第5話 衝撃の事実
スペースオペラっぽく書いていますが、あくまでご都合主義の三流娯楽作品です。
協商連合宇宙軍(ESF)・ジュピトルⅢ派遣隊第三ドック。
民間宇宙港よりもやや奥まった位置にある、軍専用の宇宙船ドック。その密閉型の中型船ドックに、乗艦、ムラサメが係留されている。
この世界に“生まれ変わって”から、今日でちょうど四カ月。
シミュレーションの後に声をかけられたあの日から一ヶ月。ついに今日、待ちに待った旅立ちの時がやって来た。与圧されたドック内の一室。乗員たちのために設けられた待機室には、最後の見送りに二人の男女が訪れていた。
目の前には、いつも穏やかな笑顔を絶やさなかった初老の男。そしてその隣に立つのは、初日から何度も世話になった、年増の美人科学者。研究熱心で、性的にも積極的。あざとくて挑発的で、でも、そういうところも含めてたまらなく魅力的な女性だった。
「さて、レイ君。いよいよお別れの時間だね」
微笑みながら声をかけてくる初老の男。この人には本当に世話になった。最初から最後まで、徹底して紳士的な人だ。
「せっかく、いい男を捕まえたと思ったのにねぇ……」
そう言って指先を唇に添え、切れ長の瞳で艶っぽくこちらを見つめてくる彼女。その視線には、いつも通りの小悪魔的な色気が満ちている。
あんたも――良い女だったよ。
もし妻になんかにしたら、間違いなく骨抜きにされて尻に敷かれる。そういう怖さはあったけど。
「はい……今まで、本当にありがとうございました。お二人と施設の皆さんのお力添えがなければ、きっとこの世界で途方に暮れていたことでしょう」
ほんと、ここの人達にはお世話になった。この世界で生きていくために必要な全てを、惜しみなく与えてくれたのだ。
「生活に必要な物は、艦にある君の部屋に運び込んであるよ」
やれやれ、最後まで抜かりがない。この人は本当に手際がいい。
「寂しくなるようなら、あたしの身体を元にしてドールでも作ってあげようかと思ったんだけどね?」
――ドール、つまりラ◯ドールのことだ。
前世でも随分リアルなものが出回っていたが、あれから五百年。技術はどこまで進化したんだろう。
一瞬、興味が湧いたのは事実だ。だが……さすがにちょっと。中身がオッサンな分、こういう時に無駄にプライドや羞恥心が出てしまう。
「……いや、それは結構です」
頼んでおけばよかったと、ほんのちょっとだけ後悔した。ほんと、ちょっとだからな!
「君の身分証や財産については、すべて体内に埋め込まれた生体チップに記録されている。確認してみるといい」
この世界では、カードも端末も必要ない。前世でスマホでやっていたようなことは、すべて体内チップと身体に埋め込まれた有機デバイスが担ってくれる。
(ステータス・オープン)
心の中でそう唱えると、まずは表示形式を問う確認画面が現れる。空中にホロパネルとして表示する「公開」と、自分の網膜上にだけ浮かべる「非公開」とを選べる仕様だ。とりあえず今は確認の意味も込めて、公開で表示させる。
表示内容も複数のテンプレートを設定できる。読み取り端末があれば、認証を経た上で必要な情報だけを共有する仕組みもあるらしい。とりあえず今は、自分の身分証と資産の残高を表示してみる。
名前:レイ・アサイ
性別:男
年齢:二〇歳
国籍:ジュピター協商連合
所持免許:
・一級宇宙艦船操縦免許
・一級総合通信士
・一級特殊電探技術士
・A級武器等所持免許
職業・所属:
・宇宙軍情報局 委託職員(非常勤)
・Z4S社 警備員A級/特戦パイロット
口座
ファイブスター・バンク
残高:五〇億クレジット
所有艦船
CB-019-MURASAME
識別Z4S-SA-0011
特級武装貨物船五〇〇メートル級
宇宙船の運転免許、一級は全長数キロを超えるような惑星間輸送貨物船まで操艦可能。
A級の武器所持免許があれば、軍用の小火器を含む装備の所持・携帯が認められる。
