第8話 廃品回収業の女 下
スペースオペラっぽく書いていますが、あくまでご都合主義の三流娯楽作品です。
太陽の光が遥か遠くから届く、その光を反射して光の点を生み出す天体たち。近くで最も大きく見えるのは、今にも飲み込まれそうなほどに巨大で不気味な星。
太陽系最大の惑星……木星だ。
「さむい……ここは……」
あまりの寒さに目が覚めた。宇宙服を着ているとはいえ、船外作業用の物ではなくパイロットスーツだ。さらに、ポッド内の温度は氷点下まで下がっている。ある程度の保温機能があるとはいえ、動きやすさを優先したパイロット用の宇宙服では限界があった。
遭難モード。必要最低限の装置以外は全てがオフになっている。一分でも、一時間でも長く救難信号を発信し、パイロットを生存させるためだ。
「あぁ、現実なのね」
狭いコックピットの外は、漆黒の宇宙。ただ一人で漂っている。
どれくらい寝ていたか分からない。目の前で父の船が爆発し、私は一人、この宇宙に放り出された。
乗っている機体はあまりにも頼りない、宇宙船とも呼べない小型の作業ポット。母船の近くで作業することを前提に作られた、小さな小さな乗り物だ。
そのため搭載されている通信機は、非常に出力の小さなもの。近くに居ればまだしも、ある程度離れたらよほど高性能な受信アンテナを持っていない限り気づいても貰えない。
生命維持装置だって簡易的なもので、本格的に宇宙空間を移動するものではない。エンジンなんてなおさらだ。回転は何とか緩やかになったものの、爆発の衝撃波で飛ばされた勢いのまま、成す術もなく無限の宇宙を飛び続けている。
「私、このまま死ぬのかな」
もし誰も発見してくれなかったら、体を伸ばすことすら出来ないこの小さなな空間で死ぬのだろう。ならばせめて、眠っている間に……
「いやだ! 死にたくない! だれか助けてよぉ……」
そんな時だった、突然、無線機から若い男の声が飛び込んできた。
『識別番号Z4S-SA-0011、ジーフォース所属の武装貨物船ムラサメ。キャプテンのレイだ。貴方の救難信号をキャッチした。直ちに救助に向かう』
同じ通信が二度。間違いない、助けが来る。
涙がぽろぽろと溢れてくる、こんな顔……若い男性に見せられない。
「ありがとう……ございます」
安堵で胸が押しつぶされそうになる。どんな人が助けに来てくれるのだろう、助けてもらったらどんな顔をすればいいのだろう。
やだ、シャワーもしてない、臭くないかしら……。髪型が……あぁっ、もう!
とりとめもなく無駄な事を考えていたら、遠くに黒く巨大な船体が見えて来た。
「なにあれ……。PMCの貨物船っていったわよね」
***
「目標地点まで二分。キャプテン、減速を」
優しい声がブリッジに流れる。
目の前の球形の俯瞰モニターがゆっくりと回転し、目標を中心に視点が固定される。オレンジ色のマーカーが、中央で点滅しながら目標地点を示していた。
光学センサーのカメラ映像が拡大され、やがて鮮明になる。ポッドの外殻にいくつかの窪みや傷が見えたが、破られた箇所は無いようだ。
ハルの指示にしたがい、スロットルに手を伸ばす。
「戦速解除。両舷減速、二航速」
抵抗を押し返すように戦速から巡航位置へスライドさせ、スロットルを手前へ引く。続けて前方スラスターが噴射を開始。体がふっと浮くような感覚に、思わず背もたれにもたれ直す。
ここでG緩和装置を黙ってオンにした。
「キャプテン。ポッドから見て九時方向、左弦五◯◯メートルの位置に付けます」
「五◯◯? 遠すぎないか」
モニターに映るポッド。手を伸ばせば届きそうにも見えるが、五◯◯メートルといえば結構な距離だ。
「あまり近づきすぎると、スラスターの噴射で傷つける可能性があります」
「なるほど、そんなにか……」
「はい。この船の質量とスラスターの出力を考えると、そんなに……です」
優しげな女性の声で発せられたAIらしからぬ言い回しに、思わず吹き出し、小さく笑った。
「わかった」
頷いて背筋を伸ばす。この大きさの艦の操艦は思っている以上に繊細だ。下手に近づいてポッドを巻き込むのは御免だし、ここは任せておくのが正解だろう。
「両舷前進微速。微調整はハル、任せた」
さらにスロットルを引き戻し、速度を落とす。
「目標と速度を合わせます、出力調整……完了」
「下部ハッチ開口、作業ポッド一番、二番射出」
ムラサメは軍艦として開発され、建造された船だ。今は商船として登録されているが、当初は隊列を組んで艦隊戦に参加することも想定されていた。
