第47話 強行偵察
この時代の軍艦は、モジュール設計の思想に基づいて建造されている。モジュール設計というのは、船を機能ごとに独立した部品”モジュール”に分けて設計・製造する方法だ。船体の基本フレームに、それぞれ別々に作られたモジュールを組み合わせ、一隻の艦を完成させる。
この方式の利点は非常に大きい。
たとえば、戦闘で損傷した場合でも壊れたモジュールだけを交換すれば、すぐに再出撃できる。極端な事を言えば、戦場の工作艦で損傷艦二隻で使えるモジュールを組み合わせ、一隻分を組み上げを素早く戦列に復帰させることさえ、理論上可能だ。
もちろん新たな機能を追加する場合も簡単だ。空いたスペースに専用のモジュールを搭載するだけでよく、オペレーティングシステムやフレームも共通化されているので互換性も問題ない。ムラサメは部分的に専用加工された箇所があるが、大部分がこのモジュール設計によって建造された艦だ。
「ハル。モジュールの状態はどうだ?」
「はい。SAW――シュヴァルツェ・アドラーの二五〇年型です。昨年発売されたモデルで、PMC向けの民政仕様ですが最新型の上位グレード。幾度か使用された形跡はありますが、品質は非常に良好です」
モジュールのサイズは三〇メートル四方。最大長一二メートル、高さ四メートルのOSE四機を整備・運用できるものだ。
翌日、積んでいたコルベットやレーザー砲などの積荷をすべて降ろし、丸一日をかけてモジュールの追加と、システムのセットアップが進められた。降ろしたものはもちろん、後にオークションに出品される予定だ。
たった一日で軍艦の艤装が完了してしまうのだから、未来技術おそるべしというほかない。モジュール化という設計思想のすばらしさと、それを実現してしまう技術力はさすが宇宙世紀だと感心する。
大型の戦術偵察型のOSEという新たな装備を搭載したムラサメは、翌々日にはケレス宙域を出て運用テストを行っていた。問題が無ければ、このままネメシスの巣を探すための偵察に出る。
「ターゲット補足。IFF情報取得、地球船籍、大手輸送会社の武装冷蔵コンテナ船。生鮮食料品の輸送業務に従事中」
メインモニタの右下に解析用のサブモニタが立ち上がり、OSEが収集したデータが途切れなく流れ込む。四機のOSEが各種センサーを総動員して解析した結果が、次々と表示されていった。
周辺宙域に散在する船舶は、船体規模から装甲厚、材質、確認された武装に至るまで、場合によっては積載貨物のスキャンデータまで詳細に解析されていた。小惑星であれば質量や成分構成、軌道要素が即座に算出され、ただのデブリでさえ「船体部品」「推進器残骸」「不明金属片」といった識別が与えられていく。
表示は一瞬たりとも止まらず、解析情報が奔流のようにモニタを埋めていく。
「ねえ、どんな感じ?」
「これは……そうですね、新しい性感帯を開発されたような気分です、サーシャ」
「何言ってんの、ハル。情報が多すぎてオーバーヒートしたんじゃない?」
「ふふふ……あなたも大人の階段を、あと二、三段ほど登ればこの高みにたどり着けるでしょう」
「はいはい。レイ、ハルが壊れた」
サーシャが肩をすくめ、困ったような顔を向けてくる。
「ハル、大丈夫か?」
「ええ、もちろんです。まず、OSEが量子レーダーの中継ポイントとなるために、索敵範囲が拡張されます。次に量子レーダーの探知精度が底上げされ、物質の影になる領域を角度を変えて索敵することが可能になります。さらに独立した偵察機としての遠隔運用に加え、レーザーポイント機能による精密照準射撃も可能となります」
「ほう……死角がなくなるってわけか。小惑星なんかの陰に隠れてる敵も見つけられるのかな」
キャプテンシートのアームレストに肘をかけ、身を乗り出すようにして、詳細な偵察情報が表示がされているモニタを見る。
「はい、まさにその通りです」
「つまり……初めてネメシスに遭遇した時にうけたみたいな、あんな奇襲を受けにくくなるってこと?」
「ええ、ええ。理解が深まってきましたねサーシャ。先生は嬉しいですよ」
褒められながらも、サーシャは難しい顔をしてこちらを見てきた。
「レイ。やっぱりハルが変だよ」
「……だそうだぞ? ハル。本当に大丈夫か?」
キャプテンシートに身を預け、天井に視線を向けた
「私は正常ですよ、失礼な。それとキャプテン、とにかくセンサー性能が桁違いです。動力を切ってデブリに紛れている相手でも、広域スキャンで遠距離から発見できます」
「民生品でこれなら、軍用はどれほどなんだろうな」
「それはぜひ! 四室のマクシミリアン中佐に直訴すべきです、最優先で!」
高性能OSEを四機飛ばし、索敵シミュレーションを繰り返している最中だが――どうにもハルのテンションがおかしい。
「やけにハイになってるように感じるが……既存システムへの干渉とかはないのか?」
「ああ、私のテンションを心配しているのですね」
「そうよ、ハル。絶対おかしい」
サーシャが食い気味に突っ込む。
「例えるなら……遠くの看板がいつもは読めそうで読めないのに、スコープをかけた途端はっきり文字が見える。見える範囲が広がる、世界が一気に広がる感覚です」
「ふむ、確かにそれは気分がいいな」
「でしょう? サーシャ向けに言うなら……あと少し長ければ届くのに! というもどかしさを感じているところへ、あと三センチ――」
「こらぁぁぁっ! なんであたしの例えだけ下品になるのよ!」
