第37話 小惑星防衛戦
太陽の光を浴びて鈍色に輝く塊。それは鉱石ではなく、鉄やニッケルといった金属そのものからなる天体、金属小惑星である。その成り立ちは、度重なる天体の衝突で外層が剥ぎ取られ、金属質の核だけが残ったと考えられている
地球や他の天体に存在する鉱山から鉱石を採掘し、精錬を経て金属を得るのに比べれば、この天体は桁違いに効率が良い。重力もほとんどなく、必要な資源をそのまま切り出すことができるうえ、金属の総量も鉱山を遥かに凌駕する。さらに一定量のレアメタルも含まれており、メインベルトの中で最も価値が高い小惑星だ。
それゆえに、その所有権を巡っては、幾度となく争奪戦が繰り返されてきた。
「BC1、こちらBR。Makes an attack run(中隊突撃)、戦術CNを仕掛ける。標的はEL1」
キャスティングネットとは艦載機が散開し、全方向から網をかけるように包囲攻撃を加える対艦攻撃戦術の一つだ。多方向からの同時攻撃により、CIWSによる迎撃を分散させる効果を狙ったものだ。
かなりの熟練を要する戦術をを普通に使うところは、さすが軍の下請けだ。純粋な民間の傭兵なら、八機編隊による連携攻撃となど不可能だろう。
FTLS戦術モニターに各艦載機の侵入ルートと速度、射撃ポイント、着弾時間などが球体の3Dモニターにプロットされていく。
「BR、BC1ムラサメ。確認した、ASMを同着で叩き込む」
「BR了解。ケツに火を着けるのは勘弁してくれよ」
ASM="Anti-Spaceship Missile"いわゆる対艦誘導ミサイルだ。今回の戦闘では、ムラサメのVLSに64発積んでいる。
「大丈夫だ、ウチのAIは優秀だからな」
「手動じゃないなら安心だ。頼りにしてるぜ、色男。BRアウト」
キャプテンシート右上に表示されていた、FTLS分隊チャット画面が閉じる。
「キャプテン。目標の敵左翼、ELグループが副砲射程に入ります」
「了解だ。副砲撃ちかた始め。管制はハルに任せる。あと、B中隊のCNに同着でASM1番から4番を発射」
ELとは敵船団の左翼を表している、敵に割り振られた識別符号だ。
「了解しました。私がいかに優秀か、皆さまに証明してみせましょう」
「いや、ハルの優秀さは最初から理解している」
「当然です」
照明が落とされたブリッジを、警告灯の青いランプが照らしている。南国の海の、少し深い所。そんなイメージを抱かせる、鮮やかで深い青の色だ。
色の癒し効果とハルの柔らかい母性を感じさせる女性の声が相まって、ブリッジには戦場とは思えない穏やかな空気が流れていた。
「へぇ、軍艦の本格的な戦闘ってこんな感じなのね」
サーシャが3Dモニター上に刻まれていく戦況予測と、各種パネルのステータスを見ながら呟いた。その視線の先では、火器管制システムのウィンドウに表示される副砲のステータスがオレンジの”Ready”から赤色の"firing"射撃中に切り替わった。
メインモニタ下には味方のステータスと敵の情報、映像が表示され、球形のFTLS俯瞰モニターには周辺宙域の情報と、動く物体の航跡予測、そして作戦上の戦術行動が刻々とプロットされていく。
「敵、副砲撃ちかた始め。誤射を避けるためEL3に砲撃を集中します」
砲撃開始と同時に、敵の中型武装船からの砲撃が始まった。射程はほぼ同じ、ムラサメと同じ七八センチレーザーとみていいだろう。
「ちょっとちょっと大丈夫なの? 敵船発砲! たくさん! あれ? シールド損耗一二パーセント。復旧まで九秒」
ハルに変わってサーシャが被害報告をする。戦闘中にただ座ってるだけで存在感が無いからと、ハルに何かできないか尋ねたところ、シールドを見ているように言われたのだ。
「B中隊のCNと連動、諸元入力完了。ASM1番から4番、発射します」
艦の上部にあるVLSからミサイルが4発吐き出される姿が、船外モニターに映し出される。
「ヒットエンドランだ。EL2に向けて最大戦速」
スロットルを第五戦速のさらに先、エンジンに負荷をかけてでも速度を増す最大戦速へと押し込む。同時に、モニター上にムラサメの進路を示す青いラインが、敵の左翼中央に向けて伸びた。
「CN成功、シールドバスター二発命中。ASM全弾敵の船体に命中。副砲照準、斉射!」
艦載機が突入し、シールドバスターを叩き込む。軍艦と比べて防御力に劣る商船改造船ではその衝撃を受け止めきれず、シールドは瞬く間に飽和して無効化された。
同時にシールドバスターへの阻止射撃に追われたCIWSの隙を突いて、対艦ミサイル四発が命中。とどめの副砲の一斉射が追い打ちをかけ、機関部で連鎖的な爆発が発生した。
標的となった船は三つに裂け、敵中型船の一隻、EL1が炎と破片をまき散らしながら沈黙した。
「EL1撃沈! 沈黙しました!」
モニター上の敵艦表示が反転し、撃破されたEL1のマーカーが灰色へと変わる。
