11,未来の一万円札?!
東宝の歴史結構すごい!
前回は、「タカラヅカ」の歴史を語ってきました。
現在では普通のインフラとなっている鉄道ビジネス。
その沿線とターミナルを役割分担させて「都市開発」をするモデルは、日本ではほぼ「阪急電鉄」が初めてだと言われています。
どちらかというと「JR(旧国鉄)」は、すでにある都市と都市を結び合わせたり、工業製品を効率よく輸送することを目的とされてきました。
よくわかります。税金が使われているんです。
投資の対象として鉄道を使うという発想は、なかなか浮かびません。
特に、ターミナルに百貨店を置き、新しく作る宅地とつなげるモデルは、世界でも類を見ない発想だとWikiにはあります。
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その創業者が『小林一三』です。
事実、JRが中心に交通が整備されていた首都圏に対し、関西の私鉄の強さって全然違います。
そして、ターミナルの「百貨店」、終点に「リゾート」を結び合わせ路線イメージを作る。
これは関西の私鉄路線が、過去において「阪急」「近鉄」「南海」「阪神」とプロ野球チームを持っていたことからも、関東にはない独特の路線と都市開発が行われたと言えるでしょう。
(今は、阪神だけですが……。)
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そして、タカラヅカのプールリゾート。でも、地下水を使ったプールは夏でも五分も入れなかったとか。その失敗にめげず、跡地に「タカラヅカ」大劇場がオープンします。
流れとしては
1913年 少女歌劇隊結成
1918年 少女歌劇隊 東京帝国劇場公演/今も続く雑誌「歌劇」が創刊
1919年 宝塚(少女)歌劇学校が設立(初代校長はもちろん小林一三)
「清く、正しく、美しく」
の校訓で有名です。
そして関東大震災があったあと――
1924年 宝塚大劇場がオープンします。
歌劇学校を卒業した学生は、いわゆる「ハコ」を持ちます。
そして、
1934年(昭和9年)『東宝』の前身になった、「東京宝塚劇場」がオープン。
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これは主に宝塚劇場のHPから抜粋したものですので、表向きの正史を、私の注釈を入れてまとめた形です。
ただ、阪急グループ肝いりで、計画的かつ野心的に練られた流れである――とは言えるでしょう。
次回は、ちょっとだけ、小林一三のことを紹介しましょう。
日本の鉄道王として成功し、大臣ではファシズムを推進したのに、日本の芸術・芸能文化に多大なる貢献もした不思議な人物。
もしかして、将来お札にのる人物かもしれません。
東宝が誕生しました。
少し説明ばかりでごめんなさい。
興味深いですがこれからのネタ振りのために重要な会。
でも昔は関西の私鉄ほとんどプロ野球球団あったんですね。
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