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『理系』相馬ゆうの映画界のコラム~芸能・企業②東宝カレンダーから世の中の全てがわかる編  作者: 相馬ゆう
【二章,四季報からカレンダーを読む】自分を知るにはまずライバルを知ること
10/15

10,オオサカじゃないウメダだから!

ウメダにこだわる大阪人多いです。

私は関西出身ですが、怒られたこといっぱい。。。

ところで、東京駅はありますが、「東京」という区画はありません。あくまでも、「東京」都の名前からきています。


八重洲とか、丸の内とか、大手町あたりのざっくりした地域に「東京駅」があります。


大阪の人に、大阪というときっと、もっと反発がおきると思います。


大阪人はあのあたりの地域を「梅田」と言うからです。なのでJR(旧国鉄)国鉄は、大阪駅ですが、私鉄は「梅田」と呼び、関西人の多くはあのあたりの地域を「梅田」と呼びます。

「キタ」とも言われる地域です。


※※※※※※※※※※


梅田は、元々大阪の中心という場所ではなかったそうです。


地形的には淀川に近い「低地」「湿地」だった梅田。俗説では、ウメダは「埋めた」から着ているという話もあるそうです。(諸説あり)


どちらかと言うと、明治までの大阪の中心は「難波」とか「心斎橋」いわゆる「ミナミ」立ったそうです。大阪城の位置をGooglemapで見ればよくわかると思います。

大阪城の北は堀だったはず。



※※※※※※※※※※


この不人気な土地を開発し、大阪に対して北に位置する、「港まち神戸」「古都、京都」「そしてベットタウン、宝塚」との玄関口に都市開発したのが、『東宝』の原典になっている『阪急電鉄』です。


今はいろいろ経緯があって、『阪神・阪急ホールディングス』担っています。いろいろは、かなり先にお話しする予定。

(めちゃくちゃ面白い話です。)


※※※※※※※※※※


そして、リゾートエリアとして、宝塚を開発します。

当時は温泉とプールなどどちらかというとリラクゼーション施設だったようで、あまり経営はうまくいかなかったようです。


1912年プールを改造して「宝塚パラダイス劇場」がオープンします。温泉客向けの娯楽施設。

今でも温泉でモノマネショーしてるホテルとかありますよね?


それから数年後、世界的にも珍しい、女性専門歌劇団「タカラヅカ」がその後誕生します。


つまり、興行ではなく、「鉄動」による近代都市開発の一連の流れとして、「タカラヅカ」は誕生します。

紆余曲折、トライアンドエラーの中で世界でも珍しい新しい「文化」が生まれます。


「松竹」とぜんぜん成り立ち違います。


※※※※※※※※※※


関西人でもほぼ並行して走る、「阪急」と「阪神」。どちらの方がブランドイメージが高いかを見れば、「タカラヅカ」を中心にした都市開発ブランディングに成功したか――。どちらも「ウメダ」に百貨店があることなどから比較してある程度いえると思います。(私の推論ですが。)


次回、とうとう『東宝』誕生を書いてみます。


なんか町の中華屋さんからどんどんスケールが大きくなってきましたね。

阪急と「タカラズカ」の歴史についてです。

前回とうって変わって真面目な(?)お話。

とりあえず、「ウメダ」だけは覚えてください。


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