第52話 対マザー掃討戦・結
「うわーすごい! 素材の山よ!」
「そうは言っても、どこにでも手に入るような民生品のパーツばかりですけどね」
「もう! ハル、そういう事を言わないの。一クレジットを軽く見る者は、一クレジットの泣くのよ。これぜんぶ、お金になるんだから」
最後は反物質弾頭という恐ろしい兵器まで使って反撃を試みたネメシスのマザーであったが、やはり数は力だ。圧倒的な戦力の前にそのこと如くを撃ち落とされ、マザーを中心としたネメシスの巣は完全に沈黙した。
このマザーはまだ若かったのだろう、早期に発見できたことが幸いした。というよりも、人間の生存圏に近すぎたため、十分に成長する前に発見され、撃破されてしまったのだ。
「サーシャ。これを満載したら、いちどカリストに帰らなきゃいけないけど……」
「いいじゃない! ついでだから、向こうで索敵仕様のステルスOSEを積みましょうよ。あんな便利なんだもの、もっと効率的な狩りが出来るようになるわよ。頼んだら軍用を用意してくれるんじゃない?」
現在は、マザーの近く、最も敵の残骸が密集している宙域でサルベージ活動中。
元々ムラサメに搭載してあった周辺宙域を探索するための小型OSEも六機飛ばして、宇宙ゴミの解析を急いでいる。デブリを順に解析し、レアメタルの含有量が高いパーツのリスト化とマーキング作業を行っていた。
「アンドロメダ。こちらムラサメ。本当にこの辺りのゴミを勝手に貰っても良いのか? といっても、一部しか持ち帰れないが……」
『武装関係、あとは程度の良い装甲版なんかは置いて行ってもらえると助かる。武装貨物船が何隻か、回収に向かう予定だ』
「見つけた武装関係は損傷度ごとにリスト化してる、マーキングして送信するよ。うちは、電子部品関係を中心に、あとはエンジンやエネルギー制御系のレアメタルが多い部分だな、欲しいのは」
『おお、助かる。ただまあ、あまり気にするな。これだけの数だ、どうせ回収しきれんさ。好きに持っていけ』
「了解した、ありがとう。ムラサメ・アウト」
ネメシスの残骸が濃く集まり始め、やがて視界の正面に“マザー”の残骸が現れた。全長八十メートル、縦幅三十メートルほどの細長い小惑星。その内部は抉り取られたように空洞化している。
空洞の奥には、柱やレールが幾重にも並び、巨大な工場プラントを連想させる構造が広がっていた。壁面からはアームやコンベア、クレーンが無数に突き出し、製造途中の機体と思しき残骸があちこちに漂っている。
照明は完全に死んでおり、ムラサメのライトだけがその光景を切り抜くように照らし出していた。
「意外と小さいんだな、マザーって」
率直な感想だ、数百、数千というネメシスたちの巣、その中心になるそれが、ムラサメの五分の一ほどしかない小さな天体だとは思わなかった。
「これは最も中心になる、マザー核といわれる部分ですね」
ふと漏れた呟きに、ハルが丁寧な回答を寄越してくれた。
ハルの説明によると、この核であるマザーを中心にして外部構造物が作られ、巨大化していくのだという。そういった巨大なネメシスの巣は、人類が進出している大型天体などとは全く異なる公転軌道上。あるいは、土星横断小惑星帯など、人類があまり進出していない宙域に存在している。
「マザーにあるニューロン・コアは高く売れるって聞いたことがあるわ! レイ、ちょっと、探してよ、早く!」
席を立って食い入るように光学センサーのモニターを見つめるサーシャ。
「大丈夫です、既に見つけていますよ、サーシャ。これより回収作業に入ります」
困った顔で天井を見つめると、優しいハルの声が降ってきた。
あまりにもあっけなく終わった大決戦だった。気合を入れて挑んだだけに、ほとんど固定砲台みたいに主砲を撃ち続けただけで戦闘が終わったことを、少しだけ残念に思っている自分がいる。
まあ、映画やアニメみたいにはいかないか……
物語と現実は違う。
船は宇宙船乗りのすべてと言ってもいい、失えば待つのは破滅だ。搭乗員は社会で生きる生身の人間だし、国軍だって簡単に艦や人命を失う訳にはいかない。だからこそ実際に行動に出る前に、十分すぎるほどの準備を整えるのだ。
敵から襲撃を受たのなら別だが、仕掛けるなら勝てる算段を整えてからでなければ始まらない。
そうでなければ、そもそも参加する船など集まらないのだから。
こうして無事に戦闘を終え、カーゴスペースに回収したデブリを満載したムラサメは、無事にケレスコロニーへと帰還した。出迎えはまたもはあの、黒塗りのロングリムジン。ただし、車の数が増えて、四台になっている。さらに、装甲車のようなバスが一台。
外部モニターを見ると、昇降ハッチの下に赤い絨毯が敷かれ、両側には黒服の男たちがずらりと並んでいた。数えると四十人ほど……そして中央にはオザワに、たしかサミュエル、それから紋付き袴を着た、厳つい顔のおじさんの姿が映し出されている。
「ねえ、レイ。なんか、怖そうな人が倍ぐらいに増えてるんだけど……」
振り返るサーシャの顔が少し引きつる。
「なんか、踏み入れちゃいけない世界に引きずり込まれてる気分だね」
