7.決着
頭をまた殴れ、肌を服ごと切り裂かれ――俺の血が、あたりにまき散らされる。
肩には矢が刺さり、背中は打ち付けたように鈍い痛み。
ガードする体内魔力の操作すらままならない。
「なかなかしぶといねー、さすが魔王だ」
「もう――もう辞めて下さい!!」
おお――ユーリが、俺の為に泣いてくれている。
「ダメだよユーリ。この決闘は、始まれば決して異論を挟めない。どちらかが死ぬまで続くんだ」
「私は、貴方と結婚します。一生、尽くして生きていきます――だから、だから」
「おいおい。結婚するのは当たり前。夫に尽くすのも当たり前だろ? ――まぁユーリも泣いてないで、ここで魔王が死ぬのを見届けなよ」
ユーリがホランドに無理矢理顔を掴まれ、その美しい顔が歪む。
「嫌――」
「あれれー? もしかして、魔王の事が好きだったりするのかなぁ?」
「……」
「ふざけんなよ――お前の夫は、この僕だ!!」
次にユーリの顔を、肥大化した自身の顔へと向けさせる。
それ以上、彼女を悲しませるな――。
「よし――良い趣向を思い付いた。この場で、血の契りを交わしてやる。お前のあられもない姿を、奴に見て貰え!」
「嫌……いやッ!!」
「お、おい。いくらなんでもそれは許さんぞ!」
「なら止めるかい? 次期魔王となるこの僕を――辞めた方が良いと思うなー。公爵様も、長生きしたいでしょ?」
この俺の血を得て、どんどんその性格へ変化が出ているのか――ただ調子に乗っているだけか。
そのおかげで――準備は整ったようだ。
「止せ……これは俺と奴の決闘だ」
「オルディン……」
「その通り! 外野は黙ってて貰おうか――くくくっ、あはははッ!」
しかしまずは、この厄介な呪法をどうにかする必要がある。
「むむう――ッ!!」
程よく血も流れてくれた。
俺は自身の魔力を――鎖のように繋げるイメージを行う。
すると、床に撒かれた黒い血が意志を持ったように蠢き1つとなる。
それは影のように、あるいは触手のように床を這い移動する。
「――ユーリすまない。少し、分けて貰うぞ」
掠れたような声だった。
この距離で聞こえるはずも無いのだが、
「……どうぞ」
彼女はドレスの胸元を大きく広げ――触手は、その陶磁器よりも美しい白い肌に影が嚙みついた。
「くっ……」
バカは高笑いに夢中で気付いていない。
俺の指先から伸びた1本の触手を通して――少量だが、彼女の血を己の肉体へ取り込む。
苦悶の表情もまた、美しい。
「――なるほど、これは」
どんなワインよりも苦く。
どんな臓物よりも熱く。
どんな炎よりも、燃える。
血は俺の身体の中を焼き尽くすように駆け巡るが――問題ない。
俺は、むしろ喜んでいる。
この痛みこそが、彼女との繋がりなのだと。
「ぐううッ――――はッ!!!」
喉奥より、魔力を乗せた叫び声。
ドラゴンの咆哮と、同じ原理だ。
俺から発せられた声で、周囲の4人もまた吹き飛ばされる。
「なんだ!?」
血に変化が起きた事で、呪法は一時的にその効力を失う。
「さて――好き勝手にやってくれたな」
「ままま、まさか呪法を!? どうやって!?」
久々に自由となった我が身だが、しかし決闘のルールのせいで俺はここを動けない。
「ま、まぁ? そこから攻撃ができるというならするがいい。その時には、ユーリも巻き添えだがなぁ!」
どこまでも救えない奴だ。
「ふん。では魔王の名において命じよう――」
俺も奴と同じように、魔法陣を展開する。
これに呪文は必要ない。
ただ、喚ぶだけだ。
「四天王よ、ここに」
黒く輝く魔法陣より、3つの影が現れる。
「御意」
「ふんッ」
「呼ばれましたヨー♪」
若干掠れてきた視界だが、見ずとも視える――。
俺の正面には紅い翼の青年。
右手には、蒼い髪の女。
背後には、風を纏う妖精。
もう1人喚んだはずだが、姿が見えない。
しかし同時に。
メキメキ――という音と共に、天井の一部がひび割れる。
「な、なんだ!?」
そして一瞬の間の後に、轟音――。
天井の一部が崩れ去ったのだ。
「――金鎧のゴルディアス、ここに見参ッ!」
その名の通り金の鎧を纏う、サイクロプスの老将軍。
自慢の巨大なハンマーを掲げ、既に起き上がっていたドワーフの側に降り立つ。
「ゴルディアス……他の者も。そやつらは殺すな」
「ド、ドワーフ!!」
奴が命令し、ドワーフがそのハンマーを振るうのだが――。
「そんな魂の籠っとらん一撃で、儂をどうにかできると――」
ゴルディアスが大きく振りかぶり、
「思うかァァァッ!!」
ゴルディアスはハンマーを、使わず。
