ。

 その彼らが、何故あのように苛烈な気配を振りまき人影を放り出したのか。

 思わずまじまじと見やった先、小さい人影は辺りの焦げ臭さに身を屈めて咳をした。身体が動くたびに頭に巻いた布がずれ、体に纏った薄汚れた服が揺れる。布を元の位置へ戻す腕は長さの割に随分と細く見える。その姿が余りに痛々しくて、気が付くと声をかけていた。

「大丈夫か」

 声を掛けられ、人影が身を竦める。漸くこちらに気付いた人物は、一瞬呆けた後ゆっくりとこちらへ近づいてきた。

 腕を伸ばしても届かないほどの距離を置いて少女は立ち止まる。互いに目を瞠る数秒。少女はフェルゲルグの深い赤の髪に、フェルゲルグは少女の黒い瞳に瞠目した。どちらもこの大陸の人間ではありえない色だ。

 少女は躊躇うように口を開け閉めした後、どこかおびえたような声で問う。

「あなた、私。一緒?」

 妙に拙く幼い口調。見た目の年にそぐわない舌足らずな話し方だ。

 少女の問いを解りかねて首を傾げる。視線を彷徨わせ答えを探すフェルゲルグの耳に、件の建物からの声が妙にはっきりと届いた。

『――どうせ死んだとしても、異世界の民だ』

 吐き捨てる口調に、フェルゲルグは目を細めた。

「…………そうか」

 口を突いた言葉は低く冷たく、怒気を察した少女がたじろいだ。

 少女が後退する動きに合わせて立ち上がり、フェルゲルグは少女の目の高さに合わせて屈む。

 見下ろすのではなく同じ高さからの視線に、少女はほんの少し警戒を緩める。

「腹は、減っているか?」

 言うべき言葉が見当たらず、遠くで建物が倒壊する音の勢いに任せて出た言葉はそれだった。場違いにも程がある。

 食よりも水の方が良かったか、と考えるフェルゲルグに少女は頷く。己の服を手で掴み、短く肯定の言葉を呟いた。

「そうか」

 再び呟いた言葉は、冷たくは無い。フェルゲルグは懐からパンの欠片を取り出し、ほら、と少女へ差し出した。

 状況が呑み込めず瞬く少女に、意識してゆっくり語りかける。

「やる。食べていいぞ」

「食べる。良い?」

 恐る恐る繰り返された言葉に頷き、小さな手が受け取るのをじっと待つ。少女は腫れ物に触るようにパンを受け取り、視線をこちらへ向けたまま噛り付いた。視線を手元に向けないものだから、薄汚れた服にパン屑が零れて行く。

 呑み込み難そうにする少女に水筒を差しだすと、やはり舌足らずに感謝を述べられた。

「まだ欲しいか?」

「はい」

 服から落ちるパン屑を残念そうに見ながら、少女は呟く。フェルゲルグは首肯して、空の左手を差し出した。

「ついて来るなら、食事位はやろう」

「……」

 沈黙は言葉を理解できなかったからではなく、悩んでいるからだろう。少女はちらりと己のいた建物を見やり、無言の拒絶を受けて息を吐く。

「一緒、行く」

 手の届く距離へ近づく段階になって、少女が裸足であると漸く気付いた。履かせる靴も無いので抱え上げれば、片腕で事足りるほどに軽い。

 少女を抱えて踵を返す背後で。助かった、と息を吐く音が聞こえる。

 その浅ましさにフェルゲルグは口を歪めた。

 空いた手でさり気なく円を描き、少女が振り返れないように抱えなおす。

「――」

 吹きつけた強風に少女は声も無く身を竦めた。少女の頭の布が風に煽られてずれ、その隙間から短く切られた黒髪が覗く。

 縮こまる背をあやすように叩いて、フェルゲルグは東へと歩を進めた。

 フェルゲルグの背後には、ただまっさらな大地が広がっている。




初投稿なので、思わぬミスをしている可能性があります。

お気づきの点があれば、教えていただけると幸いです。

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