そう思いつつも、行かざるを得ない。この都市で仕事をする以上、彼らと関わらない選択肢はない。少なくとも、最大勢力を誇るマフィアと良好な関係を築けたのは、かなりの成果なのだから。
けれど正直、人生負け犬の小市民だった身としては、この光景は引く。正直、怖い。
船外へのハッチが開き、エレベーターで地上へ降りる。目の前には赤い絨毯、両脇には黒服の男たち。真っ直ぐ歩くと、正面に三人の男。
「お控え成すって……お初お目にかかりますお客人。手前、生国と発しまするは日本国広島の生まれ、名をケンザブロウ・ミノウと申しやす」
真ん中の紋付き袴の厳ついおじさんが、足をガニ股に開き、腰を落として右手を前に差し出す。頭を低くしてこちらを見据えながら、突然名乗り始めた。
「おやっさん、相手はカタギですよ。それにその恰好、映画の見過ぎですって。まったく……」
隣に立つ若頭のオザワが呆れた顔で頭を掻きながら、ぽつり。
「うちのオヤジです」
「がはははは! 君がレイかね、同郷の勇士は大歓迎だ。オザワから立派な益荒男だと聞いてる。今後とも仲良くしてやってくれ。どうだ、盃を交わしていかんか。オザワと五分でいいんじゃねぇか? なぁ!」
「おやっさん。相手はカタギだって言ってるでしょうが。しかも盃って……今時、うちの組しかやってませんって」
陽気なヤクザの組長風のおっさんを、オザワが困ったような顔で窘めた。
その反対側に立つ大柄な男、確か三納一家の上部組織にあたるマッケルザハヴのサミュエル。
「今回は良く働いてくれた、感謝するよ。レイ君。そして、サーシャ嬢」
差し出された右手をしっかり握り返す。サーシャは軽く膝を折って頭を下げた。
さて、再びロングリムジンに乗り込むのだが……前回の優雅なクラッシックカーではなく、軍用の装甲車のような見た目のいかつい車だった。しかし、中はさらに広く、とくに天井が高いために驚くほどに豪華だ。
「すごいね……レイ。うちも一台買おうか」
「何に使うんだよ、こんなの」
「がははは! これだけの広さがあれば、いつでもどこでも愛し合う事ができるぜぇ! なぁ、オザワ! お前この前クラブのママと……」
「だーーーっ! オヤジ! ちょっと黙っててくれよもう!」
「ちなみにサーシャ嬢、歳は幾つかな?」
「ちょっとレイ、このサミュエルとかいう強面、目がエロい、セクハラ」
「サングラスしてるのによくわかるね」
「えー、身体乗り出してレディに歳を聞くなんて、エロいにきまってんじゃん」
「いやいや、手厳しい。HAHAHA!」
「なんなんだ、このカオスな空間……」
そんなこんなで辿り着いたのは、あのブリーフィングをやったケレス警備隊の本部ビルだった。
三棟の建物が三角形を描くように聳え立ち、内側には十階と最上階に空中庭園が設けられている。全二十階。コロニーの中では超高層ビルが目立つだけに、どちらかといえば低層に見えた。
入口でセキュリティチェックを受け、最上階へ。空中庭園の一角に作られたガラス張りの部屋へ通される。三納組長はガハハと笑いながら受付嬢を引き連れ、どこかへ消えていった。俺とサーシャはオザワとサミュエルに促され、ソファに腰を下ろす。
「さて、今回の報酬は三億クレジット。すぐに決済させてもらうよ。この端末に手を触れてくれたまえ」
サミュエルの言葉に頷き、指示された箇所に手を置く。
「さ、三億!」
サーシャが思わず立ち上がり、すぐに腰を下ろした。にこにこしながら、ちらりとこちらを見てくる。
「それと、OSEのモジュールは返していただく。取り外しに向かわせてもよいね?」
「ああ、もちろん」
これで一連のネメシス関連の作戦――マザーの掃討任務は終わりだ。この後はカリストの工場に戻り、積荷を降ろす必要がある。
「兄弟、そこで……だ。もう一つ、依頼を受けちゃくれないか」
オザワが眉をハの字にし、懇願するような目を向けてくる。ぶっちゃけ、嫌な予感しかしない。
「カリストに帰るんだが……」
とはいえ、マフィアの幹部を目の前に「知りません、さようなら」と言える度胸はない。とりあえず話だけは聞くしかない。
「ああ、わかってる。だからこそだ」
オザワが膝に肘を置き、身を乗り出してくる。
「内容によるな」
「そりゃそうだな。依頼の内容は、亡命を……助けてほしいんだ」
「密航か?」
「いや、正式な亡命だ。ジュピター協商連合政府には話を通している。ただ……」
「ただ?」
「メインベルトに、協商連合の迎えを出せない。軍艦もパトロールも入ってこれないんだ。JCDBは軍の下請けだ、俺たちの天敵でもある。よってケレスに来ない……」
そこで言葉を切り、怜悧な視線をまっすぐぶつけてくる。本来なら軍や宙域保安隊が出迎えるような相手、つまりは要人……か。
「これ以上聞くなら、受けることが前提になるぜ」
その一言で、逃げ道が塞がれた。ここで「聞きたくない」なんて返せるはずもない
……まただ、この話し方の上手さ。まるで網に掛けられたようで、嵌められた気がしないでもない。
けど、これも傭兵の稼業のうち。むしろ、こうして直接依頼が舞い込むだけでも、恵まれていると言えるのかもしれない。
腹を括るしかない。不安を抱えながらも、続きを聞くことにした。




