第36話 ミッションブリーフィング
集合指定宙域。目の前に浮かぶのは、長辺の全長が一五〇メートルほどある鈍色の小惑星。その全てが金属の塊、M型小惑星だ。
既に各船は集結を終えており、このムラサメは最も遠方から到着したため最後尾に加わる形となった。整然と並ぶ船列の中で、ひときわ目を引くのは――ムラサメよりも一回り大きな船影。全長五〇〇メートルを超えるヘビークルーザー、重巡洋艦クラスの船だ。
他の商船改造型の武装船とは外見からして全く趣が異なる。あれは最初から戦闘艦として設計・建造された、純然たる軍艦だ。
「船体の横についているのは……カタパルトか」
細長い船体の右舷側に、斜めに張り出すように取り付けられた巨大な構造物。船体の三割ほどの長さを占めるカタパルトだ。
「はい。フライトデッキクルーザー、いわゆる航空巡洋艦と呼ばれる艦種です。非常に珍しい船ですね」
いつも通り落ち着いた声で、ハルが答える。
「ねえ。軍艦が二隻もあれば、中型船の少なさはカバーできるんじゃない?」
休憩を終えてブリッジに戻ったサーシャが、重巡の艦影を見つめながら表情をやわらげる。軍艦として最初から設計・建造された艦は、商船改造の武装船とは比較にならない戦闘力を備えている。ムラサメとあわせてこの船があれば、敵の構成次第では十分に優位を保てるはずだ。
一般に、軍の払い下げ艦を運用できるのは国家と深く結びついた大企業に限られる。いくら資金があろうと、個人や信用に乏しい企業へ軍が艦を売却することはない。
ここに集結した船団の主催者――ジュピター・コンコルド。その正体は”軍の下請け”。つまり、今回の作戦は直接介入できない軍がPRAを介して、実質的に関与していると見ていい。事実、小型武装船に分類されるフリゲートの中にも、退役後に払い下げられた軍艦が混ざっているのが確認できる。
「このフライトデッキクルーザーは、三世代前のヘビークルーザーを改造したものです。主砲には重巡の九六センチ高出力レーザー砲、副砲とVLSの一部を撤去し、代わりに長大なカタパルトを設けています」
ハルが外観とFTLSに表示されている情報から、旗艦ワイアームの特徴を説明する。ちなみに、このムラサメに搭載されている副砲は速射型の七八センチレーザー砲だ。FTLSの表示を見ると、ワイアームの艦載機は一六機となっていた。
「キャプテン。あと二〇分でブリーフィングが始まります」
FTLSリンクを通じて作戦データが送信され、同時に球形の俯瞰モニター上では戦術シミュレーションが展開される。表示された敵艦の編成を見るかぎり、マース帝国軍の旧型汎用クルーザーが二隻、そしてコルベット級にも軍用艦が三隻含まれていた。
「敵もまた宇宙軍系のPMCが投入されているか。つまり――軍の下請け同士による代理戦争、ということだな」
「そのようです。しかしムラサメの性能は、その中でも突出しています。本艦、そしてワイアームの艦載機。この二つが戦いの趨勢を左右すると言ってよいでしょう」
背もたれに身を預け、大きく背を伸ばす。
「……責任重大だな」
苦笑まじりにサーシャへ視線を向けると、彼女は緊張からか頬をわずかにこわばらせていた。
「大丈夫。ハルとレイ、そしてムラサメは規格外だから」
後ろから視線を感じたのか、振り向いたサーシャは目元をやわらげ、胸の前で両手を握りしめるようにして小さく拳を作った。
「ブリーフィングの時間です。FTLSチャット、オンライン」
ハルの知らせに頬を両手で軽く叩き、表情を引き締める。メインパネル上に映し出されたのは、金髪で真面目そうな顔――旗艦ワイアームのキャプテン、クルトベルトだ。
『諸君。今回は我らのミッションに参加してくれたこと、感謝申し上げる』
『おぉ! 新鋭巡洋艦かよ! こいつはついてるぜ。DTEC(開発実験団)絡みか? キャプテンは……随分と若いな、小僧じゃねぇか。運用特化の強化人間か?』
クルトベルトが挨拶の第一声を終え一礼すると、参加船のキャプテンからすかさず声が飛ぶ。他の通信窓からも歓声のようなざわめきが上がった。
『おほん! 私語は慎んでくれたまえ。これよりブリーフィングを行う。敵の編成、布陣、そして我らの対応は先ほど送信した通りだ』
