第6話 新たなる旅立ち
スペースオペラっぽく書いていますが、あくまでご都合主義の三流娯楽作品です。
次でヒロイン登場、数話を使って泣ける出会いにする予定です。
「ハル、出港準備だ」
「了解しました。いよいよですね、キャプテン」
指示と同時に、空中にホロパネルが立ち上がる。
ブリッジを覆っていた厚い装甲板が静かにスライドし、前方と左右の視界が徐々に開けていく。
戦闘時にはブリッジ全体が密閉され、視界はすべてモニター越しになる。だが平時には、透明強化窓を通して宇宙空間を直接見渡す有視界航行が基本となるのだ。
「外部電源接続確認。APU、始動」
APU(補助エンジン)が動き出すと、港湾設備から供給されていた電力が自艦の補助動力装置――小型核融合エンジン由来の電源へと切り替わる。
それと同時に、艦内システムの電力系統もすべて、艦内で発電した電気を利用する自律運用に移行する。
「各種センサー、通信、航法装置起動。電力安定。外部電源ケーブル、パージ」
艦の外部から接続されていた電源ケーブルが自動で切り離され、ドックの格納部へと戻っていく。
ブリッジ正面のメインスクリーンには、各種システムのステータスが次々と表示される。未起動だった項目が次々にオンラインへと切り替わり、確認ランプはすべて緑――オールグリーン。
「主動力エンジン、始動」
低く重い唸りが艦内に満ち、船体にわずかな振動が走る。反物質エンジンが動き出したのだ。
「主動力エンジン、始動確認。パワーモジュール出力、一◯◯パーセント到達」
やがて船内を満たしていた振動と音が、すっと消えてブリッジに静粛が戻る。
中央上部のメインモニター右上には、待機室に立つ二人の姿が映っていた。初老の男と、その隣に立つ美しい研究員。ここにいる四カ月の間、ずっと世話になった二人だ。
「本当に……いろいろお世話になりました。これより出発します」
ブリッジから通信を繋げ、待機室の二人に声を届ける。
「ああ、気をつけてな」
初老の男がゆっくりと右手を上げ、軽く手を振った。
「きっと有名になるでしょうから……あなたのニュースが届くのを楽しみにしてるわ」
研究員の彼女は手を胸の前で組み、柔らかく微笑んだ。
「それでは……また、どこかで」
そう言って通信を切ると、モニターの映像は静かにフェードアウトした。
「J3Mコントロール。こちらZ4S-SA-0011、ムラサメ。出航許可を要請する」
『ムラサメ。こちらJ3Mコントロール。識別――確認。出航を許可する。三番レーンへ誘導する』
「了解」
直後、ドック内の空気が自動排出され、艦首方向の隔壁がゆっくりと開いていく。滑走台が可動を始め、艦を船台ごと出航ポジションへと押し出していく。
『ムラサメ、こちらJ3M。出航位置への誘導完了。いつでもどうぞ』
「了解――」
「ハル、エンジンチェック。出力一◯◯%」
スロットルを押し込み、艦内に鈍い振動が響き渡ると、遅れて艦がわずかに揺れる。
「オールグリーン、全系統正常です」
ハルの声が静かに響き、モニターの表示はグリーンのまま。
「確認。スロットル中立、エンジンアイドリング」
振動と音が止み、エンジンの出力がアイドル状態に戻るのを確認する。
「係留解除」
管制室にリクエストする。
すぐさま艦を船台に固定していた金属製フックが次々に開き、その様子を船外カメラがモニターに映し出す。
『係留解除、確認よし』
管制室からの声に、キャプテンシートから計器と目視で解除を確認する。
「両舷前進、最微速。港内速度に気を付けろ」
「了解、モニターします」
発進の合図に、ハルの声が返ってくる。
「J3Mコントロール。ムラサメ、テイクオフ」
『確認した、ムラサメ。お気をつけて』
動き出したムラサメのブリッジから、宇宙ステーションの巨大な構造体が、ゆっくりと後方へ流れていくのが見える。そのスケールの大きさに思わず息を呑む。まるで本当に――SF映画の中に入り込んだような気分だ。
やべぇ、これ。アドレナリンが出まくりだろ、マジで。
軍港の外部係留スポットには、即応艦隊の艦船が見えた。その中にはムラサメの倍はあろうかという巨艦の姿もある――あれがきっと、戦艦だろう。
さらにその向こう。
係留スポットの端に、平べったい甲板を備えた巨大艦が浮かんでいた。全長にしてムラサメの三倍は優にありそうだ。
「ハル、あの一番デカいのは何だ?」
「航宙母艦ですね。多数の攻撃機と、誘導爆雷を搭載した艦です」
ハルが優しい声で応じる。
「外側に張り付いてる小型艇はガンボート。母艦に随伴して防御や哨戒任務を行います」
「すげぇな……あの格納庫、ムラサメも入っちまうんじゃないか?」
「スペース的には可能でしょう。しかし設備が対応していません。開口部のサイズも合いませんし、おそらく衝突します」
「……そりゃそうか」
全てがでかい。その圧倒的なスケールに、暫し見とれてしまう。
キャプテンシートの前には、操舵用の立体主観モニターが取り囲むように展開されている。前方一八◯度の宇宙空間をパノラマのように再現し、視認性は極めて高い。
主観モニター上には、周囲の艦船や障害物がマーク表示されており、速度制限や注意事項、それぞれの進路や航跡情報が自動でプロットされていく。自艦のルートもそれに重ねて視覚化されていた。