何を言いたいかというと、戦闘後に待っているのは救助と回収である。
そのため、ムラサメは軍艦として当然の設備、救助用兼脱出用の有人ランチ1艇と、無人の船外作業ポッドを五機搭載しているのだ。
「管制します」
ハルが無人ポッドの操縦も同時に行う。
その傍らで通信コンソールをオン、ポッドのパイロットに話しかける。
「メッセージを送ったムラサメのキャプテン、レイだ。救助に来た。ポッドを動かすことは出来るか?」
こちらの呼びかけが聞こえたのか、ポッドの右腕が応えるように上がった。
『こちらはクラフトン商会のサーシャです。救助感謝します。電力に余裕がありますので、姿勢制御装置を起動します』
若い女性の声がして驚いた。小さな作業ポットで行う危険な外部作業に、女性パイロットが従事しているとは思わなかった。
「ああ、頼む」
コックピットの上と下にある稼働中を示すの回転灯が黄色を灯し、回転を始めた。
『起動しました』
「了解。そちらの機体がねじれるように回っている。止められないか」
『了解。回転をとめます』
無線越しに、姿勢を制御するスラスターの噴射音が聞こえてくる。
回転が止まり、姿勢が安定したところでハルの声が聞こえた。
「目標の回転止まりました、回収作業に移ります」
一番の無人作業ポッドが正面から目標の左右にあるアームの付け根を掴んだ。二号機は後ろから抱き着くようにして、両側からアームで挟んで固定する。
流石ハルだ、モニター越しにスムーズで緻密なポッドの動きを見て感心した。
「収容開始します」
ハルの声を聞いて、救護の準備をするために席を立つ。
「そうだ、部屋を決めておかなきゃな。あと、メディカルルームと……」
「お風呂です、キャプテン。レディが密室に閉じ込められ、遭難していたのです、まずはゆっくりと身体を温め、休んでもらいましょう」
「そ、そうだな」
「そういうところがキャプテンの残念な所です、見た目は良くて甲斐性もあるのですから、もう少し女性の内面に関心を持ってください。男女の関係は、生殖行為だけではありませんよ」
「なっ」
優しい癒し系ヴォイスのハルに言われるのは、かなりダメージが大きい。
「ほら、ぼーっとしてる暇はありません。受け入れの準備です! 浴室のセットは私がやっておきますから、部屋の準備と救助の準備をお願いします」
「りょ、了解」
ハルに追い立てられてられるようにして、ブリッジを飛び出した。
まず最初に向かったのは医務室。何よりも先に身体のチェックが必要だ。着替えも用意しなくてはならない。
普段着るような女物の衣類は、当然この艦には置いていない。仕方なく棚という棚を片っ端から漁っていくと、Tシャツとジャージのようなパンツ、メディカルチェック時に着用する衣服を見つけた。
「……体格が分からんな」
女性のサイズなど見当もつかない。だが、大は小を兼ねるという言葉もある。女性用の列からLサイズの上下を選び、スポーツ下着のようなインナーとパンツをひと揃いピックアップ。
続いて、緊急搬送用のストレッチャーを用意する。ロックを外して廊下に出し、すぐに運び出せるようスタンバイ。もちろん、エイドキットも忘れない。
次は居住区画へ。
この船は、十人のクルーで運用されることを前提に設計されている。そのためクルー用の個室が八室、艦長用が一室、副長用が一室ある。さらに、ゲストルームが六室備わっていた。
その中から、使い勝手のいいクルー用の個室を一つ選び、近くのリネン室からシーツと毛布を持ち出して素早くベッドメイクを整えた。
その時だった。
「キャプテン、まもなくポッドの収容を完了します。カーゴデッキに向かってください」
艦内AI、ハルの声が響いた。
「分かってるって。まったく、容赦ないな」
医務室の前に並ぶ艦内作業用の宇宙服を手に取り、素早く着込む。そのまま準備したストレッチャーを押し、エレベーターへと乗り込んだ。
「何とか間に合ったか……」
カーゴデッキ前のハッチにたどり着き、息を整える。
「ハル、救護準備完了。いつでもいける」
「了解しました。しばらくその場でお待ちください」
果たして、あのポッドにはどんな人が乗っているのだろうか。期待と不安が入り混じる中、俺はハルの合図を待った。
応援してもらえると、継続するモチベーションに繋がります。
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