10,オオサカじゃないウメダだから!
ウメダにこだわる大阪人多いです。
私は関西出身ですが、怒られたこといっぱい。。。
ところで、東京駅はありますが、「東京」という区画はありません。あくまでも、「東京」都の名前からきています。
八重洲とか、丸の内とか、大手町あたりのざっくりした地域に「東京駅」があります。
大阪の人に、大阪というときっと、もっと反発がおきると思います。
大阪人はあのあたりの地域を「梅田」と言うからです。なのでJR(旧国鉄)国鉄は、大阪駅ですが、私鉄は「梅田」と呼び、関西人の多くはあのあたりの地域を「梅田」と呼びます。
「キタ」とも言われる地域です。
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梅田は、元々大阪の中心という場所ではなかったそうです。
地形的には淀川に近い「低地」「湿地」だった梅田。俗説では、ウメダは「埋めた」から着ているという話もあるそうです。(諸説あり)
どちらかと言うと、明治までの大阪の中心は「難波」とか「心斎橋」いわゆる「ミナミ」立ったそうです。大阪城の位置をGooglemapで見ればよくわかると思います。
大阪城の北は堀だったはず。
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この不人気な土地を開発し、大阪に対して北に位置する、「港まち神戸」「古都、京都」「そしてベットタウン、宝塚」との玄関口に都市開発したのが、『東宝』の原典になっている『阪急電鉄』です。
今はいろいろ経緯があって、『阪神・阪急ホールディングス』担っています。いろいろは、かなり先にお話しする予定。
(めちゃくちゃ面白い話です。)
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そして、リゾートエリアとして、宝塚を開発します。
当時は温泉とプールなどどちらかというとリラクゼーション施設だったようで、あまり経営はうまくいかなかったようです。
1912年プールを改造して「宝塚パラダイス劇場」がオープンします。温泉客向けの娯楽施設。
今でも温泉でモノマネショーしてるホテルとかありますよね?
それから数年後、世界的にも珍しい、女性専門歌劇団「タカラヅカ」がその後誕生します。
つまり、興行ではなく、「鉄動」による近代都市開発の一連の流れとして、「タカラヅカ」は誕生します。
紆余曲折、トライアンドエラーの中で世界でも珍しい新しい「文化」が生まれます。
「松竹」とぜんぜん成り立ち違います。
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関西人でもほぼ並行して走る、「阪急」と「阪神」。どちらの方がブランドイメージが高いかを見れば、「タカラヅカ」を中心にした都市開発ブランディングに成功したか――。どちらも「ウメダ」に百貨店があることなどから比較してある程度いえると思います。(私の推論ですが。)
次回、とうとう『東宝』誕生を書いてみます。
なんか町の中華屋さんからどんどんスケールが大きくなってきましたね。
阪急と「タカラズカ」の歴史についてです。
前回とうって変わって真面目な(?)お話。
とりあえず、「ウメダ」だけは覚えてください。
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