所属の“宇宙軍情報局委託職員”という肩書きは、非常勤ながら軍の情報部に繋がりのある立場を示していた。
その下の「Z4S」は民間軍事会社――いわゆるPMCだ。
警備員A級というのは、簡単に言えば傭兵のランクだる。A級からF級まであり、B級とA級は戦場へ派遣される精鋭の戦闘員だ。
特戦パイロットは、戦闘艦を操縦して戦うことが出来ることを表している。
所属しているからと言って、毎日出社して何かをしなければならないというわけではない。専属で会社員として働く者もいれば、籍を置いて身分の保証として使っていたり、他の仕事と掛け持ちしている者や、複数のPMCと契約しているような傭兵もいる。
ちなみにこのZ4Sという会社は、ただのPMCではない。
国から私掠行為――つまり、他国船や海賊に対する武力行使と拿捕を、公式に許可されている会社だ。
社内の規定に従う限り、他国の船を襲っても国内では罪にならない。もちろん、それ相応の危険と責任も伴うが……戦闘艦で仕事をするならあって困ることはない。
次に確認するのは、旅立ちに際して支給された全財産、五〇億。
前世の価値に換算するなら、およそ五〇〇億円に相当する。氷河期世代の底辺で暮らしていた頃から考えれば、目が飛び出しそうな大金だ。普通の人生なら一生遊んでなお、子供に十分な遺産を残してやれる額。
しかし問題は、今の“生活”が普通じゃないことだ。
乗艦である巡洋戦艦ムラサメ。
その装備のひとつ――例えば副砲が一基吹き飛べば、砲塔本体と装填・制御システム一式で億単位の修理費が飛ぶ。エンジンとパワーユニットの換装なんて話になれば、この金額ではぜんぜん足りない。
軍艦は金食い虫だ。とくにムラサメのような高性能艦ともなると、使用されているパーツはすべてが最新の軍用規格、民生品の十倍は下らない高級品だ。日常的なメンテナンスの費用だってバカにならない。
もちろん、これまでの経緯を考えれば、ある程度は国家が面倒を見てくれるのだろう。けれども、そういった支援がどこまで続くのかは未知数だし、現場ですぐに対応できる現金は持っておいた方がいい。
つまり五〇億なんて額は、決して少なくはないが、心もとない金額なのだ。
そして、最後に表示されたのは自分が所有する艦船の情報だった。
型番、艦名、そして識別コード。
CB-019が型式番号、MURASAMEは艦の名称。そしてZ4S-SA-0011という識別コードは、所属する軍事会社Z4Sの所属船であることを示している。対外的に船を識別するとき、例えば入出港時に管制を受ける場合はこの識別コードを使う。
コード内の“SA”はスペシャル・アタッカーの略。対艦戦闘が可能な戦闘艦クラスを表す略号。“0011”は、その中での一連番号――つまり、Z4Sに登録されている対艦戦闘艦の十一番艦という意味だ。
登録カテゴリは「武装貨物船」。
軍艦ではなく商船として登録されているのは、軍籍にある船じゃないからだ。民間船籍の武装船としてよく使われるのが、武装貨物船というカテゴリだ。商船の護衛任務などを主に請け負う中型以上の船は、殆どがこのカテゴリに登録している。
「とりあえずこれで十分だろう。まずは……そうだな、カリストⅨに行ってみるといい。あそこはメインベルトの採掘業者が集う、我が国で最大の拠点だ。軍の太陽系艦隊も常駐している」
メインベルト、なるほどねえ……
とりあえず座学で学んだ知識を辿る。
メインベルト――それは火星と木星の間に広がる小惑星帯の事で、他のアステロイドベルトと区別するためにメインベルトと呼ばれる。天体の数は、大小数百万とも言われるが、実数は未だに知れない。いずれの国の領域でもなく、国家による管理もされていない。
各企業が勝手に小惑星の採掘権を主張し、それぞれに私設警備艦隊を編成。縄張り争いをしながら自由に掘っている。目当ては鉄などの一般鉱物から、金などのレアメタル、コロニーでい使用される石材や、水なども資源扱いだ。
