第55話 元令嬢の観測員
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「ようこそ、ムラサメのブリッジへ。歓迎します、レディ・リシュアーナ。私は本艦の運用支援AI、FO-3077HAL。ハルとお呼びください」
音もなくブリッジの扉が開き、リシュアの手を引いてブリッジの内部へと案内する。すると、天井からいつものように柔らかいハルの声が降ってきた。
「うむ。ハル、しばらく世話になるのじゃ。儂のことはリシュアと呼ぶが良い。リシュアーナの名は捨てた、アイゼンブラウの性とともにの」
リシュアは背筋を伸ばし、凛とした姿勢で天井に向けて応えた。
侯爵家といえばマース帝国でも皇帝に次ぐ地位にある大貴族だ。男女平等のこの時代では、次期当主として爵位を継ぐ身分だったという。そんな勝ち組人生を捨ててまで、こんな銭ゲバどもがしのぎを削る協商連合に亡命するとは……いやはや、まったく理解が及ばない。
「意外と殺風景じゃな。もっとこう、あちこちに計器のメーターやらディスプレイが配されているのかと思うたが……」
辺りをきょろきょろ見回すリシュア。頭を動かすたびにサラサラの柔らかい金髪がふわりと浮き上がり、大きなリボンが揺れる。
「今は全てのシステムを落しているからね、電源が入ると色んなモニターが浮き上がってくる。ホロパネルが採用されているんだ」
「なるほど、たのしみじゃの……」
そう言って、後ろに立つ護衛兼逃がし屋の筋肉女、ヒルダを見やる。
「あたしも最初に乗った時はびっくりしたわよ。この船、今までの軍艦とはまるで違う最新鋭艦だからね」
サーシャが言葉をかけながら、入口で立ち止まったリシュアとヒルダを追い抜くと、そのままブリッジの最前列にあるロードマスター、輸送員席に腰をおろした。
「よし。リシュアはそこの、観測員席に座ってもらおうか。ヒルダはその隣、レディオ・オペーレータの通信員席へ」
二人はブリッジの前から二列目、キャプテンシートの前の席に着かせる。二人が着席するのを確認すると、そのままキャプテンシートに腰を下ろした。
「この船では俺がキャプテン。サーシャは輸送員、この船に積み込む物資全般と、サルベージャーとしての業務全般を受け持っている。まあ、ほとんどはハルに頼りきりだけどね」
「すごいのじゃ……これほどの船を、たった二人で動かしていたと申すか」
驚きの表情でこちらに振り返るリシュア。その横では、ヒルダが席に取り付けられたコンソールを興味深げに見ていた。
「マースの軍艦はどう?」
「儂が乗ったことのある戦艦には、一〇〇名ほどが乗っておったの。保安要員もおったし……とりあえずブリッジには一〇名、CICやそれぞれの指揮所にも同じくらいの数が配置されておった」
他の軍艦に乗ったことがないので、ついでに聞いてみた。貴族なら軍艦に乗ったことくらいはあるだろうと考えたのだ。
答えは予想外のものだった。意外と多くの人員が乗っていることに驚く。まあ、戦艦と言えばこの船の倍以上の大きさがあり、搭載している兵装の数も桁違いだ。それぞれに士官やエンジニアがいて当然だろう。
「よし、ハル。そろそろ出港の準備をしようか」
「了解しました、キャプテン。メインシステム起動、補助動力、APUを始動します」
低い唸りと共に、各コンソールにスタンバイのランプが灯る。ブリッジ前方上部には、巨大なメインパネルが表示され、艦のステータスやカメラの映像を表示するウィンドが次々と立ち上がる。
「APU出力安定、自立電源に切り替え……完了、異常なし。外部電源、パージします」
次々と刻々と変化しながら表示される様々な情報。最新の軍艦が目を覚まし、本来の姿を顕わにする。
「全システム起動。メインエンジンスタート」
「すごいのじゃ……」
ハルのナビゲーション音声に合わせ、次々と浮かび上がるホロパネル。リシュアは大きく目を見開き、ぽかんと口を開けて眺めていた。
「なんだいこりゃ。こんな船に、なんであんたみたいな軟弱男が乗ってんだい」
ヒルダが小さく呟くと、それを耳ざとく聞いたサーシャが勢いよく立ち上がった
「ちょっと筋肉女! あんた口を開けばレイのことを軟弱だとバカにするけどね、脱いだらちゃんと強くて逞しいんだから!」
「ほう、それはあれかい、ナニの事を言ってんのかい。それはそれは、いちど脱いで見せてもらわないとねぇ」
「なっ……ふざけんじゃないわよ!」
サーシャは照れなのか怒りなのか、とにかく顔を真っ赤にして凄まじい剣幕で立ち上がった。このまま放っておくと大変なことになる。仮にもヒルダは元騎士、闘争のプロなのだ。
「サーシャ! やめろ!」
キャプテンシートを飛び出し、肩を怒らせて勢いよく歩みよるサーシャの元へ駆け寄り、抱き留めるようにして押しとどめる。
「ヒルダ! いい加減にしないと、船から放り出すぞ。亡命させるのは、リシュアだけでいいんだからな」
