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宇宙世紀に転生した元おっさんは、幸せな家庭を築きたい  作者: 隣のゴローさん
自由都市ケレス

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第38話 戦いを終えて

 天井にはきらびやかなシャンデリアが吊るされ、部屋全体を明るく照らしている。艶のあるダークブラウンの木板が隙間なく敷き詰められたフローリング。壁はレンガをあしらい、クラシックな趣を感じさせる。全体としては、ブルックリンスタイルと呼ばれる内装だ。


 二〇〇人は収容できそうな広さのパーティーホール。壁際にはソファとテーブルが並び、室内中央の大きなテーブルには、料理が盛り付けられた大皿が所狭しと並ぶ。一角には寿司を握る屋台風のスポット、別のカウンターではステーキが焼かれている。香ばしい匂いが部屋の中に漂っていた。


 壁には巨大な金属プレートがはめ込まれ、”ZEI”の文字が照明を反射して眩く輝く。


 “Zeus Extraction Industries, Corp.”(ゼウス・エクストラクション・インダストリーズ社)略称ZEI。社名の「Zeus」は、木星を意味する英名“Jupiter”に由来し、ギリシャ神話の最高神の名から取られている。


 ジュピトル協商連合に本社を置く資源開発グループ企業で、メインベルトでも大きな存在感を誇る大企業だ。今回の戦いの舞台となったM型小惑星も、この企業が奪い取った資源だ。


「サーシャちゃんだっけ? レイとずっと一緒の船に乗ってるってことはようするにほら、コレ?」


 そう言いながら、大きな樽のような男が立っていた。首は肩に埋もれているのかと思うほど太く、腕の筋肉が脇を閉じられないほど盛り上がっている。ずんぐりとした体格、いわゆる筋肉だるまだ。四角い顔には大きな傷が刻まれ、普段は寡黙そうな印象を与える。なのにその見た目に反して、男は妙に甲高い声で軽薄な笑みを浮かべ、小指を立てていた。


 サーシャは鋭い視線をこちらを見た後、筋肉だるまに向き直って愛想笑いを浮かべる。あれは完全に、イラついている顔だ。


「いいなぁ。どうだい、俺たちの姐さんになってくれねぇか? あんな優男なんてほっといてよぉ。おめぇらもそう思うだろう!」


 男が振り返ると、同じ船のクルーらしい四人の男が、困ったような顔で立っていた。


「キャプテン、レディに対して失礼ですって。今ので確実に嫌われましたよ……目が笑ってませんもん」


 サーシャは笑いを引っ込め、鼻でフンと短く鳴らす。


「たとえ人類が死に絶えて、世界で二人きりになったとしても! あんただけはお断りだよ、このトンチンカン」


 そう言うと、筋肉だるまから顔を背け、つかつかとレイの方へ歩き出す。


 後ろには泣きそうな顔の筋肉だるまと、肩をすくめ両手を広げた四人の男が残された。


「これだから下品な傭兵は嫌いなのよ。ちょっと料理を取りに行っただけで、コレなんだから」


 憤懣やるかたない表情で戻ってきたサーシャ。今日の服装はぴったりとしたタイトスカートのスーツで、腰のラインと胸の張りが色っぽさを際立たせている。


「まあ、そう言ってやるな。ここはただでさえ女性が少ない場所だ。商売女以外と話すのは、久しぶりだったんだろう」


 そうなだめると、ヒールのかかとが足先を踏みつけた。


「痛っ! ひどいな、サーシャ」


「なによ! あんたは自分の女が他の男に言い寄られて平気なわけ? あいつ、股間が膨らんでたんだからね。ほんと、気持ち悪いったらありゃしない」


 サーシャは肘を曲げ、腕をまくって「これくらい太かったんだから」と、目を怒らせながら大きさを示す。女の細腕とはいえ、なかなかのサイズだ。


「平気なわけないだろ。度が過ぎれば止めに入るさ」


「股間を膨らませて女を口説くなんて、十分度が過ぎてると思いますけど!」


 体をくるりと反転させ、後ろ向きのまま体を預けるようにドスンともたれかかってきた。


「ちゃんと、他に取られないように捕まえておきなさい」


 語尾を少し上げてそう言い放つと、頬がわずかに赤らんでいた。


「はいはい、誰にも渡しません。大切なお姫様」


 鼻腔を満たすシャンプーの香りと、甘い香水の匂い。サーシャの後ろから肩越しに腕を回して、柔らかく抱き寄せる。サーシャは手に持った小皿から生ハムを一切れ取り、口に運んだ。


「よほひい」


 口をもぐもぐと動かしながら、そう言うと、サーシャはほんのり笑みを浮かべた。


 はあ……手のかかるお転婆姫だ。心の中で、そっとつぶやく。まあ、そこが彼女の可愛さなのだが。


 さて、ここはゼウス・エクストラクション・インダストリーズ社が主催するパーティー会場だ。先のM型小惑星の防衛戦で戦った傭兵たちの慰労会として、催されたもの。共に戦った者たち、およそ百名が集まっていた。


「そうだ、レイ。あっちにスシがあったよ! 行こう、好きでしょ?」


「まあ、嫌いじゃないけど……」


 確かに中身と名前は日本風だが、どちらかというと肉派なんだよな、と心の中で思う。でも口には出さない。引っ張られるままに従うのが吉だ。


 なぜかって?