クルトベルトの声の直後、間を置かず別の通信窓から荒っぽい声が割り込んだ。
『大将! ズバリ聞かせてくれ。勝算はあるのか? 戦術シミュを見たが、あれはあまりに都合が良すぎる。実際はもっと厳しいんじゃないのかい』
――敵は艦級でこちらを圧倒している。左右の船隊には商船改造型の特務クルーザーが二隻ずつ。中央に軍用巡洋艦二隻と特務艦一隻を横一列に並べ、両翼を大きく広げて中央を主力とする、典型的な鶴翼陣形である。
一方、こちらの布陣は斜めに艦を並べた雁行陣形。右前方を突出させ、左翼は大きく距離を取り後方へと下げている。最前列に立つのはムラサメと中型改造艦二隻――三隻のクルーザーを縦に並べ、艦載機の支援を受けつつ敵左翼を撃破し、そのまま右翼から敵陣に突入する算段だ。残る艦はその後に続き、突破口を抜けて鶴翼陣の背後に回り込む。
『確かに。右翼突破が成ったとしても、後続船が長蛇の列を作る事になる。そこを中央の敵巡洋艦に横槍を入れられてドカン! なんてことになったら、目も当てられねぇ』
前の意見を受けて、ムラサメと共に先陣を切る商船改造クルーザーのキャプテンが意見を述べた。
不安の声が続く中、ここで新しい作戦案を提案する。
「右翼の突破は、俺が単独でやる。他の艦は中央をけん制しつつ反時計回りの機動、穴が開いたら敵中央に応戦しながら後に続けばいい」
ムラサメの防御力を生かした一撃離脱戦法の応用編だ。
『小僧! カッコつけてんじゃねえぞ。敵は中型二に小型が六の八隻だ。単艦で抜けるとは思えねぇ。むちゃってもんだ』
事前に準備しておいた戦術機動パターンをFTLSにアップロードする許可を申請、即座に承認が下り、シミュレーションが開始された。
右翼最前列にはムラサメと艦載機八機が展開。そこから少し距離を置いて、後方に旗艦ワイアーム、商船改造の特務クルーザー級二隻を横に並べた三列をつくり、その背後に小型船が並ぶ三列縦陣、残りの艦載機八機が支援に回る配置だ。
開戦直後、ムラサメと艦載機八機が突出。敵右翼の中型船二隻を無力化しつつ、ムラサメは他の小型艦艇にも攻撃を加える。旗艦ワイアームを中心とした縦陣は、敵中央に向けて砲撃を加えながら反時計回りに回り込み、ムラサメが開けた突破口から鶴翼陣の背後へ回り込む。
この戦術により、敵中央部隊とクルーザーの数は同等、小型船を含めた総数で優位に立つ。さらに敵右翼を一時的に遊兵化することができ、戦力の不利を覆すことが出来るはずだ。
『こいつは……』
「この船は武装こそクルーザーだが、シールド出力は弩級戦艦を凌ぐ。軽巡の船体に戦艦用の反物質エンジンを搭載しているんだ。高速で駆け抜け、至近距離でドカン。さらに折り返して反復攻撃。VLSには対艦ミサイルもある、艦載機の協力があればやれるはずだ」
『なるほど。弩級戦艦のシールドがその軽巡の船体に展開されるわけだ。小型船の砲撃など豆鉄砲というわけだな』
「そういう事だ」
『こいつなら行ける! 敵さん、度肝を抜かれるぜ』
『レイ! てめえの作戦に賭けるぜ。やってやろうじゃねぇか』
他のキャプテンからも声が上がり、全体の士気が高まる。
「あと、一つだけ……皆の中に、サルベージャーを生業にしている者はいるか?」
『見ればわかるだろ、俺たちゃ傭兵。船も貨物より武装重視だ』
「戦闘後のデブリを回収したい。この船はクラフトン商会にチャーターされたサルベージ船だからな」
サーシャがこちらを振り向き、ニコリと笑って大きく頷く。
『デブリは好きにしてもらって構わない。誰か異論はあるかな?』
クルトベルトが問いかけると、通信窓から声が続く。
『最新鋭巡洋艦の正体がサルベージャーかよ。こいつは傑作だ、好きにしてもらっていいぜ』
『ああ、異論はねぇ。おれは回収する装備すらねぇからな』
誰も文句を言わないことに胸をなでおろした。この戦闘に勝てば、傭兵としての報酬は十分に手に入る。しかしそれではサーシャの会社、クラフトン商会の利益にはならないのだ。
こうしてブリーフィングは終了し、敵を待ち受ける。こうしてムラサメにとって初めての船隊を組んでの集団戦闘、その幕が開ける。
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