第9話 サーシャの覚悟
スペースオペラっぽく書いていますが、あくまでご都合主義の三流娯楽作品です。
ムラサメ艦内のカーゴスペース。長さ二四〇メートル、幅六〇メートル、高さ四〇メートルのがらんとした空間だ。
この巨大な空間には、一二万トンの貨物を格納できる。現在は汎用コンテナを格納するための設備が並び、モジュールを追加することで様々な機能を追加できるよう設計されていた。
「カーゴデッキ、下部ハッチ閉鎖確認。与圧を開始します」
――ハルの声が響く。
「与圧完了しました。キャプテン、どうぞ」
漂流していた作業ポッドの回収は無事に完了し、現在はカーゴスペース内に固定されている。
ハッチを開け、救急搬送用のストレッチャーを押しながら、クソ広いカーゴスペースを飛ぶように走る。
飛ぶように……と言っても、凄く早いというわけではない。艦内の無重力は非常に弱いので、自然とこうなるのだ。
回収された作業ポッドは赤とオレンジの塗装がなされ、アームのモーターが格納されている肩の部分には黄色と黒のチェック模様。工事現場の「危険・注意」表示そのままのデザインが施されていた。
五◯◯年後でも、この模様は現役なのか。そんな感慨に浸る暇もなく、作業ポッドへとたどり着いた。
透明な強化素材のハッチ越しに見ると、中には一人の人物。パイロットスーツを身にまとった女性がシートにベルトで固定されたまま、必死に体を起こそうとしていた。
「大丈夫か! キャノピーを開けてくれ!」
『よいしょっ、ちょっと待って……』
通信越しに、少し息の上がった声が返ってくる。
すると、空気が抜ける音とともにキャノピーがゆっくりと持ち上がった。
コックピットの縁をまたぎ、内部へと足を踏み入れる。手早くシートベルトを外し、パイロットスーツと機体をつなぐ電源ケーブル、通信系のコネクタ、最後に酸素チューブを外していく。サーシャは自分でヘルメットを脱ぎ、髪を束ねていた紐をほどくと、右手で前髪をかき上げた。
「立てるか?」
視線を合わせながら問いかけると、サーシャは小さく頷く。右手を差し出すと、しっかりととした力で握り返してきた。
そのまま体勢を崩さないようにゆっくりと引き起こす。
「ありがとう」と一言。彼女はフッと小さく息を吐いて立ち上がった。
髪を大きく振り、再び前髪をかき上げるサーシャ。そのまま足元に気を配って機体の外へと誘導し、脇に用意していたストレッチャーへと横たわらせる。
「ハル、救出完了だ。医務室へ向かう」
「了解しました」
ストレッチャーを押してカーゴスペースから出る。そして艦内通路へ。移動用のレールにストレッチャーを固定し、ハンドルを握る。すると、自動的に牽引装置が作動して低重力の廊下を滑るように移動し始めた。
これはあれだ。ホワイ〇ベースで見た移動システム。まさか自分がこの装置のお世話になるとは……元祖ガン◯ム世代、就職氷河期を生き抜いた者としては感動ものだ。
「助けてくれてありがとう。あなたがキャプテン?」
ストレッチャーの上で体を起こし、こちらを向く。さっきまでぐったりしていたのが嘘のように、元気そうな声だった。
年齢は二十歳ちょいくらいか。張りのある健康的な肌に切れ長の目、丸みを帯びた顎のラインと、意志の強さを感じさせる唇。そして、大きなウェーブのかかったブロンドのロングヘア。美人だ、文句なしに。
いや、いかんいかん!
見惚れてる場合じゃない。
「そうだ。キャプテンのレイだ」
「ほかのクルーは?」
瞳はスカイブルー。澄み切った南国の空を思わせる、吸い込まれそうな色だった。
「この船には俺しかいない」
「えっ? この大きさの船を一人で?」
「いや、正確には一人じゃない。ハル!」
「はい、キャプテン」
呼びかけに応じて、すぐに上の方から声が返ってくる。いつもの、優しい声だ。
「運用支援AI、FO-3077HAL。通称ハルです。よろしくお願いします、サーシャ」
「あ……うん、よろしく」
サーシャは両手を後ろについて、胸を張るようにして天井を見上げる。その動きで、豊かな胸元が強調される。
てか、めっちゃ巨乳……。
いかんいかん! これじゃただのセクハラおやじじゃないか。
……どうも、体が若返ったせいか、こっちの欲も強くなってる気がする。
「助けてもらっておいて、いろいろ聞くのも気が引けるんだけど……あなた、傭兵よね?」
両手を後ろについたまま、じっと視線を向けてくる。
「まあな。傭兵になったばかり、ってのが正確かもしれない。まあ、いろいろあってな」
「そう……ごめんなさい。失礼なことを聞いたわね」
言葉を交わしながら、低重力下の廊下を滑るように進む。エレベーターで上階へ移動し、やがて白い光が漏れる部屋が見えてきた。医務室だ。
「いずれにしても、まずはバイタルのチェックだ。その後はゆっくり休んでくれ。話は……そうだな、その後だ」