その太い腕から繰り出される拳のみで、ドワーフを向こう側の岩壁まで吹き飛ばしたのだ。
壁に激突したドワーフは、それでもまだ生きているようだが、もう動けまい。
「ガハハハッ。さすがドワーフ、頑丈だわい」
「お前らも、やれ!!」
残った3人も目の前の敵へ飛びかかる。
まずは獣人が殴り掛かってくる。
「風よッ!」
呪文はいくつか重ねば効果を発揮しないはずだが、フェリアスは違う。
たった一言。
突如巻き起こる竜巻に飲まれ、獣人は天井へ激突。
そのまま地面へと、力なく落下した。
「フッ」
エルフが矢を穿つ――。
しかし至近距離からの1撃はネーティアへは当たらず。
その後姿は、まるで水のように揺らめく。
「あら、可愛い顔してるわね」
ネーティアは、エルフへと口づけをする。
その瞬間――電撃にでも撃たれたようにエルフは身体を震わせ、力が抜けたように横たわる。
「吸い過ぎてないだろうな」
「加減はしましたわぁ」
エナジードレインはサキュバスの基本攻撃の1つだ。
そして正面より――剣を構える騎士と、刀身の細い剣を持つカルロスが相対する。
「まったく、なんだその情けない姿は」
「ふっ。お前も全治1週間では無かったのか」
「お前を殺せるチャンスかと思ってな。病室を飛び出して来てみれば――なんたるザマか」
カルロスの姿を見たバカが、笑い声をあげる。
「いやホントに良いところに来てくれたよ、カルロス君!」
「――誰だお前」
「えぇ? いや、確かに見た目は変わってるけどさぁ――ホランドだよ。吸血鬼の。君を陰ながら援助してた」
「知らん――」
「なんだって?」
「そんな女を盾にしなければ魔王に勝てぬ愚か者など、オレは知らん!!」
カルロスが吠えるのと同時に、騎士はその剣を首目掛けて切り払う。
「邪魔だッ!!」
遅れてカルロスの赤い剣閃。
その瞬間――騎士の剣が真っ二つになり、同時に騎士もまた、地に伏した。
剣が折れた訳では無い――高熱により、焼き切れたのだ。
「ひぇッ」
「どうやらお前の手駒より、俺の選んだ四天王の方が素晴らしかったようだな」
「来るな――来るなッ!」
恐怖に引き攣った、情けない顔だ。
仮にも次期魔王を名乗るなら――誰の前でも、決して屈してはならん。
「終わりだ――」
俺の黒い血と魔力。
先ほどまでの戦闘中に、俺は魔力を高めて待っていたのだ。
足元に待機してあった影が、一斉に奴の身体を縛り上げる。
「ぐ、うッ!?」
その五月蠅い口も塞がせて貰った。
「さぁ――貴様が取り込んだ我が血。返して貰うぞ」
そのまま影は奴の身体を握り潰すように縛り上げ、血を吸いだしていく。
見る見ると奴の身体は萎み、縮み――元の身体より小さくなる。
「――このくらいにしてやろう」
「ひゃ、あ……」
影から解放してやると――そこにはカラカラに乾いた干し肉のような、まるで老人のようになった奴が居た。
「あ、あぁ……」
そして――崩れ落ち、気を失った。
同時に俺の身体に刻まれた黒い魔法陣も砂のように消える。
――命までは奪わぬが、どの道一族からは追放されるだろう。
「うむ――この決闘。オルディンの勝ちとする!」
シルヴァ公爵がそう宣言すると、傍観していた他の吸血鬼らも歓声を上げる。
「お前らもご苦労だったな」
「まったくだ。魔王としてのプライドは無いのか」
憤慨するカルロスだが、その剣を鞘へと納める。
「どうした。今なら、命を取れるやもしれんぞ」
「――それでは民は納得せん。今しばらくはその座、預けておく。魔王様」
「1番下っ端のクセになーに調子乗ってんのヨ!」
「ガハハッ。魔族の若者はこうでなくてはな!」
「オルディン、さん――」
俺が前を向くと、そこには大きく胸元をはだけたユーリが居た。
いかん。目のやり場に困る。
「我が同族。私の婚約者が――多大なご迷惑を……」
「婚約者? なにを言っている」
俺はネーティアよりマントを受け取り、それをユーリの柔肌を隠すように包み込む。
「今この時より、ユーリは我が妻となる。異論がある者は、前へ出ろ!」
静寂――。
いや、シルヴァ公爵が微笑み、拍手を送ってくれる。
それに続き他の者も笑顔で――カルロスは渋い顔のままだが。
ともかく、全員が祝福をしてくれた。
「そういう訳だ。お前の罪は、俺の罪でもある。共に歩んでいこうではないか」
「オルディンさん……」
「さぁ婚姻の儀を――む」
「オルディンさん!?」
何故かユーリの姿が、他の者も同様に真横に――。
「あっ、倒れたヨ」
「すぐに魔法医の下へ搬送じゃ!」
「まったく情けない!」
「ユーリ、おめでとうね」
そんな声を聞きながら俺は――寝入ってしまった。




