第4話 単艦突撃ス
スペースオペラっぽく書いていますが、あくまでご都合主義の三流娯楽作品です。
グレーで統一されたブリッジ。六つある座席はすべて空席。照明は落とされ、柔らかな青色光とモニターから発する明かりが静かに室内を照らしている。最奥のキャプテンシートに深く腰を下ろすと、前方には巨大なメインモニターが見えた。
そこには索敵データ、通信状況、艦のステータスがぎっしりと並び、キャプテンシートの脇に浮かぶように表示されたホロパネルにも数字とグラフが絶え間なく流れている。
「キャプテン。二時方向、上下角二、距離五八EU、量子レーダーに感。フリゲート級一、コルベット級一、ガンボート級四。IFF識別信号なし。不明艦です」
艦の指揮運用に必要な知識は脳内にインストールされており、毎日の座学で不足分を補っている。
ちなみに、ここで出てきたEU――Earth Unitは、地球半径を基準とした距離を表す単位で、一EUは六四〇〇キロメートル。
フリゲートとは駆逐艦よりも小型の軍艦、コルベットはフリゲートよりもさらに小さい。”艦”と呼ばれる中で最も小型の船。コルベットよりさらに小さな宇宙船は、ボートと呼ばれる。ガンボートとは、駆逐艦に装備される速射砲を一門と、自艦防衛用のパルスレーザーを装備した小型艇のことだ。
レーダーパネルが切り替わり、艦の右前方、二時の方向から左方向へ向かって進む六つの赤い点がマークされる。円で囲まれたその点は、脅威を意味する赤に変わっていた。
「先頭にコルベット、両翼にガンボートを二隻ずつ。中央にフリゲート、旗艦と推定。デルタ隊形で航行中」
この時代、電波式レーダーはすでに退役済み。現用艦は量子干渉式レーダーと広域光学センサーを組み合わせ、中・近距離では音源、熱源、磁気、振動を感知する複合センサーも使用される。
「脅威識別。フリゲートFF1、コルベットCO1、ガンボートGB1からGB4。マーク完了。戦術俯瞰モニター、投影します」
ブリッジの前方下部に、球状の立体俯瞰モニターが展開される。自艦を中心に構成された三六〇度全周宙域が立体映像として浮かび上がる。敵目標は赤の三角錐、IFF識別済みの船は緑、障害物は白。小惑星、一定以上の質量を持つデブリなど艦の脅威となりうるものは全て三次元で投影されていた。
「第五戦速、取り舵三〇。主砲の射程を生かして、正面から先制する」
右手で操縦桿を握り込み、左手のスロットルバーを戦速域へとスライドさせると一気に押し込んだ。
本来であれば音声と視線だけで操艦が可能な時代だ。それでも人間は手を使う生き物――この時代になっても、アナログな装置が採用されていることをうれしく思った。操縦している実感が違う、感覚的にもこの方が圧倒的に操作がしやすいのだ。
「了解しました。シールド前方向へ偏重」
ハルの返答と共にブリッジにわずかな振動を感じた。全長四八◯メートルの船体がゆるやかに左へ傾き、滑るように進路を変える。
俯瞰モニターが進路情報をプロットし、表示されている物体の予測進路が次々と変化していく。自艦の予測航跡は濃い青、敵艦は濃い黄色。その他の艦船は淡い緑、大型のデブリや天体は白線で表示される。
「主砲展開、射程まであと三分」
艦の左右に張り出した船体下部のハッチが開き、巨大なレーザー砲が船外監視カメラに映し出される。ムラサメの主砲――戦艦主砲に使われる大口径の重レーザー砲だ。
「一分後に隔壁閉鎖。ARES戦闘指揮システム起動。各管制システム、CIWS(近接防御システム)、全兵装オンライン」
火器管制モニターのインジケーターが次々に変化していく。グリーンの待機表示がオレンジへ、ONLINEからREADYへと切り替わる。
「主砲、CO1に斉射。後に艦首を正面を向けたまま急降下。AS31を盾にしつつ正面の敵を順次攻撃。副砲は射程入り次第撃て。主砲以外の射撃統制はハル、君に任せる」
