第56話 ネメシス彗星
「レイ、この小惑星じゃが……何か不自然なのじゃ」
距離一八EU、主砲の射程圏内にある長辺が三〇〇メートルほどの楕円形に近い小惑星。各種センサーの情報からすると、揮発性物質の凝縮天体。いわゆる気体が氷となったもので、一般的に彗星と呼ばれる小天体だ。
確かに、光学センサーが捉えた映像を見ても、彗星の尾が見えている。
「ハル、どう?」
「はい。アクティブセンサーを使って確認中ですが、今のところ他の彗星との特異点は見つかりません」
天井からいつも通りの優しい声で、ハルが答える。
「リシュア。その小惑星のどこが気になるんだい?」
両手を忙しく動かしてコンソールを操作し、メインパネルの下にサブパネルを開いて小惑星についての説明を始めた。
「軌道じゃ。我らが二五EUの距離まで近づいた時から、僅かに軌道を変えておる。分速約〇・二EUで接近してきておる。ここでこう、角度がついて軌道が曲がり始めているのじゃ」
索敵用ホロパネルに映し出されたターゲットの軌道、そして未来進路を描いた予測線を指さしながらリシュアが言う。
「なるほど。彗星としてはあり得ないことです。まるで、ムラサメが重力を持ち、彗星を引き寄せているような動きですね」
立体俯瞰パネルに表示されている移動予測線も、ゆっくりとムラサメに向けてカーブするように変化していた。これは、何かしらの力が彗星に働いていることを示している。そしてこのままいくと、ムラサメの前方を横切ることになる。
「とりあえず撃ってみるか……ハル、ARES(戦術戦闘指揮統制システム)待機解除、戦闘準備だ」
「了解しました。FCS(射撃管制)、WDS(火器管制)、CIWS(近接防御)、即時起動。主砲を展開します、全兵装……オンラインです」
メインモニタに兵装ステータスを表示するウィンドウが立ち上がり、オンラインを示すグリーンから射撃準備完了のオレンジへと切り替わる。射撃管制パネルがサブパネルとして立ち上がり、ターゲット情報をリアルタイムでモニターする。
「おぉっ! すげぇっ、これがムラサメの本気か。洗練されてるな、さすが木星の最新型だ」
立ち上がろうとしたヒルダが「ぐぇっ」という声と共に、シートベルトによってシートに引き戻された。やっぱり、サーシャと似ている。
現在、脅威としてレッドで表示されているのは、例の彗星だけだ。小惑星、敵性アステロイド、EAS1と表示されてマークされていた。
「主砲三斉射。真ん中に斉射後、時間差で上と下にかすめるように撃ってみよう」
キャプテンシートの前に照準パネルが立ち上がり、射撃管制システムから映像が送られてくる。
「主砲発射」
トリガーを引くと同時に、太い光線が前方へ奔る。
「目標命中。彗星の背後から熱反応、ガンボートクラスの船影確認」
ハルの報告が終わる前に、目標の上と下へ時間差で主砲を撃ち込んだ。彗星の裏に隠れていたと思われる敵船が、慌てて飛び出す。そこへ第二射、第三射を続けて撃ちこむ。
目視で四隻。シールドは一瞬で飽和し、強力な大口径レーザーの直撃を受けて爆散した。
「ネメシスです」
「了解した」
彗星の裏から現れたのはネメシスのリーパーだ。射撃管制パネルに表示されている敵影は、小型のガンボートクラスが残り一八隻。
「あっ! 逃げてる」
「そりゃそうだろ。奇襲に失敗、小型船がこの距離で見つかったんだ。逃げるしかないよ」
サーシャの声に、ヒルダが応えた。
「とりあえず減らせるだけ減らそう。射撃を継続しつつ彗星に向けて前進、第五戦速」
このメインベルトでは、みな武装するなり護衛を雇うなり自衛の手段を講じている。少数のリーパーくらいなら、取り逃がしたところで大きな脅威にはならないだろう。
それよりも、彗星が軌道を変えたことが気になる。小型船十数隻で押して動かしたというのもありえなくはないが、質量差を考えると無理がある。彗星自体に何かしらの推進装置が取り付けられているとみるのが自然だ。
「ハル。過去のデータで、同じような戦術を取ったリーパーは確認されているのか?」
「軍のネットワークで検索していますが、小惑星の影に隠れて奇襲した事例はいくらでもあります。ただ……彗星とともに移動したという記録はありません」
一方的な鴨撃ち状態、大口径砲で敵の射程外から一方的に攻撃を加えると、瞬く間に敵の船団は数を減らしてた。
結局、三隻のリーパーを取り逃がし、距離は彗星まで五EUを切った。近づいたことで磁場センサーも反応し始め、近距離センサーが彗星の姿を鮮明に捉える。解析データが次々と流れ込み、その姿が明らかになっていく。
そのとき、ハルに射撃管制を任せていた副砲が火を噴いた。
「キャプテン、この彗星自体がネメシスです」
「なに?」
「外部に金属製の構造体が出現。表層に現れた武装を順次破壊、スラスターノズルも無力化中です」