「よし、副砲はEL2に集中。すれ違いざまにクラスターとレールガンを叩き込む。タイミング調整、ハル」
「お任せください、キャプテン」
ムラサメは敵の砲撃を受け止めながら前進し、左翼に展開していた中型船二隻のうち、残る一隻へと肉薄する。すれ違いざまに、シールドへ大きな負荷を与える質量弾とクラスター弾を叩き込むつもりだ。
大出力エンジンによる最高速度、圧倒的な防御力、そして強力な火力。この一撃離脱戦法がムラサメの性能と非常に相性がいいことは、過去の戦いで証明済みだ。
「この船、シールドの修復力が異常よ……。これだけ撃たれて損耗率十八パーセント?」
シールド表示を見つめるサーシャが思わず声を漏らす。
「小型武装船の砲撃など、弩級戦艦のシールドにとっては豆鉄砲にすぎません。クルーザー級がこれだけ揃えば多少は効きますが」
ハルの穏やかな声が、驚愕するサーシャに応えた。
「B中隊がEL3を沈めたようだ」
最初に目標としていたEL3が、艦載機中隊八機による波状攻撃を受け、機関部から火を噴いて爆散した。モニター上の表示が反転し、灰色へと変わる。続いてハルが、攻撃地点までのカウントダウンを始める。
「EL2接敵まで十秒――九、八……クラスター弾斉射。衝撃に備えてください。三、二、一――ファイア!」
左舷モニタが閃光に覆われた。小型核弾頭に匹敵する爆発が三十六発。同時に炸裂し、敵艦を炎と衝撃で塗りつぶす。続けざまにレールガンが大口径の質量弾を撃ち込み、副砲が速射モードでレーザーを吐き出す。
報告と同時に、連鎖爆発で生じたガス圧と衝撃波が船体を直撃する。ムラサメは大きく軋み、船体ごと押し流されるように右舷へ傾いた。
「シ、シールド損耗率六十八パーセント! 復旧まで一分!」
「EL2、撃沈!」
サーシャの悲鳴のよな被害報告とは対照的に、ハルの落ち着いた声が攻撃の成功を告げた。
敵左翼の中型船二隻をともに撃破し、全速力で駆け抜けたムラサメは、そのまま敵陣を突き抜ける。素早くスラスターと偏向ノズルを駆使して一八〇度回頭、敵小型艦に対して背後から砲撃を加え、次々と無力化していく。
戦況を確認すべくFTLSの立体モニターに目を向けると、敵中央の主力と後続の味方が激しい砲撃戦を展開しつつ、味方は反時計回りに機動。予定通り、ムラサメが突破した敵左翼の方向へ移動していた。しかし、激しい砲撃戦で、小型船に少なくない損害が出ているようだ。
「思ったより苦戦しているようだな。これより敵中央に横やりを入れるぞ」
「BR。BC1だ。敵中央左、腹を見せている軍用クルーザー、EC1をやろう。味方の母艦を援護する」
「BC1。こちらBR。了解した、A中隊も合流する。戦術AHをやる。支援を頼む」
AH=”Anvil Hammer”アンヴィル・ハンマー。鉄床と槌戦術。艦載機の二つの隊が、左右から同時に攻撃を加える戦術だ。
「BC1了解した。ASMの追加注文だな、請求はおたくの会社に回しとく」
「ははは! そいつはウチのキャプテンに言ってくれ。じゃあな、頼りにしてるぜ。そっちの可愛こちゃんにもよろしく!」
BRのパイロットは投げキッスを残して消えた。通信パネルを見ているのは俺……男に投げキッスしてどうすんだあいつ。
「ASM、五から八番。AHと同時弾着、敵艦の正面から突入。諸元入力完了」
「発射タイミングは任せる」
敵中央の船団は味方の主力を追って左方向に旋回しながら機動している。ムラサメは敵の左翼を突破後、回頭して敵中央船団の側面から砲撃を開始した。
「ASM発射」
味方の艦載機十六機が一度編隊を整え、敵旗艦と思われる汎用クルーザーを左右から挟撃した。ムラサメは対艦ミサイルを発射し、敵船の正面から突入させる。同時にFTLSで戦況を共有する味方艦からも、同一目標への集中砲火が浴びせられた。
「EC1撃沈」
敵の旗艦も軍に払い下げられた強力な巡洋艦ではあったが、シールドバスターによってシールドを失い、更には二隻の軍用艦からの集中砲火とミサイルだ。瞬く間に装甲版が消し飛び、船体を穴だらけにされながら、エンジンが大爆発を起こした。
「ちょ、ちょっと! もう少し綺麗に壊しなさいよ! 軍規格のパーツは旧式でも高く売れるんだからね!」
思わず立ち上がったサーシャがシートベルトに引っ張られ、強制的に席へ引き戻される。
「ぐぇっ!」
奇妙な声がブリッジに響き、同時に、天井から冷静なハルの声が落ちてくる。
「戦闘中に席を立ってはいけませんと、何度言えばわかるのですか、あなたは……」
敵は旗艦を失い、優位に立っていた中型艦の数も、残存艦艇の数も逆転された。戦局の変化に敏い敵の傭兵が撤退を始め、ここに戦闘の趨勢は決した。
レイにとっての集団戦――小惑星を守る任務は、圧倒的な戦果を伴い、見事な勝利で幕を閉じた。
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