第44話 取引の誘い
メインベルトを航行中だった土星圏を支配する封建国家――ザルチュン王国船籍の船が、マフィアの組織した宇宙海賊に襲われていた。もちろん助ける義理なんてない。無視して目的地へ向かうつもりだったが……結局、海賊船団のほうがあっけなく敗北。そこから救難信号が飛んできた。
遭難者を見捨てるのもさすがに後味が悪い。性懲りもなくお人好しを発揮して救助に向かい、無事に救助ポッドを回収したのだが――出てきたのは、いかにも古風なヤクザ、タキイシと名乗る男だった。
「危ねぇところを助けてもらった。あんたは命の恩人だ、恩に着るぜ。ケレスに戻れたら、必ず礼はさせてもらう」
「いや、その、特に礼は必要ないかな……遭難者を救助するのは宇宙船乗りの仁義だし、ちょうどケレスに向かう途中だったしね」
長テーブルを挟み、タキイシとは端と端、三メートルほどの距離を取って座っていた。万が一何かがあっても対処できる間合いだ。
「ほう……若いのに“仁義”をわきまえてるたぁ、大した御仁だ。でなきゃ俺みたいな半端者、今頃は宇宙の藻屑になってただろうな」
タキイシは終始笑顔で、その手はテーブルの上に置かれたままだ。両手を見える場所に出すことで、抵抗の意思がないと示しているのだろう。
「いやまあ、そんな大したものじゃない。ただ、困ってる人間を放っておくのが嫌なだけさ」
視線をそらさず、まっすぐに相手の目を見て言う。
「いや、それだよ。それが仁義ってもんだ。自然にできるってだけで立派な男だぜ。ひょっとしたら、大親分の素質があるかもしれねぇな」
喉をくつくつ鳴らして笑うが、眼光は笑っていない。
「いらないよ、そんなもの」
眉をひそめ、肩をすくめてみせた。
「ところで、さっきの話だが……ケレスで商売をしようってんなら、俺も力になれるかもしれんぞ」
少し前に、ケレスで取引先を探していることを軽く話した。勿論内容については伏せてたが。すると、タキイシは机の上で指を組んで親指をしきりに動かし、真剣な表情で言った。
「ケレスはマフィアが支配する都市――いや、人口と規模を考えりゃ、もはや国家と呼んでも差し支えない。そこでは……マフィアこそが政府であり、行政そのものだ」
たしかにこのメインベルトは特殊だ。国家が影響力を行使することが国際憲章で禁じられており、宙域を支配しているのは完全に民間組織による自由競争、つまり弱肉強食の法則だ。
その中で最大の都市、ケレスには五億もの人々が暮らす巨大コロニーがある。直径一〇〇〇キロの準惑星の赤道上を公転し、その地表には広大な採掘プラントと工業地帯が連なっている。人口と経済、その規模からいえば、もはや一つの国と呼んでも差し支えない。
そして、ここで政権を担い、政治を行っているのは……マフィアが連合した互助会だ。
「ケレスのマフィアは、他所のそれとは違う。ただの反社会組織じゃなく、独立した経済、そして政治を動かしている組織なんだ。それを踏まえて、話をしようじゃないか」
「なるほど……了解した。話を聞こう」
拳銃のスライドを引いて固定すると、薬室に装填された銃弾を取り出す。机にその銃弾を縦に置くと、スライドを戻してセーフティーレバーを”ア”にあわせて机に置く――“ア”は安全の意味だ。脇に抱えた小銃も、セーフティーを安全位置に戻した。
「しびれるねぇ。実包かよ」
「小銃はレーザーだがな。どっちにも長所と短所がある。だから念のために持ってきた」
軽く銃床を叩くと、タキイシは「そうかい」と呟き、頷いた。
「よし。なら、事情の説明からだな。まず俺たちが戦っていた理由……それは、組織としてケジメを取るためだった」
「ケジメ?」
「ああ、あいつら……デリヘル荒らしだ」
「デリヘル?」
「端末で呼び出された場所へ、売春婦をデリバリーするサービスさ」
「いや、知ってはいるが……」
そこでタキイシの眼がすっと細くなる。
「あいつら、一人客だと偽ってウチの女を呼び出し、八人でボロボロになるまで“まわし”やがった」
「そいつは……」
タキイシは机の上で拳に力を込め、腕の血管が浮き上がる。
「暴力的な遊びなんて生易しいものじゃねぇ。女は瀕死の重傷、今も意識不明だ。薬で神経までやられちまって、意識が戻ったところで、まともな商品にならねぇ」
一気に言い切ると、込み上げる怒りを飲み込むように大きく息を吸い、肩の力を抜いて呼吸を整えた。
「ヒットエンドランっていうんだ。ウチは独立した自由都市、悪さをしても他国で手配されるわけじゃねぇ。だから、悪さをしてスグ逃げる――いわゆる、犯罪のやり逃げさ」
そう言えば、前世でも外国人犯罪者がよく使った手口だ。換金性の高い貴金属や宝飾店、高級時計店を襲い、手配される前に空港から逃げ去る。入国審査の指紋をシリコンなどで偽造して、戸籍と名を変えて何度も入国する連中がいるなんて話もあった。
「今回は上手く出港時に網にかかったからな。追いかけてケジメを取ろうとしたら……邪魔が入った」
「そうか。そいつは大変だったな。同情する」
