第40話 エクスギア作業ロボット
「両舷減速、前進最微速。取舵一五、上下角マイナス一〇」
ガリレオ衛星。一六一〇年にイタリアの天文学者、ガリレオ・ガリレイによって発見された、木星の主要衛星。イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト、四つの内で最も外側を周る衛星がカリストだ。ここにサーシャが代表を継ぎ、俺もその役員として名を連ねる宇宙デブリ回収業者クラフトン商会の工場がある。
「キャプテン、隔壁の解放を確認。着陸誘導シグナル、オールグリーン」
ハルの声を受けて外部モニターで工場の隔壁の解放を目視確認、キャプテンシート前面に展開された操舵パネルと各種計器を確認する。
「よし、エンジン両舷停止、シールド解除。着陸態勢に入る」
「了解しました。ILS誤差角ゼロ、姿勢傾斜角ゼロ。垂直降下開始、よーそろー」
三〇〇〇メートル級の貨物船まで収容可能な、クラフトン商会の工場ドック。 やがて内部から二隻のタグボートが姿を現し、ムラサメに接舷する。牽引索を伸ばし、小さな船体には不釣り合いなほどの巨大スラスターを噴かしながら、姿勢を細かく修正していく。やがてムラサメの巨体は、船台の定位置に吸い込まれるように収まった。
「ムラサメ、ランディング」
ハルの落ち着いた声が、着陸完了を告げる。
「アームロック、固定確認」
船外カメラの映像に、巨大な金属製アームが船体をがっちりと掴む様子が映る。ムラサメは船台に固定され、この後、隔壁が閉じられて与圧が完了すれば降りられる。
「カーゴハッチ右一番・五番、左六番・一〇番を解放。合わせて後部ハッチも開放します」
ハルのナビゲーションに従い、ムラサメのカーゴスペースに設けられた巨大なハッチが静かに動き出す。重厚な金属音と共に外殻が開いてく姿が、外部カメラの映像に映し出された。
同時に、ムラサメに搭載している作業ポッドをさらに大型化したような無人作業ロボットが四機、六本の脚を動かしながら接近してきた。胴体からは四本の太いアームが伸びている。精密作業やレーザー切断を担う小型アーム備え、 巨大な躯体に不釣り合いなほど器用な動きを見せながら、ムラサメ艦尾に整列した。
そのシルエットは――まるで四本腕のカニ。
これらの無人作業ロボットは、限定的な環境下で自立行動が可能になるよう設計されていた。AIを搭載し、自ら状況を判断して思考を巡らせると同時に、人間との簡単なコミュニケーションもこなす。
「レッド! 先に後ろからだ! ブルーとイエローも連れて行け!」
「ワカリマシタ、オヤカタ。ブル、イエロ、コッチダ」
ドックのハッチが開くと、二十以上の車輪に支えられた低重心の重量運搬輸送車が三台並んで入ってきた。その中から、髭面でスキンヘッドの中年男が降り、無人作業ロボットたちに指示を飛ばす。
「あ! レイ! あの人が資材部のタロー・コバヤシ。覚えといてね。荷物を下ろす責任者だから」
外部カメラがズームされ、大きく映し出された男をサーシャが指さす。
「なんか、サーシャの会社ってゴツい人が多いね」
「そりゃそうよ。宇宙ゴミの回収なんて、ホワイトな人たちがやる仕事じゃないんだから」
「それもそうか」
そうだよな、前世でも産廃業者なんかはちょっと怖い人が多かった。
「よし! レイ! 降りるよ!」
勢いよく立ち上がり、二歩、三歩――半ば飛ぶようにしてキャプテンシートへ向かってくるサーシャ。
「ああ、行こうか」
差し出された手を取ると、自然と並んでブリッジの扉の前へ。
「ハル。船は任せた」
「了解、キャプテン。お任せください」
