第48話 オークションの結果
「若頭のオザワさんに会いたい」
「失礼ですが、どちらさまで?」
出迎えたのは、角刈りに剃り込み。左側頭部には縫い跡が残り、右頬から唇にかけては深々とした切り傷。消そうと思えば簡単に消せるこの時代に、あえて傷を残しているあたり、筋金入りのヤクザを演出しているのだろう。
扉に掲げられた紋は三盛菱。ひし形を上と左右に三つ並べ、その下に収まる四つ目の菱の位置に、漢数字の「三」が刻まれている。どうやら渡された名刺の住所は本部事務所のものだったらしい。
「ムラサメのキャプテン、レイが会いに来たと伝えてくれ」
傷の男が背後に控える金髪とスキンヘッドに目配せすると、一人が無言で奥へ消えていった。
「お客人、どうぞこちらへ」
事務所の奥へと招き入れられ、右手のドアを開けると小さな会議室に通された。壁には古びた掛け軸、テーブルの上には灰皿。少し遅れて金髪が運んできたのは緑茶。湯呑みから立ちのぼる独特の香り、そして皿にはどら焼きが乗せられていた。
白いホイップが覗いている、ホイップあんのどら焼き……しかも、こしあんタイプ。これは中々にレアな一品ではなかろうか、普通ならば粒あんを使う。いやいや、そんなことでほっこりしている場合じゃない。
この日わざわざヤクザの事務所まで出向いた目的は、強行偵察の依頼の報告だ。サーシャは機嫌が完全に直っっておらず、船に残してきた。
「レイ。よくやってくれた。君なら必ずやり遂げると思っていたよ」
待つこと数分。傷顔の男がドアを押し開け、その背後からオザワが悠然と現れる。
「かなり危なかった、あれほどの規模だとは聞いてなかったぞ」
どら焼きに視線を落としたまま、顔も上げずに返す。
「それでも君は無事に帰って来た。」
オザワはそう言って対面に腰を下ろすと、傷顔の男に「同じものを」と短く告げた。
「ネメシスの巣……マザーを見つけるのはとても簡単だった。あんなものを見つけるくらい、誰にだってできる。なぜ、わざわざ俺たちに依頼したんだ」
「ん? 簡単……と言ったか?」
オザワは目元を僅かに吊り上げると、机の上に両肘をついて、組んだ指の上に顎を預けた。その眼差しは怜悧に細められ、鋭い威圧を放っていた。
「理由は言うまでもない。あれを見つけることは出来ても、我々の船では誰一人として生きて帰れない」
「確かに。あれは普通の船では振り切れないかもな」
そこへ金髪が茶とどら焼きを盆にのせて持ってくると、静かにオザワの前に並べた。
「あんホイップ、あんバター。レイはどっちが好きだ? 私はだんぜんホイップ派でね、こしあんタイプは知り合いの菓子舗に作らせたものだ」
そう言ってどら焼きを二つに割ると、半分を美味そうに一口で頬張った。
「俺はバター派だ……」
そう言って、アンホイップのどら焼きをひと口。続けて緑茶を啜る。少しぬるめの茶が、口の中に残った甘さをさらりと洗い流してくれる。
こいつら、わかってるな……
しかし、この問いで話の主導権を奪われた。やはりこの男、交渉術に長けている。
「偵察に出す以上、情報を持ち帰ってもらわねばならん」
そう言いながら、手にしたどら焼きの半分の断面をじっと見つめ、小さく息を吐く。そしてゆっくり顔を上げ、氷のように冷たい目でこちらを見据えた。
「このメインベルトに、あれ以上の船は存在しない。俺の知る限り……だがな」
なるほど。ハルの言う通り、このメインベルトにムラサメに匹敵する船は存在しないらしい。全ての国と裏でつながるこの男が言うのだ、間違いはあるまい。
「反物質エンジンだろ? あの船」
オザワは下から舐めるようにこちらを見上げ、口の端を吊り上げてにやりと笑った。
「なぜわかる」
「オタク……そう呼ばれる連中がいてな。あの船の後部にある可変スラスターとエンジンユニットの外装を見て、木星のIRRFに配備されている高速戦艦と同じだと言ったんだ」
IRRF――Interplanetary Rapid Response Fleet。
一般には「広域機動艦隊」と呼ばれているが、正確には”惑星間迅速展開艦隊”だ。
ジュピター協商連合宇宙軍の精鋭艦隊。広大な宇宙空間で即時展開するために、反物質エンジン搭載の高速艦で編成されている。火力も防御力も優秀で、主力が到着するまで戦線を維持するのが任務だ。場合によっては遅滞戦闘で敵に損耗を強いることも求められる。