「港湾宙域を離脱しました」
ハルの声と同時に主観モニター右上に表示されていた数字が変わり、港湾内を表す警告マークが消えた。
「了解。両舷前進、一航速。面舵二◯」
増速しながら管制室の指示通りに転舵すると、緩やかな加速Gがかかり、船体がゆったりと右へと滑っていく。
出港時の張りつめた空気が、ここで少しだけ緩んだ。
軍艦には、状況に応じた速度設定がある。
国によって規格は異なるが、ESF――協商連合宇宙軍では、戦時速度(戦速)を五段階、平時巡航速度(航速)を三段階に分けている。加えて、エンジンに限界以上の出力を要求する「最大戦速」および港湾周辺などで使用される「微速」「最微速」といった超低速域も存在する。
ジュピトルⅢのような巨大コロニーの周辺は、多数の船舶が行き交う混雑宙域だ。
管制宙域を完全に抜けるまでは、港湾管制室から送られてくるエスコートデータに従って、指定された航路を正確にたどる必要がある。
データリンクを使えば、自動航行に任せることも可能なのだが……
「せっかく本物の宇宙船を操縦できるんだ、自分でやらなきゃ意味がないだろ」
思わず独りごちる。
操縦桿の感触、G、振動……今この瞬間だけは、自分の手で味わいたい。
幸いにも、これまでの厳しいシミュレーション訓練のおかげで、艦の操作にはまったく問題がなかった。これほどの巨艦を、まるで手足のように動かせる感覚――まるで、子どもの頃に憧れたアル〇ディア号の艦長にでもなった気分だ。
もちろん、宇宙海賊になる気などさらさら無いけど。
「キャプテン、まもなくJ3M管制宙域を離脱します」
「了解。兵装チェック。戦闘準備、ARES(戦闘指揮システム)起動」
「FCS(射撃管制)、WDS(火器管制)、CIWS(近接防御)、各システム異常なし。主砲を展開します」
ブリッジ下部に浮かぶ球形の俯瞰モニターが明滅し、宙域情報が立体的に描き出される。
メインモニターの左下に兵装ウィンドウが開き、火器管制システムが主砲、副砲、レールガン、CIWSなど各武装のステータスを順次表示していく。いずれも"ONLINE"を示すグリーンが灯り、数秒後には"READY"を示すオレンジへと切り替わった。
キャプテンシートにの射撃管制パネルが起動、照準待機モードへと移行する。
「全兵装、異常なし。スタンバイ完了です」
「了解、戦闘準備解除。ARES即時待機」
兵装ウィンドウが全て閉じられ各システムが待機状態になるのとほぼ同時に、ブリッジの中に柔らかな電子音が三度鳴り響く。
《ポーン、ポーン、ポーン》
主観モニターの表示から、港湾管制の誘導ラインが消える。これでJ3M管制宙域から離脱。自由航行エリアへ入った合図だ。
「両舷前進、三航速。目標、カリストⅨ」
背中からシートに押しつけられるような加速Gが身体を包み込む。自動航法スイッチを入れると、船は事前に入力しておいたプランに従って進み始めた。
「キャプテン。G緩和装置を作動させなくてもよろしいのでしょうか?」
このムラサメだけでなく、どの宇宙船でもパイロットにかかるGを軽減するための緩和装置が標準搭載されている。
だが、今はあえてそれを切っていた。
理由? ――決まってるだろ。
だって、初めての宇宙航行だぞ? しかも最新鋭のチート艦だ。加速Gを肌で感じずして、何処にロマンがあるっていうんだ。
「しばらくは、このままで……な?」
「……はあ。私は別に構いませんが」
AIに男のロマンを理解しろとは言わない。安心してくれ、ハル。
「さて、少しブリッジを外す。任せられるか、ハル」
「大丈夫です、お任せください。何か変化があれば連絡します」
「ああ、頼む。ちょっと荷物の整理をしてくるよ。今日から、ここが俺の家だからな」
キャプテンシートの背もたれにゆっくり体重を預け、大きく伸びをひとつ。
よし、と軽く声を漏らし、勢いを付けて立ち上がる。
「畏まりました。どうぞごゆっくり」
ハルの応答を背に、ブリッジを離れて自室へ向かう。居住区画にある自分専用の居室(艦長室)は、船内で最も快適に設計された個室だ。
さっそく、あらかじめ届けられていた衣類や生活用品を棚へと収めていく。すると、その中に妙に存在感のある箱を見つけた。
三◯センチほどの細長い箱。蓋には、あの美人研究員の写真と共に「ひとりになったときに開けてね♡」という、なんとも挑発的なメッセージカードが貼り付けられている。
まさか、と思いつつ開封してみれば――
中に収められていたのは、明らかに人肌以上の質感を持った、むちむちプルンプルン素材で成形された円筒状のアレ。中央に穴、内部は不規則なひだ、手触りは……ヤバい。
さらに、小型の携帯端末がひとつ同梱されていた。電源を入れると、出てきたのは――
一糸纏わぬあの女のホログラム。
「たまには、思い出してね♡」
……。
「だぁぁぁぁぁっ! なんちゅうモンをッ!」
思わず叫んだが、もちろんその場でありがたく使わせていただきましたです、はい……。
応援してもらえると、継続するモチベーションに繋がります。
面白いと思ってもらえたら、よろしくお願いします。