光学センサーパネルにネメシス彗星が映し出され、赤い四角でマークされた人工物が、副砲の射撃で次々に破壊されていく。
「ねえ! これ持って帰ったら、凄いお金になるんじゃないの?」
サーシャはガバッと音が聞こえそうな勢いで、こちらへ振り向きパネルに映し出されたネメシスの彗星を指さす。戦闘には興味がないのか、席についたまま大人しくしていたサーシャだが、金目のものを見つけたら話は別だ。
「サーシャ。この質量をけん引するのは現実的ではありません」
すぐさま、ハルの冷静な声が嗜める。
「アンカー撃ちこんでほら! ひっぱれるじゃん」
「確かに引っ張ることは可能です。ですが、この船は時速一一〇万キロメートルでカリストに向かいます。サーシャ、慣性という言葉を知っていますか?」
「あ、あたしだって一級の操縦免許持ってるんだから、慣性ぐらい知ってるわよ!」
ムキになって口を尖らせるサーシャ。
「やめろ、サーシャ。あんなもの引っ張って、艦が損傷したらどうする気だ。データだけで十分な価値がある、あきらめろ」
おそらく、彼女も分かっていて言ったのだろう。ただ、もし持ち帰れたなら……この船はいろいろと規格外だ。ほんの少し、期待したのかもしれない。
「わ、わかったわよ……」
しょげたような顔で前方に向き直ったサーシャを見て、ヒルダがくすりと笑う。
「なによ! 筋肉女」
その気配を感じたのか、怨嗟を込めた視線でヒルダを睨みつけるサーシャ。
「なあ、キャプテン。こんな気が強い女、面倒だろ。確かに胸は立派だが……乗り換えたほうが良いと思うぜ」
ヒルダが両手を開いて肩をすくめ、顔だけこちらに向けてため息をついた。
「なんですって! このっ……」
サーシャは立ち上がろうとしてシートベルトにぐいと引き戻された。手に持っていた豆乳のパックが宙に放たれ、くるくると回転しながらブリッジの天井に当たった。
「サーシャ。禁酒四日の実刑です。物を投げるなと……何度言えばわかるのですか、あなたは」
「ちょっ、ハル! 投げたんじゃないわよ、勢いで手から離れただけで」
「もういい、サーシャ。ちょっと黙って」
サーシャに視線を向けて、少し強い口調で窘める。
人が増えて賑やかになったのは良いが、サーシャとヒルダはタイプが似ているだけに衝突が多い。もう少し互いに歩み寄れれば改善するのだろうが……。
「ハル。サーシャを許してやって欲しいのじゃ。ヒルダも軽口が過ぎるぞ、我らはこの船のゲストなのじゃ。慎め、よいな」
リシュアが鋭い視線でヒルダを睨みつける。たじろいだ彼女は「すまねぇ」と小さく謝った。
「ハル、脅威を排除したらOAEを全部出して徹底的に調査してくれ、記録を軍に送っておこう」
「はい、了解しました、キャプテン」
「あと、航跡情報も送っておこう。方位と速度、そして質量がわかればかなり正確に進路予測ができるだろう」
「了解しました。ただ、このネメシス彗星は……メインベルトを火星方向に抜けると思われます」
「それならそれでいい」
接近を続けるが、敵からの攻撃はない。目の前のこれが、おそらく宇宙で初めて発見された”生きた彗星”だ。
彗星に擬態させた個体を盾に接近し、至近距離から複数のリーパーで取り囲んで包囲攻撃する。ネメシスも少しずつ考え、進化していると言う事か……。
「キャプテン。ネメシス彗星の内部から、微弱な救難信号です。裏側がくり抜かれ、内部は空洞になっていました」
「OAEを侵入させることは可能か?」
「はい、一機を内部に侵入させています」
モニターに映し出されたのは、そのOAEからの映像だ。外にもう一機を待機させて中継しているためか、画質は驚くほど鮮明だった。
「中に武装はないな」
内部には巨大な空洞が広がっていた。まるで整備工場のようだ。ラック状に並んだ三〇ほどの係留スポット、周囲には整備用の設備が整然と配置されている。さらに奥の空間には、集められた様々な船のパーツが無造作に詰め込まれて並んでいた。
「救難信号は、ここから出ているようです」
ズームされた先に映ったのは、宇宙船の一部。攻撃による破損や傷などはなく、区画の一部が脱出ポッドとして切り離されたもののように見える。
「救出できそうか?」
「脱出ポッドはしっかりと固定されています。ハッチが見えますので、あれを開けられれば可能かと。ただし、最悪の場合は外殻に穴を空ける必要があります」
「よし、遠隔でランチと作業ポッドを出そう。内部との通信はどうだ?」
「OAEを中継することで可能です」
遭難用の緊急チャンネルを使い、救助を呼びかける。反応があり、内部には男性一名の生存者がいることが確認された。
「作業ポッド三番、四番を射出。救命ランチを遠隔操縦で出します」
ネメシス彗星の裏側にムラサメを待機させ、作業ポッドとランチがゆっくりと内部構造物へと侵入していった。




