第46話 助っ人依頼
ネオンが輝く歓楽街。路地には女が立ち、表通りには店の呼び込みが並ぶ。歩道からあふれるほどの人々で、街は熱気に包まれていた。
その中心にある大通りを、黒塗りのロングリムジンが颯爽と走る。欲望に身を任せる者と、金のために身を削る者たち。そんな喧騒の中で、ひときわ大きく豪華なビルの前に滑り込むように停車した。
ドアが開き、エスコートの男に手を引かれ降り立ったのは、金髪を緩やかになびかせた絶世の美女。周囲の視線が一斉に集まり、どよめきが上がる。続いて現れたのは、アッシュグレイの髪に少しオリエンタルな風貌を持ち、二メートル近い長身と、格闘家のように鍛え上げられた肉体を誇るハンサム――サーシャとレイだった。
横では、黒髪を結い上げたアジア風の美女がグラスに氷を入れ、酒を注ぎ、水で割っている。オザワとタキイシ、そしてサーシャとレイが座るソファの間には、あでやかなドレスに身を包んだ美女が侍っていた。
「サーシャ社長。申し訳ない。まさか女性が来るとは思わなかった」
表情に乏しい顔で頭を下げたのは、ワカガシラのオザワだった。
「いいのよ。だって、こんな高級そうなお店……二度と来ることはなさそうだもの」
サーシャは氷の器に盛られたフルーツを一つ摘み、口に放り込みながら答えた。店内は貸し切りで、他に客の姿はない。ゆったりとしたクラシックピアノの旋律が流れ、腰までスリットの入った青いドレス姿の美女が、ハスキーな声でしっとりと歌っている。
「では、女将。少し外してくれるか。大事な話がある」
長い睫毛に縁どられ、儚く哀愁を宿した瞳に思わず魅入られる、薄幸の美人……まさにそれだ。オザワの言葉の後、黒髪の女性が流すように俺のほうへ視線を向ける。その色気に、思わずドキッとした。
その瞬間、ドン――左足に強い衝撃が走る。サーシャが足を大きく上げ、そのまま踵で強く踏みつけたのだ。
「いてっ」
思わず声を上げると、それを見た黒髪の女性はふっと柔らかく笑みを浮かべる。そのままオザワに軽く頭を下げ、他の女性たちとともに席を立った。歌はいつの間にか終わり、緩やかなメロディのピアノだけが、つつましく流れていた。
「色目を使われて、デレてんじゃないわよ」
「ごめん……」
左手を伸ばし、痛むつま先をさする。
「車の中でも話したが、おたくらの荷物を我々のルートでオークションに流す。その件は了解した。タキイシに任せるから、そちらで調整してくれ」
「やけにあっさりだね」
伺う様に目を覗き込むと、オザワの怜悧な目はそのままに、口の端が僅かに上がった。きっと笑っているのだろう。
「ああ。我々にとって何のリスクも無い。ただ持ち込まれた商品を、既存のルートで出品するだけだ」
そう言ってグラスを持ち上げ、軽く口をつける。
「多少の手間はかかるが、それを十分に賄えるだけの利益も見込める。むしろ断る理由が無い」
そのままグラスを回すと、氷がカランと音を立てた。
「それと……」
そう言ってスーツの内ポケットに手を入れ、虹色に輝くプレートを目の前に差し出してきた。
「小切手だ。五〇万クレジット。救助の謝礼として、収めてくれ」
まあ、妥当な額だ。
「ああ、有難く頂戴する」
手を伸ばしてプレートを取ると、生体端末が自動でスキャンした。確かに五〇万クレジットの小切手だ。入金するかと問われ、イエスと答えると即座に口座へと反映された。
「それと、次はこちらからの相談だ……いま、腕の立つ兵隊を集めている。俺たちは宇宙海賊だからな、PMCや企業は頼れない」
心の奥まで見透かされているような、オザワの冷たい視線が向けられる。
「俺もPMCに所属しているが?」
「確かに……だが、他とも自由に契約できる立場だろう。サルベージ屋をやれる程度には」
さて、何をさせようというのか。サーシャに視線を向けると、心配そうな顔で見返してきた。だからといって、いきなり断れるような空気でもない。さすが若頭だけあって、話のもって行き方が上手い。
「理由を聞こう」
聞く姿勢を見せると、オザワの視線がわずかに緩んだ。ポーカーフェイスの奥で、細かい表情や動きが微かに揺れる。注意深く観察していれば、意外と読み取れるものだ。
「ネメシスだ。最近、このケレス周辺でソルジャーを見たという報告がある」
「ソルジャーだって……? それって……」
「ああ、ネメシスの巣だ。マザーが近くにいる可能性がある。まだ確証はないがな、あくまで噂だ」
ネメシス――敵性自己知性体。
無人機の発展と自律型AIの進化、その果てに生まれた人工生命体。彼らは蟻のような群体を形成し、それぞれが役割を持って巣を維持する。
製造母体となるマザー。その内部で次々と個体を生み出すワーカー。拠点を守るソルジャー。餌となる機械を狩るリーパー。部品を拾い集めるスカベンジャー。数百から数千の個体が連携し、一つの巣を築き上げている。
