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宇宙世紀に転生した元おっさんは、幸せな家庭を築きたい  作者: 隣のゴローさん
始まりの宇宙

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第32話 初出勤

 JTOの巨大ビル、一三九階、一三九〇四号室。Z4Sジーフォースのジュピター・トレーディング・アウトポスト出張所を訪れていた。自身が所属する民間軍事会社(PMC)でありながら、一度も出社したことが無い。


 そう、今この時が初出勤だ。


 受付でIDチェックを済ませ、奥の部屋へ通される。白い照明に白い壁、グレーの絨毯が敷かれ、部屋の中央には四人掛けのテーブルが置かれている。まるで派遣会社の面談室のようだ。


 前を歩くのは背の高い、キリッとした制服姿の女性スタッフ。スラリと長い足はモデルのようで、切れ長の力強い目が印象的な美人だった。そんな女性が、視線を感じてにっこり微笑む。


「すぐに担当を呼んでまいりますので」


 続いて黒髪の女性スタッフがコーヒーカップを並べる。身長は小柄で、下半身はふっくらとした安産体型。はち切れそうな臀部とむっちりした太ももが、ピチッとしたタイトスカートから際立って見えた。


 自然と視線がそちらに向かうと――


「あんた好きそうよね、ああいうお尻」


 サーシャの鋭い流し目と共に、肘が脇腹に突き刺さる。思わず息が詰まった。服の下にプロテクター付けてんじゃん、痛いよそれ。


 見た目はサバサバしてるけど、意外と焼きもち焼きで気が強いサーシャ。まだ「好き」と言われたことはないけど……。まあ、こちらから一方的に告白した立場だし、そこはあえて触れないでおこう。彼女曰く、今の関係はビジネスパートナーなのだそうだから。


「お待たせしました、レイ君。そして、サーシャさん……ですね。」


 物腰の柔らかい中年男性がにこにこと笑顔を浮かべて入ってきた。身長は170センチほどだろうか。この時代の人々の中ではやや小柄な印象だ。黒髪に黒い瞳、日本人らしい風貌にどこか懐かしさが感じられる。


「私はサンシロウ・タナカ。ジーフォースJTO出張所の所長を務めさせてもらっています」


 立ち上がり差し出された右手を握ると、ごつごつと鍛えられた感触が伝わった。見た目は穏やかだが、この男も戦いに生きてきた戦士の一人に違いない。


 それにしても、所長自らが出迎えに来るとは思わなかった。


「初めまして、レイ・アサイです。所長がわざわざ……恐縮です」


 名乗ると、サーシャも同様に握手を交わし、軽く挨拶した。


「噂はかねがね。ウチの最高戦力ですからね、レイ君は。首を長くして、来てくれるのを待っていましたよ」


 ん? 待っていた?


「どうして俺がここに来ると?」


「それは、出発の時に話されていたでしょう。メインベルトへ行ってみてはどうかと。そして、実際に向かっていたはずです」


「ああ、なるほど」


 ということは、あのラボからここまで、しっかり繋がっているわけか。あの初老の紳士が先を見越して手を打ってくれていたのか、それとも何か打算があるのか。


 まあ、いずれにしても軍とは持ちつ持たれつ、うまく付き合うしかない。その方がいろいろと便利でもあるし。


「それにしても、サーシャさんとの出会いは本当に偶然だったようで、我々としても非常に安堵しています」


 所長が柔らかな笑みを浮かべ、含みのある視線をこちらに向けてきた。


「孤独というのは、人の心に深刻なダメージを与えますからね」


 その言葉の途中で、先ほどの黒髪の女性スタッフが所長の前にコーヒーカップをそっと置いた。


「で、今日ここに来たのは、来る途中に撃墜したクラッシャー兄弟の件についての報告。それと、これから本格的にこちらで活動する挨拶といったところです」


「ああ、あの戦闘の件ですね。クラッシャーのコルベット一隻と艦載機一機を確保されたとか。あれには正直手を焼いていたので、本当に助かりました」


 そう言ってにこりと微笑むと、小さな端末を操作した。


「では、こちらが報酬です」


 所長がホロパネルを立ち上げると、そこには鹵獲機の買い取りに関する細かい条件や責任の所在、輸送の段取りがびっしり書かれていた。そして最後に大きく表示されたのは、報酬金額の三〇億。


「さ、さ、三〇億ぅッ!」


 思わずサーシャが声を上げ、手を机について腰を浮かせた。


「ちょっと待って、ウチの五年分の売り上げじゃない。しかもほら、今回は一回の作業で経費もほとんど掛かってないし、営業利益で考えたら十年分?いやそれ以上の……。あ、鼻血出て来た」


「ちょっ! すいません、ティッシュ下さい!」


 恐ろしいほど整った美人の顔に、右の穴から鼻血が一筋。慌てて手で拭こうとするけど、何だか間抜けで――残念だ。


 サーシャは金が絡むと途端に残念女になるな。右手で目を覆いながら、ため息が自然と漏れる。指の隙間から対面を見ると、所長は苦笑しつつも温かく見守るような目でサーシャを見ていた。