 その方が彼女はイキイキとして、笑顔が可愛いからだ。惚れた女の笑顔を守るため、男は黙って体を張る。それこそがイイ男の条件――若いうちは、なかなか気づきにくいのだけど。


「あたしはサーモン! おじさん、マヨたっぷりね!」


「あいよ!」カウンターでスシを握る職人が、威勢よく応える。マヨネーズのボトルには、見慣れたキューピッドのマーク。まだあったのか、あの会社……と、思わず胸が熱くなる。


「じゃあ、イカをもらおうか」


 まさか天然なんてことはないだろう。だからこそ、この白い塊、イカが気になった。ワサビは皿に添えらえて、スシ自体はサビ抜きだ。ちょんとワサビをつけて醤油に軽く浸し、そのまま一口で口の中へ。


 肉厚でねっとりとした食感、口の中に広がる甘味。この感じはあれだ……コウイカだ。


「やっぱサーモンマヨが正解! ほら、レイも食べてみなよ! あーん、ほら!」


 サーシャが手に持ったサーモンの握りを、強引に口の中へ押し込んでくる。ほんのりと醤油の味がのったマヨネーズはうまい、できれば鰹節をかけるともっと……なんだけど。


 味はまあ、予想通りのサーモン。脂の多いトロサーモンだな。想定通りの味、ぶっちゃけ本物より美味い。


「うん、美味しいね。鰹節やオニオンスライスを乗せるともっとおいしいかもよ。あと、レモン果汁も合う」


「さすがレイ、名前がソッチ系だもん。詳しいね」


 ぱあっと弾けるような笑みをこぼすと、またサーモンを注文していた。今度は鰹節とレモン果汁を追加したようだ。


「そこのエンガワを……」


 こんなものまであるのか、バイオ食品技術おそるべし。人間の食へのこだわりというか探求心、いや、執念か。


 スシを楽しむバカップル、俺は尻に敷かれたカネヅル男。そんな雰囲気を醸し出す二人の元へ、一人の男が声をかけて来た。


「よう! 英雄殿。相変わらず見せつけてくれるねぇ」


 ソバージュ気味に波打つ金髪、肩の少し上くらいまで伸ばしたロン毛の色男が声をかけて来た。年のころは二十半ば、北欧系の甘い白人顔、サファイアのような瞳。アメコミヒーロー並みに盛り上がった胸筋に、バランスよく生えた筋肉質の腕。髪型と顔以外は、絵にかいたような軍人スタイル。


 身長は一九〇センチ強、俺と同じくらいか。


「その声は……ブラボーリーダー!」


 あの時共に戦った艦載機BR、ブラボー中隊のリーダーだ。通信モニターでは、パイロットヘルムをかぶっていたので顔は分からなかったが……めちゃくちゃモテそうな色男だった。


「いやあ、あんたの船は凄いな。あの機動もだが……軍に居たときにも見たことないぜ、あんなの」


 そんな会話をしているところへ、七人の男たちも軽く手を上げて集まって来た。


「うちのチーム、あの時の皆だ」


 軽く手を上げて、ハイタッチを交わしていく。サーシャも嬉しそうに、皆と手を合わせていた。


「おたくらこそ大したもんだ。八機編隊で、あれだけの連携。やろうと思って出来るもんじゃない」


「ああ、俺たちは皆、宇宙軍で同じ航宙艦に乗ってたんだ。隊はバラバラだったがな」


 リーダーが誇らしげな顔をして、肩越しに後ろの仲間を見やる。


「しかし、同着で叩き込んできた対艦ミサイル。AIの演算能力もあれだが――高かったんじゃねぇのか、あのミサイル」


 チームの一人が言った。


「まあな。モトビシの四九式改だ」


「なんだよ! 最新型じゃねぇか。しかも改ってことは、実験団絡みか」


「羨ましいねぇ。ジーフォースさんは、最新型で。それに比べて、うちは型落ちばっかりだ」


 そんな会話を横からジーっと、つまらなそうな顔でのぞき込むサーシャ。


「いいわね、男って。メカの話になると目をキラキラさせちゃって……私、邪魔してる?」


「いや、サーシャ、そんなことはない。ごめんね」


「いや、いいのよ。共に戦った戦友だし」


 そう言ってBチームのメンバーに笑顔を向けた。


「それじゃあレイ、サーシャさん。邪魔して悪かったな。また機会があったら一緒に暴れようぜ」


 サーシャの笑顔に圧されるように、ブラボーリーダーは慌てて踵を返す。


「ああ、またな」


 軽く右手を上げて返事を返すと、他の男たちも次々に別れの言葉を残し、ざわめきの中へ溶けていった。


「あら、レイ。もっとお話ししていてもよかったのに」


 サーシャは満面の笑みを浮かべ、光に金髪を揺らす。しかし、その瞳の奥には言いようのない圧力が潜んでいるような気がした。


 ――まあ、こうやって子供のように感情を真っすぐぶつけてくる姿が意地らしいのだが。


 同年代の恋人というよりも、熟年の男が若い恋人を見守るような、なんとも言い難い感情が胸の奥に流れる。事実、そういう関係なのだが――不思議な感覚が、沁みるように心を温めた。


 やっぱりサーシャは可愛い。

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