団長様は顔がいい
本作品はゴリ坂正吾様主催の『ゴリラパーティー』参加作品です。
チョイ役でもゴリラが出ればOK、というお言葉に勇気をもらって、王道ラブコメにゴリマッチョをぶち込んでみました。
鍛え上げられた長身。
筋肉の鎧に覆われた身体には無骨な鉄の鎧など無用。
軽装に刀だけを佩いたその出で立ちは、圧倒的な強者の特権だ。
それでいて長い銀髪は歩くたびに優雅に揺れて、眉骨の張り出した彫りの深い顔立ちは、二枚目俳優も裸足で逃げ出す威厳に満ちている。
「はあーん……団長様、やっぱり最高に顔がいいわあ。今日のランチはどこで召し上がるのかしら」
アニーは警ら中のシャバーニ団長を窓から盗み見てため息をついた。
最強の名を恣にする武人であるのに、本人はそれをまったく鼻にかけることなく、人々に向けるまなざしは知的で優しい。
──うちの食堂に来てくれないかしら。そしたら、うんとサービスしちゃうのに。
「アニー、戸を開けとくれ。開店時間だ」
「はあい」
うっとりと団長の後姿を見送っていたアニーは、父に促されて食堂の戸を開けた。
大手門通りから一本離れた路地で、小さな食堂を父とふたりで切り盛りしているのだ。
アニーはシャバーニ団長の強火ファンだ。
細かいことを気にしない料理人気質の父に代わってアニーが店の表を任されるようになってから、店内はあっという間にシャバーニ団長概念の諸々で飾り立てられ、コンカフェ──いや、コン食堂に様変わりした。
それでいて客は大概、昔なじみの近所のおっちゃんたちである。
カオスである。
「アニーちゃんは相変わらず騎士団長が大好きだねえ」
「もちろんよ。だって、強い上に顔がいいなんて最&高じゃない。生涯かけて推させていただく所存よ」
常連はたいていアニーが小さい頃から可愛がってくれており、シャバーニ団長への推し語りも当然、耳にタコができるほど聞かされている。
「アニーちゃん、夢ばっかり見てると嫁き遅れるぞー」
「もう、そういうの最近はセクハラって言うんだから」
常連のおじさんたちを適当にあしらっていると、ランチタイムだというのにすっかり出来上がった客が割り込んできた。
「ねえちゃん、まあまあ可愛いのに、あんな筋肉ダルマがいいなんて変わってんな──そんなに男に飢えてんなら、俺が相手してやろうか」
「結構です。お客さん、昼から飲みすぎじゃないですか?」
「遠慮すんなよ、ほら……っ」
「……おい、ここはそういう店じゃねえぞ。帰んな」
いつの間に来ていたのか。アニーがお盆でひっぱたこうとする前に、グラウアーが酔っ払いの手首をつかんでねじり上げていた。
グラウアーは粉屋の次男で、春から騎士団に入団したばかりの新米だ。
まだヒョロヒョロで団長様の筋肉とは比べるべくもないが、白い制服を着た姿は普段より少しばかり凛々しく見える。
制服を見て騎士団に目をつけられたら拙いと思ったのか、酔っぱらいはお約束みたいな捨て台詞を吐いて早々に引き上げていった。
「ありがとう、グラウアー」
アニーは感謝の気持ちを込めてグラウアーの定食の肉をてんこ盛りにしてあげた。
「うわ、すげえな──でも、サンキュ」
グラウアーは山盛りの肉を見て若干引きつつも猛然と食べ始めた。
──まだまだ食べ盛りなのよね。フフ。
「ねえ、団長様と仲良くなってランチに連れて来てよ、サービスしてあげるから」
「馬鹿言え。ペーペーが気軽にメシに誘えるようなお方じゃねーんだよ」
「じゃあ頑張って偉くなって❤応援してるから❤」
「あのなあ──そりゃ、団長は強くて面倒見もよくて、男から見てもすげえ方だとは思うけどよ。だからって──そういや、お前がマッチョ好きだって噂が広まってるみたいで、ゴリラ騎士団の連中がソワソワしてたぞ。ワンチャンあるかもって」
「ゴリラ騎士団が? なにそれ、ないわー。ないない。ありえないわー」
アニーが眉を寄せると、グラウアーはハハッと息を吐いて笑った。
「だ、だよなあ。流石のお前も、ゴリラは対象外だよな」
「そりゃそうよ。付き合うなら人間がいいわ──だって、ゴリラの人たちってハーレム作るじゃない。わたしリアコは同担拒否だから、重婚とか無理無理」
「そういう問題か? 重婚じゃなければゴリラでもいいのかよ」
「まさか。そんなわけないじゃない。まずは顔よ、顔が良くないと」