「あ、ごめんなさい」


 空気を察したサーシャは、バツの悪そうな顔で腰を下ろす。受け取った止血スプレーを鼻にシュッと吹きかける姿が、どこか可愛らしくもあった。


「報酬額に関して説明をしましょう。まず、あの艦載機は未知の新型機でしてね。この宙域で大暴れしていたのですが、詳細が掴めず軍も焦っていたのですよ」


 その話を聞きながら、ふと昭和の大戦時にアメリカが日本のゼロ戦を鹵獲したという話を思い出した。


「それにコルベットもそうです。一〇〇メートル少々の船体に不釣り合いな重装備と艦載機の積載能力。JCCF(開発実験団)がぜひともバラしたてみいと言っていましてね」


「なるほど、そういう事でしたか」


 因みに、前世の日本の貨幣価値に換算すると、三〇億クレジットがだいたい三〇〇億円。体感的に、約十倍だ。


「それと、使用したミサイル。なんと言いましたかな」


 所長が机に肘をつき、指を絡ませながらゆっくりと問いかける。


「猟犬ですか、アスピス迎撃ミサイル」


「そうそう」


 軽くうなずいてから、視線をホロパネルからこちらへ戻し、続ける。


「敵の新型艦載機相手に十分以上の働きをしたみたいで、メーカーが大喜びしているそうです。軍も追加の発注を決めたようですね」


「いや、正直あれには驚きました。まさに“猟犬”という通称そのままでしたよ」


 少しだけ苦笑しながら答えると、所長もにやりと笑みを浮かべた。


「それで、あのミサイル。レイ君に一〇〇発、メーカーから進呈されることになりましたよ」


 思わず笑みがこぼれそうになるのを必死でこらえた。まるでユーチューバーがカップ麺のレビューをして、メーカーから一年分送られてきたような話だ。確か一発二二〇万クレジットだったはず……。


 計算すると、二億二千万クレジット相当か。


「それはありがたい。傭兵は経費も考えて戦わなければなりませんから」


 自嘲気味な笑みを浮かべながら、軽く頷いて応える。


「ええ、お金の心配が、そのまま命取りになる世界ですからね」


 所長も同じく大きく頷いた。そして続ける。


キャニスターに入った状態で、当社の倉庫に届きます。必要なときに声をかけてください」


「はい、SVA(宇宙船舶代理業者)から連絡が入ると思いますので、そのときはよろしくお願いします」


「ちなみに、どちらのSVAでしたかな?」


 所長が身を乗り出して尋ねてくる。


「山富士貿易です。カリストⅨ支所」


「でしたら問題ありません」


 所長はにこやかに答えた。


「懇意にしている会社ですから」


「そう思って選びました」


 軽く肩をすくめて答えると、所長がにっこりと笑った。


「さすがキャプテン。抜かりはありませんな」


「まあ、だいたいはサーシャのおかげです」


 そう言いながら、横で大人しくなったサーシャに視線を向ける。


「あたりまえでしょ。あんたみたいな甘ちゃん、あたしが付いてあげないと危なっかしくて」


 慌てた様子で返すサーシャに、所長は優しい微笑みを返す。


「なかなか、レイ君は人を見る目がありますな。いいカップルですよ、お二人は」


「か、カップルって! いちおう告白されたから付き合ってはいますけど、あくまでビ・ジ・ネ・ス・パートナーですからね、こいつは!」


 耳まで真っ赤にして、むきになって言い返すサーシャ。所長は肩をすくめ、両手を広げて苦笑した。


「と、と、ところで、タナカ所長。その、聞きにくいんですが……この三〇億はレイへの個人的な報酬なんですか?」


 いきなりの質問に所長はきょとんとし、まんまるの目でこちらを見る。


「サーシャ。あれはサルベージャーとして回収したものだ。もちろんクラフトン商会の売り上げになる」


 優しい視線でサーシャを見やりながら、そう答えた。


「それでいいですよね、所長?」


「ああ、それはどちらでも構いませんよ。おまかせします」


 所長はしっかりと頷く。


「うそ! レイ! いいの? やっぱあんた最高! 大好き!」


 勢いよく両手を首に巻きつけ、サーシャが飛びつくように抱きついてきた。


「サーシャ、そういうのは後で……」


 勢いを受け止めながら耳元でそっとと囁くと、サーシャはボンと音がしそうなほど真っ赤になり、慌てて距離を取った。


 この展開に、心の中で「漫画やんけ!」と思わず突っ込んでしまうのは、元関西系日本人の性か。


「ご、ごめんなさい」


 慌てて姿勢を正し、視線を落とすサーシャ。その様子を見ていた所長が大きく咳払いをする。


「では、お話は以上。今後の活躍を期待していますよ。ここはあなた方のオフィスでもあるからね、何かあればいつでも訪ねてださい」


「ええ、よろしくお願いします」


 立ち上がり握手を交わすと、所長は扉に向かって歩き出す。


 そして出ていく直前にふと振り返り、ひとこと。


「お幸せに」


 そのまま軽く左手を挙げ、ゆっくりと歩き去った。


 そこには、またまた顔を真っ赤にしたサーシャが恥ずかしそうに立っていた。

皆さんの反応が、創作のモチベーションに繋がります。


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