そんな犯罪が、まだこの未来でも通用してしまうのか。IDの偽装技術もイタチごっこだというし、金さえあれば見た目だって完全な別人にできる時代だ。
「ああ。まあ、下手を打っちまったもんはしょうがねぇ。親分に詫びを入れるしかねぇな……こっぴどく叱られるだろうが、そんなのはいつものことさ」
そう言ってタキイシは天井を見上げ、目を閉じた。静かに呼吸を整え、しばらくそのまま動かずにいた。
「で、あんたはケレスくんだりまで来て、いったい何の商売をしようとしてるんだ?」
やがて、ふっと肩の力を抜き、吹っ切れたように笑顔をこちらに向けてきた。
「ああ、船のパーツを売ろうと思ってね」
「あのカーゴスペースに積んでるやつかよ」
「ああ、そうだ」
タキイシは驚いた表情で机に両手をつき、体を前に乗り出す。
「ちょっと待て。そもそもこんなすげぇ船を乗り回して……あんた、いったい何者なんだ?」
「サルベージャーさ」
「はぁ? サルベージャー?」
この宇宙では、サルベージャーの地位は高くない。いわゆる3K職場で、儲けもたかが知れてる。だから意外な答えだったのだろう。タキイシは口を少し開き、目を丸くした。
「この船で傭兵稼業をやりながら、サルベージ会社との専属チャーター契約も結んでいる」
口の端を軽く吊り上げ、微笑む。
「カーゴスペースにあったのは、この前の戦いで鹵獲した船と、撃破して回収したパーツだ」
その答えにタキイシは思わず吹き出し、腹を抱えて笑った。
「あはははは! そいつはすげぇ、軍艦乗りのサルベージャーなんて前代未聞だぜ。なら、そのパーツと中古船の取り扱い、俺たちに仕切らせちゃもらえねぇか」
「どういうことだ?」
すると、タキイシはケレスの武器流通の事情についての説明を始めた。
ケレスはいずれの国にも属していない。“海賊”と呼ばれるほど反社会性の高い組織の連合体だ。当然、武器の開発力や生産能力は国家に比べれば圧倒的に劣る。そのため、武器や船は外部から調達するしかなく、組織力と資金力の優劣は、調達できる兵装の質と量の差として表れる。
それが抗争の火種となるのだ。
組織が一枚岩でなければ、国の力を背景にした余所者や傭兵組織の介入する隙を生む。しかし、それだけは避けなければならない。
そこで、ケレスを統治する各組織は協定を結び、武器の直接購入を禁止した。その代わり、共同出資で設立された会社が主催する市場を通じ、加盟する全ての事業者がオークション形式で武器を売買できる仕組みを作った。前世で言えば、中古車オークションのようなものだ。
それでももちろん資金力によって差は出るが、少なくともすべての組織が平等に優れた武器を手に入れる機会を得られるのだ。
「ちなみにウチの組織の上、マッケル・ザハヴはユダヤ系でね。ケレスでは最大の組織さ。もちろん市場に出品することも、ウチの組なら可能だ」
タキイシが机に右ひじをつき、左手を背もたれに当て、半身で前のめりになる。
「タダじゃないんだろ?」
「もちろんだ、手数料は貰う。それでも、仲介業者に出すよりはかなり儲けが出るはずだ。オークション加盟業者になるには、後ろ盾が必要なんだ。誰でもなれる訳じゃねぇ。すると、仲介料と後ろ盾の組に支払う手数料とで、二重に金がかかるのさ」
なるほど……ここでコネを作れれば、全くの白紙で飛び込むより遥かにスムーズに事が運ぶかもしれない。ただ、どこまで信用していいかは分からない。
「しかし、その内容じゃ信用できないな。俺はあなたの命の恩人ではあるのだろうけど、だからといって、そんな理由で組という組織が動いてくれるとは思えない」
「そりゃそうだ。何の旨味もなしにそんな話をしても、信用してもらえないだろう。けどな……あれ、軍の払い下げだろ?」
タキイシはひと呼吸置き、表情を引き締めて言った。
「上質な武器を集められる奴が、どれほどいると思う。ほとんどは軍用品の劣化版、民政用にダウングレードされた――いわゆるモンキーモデルだ。型落ちでも正規軍が使うフルスペックのコマンドモデルなんて、そうそう見かけるもんじゃねえ」
「なるほど……利害の一致こそが、最大の信用を生むわけだ」
「そういう事だ。価格は段違いだし、手数料も膨大だ。何より、正規品の入手ルートを組が押さえられる。それだけで、組の貫目も上がるってもんだ」
タキイシは軽く椅子に腰を沈め、両手を机の上で組む。この男、幹部だけあって腕っぷしだけじゃない。交渉力もなかなかのものじゃないか。
「俺たちは裏の仕事ばかりやってるわけじゃねぇ。ちゃんと地に足のついた、まっとうな商売もやってんだ」
その一言が決め手だった。頭の中でこれまでの情報を整理する。まだ完全には信用できない――けど、背中を押された気がした。
ハルとサーシャに相談した結果にもよるが、この件はタキイシに任せてみたいと思う。少しずつ状況を動かしていくしかない――そう、心の中で決めた瞬間だった。
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