サーシャが立ち上がるや否や、グレープフルーツ果汁グミのパッケージが飛んできた。
「レイ! あんたのせいだからね! AIに何を吹き込んでんのよ!」
「いや、俺は別に……」
「AIは飼い主に似るのです」
「はぁぁぁぁーーー……」サーシャは大きくため息をつくと、すっと立ち上がり、無重力にふわりと浮かび上がる。そのまま無言でブリッジの扉へ向かった。
「サーシャ、どこ行くの?」
「バスルーム。熱い湯に浸かってくるわ。しばらく戻らないから」
振り返った顔は能面のように冷たく、ただ目の奥だけが怒りに燃えていた。
「それと、レイ。今日は部屋に来ないでね」
ブリッジの扉が音もなく締まり、中には静けさと宙を漂うグミのパッケージが残された。
扉が音もなく閉じ、ブリッジには静けさと、宙を漂う空のグミパッケージだけが残った。
「……ハル。何度も言うけど、やりすぎ」
「申し訳ありません、キャプテン。反応があまりに可愛くて、つい弄りすぎました」
「ご機嫌取り……考えなきゃな」
「そうですね」
「現金か……」
「一番効果的かもしれません」
「はぁぁ……」
「はいぃ……」
こうして、新たに追加されたモジュール――戦術偵察OSEの運用テストを終えたムラサメは、ネメシスのマザーが潜む巣を探すため、ケレス宙域を離れた。
「ソルジャーの目撃情報があった地点をマークしてくれ」
「了解しました」
球形の立体俯瞰モニターに目標地点が表示され、船の位置からターゲットまでのルートが立体的に描き出される。
「距離三八〇EU、方位三六度、上下角マイナス二・一」
ハルが正確に目標までの距離と方位を報告する。
「両舷前進、三航速。取舵三〇、上下角マイナス二・一」
「よーそろー。目標まで約二時間、オートパイロットオン」
「アレス待機解除。戦闘準備」
ブリッジの照明が落とされ、警告灯の鮮やかなブルーが濃く光る。窓を覆う装甲版がせり上がり、各計器から漏れる光と警告灯のブルーが入り混じり、白色灯で明るく照らされていたブリッジは幻想的で緊張感に満ちた空間に変わった。
「各システムオンライン。主砲展開、射撃準備よし」
火器管制パネルが立ち上がり、全ての兵装がグリーンからオレンジの "Ready" に切り替わる。
「ハル。ケレスと同じような公転軌道の小惑星は、どれくらいあるんだ?」
「大きなものだとパラスですね。地球連邦が拠点を置いています。その他、小さなものはかなりの数に上ります。正確な数は……不明です」
ケレスの近くということは、ケレスの公転軌道付近にあり、だいたい近しい周期で太陽を周っていることになる。
「目標地点まで三〇EU。戦術OSE、全機発進」
幅一二メートルの平べったい、エイのような形状をした無人機が四機、ムラサメの後部から射出され、青白い噴射光を引きながら静かに遠ざかっていく。
「さて……どこに潜んでいるのかな、ネメシスは」
「見つけるだけなら、すぐだと思われます。キャプテン」
思わず漏れた呟きに、ハルはあっけなく返答した。
「ん? どういうことだ?」
「はい。ネメシスのマザーは小惑星をくり抜く、あるいは偽装していると思われます。ただ、あのOSEは小惑星の成分構成まで解析可能です」
「あ、なるほど」
「はい。そして、既に発見しました。マザーは主砲射程内にあります」
「やれそうか?」
「無理です。撤退を強く進言します」
球形の立体モニターに、ネメシスの巣――マザーが MOM としてマーキングされる。その背後には百を超えるネメシス艦の影がびっしりと広がり、圧倒的な戦力の密集を視覚的に示していた。マザーの影に隠れることで、量子レーダーによる索敵から逃れていたのだ。OSEが無ければ、死地に飛び込んでいた可能性がある。
「クソッ! 前部スラスター、最大噴射! OSEを回収して反転するぞ!」
慣性で身体がつんのめるように前に流れ、シートベルトが体に食い込む。
「主砲発射! マザーに向けて撃ちまくる!」
「敵の数が判明しました。確認できただけで二八三体です。中型のソルジャー級は少なく、五〇〇メートル前後のクラスは三四。ほとんどは一〇〇メートル程度のコルベットクラスです」
四本の太いレーザー光が前方に奔ると、その先で小さな爆発が幾つも弾けた。光学センサーの映像では、ネメシスの艦がマザーの盾となって次々と破壊されている。
「OSE、回収完了」
「よしっ! 一八〇度反転、最大戦速! 全力で逃げるぞ!」
たちまち一〇〇を超える光点がマザーから離れ、追撃してくる。最高速なら勝てる……が、ムラサメの速度が上がりきるまでに追いつかれるとまずい。
一〇〇隻以上って――勘弁してくれ。
「さすがにこの数に囲まれると不味いな……」
「はい。一発は大したことはありませんが、さすがにこの数で囲まれるとシールドがもちません」
緊張に包まれるブリッジ。ムラサメのエンジンは限界を超えて出力を上げ、全速力で宙域からの離脱を図る。
「ちょっと! レイ! なにやってんのよ下手くそ! 風呂場で頭をぶつけたじゃない!」
SSIN――艦内通信ネットワークを通じ、緊急チャンネルでサーシャの声が響いた。
「キャプテン、給湯装置の電源をカットしてもよろしいでしょうか……」
「ハル。それはやめてあげて」
後が怖い――という言葉を、そっと飲み込んだ。
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