グラウアーはヤレヤレと肩を竦めて立ち上がった。
「美味かったよ、ごっそさん──そうそう、団長はこれから遠征だから、しばらくは街にいないぜ」
「ええー、そんなあ。わたしの日々の癒しが──。何かあったの、盗賊でも出た?」
この辺りは騎士団のお膝元でもあり比較的治安のいい地域ではあるが、定期的に変な輩が現れてはシャバーニ団長に伸されている。
風物詩のようなものだ。
「いや、最近どうも魔獣が多くてさ。ロックボアの目撃情報が増えてるから、調査がてら間引いてくるんだ。俺はまだ新人だから行けねーけど……」
「やだ、物騒ね。でも街の平和を守る団長様も素敵──」
ロックボアはイノシシ型の大型魔獣だ。
見上げるような大きさもさることながら気性が荒く、突進されると街を囲む石垣だってひとたまりもない。
そんなロックボアとシャバーニ団長。がっぷり四つに組んで闘う姿はさぞかし絵になることだろう。
「でもあれ、美味いらしいぜ。討伐したのは市場に卸すだろうから、ここでも仕入れて食わせてくれよ」
「わかった。市場をチェックしておくわね」
推しが狩った魔獣を味わう機会があるなら、逃すわけにはいかない。アニーは昼休みを終えて職務に戻るグラウアーを店先で見送った。
(ºꈊº๑)(ºꈊº๑)(ºꈊº๑)(ºꈊº๑)(ºꈊº๑)(ºꈊº๑)
「ああー。潤いが足りないわあ」
アニーは切なげにため息をつきながら、壁に飾ったシャバーニ団長の肖像画を指先で撫でた。
「さすがに絵姿はやめてくれよ。上司の顔を見ながらメシ食うのって、勤務中みたいで気が休まらねえ……」
昼食を食べに来たグラウアーが、苦々しげに眉を寄せながら骨付き腿肉を頬張った。
「だって、せめてご尊顔だけでも拝見できないと、勤労意欲が維持できないじゃない……。はあん、団長様ぁ。いつ頃街にお帰りになるのかしら」
「あ、そろそろだって話だぜ。ロックボアを三体仕留めたんで、とりあえず肉を納めに一度戻るって。それと一体は生け捕りにできたらしくて、それは商人とゴリラが輸送してもう街に向かってる」
力の強いロックボアが相手ということで、ゴリラ騎士団の面々もいくらか同行しているらしい。
「へえ、すごいのね。でも、生け捕りなんかしてどうするの?」
「その商人がさ、家畜化して牧場を作りたいんだそうだ。うまくいったら狩りに行かなくてもボアの肉が食える」
「ふうん」
──わたしは牧場のお肉よりも、推しが手ずから狩ってくださったお肉のほうがいいかなあ。
──待てよ。推しが手ずから生け捕りにした家畜を育てた牧場のお肉も捨てがたいかも。
「アニー、昼営業も終わりだし、ちょっと買い出しに行ってくれるかい」
降ってわいた難問にアニーが頭を悩ませていると、厨房から父が顔を出した。
「いいけど──こんなに?」
アニーは渡されたリストの長さに目を丸くする。
「ロックボアが大量出品されるとなれば、今度の収穫祭は盛り上がるだろうからね。いろいろ仕込んでおこうと思って──そうだ、首尾よくボアが手に入ったらりんご煮にしてもいい。イノシシの獣臭さが抜けて美味しくなるよ」
言いながらリストにりんごが一箱書き足された。
「気を付けて行っておいで。裏の台車を持っていくといい」
「はあい。じゃあグラウアー、またね。ごゆっくり」
アニーが店を出ようとすると、グラウアーも立ち上がった。
「手伝うぜ。どうせ午後は公休だし」
「そうかい? せっかくの休みなのに悪いね──じゃあ、玉ねぎもお願いしてもいいかな?」
あんまり悪いとも思っていなそうな様子で、父がリストに玉ねぎを追加した。
「急がないから、ついでにのんびり散歩でもしておいで」
笑顔の父に送り出されて、アニーたちはガラガラと台車を転がしながら出発した。
ガラガラガラガラ。
「悪いわね、せっかくの公休なのに付き合わせて」
「いや、構わねえよ。どうせ暇だったし」
ガラガラガラガラ。
「ねえ、喉乾かない?荷物持ちのお礼に奢るわよ」
「じゃあ、どっかそのへんの茶店にでも入るか」
ガラガラガラガラ。
「──っもう! 何が『散歩でもしておいで』よ! こんなもの転がしてたらお洒落なお店なんて近づけないじゃない!」
「まあいいじゃねえか、たまにはこういうのも──夫婦みたいで──」
ガラガラガラガラ。
「えっ、なに!? うるさくて聞こえないわ」