「ネメシスなら、国際協定に基づいて国軍が出動するんじゃないの?」
サーシャが身を乗り出して問いかける。
「それは無理だ。ここはメインベルトだぞ。太陽系平和憲章がある限り、どんな理由があっても正規軍は動かない」
「そんな……」
静かに首を振って答える。そこでオザワが言葉を継いだ。
「そうだ。軍は来ない。そしてPMCの傭兵どもも、我々マフィアの力を削って、このケレスの支配権を奪おうと狙っている」
「なるほど、そういうことか」
マフィアの手駒は宇宙海賊だ。民間レベルで見ると、数も装備も揃ってはいる。だが、それで普通であれば正規軍が受け持つはずの、ネメシスの巣を叩こうというのだ。軍艦として建造されたムラサメを見れば、手を貸してもらえないかと声を掛けられるのも当然だろう。
オザワの話をまとめれば――ネメシスによる被害は、まだ表に出ていない。つまり、巣は小さい。今は人間の目を避けながら、少しずつ個体を増やしている段階だろう。だからこそ、手遅れになる前に叩いておきたい。
ただし、敵の実態はいまだ不明。その確認のために、まずは俺たちに強行偵察を任せたいという。もちろん偵察だけで済むはずもない。偵察後の掃討戦への参加まで見込んだ依頼だ。どちらにしても、敵情が掴めなければこちらも動きようがない……
要は、そういう話だった。
確かに、それが事実なら看過できない。これからメインベルト、しかもケレスを拠点の一つにするつもりでいる以上、他人事では済まされない。
「わかった。偵察任務は引き受けよう。戦術偵察OSE、それを運用できるモジュールを貸してくれ」
「ちょっ、レイ!」
驚いたように、サーシャがこちらを見る。
「サーシャ、これは放置できない。ケレスが独立した自由都市であることは、俺たちにとってもメリットのある話だ。それに、多少の危険を冒してでも恩を売る価値はある」
「だからって、相手はネメシスの巣よ?」
「大丈夫だ。ムラサメが本気で逃げれば、ネメシスだってそうそう追いつけるものじゃない。ソルジャーは巣から遠く離れてまで出てこないし、追いついてきたリーパーを各個撃破するくらいなら十分返り討ちにできる」
不安げに揺れるサーシャの眼を見返し、ほんのわずかに頷いた。声には出さずとも――「大丈夫だ、俺を信じろ」と伝わるように。
「それともう一つ、条件がある」
椅子の背に寄りかかり、両手の指を絡み合わせる。息を一つ整えて、少し声を低くして続けた。
「これは絶対だ。もし破られたなら、次にあなたたちと関わるのは……宇宙海賊を狩るときだ」
オザワの眉がぴくりと動く。
「条件?」
「ムラサメの性能、主に武装についてだ」
あえて言葉を切り、少し間を開ける。目を細め、じっと相手を見つめる。
「目にしたものを、口外しないでほしい」
一瞬の沈黙。オザワは背筋を伸ばし、視線をまっすぐ返してきた。
「了解した。我々はそういう組織だ。守るべき秘密は、命に代えても守る」
目の前の男は真っすぐで実直、まるで前世で観た任侠映画に出てくるような人物だ。だが、その正体はおそらく表裏比興 、表も裏も持つ狡猾な男だろう。それでも今は、この男を信じてみたいと思っている自分がいた。
おそらく、オザワの交渉術に乗せられているのだろう。
「よし、交渉成立だ。で、いつ出発する?」
「できるだけ早く」
「了解した。まずは荷降ろし。準備が出来次第、出よう。」
口元を軽く上げ、右手を差し出すと、オザワは力強く握り返してきた。真っすぐ冷たい視線を向けられるが、わずかに目じりが下がっていた。
「ちょっと! レイ! あんた、報酬の話してないじゃない」
そんな男同士の沈黙を、サーシャの一声が切り裂いた。
「あ、忘れてた」
「あんたほんっと抜けてるわね。いい、あたしはあんたのプロポーズは受けたけど、貧乏人と一緒になる気はないから。金の切れ目は縁の切れ目、頭に叩き込んどきなさい」
「わかってるって……」
頭をかきながら愛想笑いでごまかすと、今度はオザワが声を出して笑った。その様子を見たサーシャは、きょとんとした表情でこちらに振り向く。
「この人、笑えたんだ」
「だからぁ、そういうことは本人の前で言うなって。今までサーシャの不用意な一言で、何度危ない目にあったと思ってんだ」
「あっ! ごめんなさいね」
美人が舌を出して笑う。サーシャの姿があまりに可愛く、滑稽で……タキイシとオザワが腹を抱えて笑っていた。
このあとオザワはママを呼び戻し、美女たちが席に侍る。積荷をオークションに出品する具体的な話や、ケレスの様々なことについて話が続いていく。意外にも、オザワは気を許した相手の前では饒舌になるようだ。そして、サーシャが酒に弱いことも判明。これは覚えておくべきだろう。
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