メインベルトには資源がある。しかし、条約により、いかなる国も進出できない。民間組織による、完全な自由競争によって成り立つ宙域。
大小さまざまな採掘業者が鎬を削り、企業傭兵、警備会社、未採掘小惑星で一発当てようと乗り込んでくるベンチャー採掘屋、私掠船、果ては宇宙海賊まで――あらゆる勢力が入り乱れて争う、暴力と混沌が拡がるフロンティアだ。
ちなみに、カリストⅨはその名の通り、木星の衛星カリストにちなんで名付けられたコロニーである。
「まあ、そうですよね。せっかくの戦闘艦ですし……。争いのない場所じゃ宝の持ち腐れですから」
「うむ。それに運送業より手っ取り早く稼げる上に、戦闘回数が多いほど詳細なデータが取れるからな。もちろん、持ち帰った戦闘データは情報部が買い取る」
初老の男が大きく頷き、笑顔を向けてくる。
平時に堂々と戦える環境は、各種兵器やシステムの実証データを取得するのに最適というわけだ。体を張るのはこっちなんだが……。
「気をつけて行ってらっしゃいね」
色っぽい声の持ち主、名残惜しそうに見つめる美人研究員。股間に視線を感じるのは気のせいだろうか。
「はい。本当に……いろいろとお世話になりました。ありがとうございました」
そう言って頭を下げると、初老の男がふっと笑って、こう言った。
「そうだな。こちらこそ妻が世話になったよ。いろいろとな」
――え?
男はまるでいたずらが成功した子供のように、こちらの顔を見ながら満足げに笑っている。何気ない一言のはずだったが、頭の中では警報が鳴り響いていた。
「えっ……妻って、まさか……?」
「そうさ。彼女は私の妻だよ。ずいぶん可愛がってくれたようだが」
「ええええぇぇぇっ!? いや、それは! す、すいませんでしたぁっ!!」
最後の最後で、とんでもない爆弾発言である。
いや、だって……こっちはチートな肉体と無尽蔵の性欲に任せて、あの年増の色気全開ボディにこれでもかと欲望を叩きつけたんだぞ?
毎回、息も絶え絶え、気絶すること数知れず、それこそボロ雑巾のようにしてしまったというのに……!
時代や文化を超えて有効な選択肢は――これしかない。
土下座一択である。
万国共通、世紀を越えて最大級の謝罪。
ジャンピング土下座を決めようと、両足に力を込めた――その刹那。
「まあまあ、待ちたまえ」
初老の男が手を軽くかざして制止する。その顔には、あいも変わらず柔らかな微笑み。この状況でその笑顔はマジで怖い。怒鳴りつけられる方がよっぽどマシだ。
「謝る必要はないよ、。あれは私がけしかけたのだから。君の“生殖能力”についても研究しておきたくてね」
……おい待て。それ、実験だったのか。
「それに、私と妻の間に肉体関係はない。彼女はああ見えて自由人でね。まあ、いつものことだ」
そう言って、初老の男は苦笑まじりに肩をすくめる。
「そうそう。君の生殖能力は、極めて正常だったよ。自信を持ちたまえ」
軽い口ぶりで、ぽん、と俺の肩を叩いてくる。あまりに爽やかで、よけいに罪悪感が増す
「は、ははは……ひょっとしてぇ?」
思わず言葉を濁す俺に、男はあっさりとうなずいた。
「うん。受精卵は二つ。しっかり人工子宮――インキュベーターの中で育っている。安心したまえ。我々の子として二人で育てるつもりだ。あとから面倒をかけることはない」
そう言って、まるで仕事の一区切りがついたような顔で微笑んだ。
……いやいやいや。
なにが「安心したまえ」だ。
ほんと、もう……乾いた笑いしか出てこない。
俺を生み出してくれた恩人とはいえ、よく考えたらこの夫婦、国際条約に反する研究をしていたマッドサイエンティストだもんな……。
普通じゃない。
もうこれ以上考えるのはやめておこう。
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