「あーあーあー!! 空の台車じゃ負荷が足んねえな!! お前台車乗れよ、重しの代わりに」
「ちょっと、わたしはダンベルじゃないのよ」
「いいから俺の筋トレに協力しろよ」
アニーはひょいと台車に乗せられて、屋台で買った果実水を押し付けられた。
ガラガラと荷物のように運ばれて、果実水を飲みながら街の景色を堪能する。
「乗り心地はいかがですかい、お客さん」
「意外と悪くないわね。──っていうか、正直、かなりいいわ」
──これ、商売にならないかしら。マッチョに運ばれるガイドツアー、この街の名物になるかも。
万が一にも団長様が台車を引いてくださるなら、わたしは屋根まで金貨を積み上げたって構わないわ。
グラウアーの背中と揺れる赤毛を眺めながら、アニーがマッチョ人力車ビジネスについてぼんやり考えていると、ランニング中のゴリラ騎士団がウッホウッホと通りすがった。
「グラウアー、ついに片思いこじらせて誘拐に手を染めたんだな。ウホッ、詰所までご同行いただこうか」
「ウホッ、アニーちゃん、こいつにしつこくされたらすぐ相談してね。僕らがぶっ飛ばしてやるからね」
「うるせえぞ留守番ゴリラども。討伐から外された新入りなんかにやられるかよ」
「ウホッ、討伐から外された新入りはグラウアーも同じだろ!」
騒ぐだけ騒いでグラウアーを揶揄うと、ゴリラ騎士団はウッホウッホとアニーたちを追い越して去っていった。
「ったく……そろそろ買い物するか」
「うん……」
──なんだか急に暑くなってきたみたい。
アニーは気づかれないようにそっぽを向きながら、ぱたぱたと手で頬に風を送った。
台車が木箱でいっぱいになったので、アニーは台車を下りてまたグラウアーと並んで歩き出した。
「いいりんごがあったから、つい買いすぎちゃった。わたしもアップルパイかなにか作ろうかしら」
「お、いいな。あれ好きだ。りんご煮をパイで包んでるから、食べ歩きしやすくて祭りにも向いてるんじゃないか」
ふたりが祭りのメニューについて意見を交わしていると、街の東門のほうが何やら騒がしくなってきた。
「なにかしら──地震?」
なんだか足元が小刻みに揺れているような気がする。
「けっこう長いな。しかも、段々大きく──」
地震はみるみる激しくなり、大通りの奥から山が近づいてくるのが見えた。
「ロックボアだ!」
あちこちで悲鳴が上がる。
二階建ての家ほどもあるロックボアが、怒りに目を血走らせ一直線に突っ込んできた。
ロックボアの背や牙に幾人(?)かの輸送隊らしきゴリラが取りついているのが見えるが、まったく歯が立っていない。
「アニー、避けろ!」
「きゃっ」
グラウアーに突き飛ばされた。
と思ったら、一瞬前までアニーがいた場所をロックボアが駆け抜け、そのまま八百屋の店先に突っ込んだ。
その勢いで取りすがっていたゴリラたちは吹っ飛び、八百屋は大破して木くずになった。
店から転がり出たりんごがロックボアの蹄に当たって、ロックボアは気が逸れたようだ。荒い息を吐きながらも足元のりんごの匂いを嗅いでいる。
「大丈夫ですか⁉ いったい何が──」
アニーは吹っ飛ばされたゴリラに駆け寄って助け起こしながら尋ねた。
「移送中に魔蜂に刺されたみたいで、急に興奮して──俺たちだけでは止めきれなくて──」
ゴリラは視線でロックボアを示した。
ロックボアは足元のりんごをフガフガと貪っているが──いつまた暴れ出すか分からない。
「ゴリラ先輩たち、まだ動けますか⁉」
「ウホッ──なんとかな。ゴリラの頑丈さを舐めてもらっちゃ困る」
グラウアーが声をかけると、吹っ飛ばされていたゴリラたちが次々立ち上がる。
「じゃあ、まずは民間人の避難誘導をお願いします。アニー、お前はさっき走ってた留守番ゴリラと──目についた騎士団員を、とにかくありったけ連れて来てくれ。あの図体じゃ、人数で囲んで止めるしかない」
「でも──グラウアーは──⁉」
「俺はそれまで奴の気を引いて持ち堪えるさ──これ、貰うぜ」
グラウアーは台車の木箱から買ったばかりのりんごをひとつ掴むと、ロックボアの足元に転がした。新たなご馳走に気が付いたロックボアが、すかさずりんごにかぶりつく。
「ようし、いい子だ。たっぷり腹に詰め込めよ。臭みが抜けて美味くなるからな──後で丸焼きにしてやんよ」