ASとはアステロイド(小惑星)の略称。モニター上に表示されている船や小惑星、デブリなどには全て番号が振り分けられているのだ。
「了解しました」
射撃管制画面と俯瞰モニターに映る敵のアイコンに、ロックオンマーカーが点灯する。
「全目標ロックオン完了。CO1へ艦首固定。主砲射程に入ります――三、二、一、射程内」
ハルの音声が告げるのを聞いて、呼吸を二回整える。
「主砲、斉射」
操縦桿のトリガーを引く。
船外を映すモニターに四条の図太いレーザー光が一斉に映し出され、前方へと消えていく。直後に操縦桿を前へ倒す。肩を拘束するベルトが僅かに食い込む。
「グッドキル! CO1撃破」
光学センサーと連動するカメラが捉えた映像に、爆散する敵艦が映る。小型のコルベットでは戦艦主砲の直撃に耐えられるはずもない。一部は蒸発し、閃光を残して消し飛んだ。
「完全なオーバーキルだな……」
思わず声が漏れる。
艦首は敵艦を捉えたまま上部スラスターを全開に、船体を下方へ急降下させて小惑星の裏側に滑り込む。操艦用の主観モニターを見ながらの機動だ。
「敵、散開。接近してきます。副砲、撃ち方始め」
ハルの優しい声が流れていく。
副砲もまた強力だ。巡洋艦の主砲に使われるレーザー砲を、ターレット(砲塔)式で二門ずつ六基、計一二門。それぞれの敵に照準を定め、次々と発射される。
「GB1、GB4撃破!」
光学モニターに映る敵のガンボートが、副砲の直撃を受けて閃光と共に爆散する。
「FF1へ主砲照準、艦首固定」
ムラサメの主砲は固定式だ。上下左右の微調整こそ可能だが、発射には艦首を敵に向ける必要がある。
「主砲、斉射」
操縦桿のトリガーを引く。
前方へと再び四条のレーザーが奔る。
正面から直撃を受けた敵フリゲートは、シールドが瞬時に飽和し、そのまま船体を貫通されて爆発、三つに分裂して宇宙のゴミとなった。
「命中。FF1、撃破確認」
その直後、艦内に警報が鳴り響く。
「敵艦発砲! 被弾六、シールド損耗率四%。復旧まで二秒」
ビーム兵器は光速で飛来する。発射とほぼ同時に着弾するため、回避は不可能。敵が照準を合わせにくいよう回避機動をするが、失敗すればシールドで受け止めることになる。
ムラサメは軽巡洋艦サイズながら、戦艦と同等の主砲火力を有する巡洋戦艦だ。
ただ、その真価は攻撃力よりも高い機動性とシールド出力にある。装甲は軽巡のそれだが、戦艦のエンジンとエネルギーモジュールを搭載しており、シールドの出力は戦艦と同等。自艦の主砲斉射を受け止められるだけのシールド性能を持つ。
さらに、小型であるがゆえにシールドの防御密度は高く、理論上は戦艦以上の防御力を発揮する。
駆逐艦主砲クラスのレーザーでは、到底このシールドを貫通することはできないのだ。
「右舷より質量弾。CIWS、撃ち方始め」
ハルの声がブリッジに響く。
即座に、副砲が阻止射撃を開始。続いて、近接防御用のパルスレーザーが照準を合わせる。クラスター弾を装填した発射装置が照準に従い、自動指向する。
一般的なガンボートは駆逐艦の速射砲を搭載するが、稀にレールガンを搭載し、質量弾を射出する艦も存在する。
この質量弾は、レーザーに比べてシールドへの負荷が極めて大きい。
弾速が遅いために、遠距離からの射撃は容易に迎撃されるか回避される。しかし至近距離で命中すれば、ムラサメのシールドといえども大きなダメージを受けるだろう。
その威力ゆえ、接近戦では警戒すべき兵器なのだ。
「ちっ、回避する」
短く舌打ちし、即座に操縦桿を引いた。船体は偏向ノズルとスラスターを駆使して横滑りしながら上昇し、回避機動を取る。
その直後、副砲のビームがレールガンの弾頭に命中、融解させた。
「質量弾インターセプト、キル!」
迎撃成功。敵弾の脅威が消えたとほぼ同時、管制モニターに映っていた敵影が二つ、立て続けに消滅する。
「GB2、GB3、撃破確認。宙域に敵影なし。射撃終了」