ハルの返事を背に、廊下のハンドルを握る。二人は移動装置に牽引され、滑る様に廊下を進む。エレベーターでフロアを移動し、乗降ハッチへ向かう。そこから二人腕を組んで船外へ出た。
「お嬢!」
「コバヤシさん! ただいま!」
サーシャは挨拶を交わすと、コバヤシと軽く抱き合い、肩を叩き合う。すぐさま体を離してこちらを見ると、右手でこっちを差した。
「このムラサメのキャプテン、レイ・アサイよ! 私の命の恩人で、会社の恩人でもあるわ」
「でもって、お嬢の彼氏さんでね。コバヤシです。この度はいろいろとありがとうございました。今後とも、このお嬢をよろしくお願いします」
東洋系の風貌、スキンヘッドに口ひげという如何にも組関係者めいた姿だが、とても礼儀正しい人物だった。みたところ、刺青もなさそうだ。
「レイです。コバヤシさん。これからお世話になります」
そう言って右手を差し出すと、しっかりと握り返してきた。
軽く挨拶を交わすと、さっそく荷下ろしの現場へ向かう。目の前には全長480メートルの巨艦が聳えていた。前世で最大とされる軍艦、アメリカの原子力空母よりも全長で100メートル以上長い。しかも喫水線下に沈む部分ががなく、その高さも圧巻の一言だ。
巨大な金属製の軍艦、改めてその威容に圧倒される。
「しかし凄い船ですな。この辺りは宇宙軍の太陽系艦隊が駐留している関係で、新型艦もよく見かけますが……こんな船は見たことがありません」
「ええ。軍情報部から各種兵器の性能試験を請け負っていますから。そのための専用艦と考えてもらえれば」
「そういえば、情報部と繋がりのある傭兵という肩書でしたな」
「ええ」
船を見上げながら、二人並んで会話を交わす。初対面とはいえ、まずは無難な話題でコミュニケーションを図る。名前の通り非常に日本人的で距離感を取りやすく、柔らかい印象の相手だと感じた。
「そのコルベットは後だ! 先に上の装甲板から降ろせ!」
「ソウコウカラオロセ! イエロ! ブル! サンテンデモツヨ」
「エー! グリンモヨンデ、ヨンテンニシタホウガヨクナイ?」
「サンセイ! ヨンテン、アンゼン、オススメ!」
作業員の指示に対し、ロボットたちが会話しながら作業を進めていく。
「ジョニー! グリンモヨンダホウガイイッテ」
どうやらレッドがロボットたちのリーダー格のようだ。
「グリーン! ちょっとこっちを手伝ってやれ」
「ハイハイー! チョットマッテネ、コレヲオロシタラスグイク」
子供のような甲高い声でやり取りするロボットたち。横幅は約一〇メートル、なかなかの大きさだ。
「ずいぶん愛嬌のある連中だな」
「でしょ! これね、“エクスギア”っていうの。クラッシャーのお金で買っちゃった。完全無重力下では足の付いた下部を切り離して浮遊モードにできるのよ、結構高性能なの」
サーシャは得意げに笑みを浮かべてこちらを見た。
「荷捌きを効率化して、工場を持たないクラッシャーから持ち込品を買い取ったり、レアメタルの抽出処理なんかを請け負ったりするんだから」
そう言って腕をとり、体を寄せてくる。
「ムラサメにも欲しくなるね」
『大賛成です、キャプテン』
「なんだ、ハル。聞こえていたのか」
「当然です」
格納ハッチの内側から、外部スピーカーを通じてハルの声がドック内に響き渡る。
「じゃあ、買う? レイのおかげで予算にはかなり余裕があるし」
サーシャが楽しげに提案してくる。
「そうだね。同時にここの荷下ろしシステムとムラサメのシステムをリンクできれば、いろいろ便利だ。ちょっと見積もりを取ってみよう」
「ええ、そうね」
よく考えると、社長は目の前のサーシャだ。即断即決、しかも方向性を滅多に間違えない。経営者として、間違いなくやり手だと思う。彼女とハルが良いというのなら、購入すべきだろう。
