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宇宙世紀に転生した元おっさんは、幸せな家庭を築きたい  作者: 隣のゴローさん
始まりの宇宙

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33/51

第33話 未来への希望

この小説を書いた当初は、この話で完結でした。


しかし、予想以上の方々に応援をいただき、第二章の執筆を開始しております。


引き続き本作をよろしくお願いいたします。

 太陽系、火星と木星の間――無数の小惑星が輪を描く広大なアステロイドベルト。メインベルトと呼ばれるこの宙域には、鉄などの鉱石、金やニッケルといったレアメタル、水、塩、石材など、人類の営みに欠かせないあらゆる資源が眠っている。


 その希少性と有用性は、ひとたび国家の利害が絡めば戦火を呼びかねない。そこで太陽系各国は国際憲章によってこの宙域を完全な中立地帯と定め、国家による介入を禁じた。以後、ここは民間組織が実力で富を奪い合う“自由と暴力の宙”となった。


「さて、ジーフォースでの用事は片付いたな」


 生体端末の確認画面。視界の端に浮かんでいた取引記録を意識で閉じ、ひとつ息を吐く。


「クラッシャーの機体、思ったより高く売れてよかったじゃないか、サーシャ」


「高いなんてもんじゃないわよ、あのお金があれば当分は会社も安泰。それどころか、今後に向けた設備投資もできる。ほんとありがとう、レイ。あなたのおかげよ、何もかも」


 歩きながらこちらを振り返る彼女の目は、わずかに潤んでいた。


「どれだけ感謝の言葉を並べても足りないくらい。それこそ一生かけてでも……この恩は返すから」


「恩とか、そんな寂しいこと言わないでよ」


 困ったような表情で、首を横に振る。


「好きになった(ひと)の役に立てるってのは、男にとっちゃこれ以上ない幸せなんだ。これも自己満足のひとつさ」


 ふっと笑みを浮かべ、肩をすくめる。


「バカ! あんたって人は……どこまでお人好しなのよ。カッコよすぎるじゃない、レイのくせに」


 そう言うと、胸の中に顔を埋めてきた。時おり鼻をすする音が混じり、肩が小さく震えているのが伝わる。


「なんで泣くんだよ」


 そっと片腕で肩を抱く。


「泣いてなんていないわよ! バカ、ボケ、カス、シネ、女たらし」


 そう悪態をつきながら、拳で胸を軽く叩き、しばらくして身体を離す。ポケットからハンカチを取り出し黙って差し出すと、目元をぬぐい……


「チーーン」


 盛大に鼻をかんでから、ぐしゃっと握って返してきた。


「ちょっ……」


「うるさい、ばか」


 そう言うと、ぷいっと顔を背けて踵を返し、すたすたと歩き出した。


「次はPRAでしょ。早く、行くわよ」


「ちょっと待ってって、もう」


 ジーフォースの受付で聞いたところによると、私掠船管理局――PRAのオフィスは四階にあるそうだ。株式会社の社名になっているのは、名目上、政府から業務を委託された民間企業という建前だかららしい。


 エレベーターに乗り込むと扉が静かに閉じ、わずかにひやりとした感覚が背中を抜けた。マイナスG――足元が軽くなるあの独特の感覚だ。短い下降のあと、ほとんど間を置かずに四階に到着する。


 軽い揺れと共に扉が開く。目の前に広がったのは、ワンフロアまるごと占めるPRAのサテライト拠点だった。


 白い壁に鮮やかな青のカーペット。正面奥には市役所の窓口を思わせる五〇ほどの受付ブース。イスとテーブルが並び、その手前には受付待ち用のベンチがならぶ。アイランド型インフォメーションカウンターが中ほどにあり、左手には巨大なカフェ・バー、右手には代理業者やメーカー、整備会社から宇宙船の生活を支える雑貨を扱うショップまで、関連会社のオフィスやショップが並んでいた。


「さて、まずはチェックインと……クラッシャー兄弟の賞金だな」


 サーシャは視線を巡らせ、だだっ広いオフィスを一通り見渡すと、肩の力を抜いた。


「へえ、意外なほど普通というか、清潔で静かね。傭兵のたまり場だから、もっと雑然とした感じかと思ってたのだけど」


 広間に居たのはざっと見て百人ほど。机の上に浮かぶホロパネルを見ながら談笑している連中、カフェ・バーのカウンターで片肘ついてグラスを傾ける者……。ブーツが床を踏む音や、低く抑えた笑い声が、天井の高い空間にほどよく反響している。窓口の列も短く、込み合っている気配はない。


 メインベルトで活動する傭兵は、カリストⅨで発行されたライセンスとは別に、この場所で「滞在登録」を行う必要がある。帰還時は、ここでチェックアウトを済ませてから帰る決まりだ。