侵攻作戦では、機動力の高い遊撃艦隊としての役割も併せ持つ。
余談だが、戦時にはこのIRRFに加え、太陽系艦隊や各衛星の軍管区所属の艦隊を統合し、連合艦隊(JCCF)が編成される。
「ネメシスの巣を見つけ、敵を振り切って生きて帰る。それが出来る船は……兄弟、お前のムラサメしかいないと思ったのさ」
「まて、俺はお前の兄弟になった覚えはないぞ」
ヤクザと兄弟分とか勘弁してくれ。思わず身を乗り出したところへ、再び金髪が部屋に入って来た。手にはなにやら、紙に包まれた円盤状のものをもっている。
「あんバターのどら焼きだ。粒あん……だがな。焼きたては上手いぞ」
何言ってんだこいつ……思わず目を見開いて、オザワを見ると、目はやたら鋭いが、目元を下げていたずらが成功した子供のように笑った。
「馴染みの菓子舗に作らせた……」
「さっきの今だぞ、随分と早いな」
「ああ、このビルの一階にあるんだ。俺だけが好みの菓子を食って、客人に我慢させたとあっちゃ組の名折れだからな」
ただの茶菓子ひとつで、そこまで意地を張る必要もないだろうに……この時代のヤクザは、なかなかに面倒な連中なのかもしれない。
「まあいい。偵察データはこの端末に記録してある。何なら、船から直接送っても良いが……」
「ああ、それはここで預かる。船から警備部にも送っといてくれ。報酬は確認次第送金する」
オザワは端末を受け取ると、静かに脇に置いた。ふと真面目な顔になり、姿勢を正す。
「掃討戦、手を貸してくれるんだろ?」
「ああ、乗り掛かった舟だ。否はない」
「助かる」
即答すると、机に額が付きそうなほど深く頭を下げた。
「おいおい、頭を上げてくれよ。ヤクザの若頭に頭を下げさせたなんて、後が怖い」
「大丈夫だ。失敗したところで、素人の指なんて取らんよ」
言われて思わず小指に視線を落とす……この時代にも指詰めとかあるのかよ。むしろ、そっちのほうに驚いた。
「よし! このデータを本部に送る。恐らく、ケレスの全組織上げての討伐部隊が編成されるはずだ。詳しいことが決まり次第連絡する、しばらくケレスに居るんだろ?」
オザワは端末を手に持って、軽く微笑んだ。
「まあな……ところで、若い女性が好みそうな土産があれば教えてほしいんだが」
「なんだ、あの美人社長と喧嘩でもしたか」
腕を組み少し考え込む仕草をしながら、オザワが探るような視線を向けて来た。
「喧嘩というほどじゃないけどね、少し怒らせてしまって……」
肩をすくめ、口元に薄く笑みを浮かべる。
「ならこう言っとけ、降ろしたパーツは二一億で売れたぞってな。手数料は一五%。出した瞬間、即売だ」
そう言って生体端末に、オークションの販売記録と明細が送られてきた。
「おお! これは良い知らせだ。彼女はキャッシュが大好きだからな」
これできっと、サーシャも機嫌を直してくれるはずだ。ホッと胸をなでおろした。
「あと、ここの一階でホイップあんのどら焼きを買っていくといい。こしあんはレアだからな。あんバターと合わせて作らせておく。金は要らねぇ、帰りに持って帰れ」
すぐさまコールボタンを押し、金髪を呼び出した。注文は一〇個ずつにするよう指示する。
「相手はアメリカ系だぞ?」
「ならば、和の神髄を教えるのがお前の役割だろうが、アサイの名は飾りか?」
オザワは肘をつき、指を組んだ上に顎を乗せて射抜くような視線を向けてくる。しかし口元は笑っていた。
「うーん。スシにマヨネーズ、ショーユをソイソースという女だからなぁ。ピーナッツバター・ホイップに化けるくらいのことはあるかもしれんぞ」
「そうなったら詫びを入れに来い。命までは取らん、タキイシに指を詰めさせる」
その言葉に思わず吹き出すと、オザワもつられて笑った。今ごろ、タキイシはどこかでくしゃみをしていることだろう……
さて、サーシャへの土産も用意できた。ネメシスの巣の全容も判明し、いよいよ本格的な戦いが始まる。今夜はサーシャの部屋を訪ねてみよう。売上金額を伝えれば入れてくれるはずだ……ああ、大丈夫だ……間違いなく……きっと。
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