副砲の正確な射撃により、敵のガンボートはほぼ同時に爆散。戦域は静寂に包まれ、ブリッジにHALの落ち着いた音声が流れた。
「敵の殲滅を確認、戦闘態勢解除。状況を終了します」
アナウンスと同時に、ブリッジ内の照明が通常モードに切り替わる。淡い白光が天井から降り注ぎ、戦闘空間だった艦橋を静かな部屋へと戻していく。
「お疲れさまでした、キャプテン・レイ」
AIらしからぬ優しい女性の声で、労いの言葉がかけられる。何度聞いても良い声だ。クルーのストレスを緩和する、そういう効果を狙ってのものだろう。
いま行われていたのは、ムラサメの演習モードを用いた戦闘シミュレーション。艦そのものが高性能AIによって制御され、仮想宙域内での戦闘をリアルタイムに再現する高度訓練環境だ。
この世界で生きていくためには、事前にインストールされている各コンポーネントだけでは正直不安だ。なのでその不足分を、まず座学で常識と知識を叩き込み、次に実践で体に教え込む。傭兵の必須科目として徒手格闘、射撃といった戦闘訓練をこなし、実際の乗艦を使った操艦技術の習得と実戦形式の各種シミュレーションを重ねてきた。
「ふぅ……やっぱこの船、でたらめに強いな」
両手を頭の上に伸ばし、大きく背もたれへと体を預ける。緊張に固まっていた背筋が心地よく伸び、血流が末端へと行き渡っていくのがわかる。
人間工学に基づいて設計されたシートの座り心地は極上だ。長時間の操艦にも疲れを感じさせず、身体への負担はほとんどない。
「確かに、この艦は素晴らしいです。しかし、キャプテンの成長速度も尋常ではありません。たった三カ月で、すでに熟練の域に達しています」
AIに褒められるのは少しこそばゆい。だが、お世辞を言わない相手だからこそ、素直に嬉しかった。
「まあ……新しい肉体と頭脳のスペックが反則なだけさ。性能頼りってやつだな」
「それは否定しませんが、それでも――です。キャプテンの謙虚さとひたむきな努力、これは貴方自身が持つ、紛れもない才能です」
前世で失敗した記憶。そして、五十年の人生で学んだのだ。努力なくしては、何事も成らなぬということを。
「そうか。照れるけど、ありがと、ハル」
「お礼には及びません。私は客観的な感想を述べただけです」
淡々とした返答に苦笑していると、艦内モニターの一つが切り替わる。そこには、白衣を着た初老の科学者が映し出されていた。
そして間もなく、ブリッジの扉が音もなくスライドして開く。足音と共に、モニターに映っていたその男が姿を現す。
「調子はどうかね、レイ君。そろそろ、独り立ちしてもよいころだと思うのだが」
この世にレイ、つまり俺という人間を生み出した科学者たち、その責任者と思しき初老の男。彼はキャプテンシートの横に立ち、肩に手を置いて話しかけて来た。
「ええ、俺もちょうどそう思っていたところです。どうだろ、ハル」
軽く頷いてモニターに目を向けると、艦のAI――ハルが、変わらぬ落ち着いた口調で応じた。
「はい。少なくとも艦の運用においては、まったく問題ありません。キャプテンとしてもパイロットとしても、非常に優秀です」
「わかった。では、その方向で準備を進めよう。新しい人生を存分に楽しんでくれたまえ」
初老の男が、ゆっくりと右手を差し出す。
柔らかい視線を向けられ、少しだけ姿勢を正してその手を握り返した。
ゴツゴツとした大きな掌。骨張ったその感触に、力強さと、長い年月の重みを感じる。それは科学者というより、むしろ職人や熟練の兵士といった印象を受けた。
言葉にせず、視線を合わせて頷く。
こうして、新しい人生への旅立ちが決まった。
外の世界には、いったいどんなことが待ち受けているのか――。
その日の夜、胸が高鳴ってなかなか眠れなかった。枕に顔を埋めてもあの手の感触と、ハルの声がずっと耳に残っていた。
応援してもらえると、継続するモチベーションに繋がります。
面白いと思ってもらえたら、よろしくお願いします。