「ほぅ、できるものなら……」
「えぇ加減にせぬか! ヒルダ! お主、我らがどのような立場にあるか、理解できておらんようじゃの」
リシュアがヒルダの言葉を遮ると、勢いよく頬を張り飛ばした。張られた衝撃に、ヒルダが一瞬くっと顔をしかめる。
「貴様! 仮にも元騎士であろう。我らはこの船で逃がしてもらう身じゃぞ。危険を顧みず引き受けてくれた恩人に、なんたる態度か!」
身なりはまだ子供だが、なかなかどうして、立派な貫禄。さすが貴族の嫡子、侯爵令嬢だ。リシュアの剣幕に押されたのか、ヒルダが身を小さくして席を立ち、深々と頭を下げた。
「サーシャ、レイ、すまなかった。ただちょっと、お前たちが羨ましかったんだ……許してくれ」
その一件で、ヒルダの態度ががらりと変わった。何が羨ましかったのかはわからないままだが、逃がし屋なんて仕事をしているくらいなので、根は良い奴なのだろう。
こうして無事にケレスコロニーを後にして、一路、衛星カリストに向けて進路を取った。
「キャプテン・レイ」
「どうした? リシュア。キャプテンはいらない、レイと呼んでくれ」
「こいつを、儂にも扱えるようにしてもらえんかの」
小さな手で観測員席のコンソールを指さし、縋るような視線を向けてくる。かなりの美少女だけに、こういう顔をされてしまうと断るのが少し辛くなる。
「ハル。リシュアの望みをかなえてやりたいのだが、大丈夫か?」
「ええ、しっかりとモニターしておりますので、そこから少しくらい触っても大丈夫です。索敵や情報収集、分析を担う席です。致命的な事態を引き起こすような装置はありません」
言い終わるのが早いか、リシュアの正面に大きなパネルが開き、その左右ににもパネルが表示される。右に三段、左側は二段だ。
「うわわっ! 凄いのじゃ」
驚いたような声を出しながら、目を輝かせる少女。実に微笑ましい光景だ。ゆっくりとリシュアの横に進み、身体を屈めモニターの説明をする。
「まず、右上のモニターだが……ここに映っているのが量子レーダーだ。四系統あって、全周を常時警戒している」
「よ、四つも必要なのか?」
「軍用だからな、何かのトラブルで停止したとしても、互いにバックアップできるようになっている。長距離から近距離まで、索敵の要だ」
「その下が、光学センサーと熱源センサー。さらに下、磁気・粒子センサーと電気パルス計測器、そして慣性計測器だ」
「ふむ。光学はいわゆるカメラじゃな。熱と……ほうほう。目に見えぬものを探知することも出来るのか。それに慣性計測器とな?」
「ああ。高速で動く物体を捉える装置さ。近距離限定だが、奇襲には強い」
「なるほど……木星の技術は進んでおるのぅ」
「左上のモニタは敵味方を識別するIFF識別と索敵範囲内を航行中の船の情報、そしてデブリなど周辺の障害物情報が表示される」
「ふむ」
「左下は軍や警察、役所、PMCからの危険情報、各宙域や宇宙港に関する各種情報が表示される。危険度の高い者や、重要なものにはオレンジや赤と言ったマークがつく」
「……すさまじい量じゃのう」
洪水のように流れる情報の濁流を、食い入るように見つめていた。やがて、ふと正面へと顔を向ける。
中央のモニタはそれらの情報を元に、船の周囲の状況を俯瞰的に表示するモニターになっていた。
「レイ、あの丸いのは何じゃ」
小さな手を差し出して指さしたのは、メインパネルの下、真ん中あたりに浮かぶ球体の3Dパネルだ。
「ああ、あれは戦闘用の立体俯瞰パネルだね。これまでに説明したレーダーやセンサーで得られた情報や、火器管制装置あったり、すべての情報を分析・処理して、自艦を中心にプロットしているんだ」
「すごいのじゃ……これがあれば、周りの宙域で何が起きているのかが手に取る様にわかる。動きの予測まで表示されるのじゃな……」
「ああ、頼りになる代物だ」
パネルが放つ淡い光に包まれながら、リシュアは興味深げに見入っていた。やがて視線を戻し、自分の席の周囲に展開するパネルへと目を走らせる。
「レイ、ハル。触ってもよいか?」
どうしても操作してみたいのだろう。今にも指先がパネルに触れそうなところで踏みとどまり、両手を前に出したまま、グーとパーを小さく繰り返している。
「しっかりとモニターしています。問題ありません、キャプテン」
「ああ、ハルがそう判断したのなら、大丈夫だ」
「無理を言うてすまぬ! 感謝するぞ」
言い終えるが早いか、リシュアはパネルへと身を乗り出し、あれこれとボタンに触れて表示を切り替えたり、ズームさせたりと操作を始めた。
後ろを振り返ると、いつのまにやらサーシャが居た。俺とリシュアのやり取りを見守りながら、優しい笑みを浮かべている。
リシュアの隣に座るヒルダは……ときどきいびきをかきながら、こくりこくりと船をこいでいた。
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