その嫌味が通じたわけでもあるまいが、ロックボアが鋭い目でグラウアーに突っ込んできた。
「うおっと──アッ‼」
「グラウアー‼」
間一髪で衝突を免れたグラウアーだったが、天を衝く牙の端で引っかけられてしまったようだ。腕から鮮血を迸らせながら宙を舞った。
「グラウアー! 嫌ッ、グラウアー‼」
ドシャッという音と共に落下したグラウアーは蹲ったまま荒い息をついていたが、アニーの必死な呼び声になんとか起き上がって片頬を上げた。
「大丈夫、かすり傷だ──でも、早く行ってくれ。できればお急ぎ便で呼んできてもらえると助かるかな」
「でも──でも──」
「いいから、格好つけさせてくれよ。早くここから離れろ。──お前を危ない目に遭わせたくないんだ。俺は──」
よろよろと立ち上がると、痛めていないほうの手でりんごを掴んでロックボアに投げつけた。
だが、好物が飛んでくるのに見向きもせずに、ロックボアは剣呑な目でグラウアーをひたと睨みつけている。
「いいぜ──来いよ、デカブツ」
グラウアーが手招きをして煽ると、ロックボアは大きな蹄で地面を三回引っ搔いてから、弾丸のような勢いでグラウアーめがけて突進した。
「グラウアー‼」
アニーは見ていられなくなって、思わずぎゅっと目を瞑った。
──どおん。
すさまじい音と共に、地面が大きく揺さぶられた。
人々の叫ぶ声。
女たちの甲高い泣き声。
「団長!」
「団長!」
「待ってました、団長!」
──『団長』ですって?
アニーが恐る恐る片目を開けると──
天を衝くように伸びたロックボアの両牙をがっちり掴んで睨み合う、我らがシャバーニ団長の姿があった。
「グラウアー、よく頑張ったな。後は私に任せろ」
満身創痍のグラウアーにぱちんと片目を閉じてみせると、シャバーニ団長はロックボアに向き直った。
万力のような団長の両手に阻まれて、ロックボアはもう押すことも引くこともできない。
一対一の力比べだ。
シャバーニ団長の三角筋が膨れ上がり、銀髪がサラサラと風に靡く。
「フン……ッ」
シャバーニ団長は暴れる魔獣をそのまま頭上まで持ち上げ──頭から地面に叩きつけた。
ズゥ……ン──。
今までで一番大きな地響きがして、ロックボアは動かなくなった。
一瞬の後、あたりに歓声と団長コールが響き渡った。
強いぞ団長!
かっこいいぞ団長!
団長!
団長!
「グラウアー! 大丈夫? とりあえず止血しないと……」
アニーは慌ててボロボロのグラウアーに駆け寄った。
「ん、サンキュ──。やっぱ敵わねえな。団長はすげえよ」
「いや、そんなことはない。お前の機転のおかげで民間人に死傷者が出なくて済んだのだ」
シャバーニ団長はクールなバリトンを響かせてグラウアーをねぎらうと、つぶらな瞳をアニーに向けた。
「お嬢さんも──ウホッ──怪我はないか?」
「はっ、はいぃ……。素敵❤間近で見る団長様、最高に顔がいい……❤」
「ウホッ、参ったな──。私には最愛の妻がいるんだ。生憎ハーレムは作らない主義でね」
「はぁん……奥様一筋な団長様しゅてき……❤」
アニーの目はもう完全にハートである。
「団長ならなんでもアリなのかよ」
そんなアニーをグラウアーは呆れて見ていたが、ふっと真剣なまなざしになるとアニーの手を取った。
「アニー。俺、まだまだ弱くて、団長の筋肉には全然敵わねえけど──ハーレムも作らないし、頑張ってパンプアップするからさ──俺と、付き合ってくれねえか」
「グラウアー……」
なんとなくそんな気はしていたとはいえ、衆人環視の中での告白に、アニーは熟れたりんごみたいに真っ赤になった。
「な、すぐにとは言わねえからさ……考えといてくれねえか」
「うん……ロックボアの肉、頑張って料理するから、いっぱい食べて……」
「あ、ああ……イノシシの肉は高タンパクで筋肉にいいからな……」
背中を覆う銀髪をなびかせながら、最強の戦士、シャバーニ・グレゴリオ団長は勝利のドラミングを轟かせた。
推しの奏でる最高の調べを背に、初々しいふたりはそっと唇を寄せるのだった。
٩(ºꈊº๑)و ゴリ推しで完 ٩(ºꈊº๑)و
【謝辞】
団長様のお名前は、日本一のイケメンと名高い東山動物園のシャバーニ君からいただきました。
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