 この登録によって、傭兵たちは現地の注意情報や警告を受け取り、場合によっては緊急クエストが配信される――そういう仕組みになっている。


「あら、いらっしゃい。見ない顔ね、新入りかしら……色男さん」


 番号札を手に呼ばれたカウンターへ向かう。そこにいたのは、けばけばしい化粧の茶髪女。年は三十半ばほど。派手なアイシャドウと深いルージュ、タイトな制服からこぼれそうな胸元。顔立ちはごく普通だが、だらしなくも艶のある体つきが、場数を踏んだ女特有の色気をまとわせている。


 緩んだ腰つきとむっちりした太もも――ああ、昔はこういうのが好みだったんだよなぁ……。


「ああ、新しくこっちで働くことになったレイだ。そして、彼女はサーシャ」


「どうも、お姉さん」


 なぜかサーシャが、受付の女性を威嚇するように睨んでいる。


 俺が席に腰を下ろすと、女はわずかに目を細めた。空気がぴんと張り詰め、サーシャとの間に見えない火花が散った気がした。


「とりあえずチェックインの手続きを」


「はいはい、ちょっと待ってね」


 女性は端末を操作しながら差し出したボードを示し、手をかざすよう促す。右手を出した瞬間、上から自分の手を重ね、指先をゆっくり絡めてきた。


 横目で見たサーシャの視線が、一段と鋭くなる。


「はい、オッケー。ジーフォースのレイ君ね」


「それと、ここに来る途中で連邦の私掠船と交戦した。その時のスコアを提出したい……サーシャ」


 唇を噛み、渋々といった様子で金属プレートを差し出すサーシャ。受付の女は受け取ると、再び手をかざすように言った。


 今度は胸を押し上げるように前かがみになり、黒いレース越しの丸みが視界いっぱいに広がる。少し浮いた下着の隙間から、見えてはならない色が――。


「ちょっ、この――!」


 思わず声を上げ、腰を浮かせるサーシャ。


「なに? いま手続き中なのだけど」


 間髪を入れず、女性は女豹のような笑顔で見据える。笑顔でサーシャを黙らせるとは、この受付嬢……ただものではない。ぜひとも一晩、お相手してもらいたいものだ。まあ、サーシャが居なければ……だけど。


 そんな事を考えていると、ホロパネル上でスコアを確認していた女性の顔色が変わった。 


「あら、まあ。少し待っててね」


 女性は驚きを隠すように口元を押さえ、奥の席へ向かう。上席らしい男に耳打ちすると、その男がこちらに歩み寄ってきた。


 ただならぬ気配にサーシャと目が合う。


「一〇億の賞金首だからね」


 口角を上げ、サーシャが言った。


「……まあ、こうなるか」


 そう言って笑い返した。


 別室に通され、サーシャと並んで賞金についての説明を受ける。交戦データはすでに軍に提出済みで、回収した機体もジーフォースを通じて軍が買い取ることで合意している――そう伝えた。


「では、レイ君。賞金の一〇億だ」


 支払いはその場で行われ、端末に入金額が表示される。


「確かに。しばらくはこっちで活動する予定なので、よろしくお願いします」


「ああ、凄腕の傭兵は大歓迎だ。頼りにしているよ」


 凄く感じのよい四十代の男、これから何度も来ることになるだろうから、こういう人がいてくれると有難い。


「レイ君。私は受付のヒルデ、覚えておいてね」


 露骨に色目を使い、足を少し内股気味にして立っていた。香水の香りが鼻をくすぐる……サーシャと同じ系統だ。見た目はけばいが、こういう男を誘うセンスは抜群。これまで何人の男を虜にしてきたのか――やっぱり一晩だけでも……。


 オフィスを出てからずっと無言だったサーシャが、ビルの外に出るなり、口を開いた。


「レイ、他の女と遊ぶなとは言わない。けどね、あの女はダメ。ぜーーったいにダメだからね。わかった?」


 鋭い視線とともに、右手で頬をつねられる。時計回りの捻りが加わり、皮膚がきしむ……痛い。


「わ、わひゃりまひた。かのひょはやめとふ」


「よろしい」


 ぱっと弾けるように微笑み、ぴょんと一歩前に飛び出す。そしてふわりと髪を靡かせ、振り向いた。長い髪が弧を描いて広がり、香水の香りが舞う。


「私も……好きだよ。レイ」


「えっ?」


 唐突に告げられた、サーシャからの告白。そのままグイッと右腕を掴まれ、引き寄せられる。しっかりと体にしがみつかれ、視線がじっとこちらを捉える。サーシャの瞳の中に、困惑した自分の顔が映っている。そして、瞬きをすると視線を外し、ぎゅっと頬を肩に押し当ててきた。