「お嬢、ちょっと相談というか、私の意見なのですが……」
コバヤシが真面目な顔で口を開いた。
「装甲版や電子機器はまあいいとして、兵装とこのコルベットはメインベルトで売ったほうが良いと思います」
コバヤシは腕を組み、鹵獲したマース帝国軍の旧型コルベットを見ながら言った。
「どういうこと?」
「ここはジュピター協商連合の衛星ですから、マース製のパーツ、特に軍用品は手に入りにくいんですよ」
「ああ、なるほど。そういうことね」
サーシャは納得したように頷く。
「ん? 中古で買う人が少ないということ?」
「少ないというより、安くなると言ったほうが正確かもね。売れるのは売れるわよ、
パーツやソフトは海賊版もあるし」
問いかけにサーシャが応じる。しかし、工場で降ろさない場合、どこで降ろすのかという問題が残る。
「持っていく先は決まっているの?」
問いかけに、素早く答えが返ってくる。
「メインベルトのケレスです。自由惑星ケレス」
コバヤシが言った。
「ケレス?」
コバヤシの話によると、そこはいかなる国家の支配も受けない自由都市なのだという。
ケレスはメインベルト最大の天体で、小惑星ではなく準惑星に分類される大型の星だ。赤道軌道上には人口五億人を超える巨大コロニーが浮かぶ。これは百を超えるシリンダー型コロニーが連結された、太陽系で最も巨大な宇宙都市である。
このコロニーは、四つのマフィアの合議制によって運営されていた。宇宙海賊も、このマフィアたちが率いる船団だ。国家の目が届かぬ辺境の地、欲望と暴力が渦巻くメインベルトの中で、もっとも“天国に近い場所”と言われる自由都市である。
「なるほど……けど、危なくないの?」
「宇宙海賊の本拠地ですから、行くまでが大変です。しかし、一度入ってしまえば街の治安は良いですよ。怖いマフィアが目を光らせていますから」
「いや、そんなところにサーシャを連れて……」
「あたしなら大丈夫、レイがいるもの」
腕にしがみつき、胸を押し付けてくる。
「ま、まあ……頼ってくれるのはうれしいけども」
不安そうな顔をしているのだろうか、コバヤシが笑みを浮かべて諭すように言った。
「ルールを守り、余計なことをせず、観光で街を楽しんだり取引に行くだけなら、本当に安全です。むしろ、そうしたわかりやすい暴力で支配されている街の方が、治安は良いのですよ」
「そういうものですか」
「ええ、そういうものです」
そんな会話を交わしているうちに、スクラップとして降ろすべき残骸や宇宙ゴミはすべて片付き、騒がしかったロボットたちも静かになっていた。綺麗に使える武装や武器関連のパーツ、そしてほぼ無傷で鹵獲したコルベットは、積んだままにしてある。ケレスまで持って行き、そこで売却するためだ。
「サーシャもケレスには行ったことがないのか」
ふと隣を見ると、腕を組んで考え込むサーシャの表情に、わずかな興奮が混じっていた。
「そう。だから、今回はちょっと冒険みたいなものよ。レイ、頼りにしてるわよ。ちゃんと守ってね」
軽く笑う声には、未知の場所に向かう期待と、わずかな不安が混ざっている。
もちろん、誰もサーシャに指一本触れさせるつもりはない。
コバヤシは、昔そこで宇宙海賊の基地にいたことがあるらしい。整備員として働いていたそうだ。なるほど、それで詳しいわけか。
ついでに、幾つか業者の名前を教えて貰った。
さて、次はどんな冒険が待ち受けているのか……その前に、まず明日はサーシャの家に行く予定だ。親は二人ともいないとはいえ、彼女の実家に足を踏み入れるのは、嬉しい気持ちと同時に、少し身構えてしまう自分がいた。
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