医療ポッドのハッチを開けて足場を固定し、自力でストレッチャーから降りたサーシャに「どうぞ」と促す。
「え、えぇ。わかったわ。それで、あの……」
サーシャが言いかけて、ちらりとこちらを見てから、視線をそらす。
「ん? 何かあった?」
「とっても恥ずかしいんだけど……パイロットスーツを脱ぐから、その……」
頬を赤らめ、うつむく彼女。その仕草がいちいち破壊力高すぎる。
「あ、これはすまない」
慌てて目をそらそうとしたはずが、つい胸元に視線が吸い寄せられてしまった。
まずい、女性は視線に敏感だっていうし……
「キャプテン。ここからは私がサポートします」
絶妙なタイミングで、ハルの声が割って入る。
「ああ、よろしく頼む」
頭を掻きながら天井を見上げる。ハルに実体はないが、声が聞こえたほうを向くのは人間の習性なのかもしれない。
「邪魔者はしっかり追い出しますので。安心してくださいね、サーシャ」
ハルの包容力に満ちた優しい声。
「ほら、ぼさっとしない!」
つづいて、今まで聞いたことのないようなハルの強い声が響く。
「医療用の下着と服だけど、とりあえずの着替えだから。ここに置いておきますからね、はい。では、またあとで」
彼女の為に準備しておいた衣類を医務室の棚に置き、慌てて部屋を後にする。 ハッチが閉まって音が途切れると、無人の廊下に静寂が戻った。俺は一人、足を止めて、目に焼きついた彼女の姿を思い返す。
……やっべぇな。ドストライクだわ。
美人で、大柄で、ぽちゃっとしてて、健康的で……巨乳。あんなの、目のやり場に困るっての。
***
レイ……だっけ。
見た目はかなりいい。正直、そこらの女が放っておくはずがない精悍で整った容姿。
おまけにこの船。どこから手に入れたのか知らないけど、普通の傭兵や企業が買えるような代物じゃない。どう見ても最新鋭の軍艦。見た目はライトクルーザー級だけど……中身は明らかにそれ以上。
いったい何者なのよ、あの男。
でも、まずは命が助かったことに感謝しなきゃ。
ほんと、どうなる事かと思ったけど。絶望からの生還……本当に怖かった。
『サーシャ、身体の力を抜いてください。今から脳派、血圧、心電図、血中酸素濃度などのチェックを行います』
「あ、はい……」
そう、このハルってAIもおかしいのよ。
こんな高性能なAIが制御している船、そもそも巡洋艦を一人で運用出来ている時点でおかしいんだもの。
でも……今は他人の事情を詮索してる場合じゃない。
むしろ、問題はこれから。
私は……下手をすると、死ぬよりもっと怖い現実と向き合わなきゃならないかもしれない。
まず父の会社ね。
カリストにある工場はともかく、廃品を集めるサルベージ船が失われた。社長である父は死亡、クルーも私を除いて全滅。
つまり、宇宙で廃品を集める手段を失って、工場は操業停止。打つ手なし。完全に詰み。しかもあの宇宙船にも工場の設備にも、負債が結構のこっているはず。
相続の放棄……そんな言葉が頭をよぎる。
そうなったら会社はどうなる? 従業員は?
そんなの関係ないと逃げれば良い?
いや、社会が簡単に逃がしてくれるの? 会社の取締役かつ相続人の私を。
私を助けてくれた男、レイ……
こんな船を持っている男なら、なんとかしてくれるかもしれない。ちょっと挑発してみたら、意外と反応良かったし。あの手のタイプ、案外ちょろいのよね。
人が良すぎて、傭兵って感じが全然しない。甘いっていうか、無邪気っていうか、世間知らずのまま大人になったお坊ちゃん。いや、金持ちのお坊ちゃんは、そう言うところもちゃんと教育を受けているか……
いずれにしても、うまくやればこの船ごと取り込めるかもしれない。命の恩人を誘惑するなんて、そりゃ気が引けるけど……こっちだって後が無いのよ。
この船を使ってサルベージ業を再開できたら、それこそ今までとは桁違いの稼ぎになる。従業員も会社も、そして私自身も――みんな助かる。
そしてレイは……この身体を好きにできる。罪悪感もあるし、ベッドの上では精一杯尽くしてあげるわよ。優しくて見た目は悪くないのだから、この先、本気で好きになるかもしれないし。
よし、この身体で落とせるなら――やるだけ、やってみよう。
……ただ、一つだけ。
どうしても気になるのは、彼が「何者なのか」ってこと。あんまりヤバい相手だったら、深入りするのは危険すぎる。
でも、それも……上手くやれば問題ないかな。だって、ちゃんと餌は与えるのだもの。所詮男なんて……ベッドで満足させる自信はある。この体を抱いて、夢中にならなかった男は居ない。
よし、やってやろうじゃないの。
『サーシャ、検査完了。異常はありませんでした。……サーシャさん? あら、眠ってしまったようですね』
『……まあ、無理もありませんね。それでは、しばらくここで。おやすみなさい』
応援してもらえると、継続するモチベーションに繋がります。
面白いと思ってもらえたら、よろしくお願いします。