「お腹すいた。ご飯、食べに行こう」


「さっきのはどういう?」


 ビジネスパートナーだとか何とか言いながらも、しっかりこっちに気があることぐらいとうの昔に気付いていた。


 それでもあえて、聞き返す。


「うるさい! 何食べるの? かつ丼?」


「いや、だからかつ丼はそんなに好きなわけじゃなくて……」


 まだ引っ張ってんのかよ、思わず苦笑する。 


「じゃあ、今日はサシミ! スシ! 脂がたっぷりのったサーモンが食べたくなったわ。サーモンマヨロール!」


「はいはい、仰せのままに。お嬢様」


 芝居がかった返事を返すと、サーシャは満面の笑みを向けて来た。


「うむ、よろしい。もちろんレイの驕りね、一〇億も入ったんだから」


 そう言って、口の端をつり上げる。 


「そうだ、まだレイからプレゼントを貰ったことが無かったわね。いいわよ、今なら高価な物でも受け取ってあげる」


「いや、三〇億はそっちに譲ったじゃないか」


 困ったようにそう言うと、サーシャは腕を振りほどき、片手を腰に据えて鋭くこちらを睨みつけた。


「はぁ? あんたばかぁ? あれはサルベージの仕事でしょう? しかも高価なプレゼントを受け取ってあげるって意味、分かんないの?」


 わかってる、わかってるさ。いつでも渡せるように、ちゃんと用意してある。君の薬指に嵌めてもらう、とびっきり高価な”物”をね。ハルのアドバイスを聞きながら、SVAのナカノシマさんにしっかり手配してもらったのだ。


「はいはい、どうせバカでお人好しの甘ちゃんですよ、俺は」


 わざとすねたふりをして、足を速める。


「ちょっと、何すねてんのよ」


 追いかけて来たサーシャが後ろから腕を取り、改めてしがみつく。


「すねてません」


「いや、すねてる。あんた、性格悪いとか言われない?」


「へいへい、どうせ性格悪いですよ。陰険で優柔不断で僻みっぽくて……」


「そんなこと誰も言ってないじゃない! めんどくさいわねぇ、もう!」


 そんな会話を交わしながら歩いているうちに、タウンネットワークでナビにセットしておいた寿司屋にたどり着いた。


「さあ、とりあえずお腹を満たそう。ここはサーモンが美味しいらしい」


「よろしい。スシといえばサーモンマヨが最強なのよ。オニオンやアボガドとの相性も抜群。ソイソースなんて邪道! 今日この店でしっかりと教育してあげるから、覚悟してね」


「なっ! ソイソースじゃねぇ、ショーユだ。ショーユこそがスシの魂、だてにアサイを名乗ってないぞ」


「うるさい、うるさい、うるさーい! あんたは私が言うことに『はい』って言ってりゃいいのよ、このとーへんぼく!」


「そう、普段はいつも君の言う事を聞いているよ。けどね、スシにはショーユ。これだけは譲れない」


「キー―――! 調味料としての性能の差を、思い知らせてやるわ! 付いてきなさい!」


「おうよ!」


 ガラガラ


「いらっしゃいませーー!」



 ***



 人生五十年は、あっという間だった。


 若い頃は、人生なんていつからでもやり直せると思っていた。チャンスは無数にあると信じ、自分の感情を満たすことだけに夢中だった。決して楽をしていたわけではない。その時々で、精一杯、懸命に生きていたはずだ。


 しかし、五十を迎えたとき、目の前に広がっていたのは――未来への絶望だった。


 五十になって初めて理解した、「計画性」という言葉の重み。現在は過去の延長線上にある。つまり、今の生き方が未来を決めるのだ。


 頭では理解していた。しかし、実感としてそれを知った時には、すでに手遅れだった。


 生まれた年に建てられた、築五十年以上の古いマンション。その一室で、孤独に朽ちていくしかなかった以前の人生。


 だが、ある日、目が覚めると全くの別人になっていた。見知らぬ場所で、見知らぬ人から力を授かり、凄い船を手に入れて――あれよあれよという間に、こんな素敵な女性と相思相愛になっていた。


 夢なら、どうか覚めないでほしい。


 これが現実ならば、この世界でサーシャと幸せな家庭を築くために全力を尽くす。


 未来を見据え、真面目に努力を重ねる。人生に近道はない。一発逆転もない。ただ一日一日、階段を一段ずつ上がるように、自分を少しずつ高めていくしかないのだ。


 後悔しない人生を――そのために今を全力で生きる。


 これからの人生に。そして、サーシャの未来に幸あれ。


 この世界での人生は、今ここから始まる。



 第一章 完

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