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図書館はいつも通り静かだった。
カウンターに篠原がいる。
それだけで、視界のどこかが落ち着く。
資料を広げる。
しばらくして、違和感に気づく。
篠原の動きが、少しだけ遅い。
バーコードを通す手。
本を持ち上げる指先。
どれもいつもより、ほんの少しだけ重い。
顔色が悪い、とまではいかない。
でも、目の下がわずかに暗い。
気のせいかもしれない。
何度か視線を落とす。
それでもやっぱり、気になる。
利用者が去ったあと、
篠原が小さく息を吐くのが見える。
それは、たぶん誰も気づかないくらいの変化。
でも。
目が離れない。
ページをめくる音がやけに大きく感じる。
集中できない。
何かあったか?
いや。
ただの疲れかもしれない。
忙しい日もあるだろう。
自分が気にすることじゃない。
そう思いながらも。
気づけば立ち上がっている。
本を持ってカウンターへ向かう。
「……すみません」
篠原が顔を上げる。
「はい」
声はいつも通り。
でも、ほんの少しだけ掠れている。
「延長、お願いします」
今日は本当に延長するつもりだった。
それでも。
本当の目的はそれじゃない。
処理を待つ間。
何か言うべきか迷う。
言う理由がない。
立場もない。
それでも。
「……大丈夫ですか」
言ったあとで、自分が一番驚く。
篠原が一瞬だけ目を瞬かせる。
「え?」
「顔色、少し」
そこまで言って、やりすぎたかと思う。
余計だ。
踏み込みすぎだ。
篠原は小さく笑う。
「大丈夫です。少し寝不足なだけなので」
柔らかい。
でも、強がりでもない。
ただ事実を述べているだけの声。
安心する。
同時に、少しだけ悔しい。
自分が支える立場ではないことに。
「……無理、しないでください」
それだけ言う。
余計な言葉は足さない。
篠原は少しだけ驚いた顔をして、
それから、ほんの少しだけ微笑む。
「ありがとうございます」
その言い方が、
いつもより少しだけ近く感じる。
延長処理が終わる。
カウンターを離れる。
席に戻りながら、胸の奥が静かに波打つ。
さっきの一言は。
利用者としてか。
それとも。
ただの善意か。
答えは出ない。
でも確実に。
他の誰に向けるのとも違う温度で、
自分は声をかけた。
それだけは、はっきりしている。




