27
図書館の自動ドアが静かに閉まる。
閉館後の空気は、昼間とは別の顔をしている。
外はすっかり夜で、街灯の光が淡く道を照らしていた。
入口で待っていると、ガラス越しに篠原の姿が見える。
最後の確認をして
荷物をまとめて、こちらへ歩いてくる。
「お待たせしました」
いつも通りの声。
それだけで胸の奥が少し揺れる。
「うん」
並んで歩き出す。
距離は、いつもより少し近い。
でも触れない。
触れられない。
駅へ向かう途中の小さな公園。
夜は人も少ない。
逃げる気はない。
そのことが、余計に緊張を煽る。
ベンチに座る。
夜風が少し冷たい。
「内定、出たって言っただろ」
「はい」
「春から働く」
篠原は黙って聞いている。
目を逸らさない。
そのまっすぐさが、怖い。
「春になったら」
言葉を選ぶ。
「今みたいに、ふらっと来るのは難しくなる」
学生だから許されている距離。
時間。
曖昧さ。
それが終わる。
「だから」
一度、息を吸う。
逃げない。
「曖昧なまま、終わらせたくない」
篠原のまつげがわずかに揺れる。
「篠原が好きだ」
はっきり言う。
飾らない。
取り繕わない。
好きだと認めたのは、もう随分前だ。
でも口に出したのは、今が初めてだ。
篠原の唇がわずかに開く。
「……気持ちは、嬉しいです」
その一言で、胸が少し冷える。
でも、まだ終わっていない。
「でも」
やっぱり来る。
「私も、これから就活始まりますし」
視線が少し下がる。
「環境も変わりますし、余裕もなくなると思います」
理屈は分かる。
正しい。
無責任に「大丈夫」と言える状況じゃない。
でも。
胸の奥で何かが強く軋む。
「だからだろ」
気づけば言っていた。
自分でも驚くほど低い声。
篠原が顔を上げる。
「今じゃなきゃ、意味ない」
夜の空気が張りつめる。
声が少しだけ震える。
怒りじゃない。
焦りだ。
「変わる前に、ちゃんと決めたい」
抑えているはずなのに、感情が滲む。
「忙しくなったら会えなくなる」
「環境変わったら、連絡減るかもしれない」
「それ分かってて、何も言わずに春迎えるの」
本音が零れる。
「俺は嫌だ」
はっきり。
篠原の目が揺れる。
「離れてから後悔するのも、嫌だし」
言葉が止まらない。
「彼氏じゃないからって、
何も言えない立場のままなのも、嫌だ」
独占欲が、初めて形になる。
今まで抑えていたもの。
触れる資格がないことへの焦り。
口出しできない苦しさ。
「ちゃんと隣に立ちたい」
静かに言う。
懇願じゃない。
決意だ。
「忙しいなら支える」
「余裕ないなら、俺が余裕持つ」
「逃げない」
目を逸らさない。
「篠原が不安になるなら、一緒に考える」
自分でも驚くほど、まっすぐな言葉だった。
「だから、」
問いかける声は低い。
でも、震えていない。
篠原はしばらく黙っていた。
夜風が髪を揺らす。
その沈黙が、やけに長い。
「……怖いんです」
小さな声。
初めての弱さ。
悠の胸がきゅっと締まる。
「忙しくなって」
「どちらかが余裕なくなって」
「それで壊れたらって思うと」
言葉が途切れる。
「壊れる前提で考えるなよ」
優しくはない。
でも責めてもいない。
「壊れないようにするのが、付き合うってことだろ」
少しだけ、息を吐く。
「俺は簡単に離れない」
低く、静かに。
「篠原が離れたいって言わない限り」
夜の中で、その言葉は重い。
軽い約束じゃない。
覚悟だ。
篠原の目が、揺れる。
迷いと、安堵と、熱。
その全部が混ざっている。
悠は自覚する。
ここまで感情を出したのは初めてだ。
余裕もない。
計算もしていない。
ただ、本気だ。
秋の夜は冷たい。
でも胸の奥は、今までで一番熱い。




